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北の森の魔女  作者: 鉄猫
7/54

野獣は奔れ、


「兄貴が帰ってくるぞ」

 ボルトが森で狩ってきた鳥を掲げながらニッと笑った。

「兄貴?」

 キッチンで大鍋にお湯を沸かしていたレンチが聞く。

「兄さんということは、同じようなケイナインなわけ?」

「いや違う。兄貴はおまえと同じ足長さ」

 ボルトは椅子を引き寄せると、鳥の羽をむしり始める。

「兄貴もメムに拾われたんだ。そして、マリンコになった」

「どうしてここにいないの?」

「マリンコの技術を使って、傭兵頭になった」

「傭兵頭?」

「傭兵の一団を率いて、戦争があるとそこに向かうのさ」

「その兄さんが、戻ってくるわけ」

「まぁ、何かの仕事を持ってくると思う。それもでかいヤマを」


「よぉ、ボルト。元気にしてたか?」

「ブリットの兄貴! 待ってたぞ!」

 扉を開けて入ってきたのは、上背の高い筋骨隆々の男だった。顔や首筋に刀傷があり、眼はメムに似て猛禽類のようだった。

「あんたが話に聞いたレンチか?」

「ハイっ! はじめまして」

 レンチは思わず姿勢を正し、メムにするように敬礼した。その姿に、食卓を囲む面々の顔に笑みがこぼれる。

「ブリット。おまえがここに来るということは、よほどの事のようだね」

「ええ。大仕事です」

 メムにうながされ、ブリットは席につく。目の前には鳥の丸焼きをはじめとするいろいろな料理が並んでいる。

「同盟が王国の国境線に兵を集めています。数は5000ほど。同盟は国境線を昔の位置に戻そうとしています」

「それが私らに何の関係が?」

「王国がメムに助けを求めにきます」

「ほう?」

「王国の国境線に置かれた兵は2000。砦に籠るとはいえ、同盟の兵を止められる確証はありません。そこで"北の魔女"の出番というわけです」

「王国のために戦えと?」

「そこは使者がどのような条件を出すかによりますね」

「ふむん」

「俺はすぐに戻って、念のため支援の準備をします」

「わかった。話が決まったらすぐに知らせる」

 そのあと、魔女とブリットは互いの現状を話し合った。

「もう帰るんで、兄貴?」

「ああ。いろいろと忙しいんでね。昼飯、旨かったです」

 ブリットは立ち上がると酒を一気にあおり、レンチに意味ありげなウィンクをしてから家を出ていった。

「惚れるなよ」

「誰が」

 少し赤くなった頬を隠し、レンチは台所に向かう。

「きな臭い話だね」

「あの国境線の件、同盟にとっては父祖の代からの懸案ですからね。王国が先王の時に行った拡大路線のツケです」

「その話に私らが関わる、どう思う?」

「俺は反対です。メム。こちらの消耗に見合うほどの報酬を、王国が用意できるとは思いません」

「確かに」

「質問なんですが? メム」

「何だね? レンチ」

「王国が援軍を頼みに来るとして、俺たちは4人しかいませんよ? 数千の敵に立ち向かうだけの戦力になるとは思えません」

「4人で十分さね」



 数日後、魔女の小屋を訪れた王国のからの使者は、緊張のあまり青い顔をしていた。左右には銃を構えたケイナインと足長の少女が。テーブルを挟んで座る魔女の前には拳銃が置かれ、その後ろにも銃を携えたケイナインが立っている。

