街道上の怪物
今周期も実りの時期がやってきた。畑は黄金に染まり、収穫も多いとみられていた。しかし、その刈り入れを前にして、緩衝地帯に同盟軍が前進してきた。王国より南に位置する同盟諸国は王国より収穫が早く、王国が兵糧となる作物を得る前に攻撃を仕掛けてきたのだった。
戦争の焦点は、王国と同盟を結ぶ街道になると思われた。この地域は緩衝地帯で最も両国の距離が短く、街道のために軍勢を動かすにはもってこいの場所であった。同盟は緩衝地帯全域で兵を動かしていたが、主力をこの街道に振り向けていた。
対する王国も全軍を動かしたが、刈り入れ前のために兵糧が少なく、短期決戦を挑むしかなかった。そのため、他の地域は防衛に徹し、主力を街道に差し向け、そこで同盟軍と衝突することとなった。
エイコンはまだ領主ではなく、領地の経営は王都から派遣された代官によってなされていた。エイコンはこの代官に領地内の全軍の出動を依頼した。しかし、代官は万が一の事を考えてか、砦に王の兵を残すように命じた。エイコンは仕方なく、配下の500人のマリンコたちのみで戦闘に参加することとなった。
両軍は街道を進み、丘に挟まれた狭隘な地を挟んで陣を布いた。エイコンは全軍を統括する公爵に申し出、最も激戦が予想される街道上に陣を張ることを申し出た。公爵はそれを認め、エイコンは街道の横に陣取った。すぐさま逆茂木と馬防柵、土嚢を使って半円形の陣地を構築、陣前には深い空堀を掘った。そこに配下の500名を配置した。王国の他の部隊はその後方の広い地域に陣を張った。これによりエイコンの陣地は、戦線から突出した形になる。
エイコンはM3の砲塔の上に立ち、双眼鏡を手に敵陣を見渡していた。同盟軍は街道上はもちろん、先に手に入れた丘の上にも展開していた。その状況からみて、敵は一気に討って出ると判断した。その場合、真っ先に狙われるのは自分たちの陣地であることは理解している。
何日かにらみ合いが続いた。敵は王国軍は兵糧が少ない事を知っている。時間が経てば、必ずや王国軍から戦端を開くと同盟軍は見ていた。
エイコンはその状況を把握していた。陣地戦では先に仕掛けた方が不利になることはわかっていた。だが、彼の部隊は、悪魔の手を持っている。エイコンは決断した。
「砲兵隊を使う。通信。30-21-52。89-64-70」
「了解。座標、30-21-52。89-64-70。送れ」
タブ──エイコンのパーティのハーフフット──が無線機に向かう。
後方に位置したナットが通信を受け取る。数輌のAMLのランチャーが屹立し、座標に向けてロケット弾を発射する。
放たれたM26ロケット弾が戦場の空に白煙を残して飛んで行く。そして、街道を挟む両丘の上でカバーを開き、それぞれ644個の子弾をバラまく。しばらくして丘の全面が爆発炎に包まれた。
「命中。続いて効力射」
爆発が合図になったかのように、丘の上の陣が動いた。ロケット弾攻撃から生き残った兵たちが、鬨の声を上げて斜面を駆け下りてくる。ロケット弾はその背後に子弾をバラまき、続いて前進してきた兵を吹き飛ばす。
「総員、戦闘用意!」
土嚢で固めた陣地に位置した300名の射手が、M4を構える。
「ワイバーンが来る!」
コンパルの声にエイコンが反応する。敵陣の奥から、騎手を乗せたワイバーンが十数頭飛来してくる。ワイバーンは口から炎をチラチラさせ、翼を羽ばたかせて急速に接近してくる。
『任しといて』
M3の横をラチェットの動甲冑が歩いていく。
『全員の頭を下げさせて』
「よし、全員頭をさげろ!」
射手たちが頭を下げ、土嚢に身体を押し付ける。ラチェットは20㎜バルカンを構えると、ワイバーンに照準を合わせた。
「まだまだ──」
ワイバーンの顔がスクリーンに大写しになる。騎手がワイバーンの首を叩く。ブレスを吐かせる合図だ。
ラチェットはトリガーを引いた。分速3000発の機関砲弾が放たれる。先頭のワイバーンが弾雨をもろに喰らってバラバラになる。ラチェットは弾道を調整し、次の目標を狙う。3頭のワイバーンの残骸が墜ちると、ワイバーンたちは編隊をばらして左右から突っ込んでくる。
「対空戦闘!」
砲手席のコンパルが素早く反応し、25㎜チェインガンをワイバーンに向ける。野太い発射音とともに発射された機関砲弾が、迂闊に陣地に近づいたワイバーンを引き裂く。
ラチェットは全弾打ち尽くしたバルカンを投げ捨てると、台車に載せられていた.50を取り上げ、構える。20㎜には威力では劣るが、ラチェットはその操作に熟練している。狙い撃ちなどお手の物だった。ブレスを吐くために降下してきたワイバーンの頭部目掛けて射弾を送り込む。ワイバーンの首から鱗が破片のように飛び、何発かが騎手を撃ち抜く。
