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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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死者の殺し方


 レンチの腕に注射針が差し込まれる。

「あっ──あたた」

「力を抜きな。余計痛くなる」

 魔女は注射針を抜くと、脱脂綿を当てる。

「しばらくは安静にな。副反応が出るかもしれんからソファで横になってるといい」

「わたしは──何されたんですか?」

「予防注射さ」

「予防注射?」

 聞きなれない言葉にレンチは不思議な顔をする。

「身体の中に毒を入れる。そうすると身体がそれに打ち勝つ力を得る。そうすると病気に罹りにくくなる」

「ど、毒!?」

「なに、死にはしない。黄土病や戦慄熱などに対抗できるさ」

「これも魔女の力なんですか?」

「いや、私の御業じゃない。マリンコの知恵さ」

 横になったレンチをボルトが覗き込む。

「この後は牛の膿を身体に擦り込むんだぜ。おっぱいがまた大きくなったりしてな」

「ボルト、次はあんたの番だよ」

 魔女は手袋をパチンと言わせて微笑む。



 雪が降らなくなった季節がやってきた。ボルトとレンチは森の中を歩いていた。

「お、あったあった」

 ボルトが大木の幹に刺さっている矢を引き抜いた。

「なに?」

「矢文だよ、や、ぶ、み」

 ボルトはレンチに引き抜いた矢を見せた。矢の軸には、布が巻き付けてある。

「使いの者を送ってこれない依頼主は、こうやって依頼を送ってくるんだ」

 布を外し、中に丸めてあった手紙を回収する。

「森の外に矢文打ちを専門にしている業者がいる。腕のいい男で、半リーグほど打ち込んでくる」

 ボルトは手紙をレンチに渡すと、先を歩き出す。

「依頼はクノーの町からだ。かなり遠いな」

「依頼主は……町の神殿の司祭。報酬は金貨5枚!」

「ぼろい商売さ。ちょいっと行って、バンっ。それで終わり」

「メムがなんていうか」

 二人が小屋に着くと、それを知っていたかのように魔女が玄関で出迎えた。

「これが文です」

「ふむん」

 魔女は手紙に目を通すと、くくっと笑いながら目を細めた。

「依頼を受けるよ。ナット、出かける準備を」



 ハンヴィーがクノーの町へと続く道端に停まる。4人は装備を整えて車外に降り立つ。

「町へは夕暮れに入る。その方が効果的だ。誰も私たちに近寄らないようにするために」

 ボルトがターゲットスコープを町に向ける。そこには種まきの時期を控えた平和そうな町が見えていた。

「特に変わった様子はないようです」

「まずは司祭に話を聞かないとね。死者が蘇るなんて、まぁよくある話さ」

 魔女の一行は陽が地平線へと落ちる頃に町へと入った。異様な風体の魔女の一団を見た民たちは視線を合わせずにそそくさと扉を閉ざす。

「たいした歓迎ね」

「もう慣れたさ」

 4人は町の真ん中にある神殿へと向かった。町の中で最大の建物である神殿の前に、一人の女助祭が立っていた。

「北の魔女──様とお見受けします」

「ああ。出迎えご苦労」

 魔女は助祭に小さく手を挙げると、辺りを見回した。

「司祭はどうしたね?」

「司祭様は町の顔役と会談しております。墓場の死者たちが蘇った件について」

「死者が蘇ることはよくあること。何か兆候はあったのかい?」

「いえ。墓場が荒らされたり、誰かがやってきたということはありませんでした。それが数週間前に突然に」

「死者は何をしてる?」

「夜な夜な墓場を歩き回るだけですが……町の人々が恐れています。何か嫌な事の始まりではないかと」

 魔女はふんすと鼻を鳴らすと、ボルトとレンチに手で指示を出した。二人はうなずき、神殿を後にする。

「私とこいつは神殿で待つ。助祭さん、お茶をくれると助かる」



「蘇る死者といえば、グール(死肉喰い)スケルトン(動く骸骨)ってとこ?」

「ああ。そんなとこさ。最近はそれらの出現を嫌って死体を焼く町も多いが。こんな田舎の町はまだまだ土葬が普通だしな」

