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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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海兵隊員の帰還

「あんたが噂の"地球人"か」

 魔女は紫煙を吐きながら、目の前に立つ男に聞いた。パタースンはその通りだ、と言わんばかりにうなずいた。

「まぁ、周りを見てみるがいい。これが、わたしらがこの世界にもたらした『混乱』だ」

「あなたの話は聞いています。ただ黙って森の中で暮らしていればいいものを……」

「それは願い下げさね。わたしは世界を掻きまわし、こっちの神様とやらが、世界から弾き飛ばしてくれるのを待ってるのさ」

 魔女は煙草をぷっと吐き捨て、もう1本の煙草に火を点けた。

「あんただってそうだろう? 同盟を焚きつけて、戦争を起こしている」

「それは──私の役目ですから」

「ふーん。てことは、あんたはCIA(中央情報局)? それとも議会の手先かな?」

「どちらでも構いません。もうどうでもいいことですから」

「各国に手伸ばしているって、議会の動きは聞いていたが……まだ続けていたとは」

 魔女は煙をパタースンに向けて吐いた。パタースンはそれをあまんじて受けた。

「それしかやることはなかったんですよ。この世界に残された私には」

 パタースンは怒気で顔を歪めた。

「あの時、私を迎えに来るはずのオスプレイ(MV-22)は来なかった! 私は見捨てられたのだ!」

「そうかい。それは不幸だったね」

 魔女は口にくわえた煙草を上下させた。笑っているのだ。

「何が可笑しい!?」

「いや、あんたもわたしも同じだってことさ。置き去りにされた地球人ってわけだ。静かに暮らしていればいいのに、変な考えを持ったから、この世界をめちゃくちゃにしている。わたしは言い訳はしない。あんたはどうさね?」

 パタースンはネクタイを直し、顔に笑みを張り付け、怒気を消した。

「それなら、私もあなたと同じだと思いましょう。ここで怒ってもしかたない。どちらも(ステイツ)に帰れるかはわからないですからね」

「あんたが願うなら、見逃してやんよ」

「どうしましょうか? 私はあなたがいなくなっては、楽しくない。ここは、どちらも引き下がる、とするのは」

「さて? わたしはあんたがいなくても充分楽しいさね。だから、あんたをここで殺しても、心は痛まない」

 魔女は.45(拳銃)をホルスターから引き抜いた。

「決闘、と言うわけですか──」

 パタースンはネクタイを緩め、両手をぶらりとさせた。

「それならしかたありません」

 パタースンの右袖から小型拳銃が滑り出る。魔女はその瞬間に距離を詰めた。パタースンが拳銃を上げる。それを左手で払いのける。パタースンが発射した銃弾が魔女の頬をかすめる。血が飛ぶ。魔女は拳銃をパタースンに向ける。パタースンは右手をからめるように回し、銃口を上に跳ね飛ばす。魔女が放った銃弾は空しく空に向かって飛ぶ。

 パタースンが下段蹴りを放つ。魔女はそれを膝で止め、そのまま前蹴りで応える。パタースンは半身をひねり、それをかわす。

 互いの両腕が交錯し、発射される銃弾は当たらない。二人はまるで複雑なダンスを踊るかのように腕と脚をくり出す。それが死の舞踏であるのはどちらも認識していた。油断したり、ステップを間違えると命を失う。

 魔女は放った銃弾の数を冷静に数えていた。あと2発。パタースンの小型拳銃も装弾数はほぼ同じだと見ていた。あと数回のステップで勝負がつく。パタースンも同じ事を考えているだろう。

 両腕がからまり、二人は身体をひねって背中合わせに回った。魔女は右手の拳銃をパタースンの拳銃にそわせると、引き金を引いた。後退するスライドが相手の拳銃を打ち、その勢いで手から拳銃が弾き飛ばされる。二人は距離を取る。

 右手の衝撃を抑えるように左手を添えたパタースンが顔を上げる。魔女は.45を構え、不敵な笑みを浮かべる。パタースンの眼が地面に転がる拳銃の方を見る。魔女は首を振り、その猶予は無いと眼で告げた。

 パタースンは魔女の眼を見据えた。そして拳銃をちらりと見る。右手がそこまで届けとばかりにぴくりと動く。

「おしまいだね」

 パタースンが拳銃へと向かって動く。魔女は引き金を引き絞った。発射された弾頭はパタースンの左膝を粉砕する。突然襲い掛かった激痛にパタースンは身体を丸くする。それでも右手を伸ばして、拳銃をつかもうとしていた。魔女は空になったマガジンを落とし、全弾装填されたマガジンを挿入する。そして、数歩歩き、地面に落ちている拳銃を蹴り飛ばした。

