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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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あの丘を獲れ

「丘を獲る、ですか」

 作戦会議に呼ばれたエイコンは、会議を統括する公爵からそう命じられた。

「そうだ。君らで、右の丘を獲るんだ。左の丘は我々が陥とす」

 エイコンは思った。今までの訓練は主に防御戦闘のみで、城塞や砦のような場所を攻撃する訓練はほぼやっていない。これは、異心を起こした者が出た場合、諸侯の城などを攻略しないようにするためだった。

「君らなら造作もないことだろう。期待している」

 自分は公爵らに試されている。とエイコンは知った。諸侯はニヤニヤと笑っている。彼らはエイコンに失敗して欲しいと思っているのだ。ここは退くわけにはいかない。

「──わかりました。丘を獲ってみせます」

 エイコンはそう宣言し、作戦会議の場から退いた。

 陣地から銃兵と重火器班が出発する。その列にラチェットの動甲冑と、エイコンらを乗せたM3(ブラッドレー)が付き添う。

野獣(戦車)は使わないの?』

 ラチェットがエイコンに聞いてくる。

「あの丘の傾斜を考えると、野獣は使えない。銃兵との連携もまだ未成熟だ。味方を撃ちたくはない」

『りょーかい。まぁ、あたしもいるから大丈夫さ』

 エイコンは20㎜バルカンを抱えて歩く動甲冑を見た。ラチェットがそれに気づいたのか、動甲冑の左腕を上げて見せる。

 王国軍は丘に向かって前進している。同盟は丘に挟まれた街道と、左右両丘に陣取り迎撃態勢を取っていた。この両丘を攻略し、一気に決着をつけようというのが作戦の目的であった。

 王国の諸侯の部隊が一列の横隊を組む。公爵の手が上がり、弓兵が弓を引き絞る。

「全軍、前進!」

 公爵の手が振り下ろされる。空が陰る(かげる)のではないかと思われるほどの大量の矢が、敵陣に向かって飛ぶ。それに対応するかのように、同盟側から同量の矢が飛ぶ。その中を鬨の声を上げて兵が進む。

「行くぞ!」

 エイコンはM3のキューポラから上半身を出し、兵たちに告げた。ここで将が安全な車内にいるわけにはいかなかった。自ら率先して勇気を見せねばならない時である。

「砲兵に連絡」

 タブが座標を送る。ナットがそれに応えて、AML(自律型複数領域発射機)からロケット弾を発射する。戦場の上空をロケット弾が飛び、両丘が子弾の雨にさらされる。爆炎の花園が丘に咲きみだれ、敵兵が吹っ飛ぶが見えた。しかし、丘にはそれを予見していたかのように、丸太で防護された陣地が作られていた。同盟もマリンコの戦い方を学んでいるようだった。

 自分たちが活躍するほど、戦争の様相が変わっていく。とエイコンは知った。王国と同盟は、それまでの戦い方を改めていくだろう。いつまで自分たちが優位を保てるか。それを思うと、エイコンは不安になった。

「大丈夫。それは私らのせいじゃない」

 エイコンの不安を見抜いたのか、コンパルが言う。

「銃だって、私らも作ってる。まだ黒色火薬だけど、じきに大砲や、ロケット弾も自分らで作れるようになる。これは進化の歴史なんだよ」

 コンパルはブッシュマスター(25㎜機関砲)の照準を丘の陣地に合わせると射弾を送り込んだ。

「今は戦闘に集中して。悩むのは後よ」

「それもそうだな」

 エイコンは迷いを振り払って顔を上げた。丘はすぐそこにある。銃兵たちの歩速が上がり、自然と鬨の声で満ちる。エイコンらは丘に向かって突撃していった。



「どうやら金的を射貫いたようだね」

 魔女は双眼鏡をのぞきながら言った。

「何が見つかったんですか?」

「同盟の司令部だよ」

 眼の先には、今までの兵たちとは違う、高価な鎧や服を着た人物たちが話し合ったり、地図を確認する光景が広がっていた。伝令の騎兵が出入りし、魔法使いが遠見の水晶球を覗き込んでいる。