 二人が町はずれの墓地についたのは、完全に陽が落ちた後だった。暗闇に包まれた墓地には人の気配は全くない。

「死者の倒し方は覚えているか?」

「腹を撃ち、そして頭を砕け。だっけ?」

「その通り」

 暗視装置を目の前に下ろし、銃を構える。

「来るぞ」

 墓石がずれる音がする。土饅頭から手が突き出し、それに続いて頭と胴体が顔をだす。

 すべての肉を虫に喰われ象牙色の骨だけになった死者と、肉を喰らう虫をぼとぼとと落としながら歯をガチガチと鳴らす死者が、二人に向かってのそりと歩いてくる。

「相手は死者だ。遠慮はいらん」

「わかった」



 魔女は遠くから聞こえてくる銃声に満足げな笑みを浮かべた。その顔を見て、助祭が不安げな顔をする。

「大丈夫、なのですか?」

「ああ。二人だけでもその辺の傭兵の一団よりはるかに強いさね」

 魔女は煙草に火をつけ、ふっと紫煙を吐く。その匂いに助祭が顔をそむける。

「司祭はどうしたね? もう帰ってきてもいいころだろ?」

「夜道は危ないので、時間がかかっているのでしょう」

「まぁ、こちらは待つだけさね」



 銃撃がスケルトンの頭を砕き、グールの腹を裂く。

「転んだら頭を撃て! 容赦はするな!」

「わかってるわよ! ボルト、そっちにグールが!」

「あいよ!」

 ボルトは振り向きざまにショットガンでグールの頭を吹き飛ばす。

 死者たちは次々に現れるが、ボルトとレンチに近づくこともできずに地面に転がる。

「弾は残ってるか?」

「大丈夫」

「それならよかった」

 ショットガンに弾を込め、背後に迫るスケルトンを肩越しに撃ち砕く。

「気分は悪くないか?」

「よしてよ、気色悪い」

「心配してやってるんだぜ」

 ボルトは最後の一体に銃弾を撃ち込むと、周囲の気配を探った。あたりに二人以外の気配は感じられなかった。レンチも警戒したまま周囲を見回す。

「終わったか?」

「そうみたい」

 ボルトは銃口を下げ、暗視装置を上にあげた。

「……」

「どうしたの?」

「気に喰わねぇ。こんな駆け出しの傭兵でもできる仕事を俺たちに頼むわけがねぇ」

「どういうこと?」

「──罠だ。神殿に向かうぞ!」



「そういえば魔女様。実はとあるものを見つけたのですが……」

 助祭が恐る恐る話しかける。

「あにさ?」

「こちらへ」

 助祭が神殿の奥を指し示す。魔女はナットにこの場に残るように言うと、助祭の後をついていった。

 助祭が案内したのは司祭の部屋だった。様々な儀式に使う道具や書籍が並んでいる。

「前にはなかったのですが、これが……」

 指差す先に本棚があり、そこに古びたスクロール(呪文書)が転がっている。魔女はそちらに近寄り、巻物を指でなぞる。

「ほう。これは……」

「それは何なのですか?」

「──あまりよろしくないものだねぇ。写本だが『死蠅の文』だ」

「そ、それは……」

「死者を蘇らせる呪文が書いてある」

 魔女はくくっと笑い、助祭に向き直る。

「ここは司祭の部屋だったかな? ふむん」

 腰に手をやり、魔女は部屋を見回す。ランプに照らされた部屋は、オレンジ色に輝いていた。

「司祭様がこの一件の!?」

「──気に入らないねぇ。あまりにもできすぎてる」

 そこにナットがやってくる。ナットの後ろには、老齢の司祭の顔があった。

「これはこれは司祭様。ちょうどよいところに」

 司祭は魔女の顔を見ると、助祭に驚いた顔を向けた。

「な、なぜ北の魔女がここに! どういうことだ?」

「そ、それは……」

「私は、あんたの依頼を受けて来たんだけどねぇ……これは、まさか?」

 四人はじりっと距離をとった。

 魔女は腰のホルスターに指を這わせた。

「……なるほど、そういうことか」

 魔女は助祭に視線を向け、拳銃を抜く。

「あんたの指金だね? 助祭さん?」

「あ、いえ。私は……」

 助祭はゆっくりと出口へ、司祭の方へ、魔女から距離を取ろうとする。

「いいかげん正体を現せ。私の眼は誤魔化せん」

 魔女の言葉に、助祭はそれまでの不安げな顔をかなぐり捨てて、ニタリと笑った。

「──もう少しだったのに」

