敵地潜入
街道をめぐる一戦は、まず王国が一勝を得た。同盟軍は野戦陣地に籠るエイコンのマリンコ部隊によって撃退された。しかし、その勝利を祝う暇もなく、同盟は次の手を打ってきた。
二つの衛星が作る光の降り注ぐ薄暗い戦場を、周囲を伺いながらホブゴブリンとゴブリン、オーガーの一群が進む。彼らは生来の夜目の能力を使い、暗い中でも自由に行動できた。彼らは戦場に転がる死体を乗り越え、出丸となっているエイコンの陣地に迫った。
あとわずかで馬防柵にたどり着く、といったところで、ゴブリンたちは今までに見たことの無いものに出くわした。それは鉄を細く伸ばしたものを螺旋状にし、いたるところに刃がついた鉄板を挟んでいた。いわゆる"鉄条網"である。エイコンが夕方に急遽設置したものであった。
ゴブリンたちは鉄条網を抜ける方法を探っていた。下を潜ることもできず、またぎ越えることもできない。切ろうにも鉄線を切断できる工具など、この世には存在していなかった。あったとしても、ゴブリンたちはそれを持っていない。
鉄条網の前でうろうろする敵兵の姿を、歩哨に立つ銃兵が捕捉していた。歩哨はゆっくりと、地雷の発火装置に手を伸ばすと、安全装置になっているゴム製のパッドを外し、レバーを三回押し込んだ。
爆発音が響き渡る。炸裂したクレイモアが放った無数の鉄球が、接近していたゴブリンたちを一瞬で肉塊に変える。次々と照明弾が打ちあがり、周囲は昼と夜が同時に来たような、明るい世界と闇の世界に区切られる。爆発音を聞きつけた銃兵たちが跳ね起き、空中からの灯りに照らされたゴブリンたちに向かって射撃を開始する。同盟軍の夜襲隊は多大な損害を受けて逃げ帰った。
朝になると、街道に奇妙なモノが現れた。高さ8m、幅3m、長さ10mほどの箱型の物体で、大きな車輪が片方に5個ほどついている。それが十輌ほど、街道と平地をゴロゴロと音を立てて進んでくる。
エイコンは双眼鏡に映るその姿を見てつぶやいた。
「ジャガーノートか……」
ジャガーノートは一種の攻城兵器で、周囲を鉄板で装甲しており、矢はもちろん、ファイアボールでも損害が与えられないほどの防御力を有していた。その中は2階建てになっており、下階の馬が車輛を動かす動力源となっており、上階には弓兵や、はしごを使って城に突入する歩兵を搭載している。ジャガーノートの後ろには、それを盾とした歩兵の群れがじりじりと進んでくる。
エイコンはしばし考えていた。銃兵の小口径銃や重機関銃では、ジャガーノートの装甲を撃ち破ることはできない。ジャベリンなどの対戦車兵器を使えば、装甲を貫くことはできても、内部を完全に破壊することはできない。
「──切り札を使わなければならないか」
「仕方ないわ」
コンパルがエイコンの考えを見透かしたかのように言う。エイコンはタブに命じて、切り札を出すことを伝えるように告げた。タブが後方の陣地に無線を飛ばす。
それは甲高いガスタービンの悲鳴を高らかに歌いながら、地面を踏みしめて現れた。王国軍はそれの登場を見て怖気づくと同時に、噂に聞く"野獣"の姿に勝利の匂いを感じ取った。
王国軍の戦列を抜けた4輌のM1A3が、フォーメーションを変え、横一列に並ぶ。操作するのは半周期前までは農奴や宿無しだった者たちである。彼らは初陣に緊張していたが、自分たちが乗るマリンコの「戦車」に全幅の信頼を寄せていた。
ジャガーノートは進み続けている。M1の主砲が発射され、白煙と巻き上げられた土煙が戦場に霧のように舞う。ジャガーノートの装甲板の表面に爆発炎が咲く。装甲を貫通されてもジャガーノートは動き続けていた。M1は2発3発と砲弾を送り込み、数輌のジャガーノートを停止させた。M1はまだ動く車輛を迎撃するために再び走り出した。