「どうしますか?」

 ボルトが双眼鏡を受け取り、のぞきこみながら聞く。

「もちろん、襲撃するさ。うまくいけば、奴に会えるかもしれん」

 ボルトはレンチに双眼鏡を渡す。

「でも、あんなに兵がいるんですよ。こっちはたった3人です」

「不安がることはない。今まで通りにすればいいさ」

 魔女はレンチの肩をポンと叩くと、偽装服のフードをかぶった。

「できる限り近づく。あとは強襲だ」


 丘の上から矢の雨が降り注ぐ。戦いの常識として、高い所に位置した者の方が有利である。銃兵の何人かが矢を受けて倒れる。銃兵たちは時折立ち止まり、弓兵めがけて銃撃を行う。銃弾を喰らった弓兵がのけぞり、陣地の中に消える。

 ラチェットは丘の上の陣地めがけて20㎜を浴びせた。曳光弾の流れが左右に走る。直撃を受けた兵の身体が飛び散り、陣地の防護材がはじけ飛ぶ。その援護下を銃兵が斜面に取り付き、這いあがっていく。まるで蟻のようだ、とエイコンは思った。

 銃兵は匍匐前進しながら、じりじりと斜面を這い上がっていく。弓兵が身を乗り出し、矢を浴びせかけてくる。

「させるかぁ!」

 弾の切れた20㎜バルカンを放り出したラチェットが、.50(重機関銃)を構えて敵兵目掛けて銃撃を行う。銃兵の頭の上を12.7㎜弾が飛ぶ。曳光弾が兵たちの行方を指し示す。銃兵は這い上がり、最初の防護線にたどり着いた。浅く掘られた堀の中に飛び込み、そこで火点を形成する。銃撃により弓兵の頭を下げさせ、這いあがってくる味方を援護するのだ。

「この、この、このぉ!」

 コンパルが25㎜で敵兵を狙撃していく。照準器の中で、敵の指揮官らしき人物が爆ぜるのを見た。喜ぶ暇も無く、次の標的を探して砲塔を回す。

 王国軍は同盟軍と正面で激突した。街道上ではお互いの歩兵を狙った騎兵同士の乱戦が起こっている。歩兵は円陣を組んで槍を構え、騎兵から身を守りながら、カタツムリの歩みで前進していく。

 左の丘を歩兵たちが這い上がっていた。しかし、弓兵に圧されてその突進は受け止められていた。


 魔女たちは茂みを縫いながら敵の司令部に向かって進んでいく。時おり身を伏せて、伝令らをやり過ごす。"エルヴンクロース(隠し身の外套)"を使わないのは、魔法使いには見抜かれるからだった。

 司令部は馬車を組み合わせて移動式の城塞となっていたが、兵たちはここまで敵兵が来るとは思わず、警戒もしていないようだった。そのため侵入は楽であった。逆茂木を越え、馬車の下に潜り込む。

「騒ぎを起こせ。私が行く」

「了解」

 ボルトは腰からサーメイト手榴弾を抜くと、ピンを引き抜き、近くの陣幕に向かって転がした。手榴弾が発火すると陣幕に火が燃え移る。「火が出た」という声が聞こえ、兵たちが慌てて動くのが見えた。ボルトはサイレンサー付き拳銃を構え、通り過ぎようとする兵士を撃ち倒す。

「よしっ、行ってくる」

 魔女は馬車の下から這い出すと、火事の煙に紛れて姿を消した。


 銃兵は銃を撃ち、手榴弾を敵陣に投げ込みながら前進していく。敵陣からの弓の攻撃は少なくなり、武器を手にした敵兵が踊り出てくる。敵兵は撃ち倒される者が多かったが、剣の攻撃範囲に入ると、近接戦闘の経験が乏しい銃兵は逆に圧倒された。