「殺せ!」

「さて、どうするかね」

 魔女はスライドを前進させ、初弾を装填する。

「あんたもわたしと同じ"残され組"だ。そのよしみだ。命だけは助けてやろう」

 銃口をパタースンの右のつま先に向けて引き金を引く。革靴が爆ぜ、パタースンは悲鳴を上げる。

「同盟にわたしの脅威を、畏怖を伝えろ」

「覚えていろ! 私をここで殺さなかったことを後悔させてやる」

「それは面白い。待っているさね」

 うずくまり、怨嗟の言葉をつぶやいているパタースンを残して、魔女はその場を離れた。

「ボルト、レンチ!」

『yes,メム』

「ずらかるよ。集合地点へ」

『i,copy』

 魔女は悠然と歩いていく。出会った兵には銃弾を叩きこみ、転がる身体をまたいで進む。

 その頃になると、敵の救援隊が陣地にたどり着いた。だが、兵たちは炎上する陣の火の勢いに怖気づき、進むことができなかった。

「あそこに、魔女が!!」

 その声を聞きつけて、魔女は振り返った。炎を背にして立つ魔女の姿は、多くの兵たちに恐怖を植え付けた。誰も動けず、魔女が立ち去るのを黙ってみているしかなかった。

 ボルトとレンチは合流し、あらかじめ決めてあった森の中の地点へとたどりついた。

「まだ心臓がバクバク言ってる」

 レンチが両ひざに手を当てて、息を整える。ボルトは地面にひっくり返り、大きく息を吐いた。

「敵の司令部を襲撃。そして無傷で逃げ帰ったなんて、二度とできないだろうな」

「確かに」

 二人は水を飲んで一息つくと、茂みの中で魔女が来るのを待った。しばらくすると魔女が歩いてやってきた。

「ケガは無いかい?」

「二人とも無事です」

「それなら良い。さて、帰るとするかね」

「しかし、ここまでやったなら、相手は血眼になって俺たちを探しますぜ。前線までたどりつけるかどうか……」

「いや。心配することはない」

 魔女はバッグから小さな羽ペンを取り出した。そして、手を伸ばして空中の一点を差し、そこから斜めに線を引くように手を地面まで下げた。すると、空中にドアが現れた。

「"ディメンションドア(空間移送扉)"……」

「まぁ、帰りにしか使えない代物だけどね」

 魔女はドアを開けた。その向こうには、魔女の小屋の居間が見えた。



 右の丘の陥落は、同盟軍の陣営に大きな影響を与えた。丘の上からの銃撃で、同盟の軍勢は大きな損害を受けたのである。そこに今回の遠征を指揮する司令部が壊滅したという報が届けられた。同盟軍はこれ以上の戦闘を続けることはできないと判断し、左の丘と街道から撤退していった。王国軍はそれを追うことなく兵を止めた。

 エイコンは丘の上に立った。そこから撤退していく同盟の軍勢を見ていた。その横に動甲冑がやってきて、ハッチを開放する。ふーっと大きな息を吐いたラチェットが顔を出す。

「勝てたじゃん」

「──しかし、死傷者も多い」

 味方の兵が斜面から死傷者を運び出している。落とした銃や装備を集める子供たちの姿も見える。

「自分の軍隊の弱点もよくわかった。まだ剣は捨てられないようだ」

「じゃあ、練習だ」

 ラチェットはエイコンにニヤリと笑いかけた。エイコンは微かに口元を緩めた。

 同盟の遠征軍を打ち破った報は、すぐさま王都にもたらされた。王は安堵した。もし、戦争が長引いていたら、確実に王国の兵糧が尽きたからである。兵糧が無くては戦うことはできない。

 何日か経って、王都へ軍勢が帰還した。凱旋将軍となった公爵が、王都の人々に手を振って応える。その列の後ろに、エイコンたちが乗るM3(ブラッドレー)の姿があった。すでに車輛に慣れっこになった住民たちは砲塔の上のエイコン達を、歓声で出迎えた。街路のあちこちや、建物の階上から花が投げられる。それが時折、エイコンの顔に当たるのを、コンパルとタブは笑ってみていた。

 城では、叙勲が行われた。功のあった者たちに名誉を示すものや、金品が手渡された。

「この者に爵位を授け、新たな所領を与えるものとする」

 王は、謁見するために着なれない礼服を着せられ、ギクシャクしているエイコン達を見て可笑しく思った。同時に、足長以外の種族が列席していることも、新しい時代を示すものだと感じた。エイコンは教えられたとおりの作法で王に近寄り、爵位を表す剣を受け取った。

「では、男爵。今後も期待しているぞ」

 王に声を掛けられ、エイコンは頭を下げた。一介の冒険者が爵位を受けるなぞ、長い王国の歴史の中でも、そうあるものではなかった。

 エイコンの成り上がりの物語は、吟遊詩人たちの創作意欲を刺激し、さまざまに尾ひれがついた英雄譚が語られるようになった。



 魔女はいつものように居間の椅子に腰かけ、ノートパソコンをのぞいている。キッチンからはナットが作る昼食の良い匂いが漂ってきている。ボルトは最近はじめたという読書をしていた。時おり向かいに座るレンチに単語の意味を聞いている。レンチは編み物の手を止めて、それに応える。ラチェットはソファに寝っ転がり、ひだまりの猫のように大きく伸びをした姿勢のまま眠っていた。

 戦争が終わって、寒い時期を越え、また暖かい時期がやってきた。小屋の前に広がる広場には、花が咲き乱れ、虫や小鳥が飛び交っている。

 領主となったエイコンからは、定期的に手紙が送られてきていた。

「あの坊主は、冒険に行きたいって愚痴ってる」

「だから爵位をもらうなんてやめとけって言ったんだ」

「でも、もらえる機会なんて、めったにないんだから」

「そうだね。まぁ、もう少したてば、それなりになるさね」

 魔女はペンを取り、手紙を書き始めた。

 トスンっと小屋の外から音が聞こえた。ボルトの耳が動き、本をパタンと閉じる。

「矢文だ」

「私が取ってくる」

 レンチが外に出ていく。ラチェットが起き、眼をこする。ナットが食事ができたことを告げた。

「さて、飯にしようかね」

 魔女はノートパソコンを閉じ、食卓の準備をはじめた。


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