海兵は誰も見捨てない
「来るぞ!」
「銃弾が効かない!」
銃声がダンジョンの狭い通路に鳴り響き、発砲炎に照らし出されたウシの怪物の姿がちらつく。上半身はウシ、下半身は毛むくじゃら二本足がついた化け物だ。時おり、人里に降りてきては人をさらい、喰う。
レンチは空になったマガジンを投げ捨て、新しいマガジンを銃に叩きこむ。
「グレネード!」
ボルトは手榴弾のピンを抜き、ウシの怪物の足元に転がす。小さな爆発とともにダンジョンが揺れる。
「あ。」
小さな落盤が起こった。レンチはそれに巻き込まれ、気を失った。
「──ンチ、聞こえるか? レンチ!」
レンチはその声に目をあけた。周りは暗闇に覆われ、身体が動かない。見ると、身体の大部分が落ちてきた土に埋まっている。辛うじて右腕だけが外に出ている。銃を手放し、顔を撫でて砂と埃を払い落とす。
「ボルト、聞こえる。身体が埋まって……」
「生きてるか。よし、今から掘り出す。おまえは落盤の向う側にいるが、今、ナットも来た。しばらく待ってろ」
レンチは返事をしようとしたが、通路の奥から聞こえてくる荒い呼吸音と獣臭に言葉を止めた。
手榴弾で傷を負ったウシの怪物が目を覚ましたのだ。錆びた両手斧が床を引っかく音がする。
「15分もあればなんとかなる、それまでがんばれ」
「ボルト……それも難しいかも」
「なんだって!?」
「あいつが、来る!」
レンチは手探りで銃をつかむと、片手で構えた。暗視装置はヘルメットごと消えてしまったため、周りは見えない。ただ、荒い息と口臭、身体から発せられる血と獣特有の匂いが近づいてくることだけがわかる。
レンチは恐怖で眼を見開いた。ウシの怪物は人を喰う。特に若い女の肉が好物だった。
「いいか、レンチ。生き残れ、あがけ。俺たちはすぐに行く。決して、見捨てないぞ!」
レンチはうなずき、引き金を引いた。銃声が響き、至近距離まで迫っていたウシの怪物の姿が照らし出される。銃弾は化け物の身体に当たり、損害を与えはしなかったが、勢いを削ぐことはできた。
ウシの怪物は姿勢を正し、両手斧を構える。レンチは一発ずつ銃弾を送り出し、化け物を牽制する。しかし、残弾は少なく、土に埋まった状態では新たなマガジンを装填することもできない。
最後の銃弾が発射された。ウシの怪物は頭を振り、涎をたらしながら近づいてくる。
毛深い手がレンチの腕をつかむ。抵抗するこもできずにレンチは土の中から引きずりだされる。レンチの眼前に、化け物の顔が近づく。涎が顔にかかり、臭い鼻息で眼が開けられない。
レンチは死を覚悟した。落盤でケガをしたのか、左腕の感覚が無い。
しかし、ウシの怪物はすぐにレンチを殺さなかった。化け物は食事以外の欲求を満たそうとしたのだ。獣臭とは別のすえた匂いがする。レンチはそれが何を意味するのか理解した。
「くそっ、このウシ野郎が!」
レンチは脚をつかまれまいと、両脚を動かして化け物を力なく蹴った。ウシの怪物は斧を投げ捨て、両手をつかってレンチを床に組み敷く。化け物の舌がレンチの頬をでろりと嘗めあげる。
その時、光が投げかけられた。フラッシュライトに照らされたウシの怪物の眼が光の方を向く。次の瞬間、銃声とともに左目が破裂し血がほとばしる。
「レンチ!」
スコップで土の山の頭頂部を削り落としたボルトが叫ぶ。その横には、M14の銃口があった。魔女が放った銃弾がウシの怪物の右目を撃ち抜き、衝撃と激痛で化け物はレンチから離れ、通路の奥に逃げ出していく。
「大丈夫か?」
わずかに開いた穴からボルトが滑り出てくる。
「ケガはどうだ?」
「左腕が動かない」
「……そっちは見るな。俺を見ろ。息をしろ、良い事だけを考えろ」
ボルトはレンチを抱えると壁にもたれかけさせた。
「あいつはメムが始末する。安心しろ」
「──ありがとう。助けてくれて」
「おまえらしくないな」
レンチの顔を拭きながらボルトが笑う。
「海兵は決して見捨てない」
「あ、痛てて」