ジャガーノートとM1がすれ違う。咄嗟の方向転換ができないジャガーノートに、側面から砲弾を叩きこむ。馬が死んだ車輛が沈黙する。後方に位置していた歩兵たちは、M1の姿に恐慌に襲われた。武器を捨て、逃げ出す者もいた。
1輌のM1がジャガーノートにまっすぐぶつかり、履帯で噛みつくと、まるで紙細工のように踏みつぶした。何度かファイアボールや魔法の矢を受けたが、M1は動き止めずに戦場を駆け巡った。すべてのジャガーノートが動かなくなったのを見て、エイコンは"野獣"たちに巣に戻るように告げた。
魔女とボルトとレンチの三人は、敵陣の隙間を見つけて、そこをくぐり抜けた。いつもの服の上にギリースーツという偽装用のコートを被っている。まるで藪が歩いているかのようだった。ボルトが先頭にたち、レンチが後方を警戒する。
ボルトが片手をあげ、姿勢を低くした。森の中の獣道の向こうから、周辺の警備をしているのか、歩兵の一団がやってくる。魔女は無言で二人に指示し、静かに藪の中に身を沈めた。
歩兵たちは魔女たちに気づかず目の前を歩いていく。ボルトはこっそりサイレンサー付き拳銃を抜くと、最後尾が抜けるのを待った。歩兵たちの足音はどんどん遠ざかっていった。ボルトは耳と鼻を使って周囲を見た。
「……行けます」
藪が立ち上がり、見張りが来た方向に向かって歩き始める。このような遭遇を何度も繰り返し、魔女たちは敵陣深くまで侵入していった。
鬨の声があがる。エイコンたちによって同盟の部隊は動揺していると見られた。この時を狙って、公爵は全軍に前進を命じた。騎兵と歩兵が丘の間に向かって進んでいく。対する同盟軍も街道と丘に兵を進めた。
エイコンは兵を前進させずに、休息を取らせた。食事がふるまわれ、負傷者が砦へと運ばれる。
公爵の部隊と前進してきた敵の騎兵部隊が激突する。剣戟が交錯し、旗がなびく。歩兵がわめきながら突進し、従軍魔法使いが攻撃魔法を炸裂させる。
エイコンはコンパルとタブ、ムロニ──エイコンのパーティのドワーフ──と一緒に、食事を摂りながらその光景を眺めていた。エイコンは自分たちが機動戦ができないことを知っている。戦車も横一列になってぶつかり合い、至近距離で剣や槍を打ちあう戦いに投入するには、小回りが利かなかった。
──もしくは、自分たちだけで戦線を突破するか?
エイコンは迷った。あまり手柄を独り占めするのは良くない、と思った。主役はあくまで公爵やその他諸侯である。ここで出しゃばると、後々面倒なことになる。
食事を終えたエイコンは鎧を脱ぎ、M3の陰に寝転んだ。とりあえずは眠ろう。また忙しくなる時がやってくるまで。
魔女は藪の中でM14を構えていた。ゆっくりと息をし、そして吐く。照準器の向こうには、高価な服を着たエルフの姿がある。名の知れた従軍魔法使いだろう。いわゆる「高価値目標」を見逃す手はない。あと、自分の指の痕を残すことも重要だった。例の地球人をおびき出すためだ。
ボルトとレンチは、魔女の邪魔をしないように、離れたところで周囲を警戒している。
照準器の中のエルフは、仲間と談笑をしている。笑顔が眩しかったが、魔女はそれをうらやむことはない。あるのは、自分と「目標」だけであった。
魔女はゆっくりと引き金を引き絞った。銃弾が発射され、短い飛翔を終えた弾頭がエルフの片頬から首筋へと貫通する。ぐるりと白目を剥いたエルフが崩れ落ちる。
魔女は立ち上がると、移動するように手で合図を出した。そして、ふと立ち止まると、受け止めていた薬莢を、すぐ近くの切り株の上に立て置いた。銃声を聞きつけて捜索に来た者たちに、わざと発見させるためだった。
このようにして、魔女たちは森の中を進み、敵陣を見つけると、指揮官や魔法使い、高位の聖職者などを狙って狙撃を行った。魔女の長い指を残すためだった。
「よし、今日はここで野営だ」