「──話はわかった。王は我々に出陣を依頼したい、と」

「そ、そのとおりです。ぜひ、北の魔女のお力を」

「報酬は……金貨1000枚と北ニャク州の荘園3箇所、と」

 その言葉に、ボルトとレンチが顔を寄せる。

「(金貨1000枚と荘園3つと来たか。諸侯並の財産だ)」

「(北ニャクといえば、穀倉地帯の一部を成すところです。うまく運営すれば、傭兵みたいな仕事をしなくてもすみますよ)」

 二人は魔女が何を返すのか、注目した。

 魔女は王からの書面をしばらく眺めていたが、不意にクッと笑うと、書面を使者に向かって滑らせた。

「わかった。参陣しよう」

「では、この条件で!?」

「いや。どちらもいらない」

「は?」

「そのかわり、おまえの命をもらおう」

「な、ななな、なにを!」

 魔女は拳銃に手に取ると、スライドを左指でなぞった。

「北の魔女を雇うには、安すぎるんだよ。後ろの娘は、私を雇うのに、自分の命を差し出した」

 不意に自分の事を言われたレンチが息を呑む。

「金貨1000枚? 荘園? そんな即物的なものを私が必要とすると思うかい? そんなものが必要なら、厄災戦の時に手に入れてたさ」

「では、どうして!」

「あのクソ王に貸しを作っておくのもいいだろう、と思ってね。さっさと国に戻って王に言え、戦争は北の魔女が引き受けた、と。そして、あんたはここに戻ってきて、首を括れ」

 使者は青白い顔に脂汗をにじませながらあたふたと家を出ていった。

「本当に参陣するんですか?」

 使者とその護衛達が立ち去るのを見ていたボルトが魔女に聞く。

「そろそろ魔女の御業を、あのクソ王と同盟のアホウ共に見せつける時期じゃないかと思ってね」

 魔女はコーヒーをすすると、フフッと笑った。

「ナット、"ビースト"の出陣準備を。ボルトは弾薬を、レンチは糧食の準備だ」

「yes、メム!」



 その日。王都は騒然としていた。

 王都の東に位置する港に、見たこともない"船"が姿を現したのだ。海上を物凄い轟音を蹴立てて奔るその船には帆はなく、船体の後方に配置された2基の巨大な"風車"を回して、その力で前進していた。そして、その船は、港の脇にある造船所のスロープに文字通り這いあがってきた。

 王都の人々は恐怖と好奇心との合間に身を置きながら、その様子を遠巻きに見ていた。王の兵士たちもどう対処してよいのかわからずに、人々の前に立ち、なんとか威厳を保とうとしていた。

 這い上がってきた船は膨れていた黒い脚を縮ませると、船首の板を降ろした。

「準備はできています。メム」

 港で待っていたブリットとその部下たちが集まり、船から荷物を次々と降ろしていく。

「わかった。それじゃ、行くよ」

 メムはエイブラムス(M1A3)の車長ハッチから身を出すと、ふふんと笑って見せた。北の魔女の顔を、王都の皆に見せるためだ。

 エイブラムスはゆっくりとランプを降り、王都の石畳を踏んだ。ガスタービンエンジンの轟音とキャタピラが石畳を踏む音が辺りの建物を揺らす。子供たちが恐怖で親の陰に隠れ、その親も後ずさりする。

「こっちが徹甲弾。こっちが榴弾」

 エイブラムスの砲塔内では、レンチが主砲弾の確認を何度もしていた。

「装填するのを間違えるなよ。間違えたら、お仕置きだ」

 砲手席に座るボルトが、射撃COMの調整をしながら笑う。

「だって、これに乗るのは初めてで、しかも大砲の砲弾を扱うのも」

「なら、こっちの仕事をするか?」

「いや、そっちの方が難しそう」

 まだコンピュータなどの電子機器に理解が十分でないレンチは、ボルトの半分馬鹿にしたような笑みを見てぷっと頬を膨らませた。エアクッション艇での長旅の間、レンチは魔女からみっちりと装填手の手ほどきを受けていたが、いざ本番が近づくとなり、緊張で手が震えた。

「本当に、この1台で何とかなるの?」

「ああ。この1輌で十分だ。M1エイブラムス。65トンの巨体に120㎜の主砲、1700馬力のエンジンを載せた、文字通りの"ビースト"だ」

「トン? 馬力?」

「ようするに、でっかくて強いってことだ」

 エイブラムスは通りをゆっくりと走り、王城前の広場へと差し掛かった。そこには出陣を待つ約500の騎兵が並んでいた。いざという時に、魔女から王を守ることも彼らの任だった。

 しかし、彼らの士気は寸でのところまで切り裂かれつつあった。馬は聞きなれない悲鳴のようなエンジン音に恐怖を感じて浮足だった。騎士たちはそれを抑えるのに必死で、隊列は乱れに乱れた。