ダンジョンの入口でレンチは手当を受けていた。クレリックが施した治癒魔法により骨折の痛みが退いていく。
周りには人だかりができていた。ダンジョンと化した古い地下墓地にウシの怪物が住むようになり、毎周期ごとに生贄を差し出さざるを得なかった村人たちだった。
「戻ったぞ、レンチ」
ボルトが銃とヘルメットを置き、水筒の水をがぶ飲みする。
「傷の様子はどうだい?」
ウシの怪物の首を抱えたナットの後ろからやってきた魔女が声をかける。魔女の姿を見て、村人たちの輪が少し広がる。
「もう平気です。ほら、このとおり」
レンチは左腕を持ち上げて振ってみせた。
「では、村長。このとおり化け物は殺したぞ」
魔女はウシの首を置き、村長から銀貨の入った袋を受け取った。
ボルトはジャーキーを頬張りながら、村人たちを見た。この世界には、人の他に多くの知的種族がいる。それらは「足長」と呼ばれるいわゆる人間と同じように二本足で立ち、それぞれの居場所でそれぞれの生活をしていた。中にはどうしても足長とは相いれない者たちもおり、人里に現れては傍若無人にふるまった。それらは傭兵によって排除される事が多かった。
金品をもらう代わりに、危険を排除する──それが傭兵だった。王は軍隊を持ってはいるが、彼らが小さな村を護るために兵を送ることは滅多にない。人々は金品を集め、傭兵にすがった。
その傭兵の中でも北の魔女は別格であった。火を吐いて、遠くの敵を射倒す武器を携え、暗闇でも見える眼を持ち、魔法使いでもないのに爆発する球を投げる。時には鋼鉄のウマやトリに乗って現れる。魔女がやってくると、必ず敵は死ぬ。人々は魔女を恐れると同時に、頼りにもしていたのだ。
「見捨てなかったのね」
レンチは村長たちの代わりにウシの頭を運んでいく農奴を見ながら言った。
「なんだよ、気持ちわりぃ」
ボルトは水をがぶがぶと飲み、歯の間に挟まったジャーキーの繊維を爪で掻きだす。
「さっきも言ったろ? マリンコは決して仲間を見捨てないって」
「どんなことがあっても?」
「そうさ。たとえ死んでいたとしてもな。必ず連れて帰る。それが掟だ」
「掟……」
「だからこそ、背中を預けられる。そういうわけさ」
ボルトは水筒でレンチの頭をコツンと叩くと、魔女の呼ぶ声に応えた。
仕事が終わると、報酬で買い物をするのが常だった。どうしても町や村でしか手に入らない物がある。それらを買い込むのは、レンチの仕事だった。仮にも元は領主の娘だ。その辺りの事には慣れている。
森では採れない籠いっぱいの野菜と家畜の干し肉などをHMMWVの荷台に載せる。車の屋根に座ったボルトが住民の怪訝な視線を気にせずにあくびをしている。
「…………!」
レンチは何かを感じた。
「!」
ボルトも同じことを感じたようで、すぐさま銃座の.50に飛びつく。
「ワイバーンだ!」
ワイバーンは、前脚を持たないドラゴンの一種だ。性格は狂暴で、よく人里に現れては家畜を襲う。数もそれなりに多く、空を飛ぶのでやっかいな相手である。
町の見張り台の鐘が打ち鳴らされる。普段はただの町人である警備役たちが、おっとり刀で機械弓に取り付く。
「数は?」
「1!」
「方角」
「11時」
「くそっ。ここからじゃ建物が邪魔だ」
レンチはドアを開けて運転席につく。基本操作は習ったが、一人で運転するのは初めてだ。
手探りでキーを見つけると、エンジンを起動させる。
「後ろだ! 後ろに動かせ!」
「わかった!」
レンチはハンドルに緊張した手を置き、アクセルを踏む。
「ギアがニュートラルだ! ギアを入れろ」
レンチはギアをがこっと動かすと、アクセルを踏んだ。HMMWVは前進し、建物のドアを吹き飛ばす。
「後ろだって言ってるだろ!」
「は、はい」
ギアをバックに入れ、アクセルを踏む。HMMWVは猛スピードで広場に走り出る。
ワイバーンは見慣れないウマ無し馬車の登場に面食らったようだった。教会の尖塔を上あたりで羽ばたいて動きを止めている。
