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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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「すげぇ、なぁ」

 ボルトは小屋の前の広場に集まった数十人の男女を見て、驚きの声を上げた。皆、ボルトより10歳は上の年齢のように見え、中には魔女に近い年齢と思われる者もいる。互いに再会を嬉しがったり、自己紹介をしている。

「これが、メムの家族……」

 レンチが圧倒されたように声を失う。

「よぉ、ボルト」

「兄貴!」

 人々の間からブレットがやってくる。

「こんなに集まるとは思ってもみなくて」

「とりあえず、王国や緩衝地帯にいる面々で、声をかけられる面々を集めてみた。後で、同盟の領地で仕事している連中もやってくるだろう。俺たちは、別に国に属しているわけじゃない。所属しているのは、"魔女の食卓"だからな」

 テラスに魔女が現れる。広場の面々はぞろぞろと緩く整列し、敬礼する。

「今日皆に集まってもらったのは他でもない。我々の力量が試される時が来た。これから、500人の素人をマリンコ(海兵隊員)へと育てる。そのために、それぞれできることをやってもらいたい」

「「yes,メム!」」

「王国から素人どもがやってくるのは、10日後だ。その前に準備を行う」

 魔女の短い訓示が終わると、年かさの男がメンバーを分けて、指示を出す。荷台にまで人を乗せたHMMWV(高機動多用途装輪車両)が走り出し、ベロー・ウッド(強襲揚陸艦)へと向かう。

「傷はどうだい?」

 魔女は目の前を通り過ぎようとしてたアウルス(梟人)に声をかける。スパナという名前のアウルスは立ち止まり、恥ずかしそうに顔をあげる。

「指を失いましたが……自分は撃てなくても、撃つことを教えることはできます。期待に背かない働きをします」

「ならよかった。来ないかと思ってたからね」

「一度は捨てようと思いましたが……自分も根はマリンコのようです」

 アウルスは敬礼し、HMMWVに向かって走っていく。

「あれは……」

「もう過去の話さ。今はなくてはならない存在だ」

「俺らはどうすればいいんです?」

 ボルトが聞く。その声にレンチとラチェットも魔女の方を見る。

「いつも通り、わたしと一緒に生活だ。あいつらは放っておいても仕事はする。そのように仕込んだんだ」

 ベロー・ウッドから資材を載せたMTVR(大型6輪トラック)が何輌もやってくる。小屋から少し離れた所に資材を下ろし、倒木や下生えを取り除き、大型のテントがいくつも建てられる。まずは臨時の宿舎を作り、恒久的な建物は訓練生が着いてから建造することになっている。

 レンチの眼を引いたのは、何百足もの大量のブーツの山であった。

「ブーツがあんなに」

「足回りは重要なパーツさね。こっちの靴もいいんだが、支給するのはわたしが信用しているものにしたい」 

 何日かで、小屋の周りに小さな村が完成した。道路が整備され、車輛が行き来する。

「そろそろ来る頃だな」

 素人たちは、王国の兵に導かれてやってきた。その姿を見たボルトは愕然とする。

「あれはっ……農奴や宿無し者ですよ! 女子供もいる……」

「予想通りだ」

「予想?」

「王国が兵をそのまま送ってるわけがないと思っていたさ。こっちとしても、下手にプライドのある者より、まったくの素人の方が扱いやすい」

 ぞろぞろと歩く農奴たちが広場に集められる。農奴たちは不安そうな顔をして、辺りを見回している。どう言い含められたかはわからないが、微かな恐怖が伝わってくる。

「北の森の魔女の下に送られるなんて……死刑を言い渡されるのと同じと思ってるんだろうさ」

 魔女は人々の前に立った。幾人かが逃げようとしたり、腰を抜かしたりする。だが、周りを固めたマリンコたちの姿を見て、多くが立ちすくんだ。

「いいかい、おまえたちは今日からマリンコだ。今までの生活は忘れろ。これからおまえたちを鍛える。それが終われば、おまえたちは王国最強の兵士となる。誰かに未来を押しつぶされる時間は終わりだ」

 魔女は、まず人々を風呂に入らせた。溜まった垢を落とし、シラミやノミなどを洗い流すためだ。新品のTシャツとパンツ、そして足に合わせたブーツとソックスが支給された。今まで靴なぞ履いたことのない訓練生たちは、ソックスを不思議そうに眺め、ブーツの履き方を学んだ。

 次は、健康状態の確認だった。病気に罹患しているものには治療が行われた。健康な者には各種予防接種が行われ、手洗いなどの基礎的な衛生に関する事を教えられた。

 その次は食事だった。彼らは痩せていた。まずは体重を増やし、訓練に耐えられるスタミナを得ることが必要だった。これに関しては、大量の食糧が町から毎日町から送られてきていた。商人たちは魔女と王国から金を受け取り、それに見合った物資を手配したのである。

 たっぷりの食事をとり、長い睡眠と、適度な運動をして、訓練生たちは日々身体を作っていった。元々農業に従事していたこともあり、基礎体力が悪くはなかった。ただ、自分から何かしようという意思がまったく見られなかった。そこを矯正するのも訓練の目的である。

 運動と同時に、森の木々を切り倒して、小屋が作られることになった。ここでは数人ずつのグループにわけ、作業は訓練生たち自身が判断する事をあえて強いた。その様子を見て、リーダーとなるべき者を選別したのである。

 小屋が次々と立って行く。訓練生たちは、今までとは違う生活に最初は戸惑っていたが、それまで食べたことの無い充分な食事や、辛い強制労働も無いことに、だんだん自分たちが置かれている状況を理解しはじめていた。自分たちが本当に兵士に変えられていることがわかったのである。