数頭のワイバーンが陣地に対して火炎ブレスの攻撃を行う。しかし、土嚢で強化された壕の中に入っている兵には効果が薄い。飛び去るワイバーンをチェインガンが捉え、翼を撃ち飛ばされた1頭がくるくる回りながら空堀に墜落する。
「来るぞ! 射撃用意!」
丘を駆け下りてきた兵たちと、街道上を猛烈な速度で駆けてくる騎兵の群れが近づいてくる。兵たちは土嚢から顔を出し、それぞれ銃を構える。
「相手の白目が見えるまで待て──」
エイコンはM3の上に立ち、手を挙げた。敵兵が迫る。馬蹄の響きが街道の石畳を通じて聞こえてくる。
「──撃てっ!」
エイコンが手を振り下ろす。
兵たちは一斉にM4を撃ち放った。銃撃を受けた騎兵や歩兵がもんどりうって倒れる。銃兵は目標が倒れると、次々に照準を変えて、撃ち続ける。弾を撃ち尽くすとマガジンを交換する。マガジンは壕の後方に投げられ、それを子供たちが拾っていく。替えが利かないマガジンは貴重品である。マガジンを拾った子供たちは陣地の奥に下がり、土を払い、弾薬を詰めなおす。
「前方、ジャイアント!」
街道上に文字通りの怪物が姿を現した。身長5mほどの全身を鎧で固めたヒルジャイアントたちだった。巨大な棍棒を手に、大股で接近してくる。
「ジャベリン!」
それまで後方で待機していた重火器班が動く。それぞれジャベリンを構え、射程に入ると次々と撃ち放った。発射された対戦車ミサイルは、あるものは上空に舞い上がり、あるものは直線を描いて飛ぶ。そして、ほぼ同時にヒルジャイアントたちに命中する。8㎏もの成形炸薬弾頭は鎧と皮膚を簡単に撃ち抜き、ジャイアントの内臓に大ダメージを与える。ジャイアントたちは片膝をつく者、兵を巻き込んで倒れる者などが続出した。
それでも陣地に向かって走ってくる敵兵は止まらなかった。足長の他に、ドワーフやホブゴブリン、オーガーの姿も見える。彼らは持ち前の身体の頑丈さを武器に、5.56㎜弾を受けながらもその足を止めなかった。逆茂木と馬防柵を乗りこえ、ついには空堀まで一群が到達した。空堀を駆け下り、丸太と土嚢で補強された陣地に向かって這いあがろうとしている。
銃兵たちの何人かが手榴弾を空堀に向かって投げおろした。敵兵の間で爆発が起こり、破片を受けたドワーフらが転がり落ちていく。
「地雷を仕掛けておくべきだったか……」
エイコンは激戦の中でも冷静に戦況分析を行った。次の戦いがあるとしたら、今日の戦闘の戦訓を盛り込むためだった。
「あたしの出番ねっ!」
ラチェットが大剣を引き抜き、土嚢を飛び越えて空堀に飛び込む。着地する前に2体のホブゴブリンを両断し、着地するとオーガーに大剣を突き込む。
『あたしは大丈夫だから、どんどん撃ち込め!』
「立ち上がれっ! 射撃しろ!」
銃兵たちは土嚢から上半身を出し、空堀や、馬防柵を越えようとしている敵兵に向かって銃撃を続行した。銃兵の間に配置された狙撃兵は、指揮をするそぶりを見せる兵を次々と狙い撃ちにする。
ついにその時がやってきた。敵兵が退き始めたのだ。
「撃ち方やめ」
敵兵は退かせるにまかせた。確かに十分な弾薬は持ってはいるが、どれだけ戦うかわからない状況では、温存した方が良い。銃兵たちの間にはある種の興奮に似た空気が流れている。エイコンは、まずは初戦は拾ったと、安堵のため息をついた。
王国の兵たちはエイコンの部隊の破壊力に度肝を抜かれていた。わずかな兵が、同盟の大部隊を跳ね除けたという現実を見せられ、改めて北の森の魔女の力を認識した。
「さっそくやってるねぇ」
遠くに響く銃声を聞きながら、魔女は独り言ち(ひとりごち)た。
「エイコンの野郎は大丈夫ですかね?」
前方を警戒しているボルトが、振り向かずに応えた。
「まぁ、大丈夫だろうて。わたしが直々に仕込んだ生徒だ」
「それで、相手は見つかりますかね? その人間が」
後方を警戒するレンチが聞く。
「ふらふらと出てくるような奴じゃぁないとは思うが……エイコンの部隊に引き寄せられるだろうね」
「どうしてです?」
「あの部隊をわたしが指揮してると思っているだろう。わたしの予想が当たれば、奴はわたしの顔を確かめるために、前に出てくる」
「そこを殺ろうってことですか?」
「そんなとこさね。そこで、こっちは敵陣の裏に回り込む」
魔女はボルトに前進を命じた。ボルトは森の中を音を立てずに進んでいく。陣と陣の間の、双方の責任分担があやふやな部分を見つけ、そこを抜けていくのだ。3人の小部隊は、戦場の音を背に歩を進めた。




