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北の森の魔女  作者: 鉄猫
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初陣

 レンチの訓練が始まった。銃を携えたままの森林での障害飛越を伴ったランニングとウェイトトレーニング、それは雨や雪の日でも続けられた。

 ただ肉体をいじめるのではない。的確な筋肉を鍛え、スタミナを増やす。魔女とケイナイン(ボルトとナット)の二人も同じメニューをこなす。レンチ一人ではなく、ここに住まう全員がチームであると、レンチ自身に学ばせるためである。

 しばらくして、魔女はレンチに射撃を教えた。銃というものの破壊的効果と、安全にそれを扱う方法もである。この世界にも銃と言えるものはあった。それはマリンコ(悪魔)の侵攻に対して。この世界が出した答えの一つだった。マリンコの技術を学び、それを自分たちでも使えるようにしたのだ。しかし、まだ鋼鉄製の筒に黒色火薬を使う、原始的なものにすぎなかった。

 レンチもしばらくするとその銃声や発射炎にも慣れ、遠方の的を射貫くようにもなった。分解整備もこなすようになり、目隠ししてもそれができるようにもなった。格闘訓練にも進み、近接武器はもちろん素手での殺傷技能も身に着けた。

 何十日かの基礎訓練が終わると、次は連携訓練であった。ボルトと組んで、狭い屋内を模した倒木の迷路での射撃を含む機動訓練であった。

「死角にも眼をむけろ。全身で周りを感じるんだ」

 魔女からテニスボールをぶつけられたレンチはばつの悪そうな顔をして、次の部屋へと向かった。

「マリンコは誰であれ一級射手であれ」

 杭にかぶせられた空き缶を狙っての射撃を行う。命中率が高くなると、標的はどんどん離され、最終的には200mを離れても命中させられるようにもなった。

 装具のつけ方も学んだ。まずは服。レンチは今までつけたことのなかった「下着」というものをつけた。胸の膨らみを支えるものだ。そのあとは見慣れない構造のジャケットとトラウザー。その上に命を守るために重要な鎧、ボルトたちがプレキャリと呼ぶものをつける。プレートキャリアは文字通り「装甲板」を身に着けるためのものである。分厚い複合材の装甲板を前後に入れるとその重量は重くのしかかった。

 プレキャリの上にはチェストリグをつける。銃のマガジン(弾倉)や、その他消耗品を運ぶためのポケットがたくさんついたベストである。これに満載すると身体にかかる重量は半端なものではなかった。

 ヘルメットはレンチが知っているものとは違い、逆に非常に軽量であった。ヘルメットには暗視装置をつけることができる、と教えられたがそれが何かはわからなかった。

 訓練によって体力・筋力ともに強化されてくると、フル装備での長距離歩行を完遂し、森での隠れ方や痕跡の消し方を教えられた。

 100日ほどが経った。HK416を抱えたレンチは、森に来た時のファメルではなくなっていた。貴族の子女であった彼女はもう居らず、訓練により引き締まった身体と、自信に満ち溢れた瞳を得ていた。北の森の魔女によるマンツーマンの指導は、少女を屈強な『マリンコ(海兵隊員)』に変えていた。