ボルトは.50の引き金を押した。ライフルとは違う、野太い銃声が響く。弾雨はワイバーンの翼に次々と穴を開けるが致命打にはならなかった。
「来るぞ。車を動かせ!」
ボルトは.50を撃ちながら叫ぶ。レンチはギアをローに入れると車を前進させた。広場で円を描くようにHMMWVを走らせる。
「いいぞ、そのまま」
ボルトはワイバーンに弾を叩きこみ続ける。ワイバーンは頭や胴体から血を流して悲鳴を上げる。そして、バッと羽ばたくと這う這うの体で逃げていった。
ワイバーンが去って行くのを見て、レンチは車を停めた。
「あちっ」
レンチはいつの間にかお尻の横に転がってきた薬莢の熱さに小さな悲鳴をあげた。
傭兵には様々な来歴を持つ者がいる。
一番多いのは元兵士で、軍隊時代の仲間を募って、商人の警護や村を野獣などから守る仕事をする。もう一つは、教会で育てられた聖なる兵たちである。主に生き返った屍を倒したり、村々を周ってけが人や病人を癒したりする。そしてもう一つが、今の境遇から抜け出すために傭兵になる子供たちである。
子供たちの多くは農奴やみなしごである。幼い頃から酷使され、わずかな食事と短い睡眠が与えられるだけである。彼らはある日決心をして、逃げ出す。そして、大人たちの傭兵にくわわり、雑用などをしながら剣技や魔法を覚えて独立するのだ。
そして若い彼らは、普通の傭兵がしない仕事をする。危険度が高い仕事だ。森や山に入り、そこに出現する野獣や魔獣に立ち向かうのだ。時には洞窟や古い建物跡などにも入っていく。死亡率は高く、5周期も生き延びられれば上出来と言われている。
「救出?」
ワイバーンを撃退した魔女の一行の所に、血まみれの服を着た少女がやってきた。おそらく治癒師だろう。しかし、腰や背のポウチにはあるべき薬草や薬の類が無い。
「どこだい? それは」
魔女は片膝で立つと、少女の涙と血でぐちゃぐちゃになった頬をふいてやった。
「この町から半日ほど先にある谷です。そこに出る、ゴブリンたちをやっつけるのが仕事で……でも」
「でも。どうしたんだい?」
「見たことも無い怪物が出たんです。大きな。ゴブリンたちがそれを使ってみんなを……」
魔女はボルトとレンチの方を向いて、首を掻き切るポーズを取った。
「マジっすか。ただ働きですよ」
「言う事聞かない気?」
「いえ。yes、メム」
魔女は助手席に少女を乗せた。初めて乗る車のシートの感触に、少女は何やら感動を覚えているようだ。
「道はわかるね」
「は、はい!」
HMMWVが町を飛び出す。向かうのは谷間のダンジョンだった。
ダンジョンに着いた頃には夕方になっていた。
「ナットはこの子とここにいな。ボルト、レンチ。行くよ」
少女は魔女たちが見たこともない装備を身に付けて、ダンジョンの中に入っていくのを驚きの表情で見送った。
先頭を行くボルトは暗視装置を下ろすとHK416に取り付けたショットガンに弾を込めた。
「"ドラゴンブレス"弾だ。びっくりさせてやる」
ボルトはニヤリと笑うとレンチの数歩先を歩いていく。
廊下には血だまりや、薬草の切れ端などが転がっている。ゴブリンの死体の一部もある。戦闘はかなり激しかったようだ。
ボルトが停止のサインを出す。
「レンチ、後方警戒」
「アイコピー」
魔女はボルトの横に行く。
「おそらく彼女の仲間でしょう。死んでます」
そこには3人の死体が転がっていた。猛烈な力で壁に叩きつけられたのか、体中の骨と言う骨が砕かれているようだった。さらに鋭い爪が彼らの皮膚を切り裂いていた。
「トロールじゃないな」
魔女は床から血みどろの何かを拾い上げた。
「なんです?」
「トリの羽根だ」
「こんな穴倉にトリですか? なんでまた」
「やばい相手がいる」
叫び声が聞こえた。
穴の奥からそれはやってきた。暗視装置の視界にそいつのらんらんと光る眼が映る。
「オウルベア!」
ボルトは反射的にショットガンを撃った。炎の散弾が銃口から吐き出される。炎はオウルベアの勢いをわずかながら削いだ。