 そこにラチェットが割り込む。大剣を振るい、敵兵を次々と真っ二つにしていく。

「怯むな! 前へ!」

 装甲板を血で染め、内臓が絡まる大剣を掲げる動甲冑の姿に、銃兵たちは士気を回復させた。鬨の声を上げ、銃撃し、弾倉を取り換え、手榴弾を投げ、兵は進む。

 ついに銃兵は丘の頂上にたどり着いた。丘の上で銃列を組んだ兵たちは、反対側の斜面を逃げ下りていく敵兵を狙い撃ちにしていった。エイコンは丘を獲ったと確信した。

「コンパル」

「わかった」

 コンパルは砲手席から離れると、車体後部に載せていたバイクを引きだし、それにまたがった。エンジンをかけ、土を跳ね上げながら走り出す。

 コンパルは乱戦のさ中を駆け抜け、公爵の下へと走った。公爵を見つけるとバイクを寄せる。エンジン音を聞きつけた公爵が振り向く。コンパルはバイクを止めると、自らの部隊が丘を獲ったことを告げた。公爵は丘の方を向き、その頂上にひるがえる、白頭鷲と地球儀を染め抜いた海兵隊の旗を確認した。



 魔女は進む。偽装服を脱ぎ、プレキャリにチェストリグというマリンコ(海兵隊員)の姿になる。火事に対応している兵たちは、堂々と進む魔女に気を向けることなく道を開ける。魔女は陣地の中を進み、敵の中核へと肉薄していった。

 火事騒ぎに混乱している幕僚たちは、何が起こっているかを確認しようと天幕から顔を出した。魔女はM14を構えると、それらに銃弾を撃ち込んだ。

「よしっ、やるぞ」

 銃声を聞きつけたボルトはレンチに合図した。二人は馬車の下から這い出し、それぞれのライフルを構え、目についた兵に向かって銃弾を放った。

 ボルトは左拳をレンチに向かって指しだした。レンチはそれに拳を当て、二人は左右に散った。銃を前に押し出すように構え、陣幕の間を抜けながら敵兵を倒していった。

 魔女は手榴弾を陣幕の中に放り込みながら進む。目的は高位の敵将を討ち取ることだった。魔女に気づいた兵が剣を振るって飛び込んでくる。魔女はタックルすると相手の勢いを利用して投げ、胸に銃口を押し付けて射ち殺す。マガジンを振り捨て、新しいものを装填する。ふっと息を吐き、通り過ぎようとする兵たちを連射で倒す。

「見つけた」

 魔女の眼が、先ほど双眼鏡で見た敵将たちを捉えた。魔女は銃口を上げると、慎重に照準して、引き金を引き絞った。一番高位と思われる敵将の頭に血の花が咲き、将たちの目の前で崩れ落ちる。幕僚たちは驚愕し、辺りを見回す。魔女はそこに向かって銃撃しつつ接近した。銃声が響くたびに一人が倒れる。魔女がその場にたどり着くころには、立っている者は誰もいなかった。

 陣内は混乱に包まれていた。あちこちの天幕が燃え上がり、煙が辺りを包む。馬がいなないて暴れている。銃声が響き、手榴弾が炸裂する。魔女はそんな中に立ち止まり、煙草をくわえると火を点けた。そしてゆっくりと煙を吐いた。

 魔女は笑った。今まで思ったことはなかった、全能感が身体を突き抜けた。混乱。それを世界にもたらすのは自分だと、魔女は思った。乱れろ、回れ。世界は自分の掌の中にある──

 ふと、魔女は近づく影に気づいた。そちらに目を向けると、そこにスーツ姿の男が立っていた。

「──ようやく会えましたね。北の森の魔女」

 パタースンは、煙草をくわえて混乱の巷に立つ魔女に向かってそう言った。

 

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