 その光景を魔女はニヤニヤと笑いながら見ていた。そして、王城の方に顔を上げ、そこから見ているであろう王とその臣下たちに向かって、いろいろな意味を込めた笑みを送り、中指を立てた。

「そなたが、"北の魔女"か?」

 騎士団長がエイブラムスに馬を寄せ、自らを奮いたたせるかのような大声で聞いてきた。

「そうとも。よろしく頼むよ」

「貴殿の兵力はこれだけか?」

「直接戦闘するのは、この1騎だけだ。あとは従者の馬車が数台あるが、それは別行動する」

「貴殿は──」

「先に言っておくが、私らは勝手に戦う。あんたらははっきり言って邪魔だ」

「な、なんだと!」

「魔女の御業を見ておけ」

 魔女は笑うと、戦車を進めた。



 エイブラムスと支援の馬車隊は王都から7日ほど行軍して、国境線近くの街にたどりついた。すでに偵察隊同士の小競り合いが始まっており、敵軍の本隊が砦に向かって前進していた。

 エイブラムスは最終的な点検を行い、燃料を補充すると、馬車隊を街に残留させ。砦に向かって歩を進めた。

「戦術はシンプルだ。敵陣に殴り込み、殲滅する」

「そりゃいいや!」

「ほんとに、わたしたちだけでやるんですか?」

「私を信用しろ。この鋼鉄の怪物は、そう簡単には死なない」

 装填手ハッチから顔を出して辺りを見回していたレンチは、道端で不安げにこちらを見ている農奴たちの姿を見た。たとえ戦の最中であっても、彼らに休みは無い。

「──気にするな、レンチ。おまえはもはやこの世界の住人じゃない」

 レンチは頭を引っ込め、座席に腰かけると大きく息を吐いた。

「命のやりとりをするのがウチらの仕事だ。レンチ」

 ボルトが自嘲気味に笑いかける。

「今日、俺たちは何十何百もの敵を殺す。それも、いとも簡単にだ。それが、"北の魔女"とその眷族の役割なんだ」

「神は、それを許すんでしょうか?」

「許さない神がいたら、そいつをぶっ殺すまでだ──そろそろ着くぞ。準備しろ」

 王国の砦の眼前には、同盟の兵が総攻撃のために陣を布いていた。同盟はさまざまな諸侯と種族の同盟軍であり、足長の他に、エルフやドワーフ、中にはジャイアントの姿もあった。カタパルトやタワーなどの攻城兵器なども展開していた。

 指揮官はそれらの軍勢の様子をうかがい、攻撃準備の声をあげる。弓が引き絞られ、兵たちは武器を構え、走り出すために脚に力をこめる。

 その時、鋭い飛翔音が通り抜け、タワーの一つが爆発する。

「な、なに!」

 砦の脇の森を突き抜け、砂色のエイブラムスが飛び出してくる。

「次弾、エムパッド(多目的榴弾)。目標、カタパルト。連続発射」

「了解、メム」

 レンチは弾薬庫から多目的榴弾を取り出し、口を開けて弾を待っている砲の機関部に押し込む。

「装填よし」

 砲塔が旋回し、砲口が命令を待つ十数のカタパルト群を指す。

「照準」

 発射音とともに撃ちだされた120㎜砲弾がカタパルトに命中する。榴弾の爆発力が木製のカタパルトをバラバラにする。

 レンチは次の弾を装填し、マイクに叫ぶ。ボルトは砲を動かし次なる目標に弾を叩きこむ。

 魔女の不意打ちを受けた同盟の軍は狼狽した。敵は見たこともない、しかし巨大な車だった。甲高く、そして金属のきしむ音を立てながら、丘を馬よりも速いスピードで駆けてくるのだ。そして、その車から長く伸びた筒が吠えるごとに、味方の攻城兵器が破壊されていく。

「ナット、アクセルを緩めるな。速度が武器だ」

 魔女は重機関銃のボルトを引くと、遠くに見える敵兵めがけて撃ち始めた。

「あれが、"北の魔女"かっ! 巨人兵を前に。弓兵、撃て!」

 弓兵が一斉に矢を放つ。矢の雨がエイブラムスを包むが、小さな矢じりではその装甲に傷をつけることすらできなかった。その後方から、鎧に身を包んだ5m近い身長のヒルジャイアントが、メイスを手に向かってくる。