「私を殺して名を挙げるつもりかい?」

「北の魔女を殺したとなれば、仲間たちに大きな顔をできるようになるわ」

 魔女の視線を受けて、ナットが司祭をかばいながら後ずさる。

「あんたは、不死者。といったところかな? どれだ? 骸食者(ゴール)か? それとも血嚥者(ヴァンプ)か?」

「どちらかしら、ね!」

 魔女の銃口が跳ね上がる前に、助祭が素早い動きで魔女にとびかかる。助祭は口を大きく開け、首筋に歯を立てる。

「ん?」

「自慢の牙が届かないか? ヴァンプ。こちらはマリンコだ。お前の一族とは長く戦っていたからな」

 血嚥者が飛びのき、天井に張り付く。魔女は髪をかきあげると首元を見せる。プレートキャリアの頸の部分には分厚いカラーがついていた。

「レザーネックの名は伊達ではないさ」

 魔女は.45(拳銃)を構えて微笑む。

「そして、私らは不死者の殺し方も知っている」

「それはどうかな?」

 牙をむき出しにして威嚇する血嚥者は、天井を蹴ると魔女に向かって突進した。銃撃音が響き、命中弾の衝撃でその身体が壁に叩きつけられる。

「……そのような攻撃で私が傷つくとでも?」

 銃撃であいた傷は、みるみるうちに治っていく。血嚥者はニタリと笑うと、じりっと距離を詰めてくる。

「まぁ、これは挨拶のようなものさ」

 魔女は拳銃をしまい、M14を構える。

「肉体の強度限界を超える打撃を与えるだけ」

 発射された7.62㎜弾が血嚥者の身体を引き裂く。血嚥者の両脚と片腕が胴体からちぎれ飛ぶ。魔女は助祭の髪の毛をひっつかむと引きずりながら部屋を出て、神殿の礼拝堂へヴァンプを転がす。

「こっちは効くようだね。これはあんたの腕だ。返してやる」

 魔女は床に転がっていた腕を蹴り、血嚥者はそれを受け取る。腕を傷口にあてると、ぐちゃりと音をたてて腕がくっつく。

「だとしたらどうするの? 今見せたように、肉が合いさえすれば傷は治せるわ」

 魔女は弾倉を交換すると、大股で血嚥者に近づく。

「こうする」

 M14が再び吠える。血嚥者の肉体がバラバラに飛び散る。

「細切れにする。そうすれば、しばらくは動けまい」

「ふふっ。それじゃぁ、私は殺せないわよ」

 頭と胴体だけとなった血嚥者は口から血を吐きながら笑う。

「そうだねぇ」

 魔女は腕を拾い上げると血嚥者に渡した。

「何なの? 繰り返す気?」

「いや。そうじゃない」

 再び腕を接着させた血嚥者は、その手の中に違和感があるのに気づいた。腕を上げて、手の中を見る。手にはライトレッドに塗られた円筒型の物が握られている。

「これは……?」

「あんたら不死者は、肉体を焼き尽くされたら再生できない。それはそのための武器さ」

 魔女は助祭に顔を寄せると、口元を醜く歪めてみせた。

「サーメート手榴弾。摂氏2000度の熱で周囲を焼灼する」

 血嚥者は慌てて手から手榴弾を放そうとするが、魔女が手を添えてそれを阻止する。

「ピンは抜いてある。このレバーが飛べば起爆する。あんたは自分で自分の命を握っているわけだ」

「このくそ野郎が」

「ありがとう。良い誉め言葉だ」

 魔女は立ち上がると、礼拝堂の出口へと歩を進めた。

「これで勝ったつもり!」

「ああ。忘れてた」

 魔女は.45を抜き、助祭の腕を撃った。腱を寸断され力を失った手から手榴弾が落ちる。

「あ、ああああああ!」

 青白い炎が血嚥者の身体を包む。炎は助祭だったモノの肉体をすべてを焼き尽くした。



「大丈夫でしたか! メム」

 魔女が神殿から出てくるところにボルトとレンチが駆け寄った。魔女は煙草に火をつけるとポッと輪を吐き出した。

「ちょろいもんさね」

 魔女は神殿の入口に腰を下ろすと、びくついている司祭の方を向いた。

「仕事は終わった。後はまかせる」

 司祭はぶんぶんとうなずき、人手を集めるために立ち去った。

「何がどうなったんですか?」

 レンチが司祭と、扉の向こうから流れてくる煙を交互に見て魔女に聞いた。

「死なない奴を殺しただけさね。あんたらと同じ仕事さ」

 魔女はフフッと笑った。


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