 最初の30日が過ぎた。訓練生たちは、教官の指示に従って行動することに慣れてきていた。体操をし、走り、集団行動をすることを覚えた。魔女はその姿を見て、何度もグループ分けをしていった。将来的にどの兵科に充てるかを考えての事である。

「ホントにこんな事をしているなんて」

 他の用事でやってきたエイコンは、森の中に建設された村を見て驚きの声をあげた。

「王には、こっちが本気だってことを示さないとね。銃を渡して、はいできました。じゃぁ、契約違反だ」

 エイコンは行進したり、並んで体操したりしている人々を眺めて、好奇心いっぱいの笑顔を見せた。

「ところで、あんたもやってみないか?」

「何をです?」

「マリンコになることさ」

「はいっ!?」

 魔女はエイコンの方を向いてニヤリと笑った。

「彼らに欠けているのは、指揮官なんだ」

「指揮官? あなたがなるのではないですか?」

 魔女は手をふりふりした。

「わたしらが関わったら、それこそ王国にヒビが入るさ。指揮官にはわたしらじゃない者がなるべきだね」

 魔女の視線にエイコンは思わず目をそらした。その視線の先に、きびきびと動く訓練生たちの姿が入る。

「できれば──あんたに任せたいと思ってる。その素質は充分にあると思ってる。知的だし、呑み込みも早い。それに種族や出自に対する偏見も無い。彼らの指揮官にぴったりだ」

「そうですか……?」

「いつまでも冒険者をやってるわけにはいかないだろ? 引退して、何か小さなつまらない商売でもして生きていくかい? それとも領主になってみないかい?」

「領主──」

「そうさ。自分の所領に、数百人のマリンコ。人生を賭けるにしては、損な話ではあるまいて」

 魔女の声がエイコンの耳をくすぐる。エイコンはしばし迷っていた。確かに自分の土地は欲しい。それが一足飛びに所領ともなれば話は違う。だが、こんな機会に巡り合うことはこれから先にあるとは思えない。エイコンはそう思った。大きく息を吐き、そして決断した。

「──わかりました。やりましょう」

「そうこなくては」

 魔女はエイコンに今後の計画が書かれた書類を渡した。

「あんたの仲間も呼んできな。こうなったら嫌とは言わないと思うさね」

 エイコンは改めて、目の前にいる老女が本物の魔女であることを認識した。


 50日が過ぎた。すっかり体つきも、思考も変わった訓練生たちを見て、魔女は次の段階に進むことに決めた。各員に銃が渡され、その使い方を学ぶ時がやってきたのだ。

 エイコンとその仲間の教育も行われていた。最初は渋っていたコンパルたちであったが、エイコンがなんとか説得した。特にコンパルの掌返しは見事で、次々に見せられるマリンコの技術に興味を示し、その習得に意欲を見せた。

 森の中に銃声が響く。訓練生たちの身体に射撃を覚え込ませる。成績の良いものは、男女問わず、狙撃の訓練へと進んだ。子供たちには銃の修理を覚えさせた。彼らは直接戦闘には参加させず、後方での作業をするように振り分けたのだ。好奇心の盛んな子供たちには、遊びの一環として無線の使い方を教えた。銃の操作を覚えた大人たちは、適正に合わせて、車輛の運転や、砲の使い方などをそれぞれ習得させていった。

 演習が何度も行われ、集団戦闘の方法も学ばせた。エイコンたちも演習に加わり、作戦指揮を学んだ。魔女はエイコンの部隊をとことんまで追い詰めて、彼になぜ負けたのかを理解させる。エイコンの指揮能力も日に日にあがり、魔女から何勝かをもぎ取ることもできるようになった。

 訓練と同時に、王から与えられるという領地への物資の輸送が行われた。弾薬や燃料がMTVRに積載され、王国内を走っていく。最初はびっくりしてみていた領民たちも、次第に慣れていき、町中や畑の間の道を走るHMMWVやMTVRの姿は、毎日の風景の一つとなった。

 教官役のマリンコたちも、再び王国や諸国に戻っていった。彼らは部隊の支援と、各国内の情報収集の任に就くことになっている。マリンコたちは魔女に別れを告げ、次々に旅立って行った。


 ある日、王からの手紙が届いた。緩衝地帯に動きがあるというのである。魔女はそろそろ頃合いと見て、訓練を終えることを決めた。

 広場に集まったのは、500人の精鋭たちであった。服装は王国の兵と同じ、服に軽鎧をつけたものであったが、その上からチェストリグを着こみ、銃や手榴弾を装備している。彼らの眼には自信があふれ、引き絞られた弓のごとく、高い士気が感じられた。

「では、征こう」

 エイコンが声を上げる。エイコンに率いられた兵たちが、それぞれ車輛に乗り、森を去って行く。魔女たちはそれを眺めていた。

「大丈夫なんですかね?」

 ボルトが魔女に聞く。

「さぁね。ここから先は、エイコンと彼ら、王たち次第さね。初戦で全滅するか、それともなのか」

 魔女は煙草を吹かし、小さな煙の輪を吐き出した。

「さて、わたしらも行く準備をしようかね」

「どこへ?!」

 ボルトの問いに魔女が応える。

「同盟を操る人間(地球人)を探す。そして……」

 魔女は首を掻き斬る仕草をした。

「──これはわたしらじゃないとできない仕事さね」

 数日後、魔女たちは小屋を後にした。


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