「弾種、セイボー(装弾筒付高速徹甲弾)。右のジャイアントから殺る」

 レンチは弾薬庫からAPFSDS弾を装填する。

「装填」

「全速走行での動目標射撃は苦手なんだよな」

「愚痴るな、ボルト」

 砲が吠え、発射された徹甲弾はジャイアントの鎧を撃ち抜き、破片となった劣化ウラン弾芯がその身体の内部を焼く。

「まぁ、楽勝ですが」

 5体のジャイアントが瞬く間に撃ち倒される。弓兵も重機関銃の射撃に隊列を維持できなくなっていた。

「相手は1台だぞ! 何をやってる! 魔術師!」

 指揮官の脇に立っていた魔術師(マジックユーザー)が、ワンドを構える。それを遠目に見た魔女は砲塔内に引っ込みハッチを閉じる。

「ミサイルが来るぞ!」

 魔術師が呪文を唱えると、十数本の光の矢が現れ、エイブラムスに向かって飛翔する。すべてがエイブラムスに命中し、火花を散らす。

「生身で喰らったらヤバいです」

「進路そのまま、突っ込め!」

 数発のファイアボールが装甲を叩く。その爆炎の中からエイブラムスが走り出る。

「弾種、CAN(キャニスター散弾)!」

「り、了解」

 レンチの手から砲弾が機関部に滑り込む。エイブラムスは猛スピードで敵陣に切り込み、兵たちをボウリングのピンのように跳ね飛ばしながら大きく左に回る。

 砲身が指揮官の方を向く。指揮官の眼が驚きで大きくなる。魔女はニタリと笑うと、ボルトに発射を命じる。

 発射音とともに砲口を飛びだした無数の散弾が、指揮官もろともその周辺にいた魔術師や兵をズタボロの肉片に変える。

 勝敗はこの瞬間に決まった。同盟の兵たちは、一輌の鉄の怪物に士気を粉砕された。自らが持つ武器はすべて歯が立たず、攻城兵器も、虎の子であったジャイアントも地面に転がっている。味方の兵は、飛翔してくる小さな弾に次々と撃たれて、大きな傷を負うか死体になっていく。

 エイブラムスは進むにも進めず、退くにも退けなくなった敵陣を文字通りひき潰していった。魔女は砲塔から上半身を出し、重機関銃で健気にも立ち向かおうとする兵を撃ち倒す。

「いいか、じゃんじゃん撃て。一人でも多く、一匹でも多く傷つけろ。弾薬庫に弾は残すな」

 レンチはキューポラの上で満足げに笑う魔女の横顔を見て恐怖した。殺すことを楽しんでいる人の顔だった。

「傷つき帰った者は国の者に話すだろう。我の力を、"北の魔女"の恐怖を!」

 レンチは膝が震え、涙が流れるのを感じた。

「おい、レンチ! 次の弾を込めろ!」

 ボルトに怒鳴られ、レンチは我に返った。魔女の方を見ないようにして、機械的に砲弾を装填する。

 エイブラムスは戦場を駆け、兵を跳ね飛ばし、キャタピラを血に染めて、たった一人でワルツを踊った。

 砲塔の上で、魔女は笑った。笑い続けた。



 砦の兵が見たのは、今まで見たことのない惨状であった。あれだけの陣容を誇った同盟の兵は、耕された芋畑のような、土と血の混合物の中で死ぬか呻いていた。

 エイブラムスは破壊に疲れたドラゴンのように、敵陣の後方で小さく車体を揺らせながら停まっていた。魔女の視線の先には、武器や鎧を捨てて、傷ついた味方に肩を貸しながら、なんとか逃げていく敵兵の姿があった。