日も暮れ、辺りは闇に包まれている。魔女は腰を下ろした。ボルトとレンチがサイコロを振り、どちらが先に立哨に立つかを決めている。魔女は微笑みながらMREを取り出し、温めずに封を切り、プラスプーンを差し込んで中身を口に運ぶ。その間も目は周囲に向けられている。食事の味なぞはこの際関係ない。腹がくちて、スタミナと戦意を回復できればいいのだ。甘いケーキを口にいれ、水で溶いたコーヒーをすする。数歩離れたところでは、レンチが食事もそこそこに横になって寝息を立てている。緊張続きで神経をすり減らしていたのだ。短くても睡眠をとることは大事だった。
魔女はゴミを集め、地面に穴を掘ってそれらを埋めた。腕のいい追跡者なら、それを発見するだろう。それもわざとである。魔女は足跡を残し、敵を釣るのだ。藪の中に沈むと、魔女は短い睡眠をとった。
朝日が森に差し込んでくる。レンチがボルトを起こし、三人は昨晩のMREの残りを食べる。そして、また森の中を、敵陣奥深くを目指して歩き始めた。
緩衝地帯には森と畑が混在している。まだ収穫されていない金色の穂の間を、身を潜めて進む。時折止まり、前方や後方に敵がいないかを調べる。そしてまた前進する。
ボルトが片手を上げる。魔女とレンチが止まる。
「……11時。距離200。馬車です」
魔女はボルトの言う方向を見た。畑に似合わない、豪奢な馬車が止まっている。どうやら車輪をあぜ道から落としたようで、馬車は傾いている。周りには馬から降りた兵士たちの姿があり、どうやって道に戻すのかを相談しているようだった。魔女はボルトに進むように命じた。
馬車に向かって三人はじりじりと蛇が這うように進んでいく。そして、馬車のすぐそばまで接近した。ボルトがサイレンサー付き拳銃を抜き、魔女はナイフを抜いた。無言の合図で二人は立ち上がり、ボルトは少し遠くの兵士を撃ち、魔女はそれに驚いた兵士を引きずり倒し、ナイフで喉を切り裂く。わずかな時間で兵士たちをすべてあの世に送り込んだ。
「さて、どんな人が乗っているんだか?」
ボルトは拳銃を構えたまま、馬車のドアを開ける。中にいたのは、恰幅の良い初老の男と、乳飲み子を抱いた高級な服を着た女性だった。
「こりゃ驚いた」
魔女は二人を見て驚きの声をあげた。初老の男も驚いている。女性は子供を抱きしめ、無言のまま二人を睨んでいる。魔女はボルトに銃を下ろすように言った。
「この紋章……同盟のハニ王のだね。ということは……」
「そうだ……そなたのその姿は……」
初老の男は傍らに置いてあった細身の剣の柄を握る。魔女は偽装服のフードを脱ぎ、素顔を露わにする。
「お初にお目にかかります。ここでは、北の森の魔女と、名乗らせていただきます」
「やはり、な」
男は剣の柄を握っていた手を緩め、膝の上に置く。
「わしはどうなっても構わんが、この子だけは見逃して欲しい」
「それは……」
魔女は子供を抱く女性の方を見る。子供がぐずり始めている。魔女は笑みをみせると、初老の男の方に向き直った。
「わたしの目的は他にあります。あなた方に危害をくわえる気はありません」
初老の男はふーっと息を吐き、子供の方を向いた。
「助けに来た連中に、魔女はあっちに行ったって伝えてください」
「わかった……」
魔女は馬車のドアを閉める。
「何だったんですか?」
「どえらいモノに出会ったわけさ。ハニの国と言えば、同盟でも有数の大国だ」
「もしかして、ハニお……」
叫びそうになるボルトの口をレンチが塞ぐ。
「そうさ。ここでこの3人を殺したら、大変なことになるさね」
魔女はフードをかぶりなおすと、森に向かって歩き出した。慌てて二人が追いかける。
「護衛もろくに無しで、あれだけの大物がほっつき歩いているなんて、ずいぶん遠くまで来たようだね」
「自分らは帰れるんですか?」
「さぁ、それはどうかね」
魔女は馬車の方を一瞥すると、さらに敵陣奥深くへと歩を進めた。