「下がってください」
ボルトは6発のドラゴンブレス弾を撃ち終えると、HK416の射撃に切り替えた。オウルベアの羽根のあちこちに火がついている。
炎に逆上したオウルベアが辺りの壁に身体を打ち付けて火を消そうとする。
「まずい」
あることに気づいたボルトは魔女を背中で押した。
「ボルト!」
今までボルトのいたところに落盤した天井が落ちてきた。ボルトの姿が消える。
「レンチ!」
魔女は背中の折りたたみスコップを引き抜くと、土をどけ始めた。
「前進!」
レンチは魔女の横を抜けると、落盤の土饅頭を越えて、HK416を撃ちながら前進した。オウルベアは両腕を振り回して、まだ消えない火を消そうとしている。
「れ、レンチ……」
「ボルト!」
土の山の下からわずかに声がする。
「俺を置いて、メムと一緒に逃げろ。ナットのグレネードで奴を殺れ」
「それはできない」
レンチはHK416に銃剣を取り付けた。
「マリンコは誰も見捨てない」
レンチは息を吐き、小銃を腰だめに構えた。
「突撃!」
レンチは奔った。銃剣をきらめかせ、オウルベアの懐に飛び込む。銃剣がオウルベアの腹に深々と突き刺さる。
「くっ!」」
レンチは引き金を引き、傷口に銃弾を叩きこむと同時に反動で銃剣を引き抜いた。猛り狂ったオウルベアが腕を振り回す。一撃で人の上半身を引き裂く腕だ。
身をかがめてそれをかわすと、レンチはオウルベアのつま先に銃剣を突き刺した。足で歩く生物にとって、つま先は弱点の一つである。場合によっては歩けなくなるのだ。
レンチは飛びのき、肩を息をしながら相手を見定めた。オウルベアは傷ついた足をかばって、両腕を地につけた四つ足歩行に姿勢を変えた。これで強力な腕の攻撃を出すのは難しくなっただろう。
「よし」
レンチは大きく息をすると、できるだけ大きな声で叫んだ。そしてオウルベアめがけて突進した。
かろうじて片腕を振り回したオウルベアの一撃をかわし、レンチはオウルベアの下に滑り込んだ。そして、顎にむけて銃剣をくり出した。
銃剣がオウルベアの下あごと上あごを縫い留める。
オウルベアは顎に刺さった銃剣をどうにかしようと無茶苦茶に暴れだした。銃剣はオウルベア自身の体重で、ずぶずぶと頭の中深くに刺さっていく。
レンチは引き金を引いた。
高速弾がオウルベアの頭を連打する。血と羽根が飛び散り、頭蓋を貫通した弾により脳漿が噴き出る。レンチは空になった弾倉を引き抜き、新たに弾倉を装填すると、その弾が無くなるまで撃ち続けた。
銃声が鳴り終わった後、そこには頭のないオウルベアの死体が床に崩れ落ちていた。
ボルトは何とか魔女に救出され、泥だらけのままオウルベアに近づいた。
「おーい、生きてるか?」
しばらくしてレンチから返事があった。
「……重い……助けて」
ボルトはオウルベアの死体をどける。返り血を全身に浴びたレンチが救出される。
水筒の水で顔を洗ったボルトは、自分の身体をいろいろと触ってみた。二三箇所骨折しているようだ。このままでは戦闘はできない。
「どうしますか? メム」
魔女はM14を肩に担ぐと、咥えたばこのままふーっと煙を吐いた。
「後始末をやってくる。レンチはボルトと一緒にここで待機。何かあったら呼ぶ」
暗視装置を下ろした魔女は散歩にでも行くような歩き方でダンジョンの奥へと向かっていった。
「いつもながら」
「あんなうれしそうなメムが、わたしは怖い」
無事ゴブリンを抹殺した魔女の一行は、夜が白むごろにダンジョンから出てきた。
魔女は少女に仲間の遺品を手渡した。少女は涙を流し、魔女は胸を貸してやった。
ボルトのケガは、治癒師である少女が応急処置をした。本格的な治療は町に戻ってからとなった。
ボルトとレンチは荷台の荷物の隙間に収まると、昇る朝日を見た。
「これで貸し借りなしだな」
「貸し借り? それは無しよ」
「あ?」
「だって」
レンチは笑った。ボルトはククッと笑うと言った。
「「海兵は決して見捨てない」」