「……非殺傷型以外はすべて撃ちました。メム」

 ボルトが火器管制システムの火を落としながら言う。

「ああ。ご苦労」

 魔女は砲塔の中を覗きこんだ。レンチがうずくまり、胃の中のものをもどしていた。

「大丈夫かい? レンチ」

「──ダメ、かもしれません」

 レンチは吐瀉物と涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

「人を──人を殺すのが、こんなに簡単だなんて! わたしは、外を見てないけど、わかるんです! この車が何を踏みしめ、わたしが、何をしたのか!」

 レンチはグラブを投げ捨て、ヘルメットを脱ぎ、それを床に叩きつけた。

「わたしは、わたしは、確かに過去を捨てました! でも、こんな、こんな事を……」

「口が過ぎるぞ、レンチ」

 ボルトがレンチの肩をグッと押さえる。

「これが、俺たちだ。俺たちは、皆で"北の魔女"なんだ。メムだけじゃない。俺も、おまえも、もう魔女の一部なんだ」

「でも!」

 そう言うレンチをボルトが殴る。レンチは自分の吐いたものの上に叩きつけられる。

「いいか、おまえはあの日、あの時、金貨30枚を支払えなかった時点で魔女になったんだ。生きるためには、他人の命を啜るしかない。多くの死の上に立つ者、それが"北の魔女"であり、人々に恐怖される存在、悪魔の犬、マリンコなんだ」

「そのぐらいにしてやりな。ボルト」

 魔女は床に降り立つと、レンチを見下ろした。その眼にはいつもの厳しさはなく、優しさが見えていた。

「レンチ。今は感情的になっているから何も言わない。顔を拭きな。家に帰るよ」

 レンチは涙でメムの顔を見ることができなかった。


 戦場を片付ける農奴たちの間をエイブラムスはゆっくりと進んでいく。魔女は司令塔から上半身を出し、ボルトとレンチは砲塔に腰かけて水を飲んでいた。農奴たちは、それを見上げ、恐怖と畏怖が混じった視線を向けてくる。

「……なぁ、レンチ。俺たちも選択を誤ったら、こちらを見上げたんだ」

 レンチはボルトの声を半分聞き流していた。感情の爆発からまだ自分を取り戻せていなかったからだ。

 そんなレンチに向かって、死体から装備をはぐ仕事をしていた農奴の少女が小さく手を振った。レンチは何となく手を振り返した。

「──おまえが何を考えているかはわからん。兄貴のように家を出ていくのも手だ。自分の国でも作るか?」

 ボルトは大声で笑った。その言葉に、レンチは何かを感じた。

 と、エイブラムスが停まった。

「どうしたぃ? ナット?」

 操縦席からナットがはい出し、喉に向かってクルクルと指を回す。

「……燃料切れか。持つとは思ったんだけどね」

 魔女はすぐそばにいた農奴の一人に言った。

「すぐに砦に行き、ありったけの酒を持ってこさせろ。樽でな」

 農奴はびっくりして飛び上がり、数人とともに砦に向かって走っていった。

「ボルト、フィルターを用意。レンチと一緒に取り付けな」

「了解。レンチ、仕事だ」

 二人は砲塔の後ろのラックから丸まった布のようなものを抜き出し、車体後方のエンジン整備パネルを開ける。

「こいつを燃料ポンプのここに取り付けると、こいつは酒飲みになる」

「酒飲み?」

「まぁ、見てればわかる」

 陽が頭の上を過ぎるころ、砦の守備兵が操る数台の荷馬車がやってきた。荷台には酒樽が詰めるだけ積んであった。

「ご苦労。手伝ってくれ」

 魔女から声をかけられ、守備兵はビッと姿勢を正した。恐怖だ、と見ていたボルトは思った。

 空になった燃料タンクに酒樽から酒が流し込まれる。荷台に積み上げらた酒の大半が燃料タンクに飲み込まれた。

「腹八分目というとこだけど、まぁ、これで砦までは行けるだろう。ナット、エンジン始動!」

「こいつのエンジンはガスタービンだ。燃える液体なら何でも使える。まぁ、フィルタでアルコール以外のものを漉しとらないといけないけどな」

 ボルトとナットの目の前でエイブラムスのエンジンが再始動する。

「酒臭い」

「マリンコは酒を飲めるようにこいつを改造したそうだ。酔っぱらうために」

 エイブラムスは守備兵と農奴に見送られ、千鳥足で砦へと向かった。


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