 レンチはライフルマンの信条を高らかに唱え、機敏な動きでHK416を捧げ筒から控え筒にする。

「よし。明日からは車輛の運転と、大型火器の使い方をみっちり教えるからね」

 北の魔女はレンチの肩をぽんっと叩き、座ってその様子を見ていたボルトとナットに微笑みかける。

「ようこそ兄妹(ブロー)。これであんたも立派なマリンコだ」

「ありがとう、ボルト。まぁ、これからもいつも通りだけどね」

 レンチは前には見せなかった笑顔をボルトに向けた。過去を捨て、新しい自分を手に入れた者の笑顔。自分も同じだったのだろうとボルトは思った。



 数日後。

「あれは?」

 お茶を持ってきたレンチは、魔女の部屋にいる男の姿を見てボルトに聞いた。

「あれか? 北壁のすぐそばにある村──ハムーの村からの使いの者だったかな」

「仕事の依頼?」

「そうだな。どっかのお姫様みたいに、誰かをぶっ殺して欲しいという話じゃなさそうだが」

 レンチはぷっと頬を膨らませるとボルトの頬をパンチした。

「仕事の内容はわかった。村の脅威になっている連中の排除だね。報酬は銀貨500枚で、決まりだ」

 魔女は男が差し出した布袋を受け取り、中身も見ずにナットに渡す。

「あんたが村に帰ってから数日後に仕事にとりかかる。仕事が終わるまで、そこには近づくな。私たちの姿をあんたたちに見せたくない」

「わ、わかりました。魔女様」

 使いは緊張で身を震わせながら、何度も頭を下げた。

 ボルトがいつものように使いを送っていく。魔女は使いが持ってきた辛うじて地図とわかる書き物を横目に、ノートパソコンのキーを叩く。

「まずは偵察だね。ナット、スキャンイーグル(無人偵察機)で該当地域を撮影。地図を制作」

「私は何を?」

「レンチは──ボルトといっしょに武装の準備だね」


 村はずれにサンドイエローのHMMWV(高機動多用途装輪車両)が停まる。助手席から魔女が下り、後部座席からボルトとレンチが下りる。

「地図によればここから1マイル(約1.6㎞)ほどいった丘の上の廃墟が、敵の居場所だね」

 プリントアウトした地図を広げた魔女が言う。

「敵は夜行性。夜になると廃墟を出て村を襲う。目撃者と偵察によると、敵はホブゴブリンを含んだゴブリン、多くて30ほど。襲撃が夜だけ、村を根切にしないとこからみると、敵には頭のいい指揮官がいる。廃墟は平屋だが地下に構造物がある可能性は否定できない。人質などはいないと思われる。私ら以外が出てきたら、撃て。以上」

 4人は装備をつけると、HMMWVに偽装ネットをかぶせて隠すと、廃墟に向けて歩き出した。しばらく歩くと丘の上に昔の堡塁だったと思われる廃墟が見えてきた。ボルトがターゲットスコープを出し、廃墟を偵察する。

「歩哨のたぐいは見えない。進路クリアー」

「前進」

 ボルトが先頭に立ち、レンチがそのあとを、魔女の後ろにナットがつく。

 廃墟は崩れた塀に囲まれ、後で取り付けたと思われる板戸の門があった。その門の前には古い板戸が地面に伏せておかれていた。敵の姿は無い。

「怪しいなぁ?」

「どこが?」

「まぁ、村人に反撃されることがないとはいえ、あまりにも無防備だ」

 ボルトはレンチにスコープを渡す。レンチは門の辺りを見回し、何か動きがないかを探る。

「特に何もない」

「どうです? メム」

 魔女は煙草をぷっと吐き捨てると、指差した。

「あの置かれている板戸。どうも変だ。恐らくあの下に門番がいる」

「あの重い板戸をどうやって。よほどの怪力も持ち主──ジャイアントでもいるっていうんです?」

「ナット。グレネード」

 ナットが前に出て、M32を構える。

「撃て」

 6発の40㎜弾が板戸の周辺に着弾する。爆炎とともに板戸が吹っ飛ぶと、その下から大きな顎を持つ巨大な灰色の芋虫がのけぞるように飛び出してきた。顎が空を切り、ガチンっという音がする。

タイガービートル(オオハンミョウ)の幼虫かっ!」

「知らずに近づきゃ、あの顎で真っ二つさ」

 魔女は幼虫の頭に銃弾を叩きこみ、幼虫は青色の体液をまき散らして穴に戻っていく。

「ボルト、手榴弾」

「了解。レンチ、来い」

 ボルトとレンチがゆっくりと穴に近づき、幼虫が再び出てくる気配が無いかを確認すると、手榴弾を4個放り込んだ。爆発が4回続いたあとに、幼虫の大顎の破片が地面に転がる。

「さて、相手に知らせちまったから、強襲さね」

 魔女はナットに合図し、再装填したナットがグレネードを門に向かって発射する。門が盛大に吹き飛び、白煙が収まると向こうにいたコボルトの集団が傷ついた仲間を意に介さず威嚇の咆哮をあげる。

「コボルトがいるとは聞いてないぞ」

「同じ狗頭だから話が通じるんじゃん?」

「一緒にするなぁ」

 ボルトとレンチはコボルトに向かって発砲する。高速弾に胸を射貫かれたコボルトたちは次々と死体になっていく。弾倉を交換しながら前進し、門を超えると左右を確認する。

「右クリア」「左クリア」

 門から廃墟までは約20mほど。その間にはコボルトの死体が転がっている。

「レンチ、大丈夫かい?」

「はい。大丈夫です」

 魔女ははじめての射殺を経験したレンチに話しかけた。レンチは荒々しく呼吸をしたままHK416を油断なく構えている。

「それなら良いな。先に進もう」

 レンチは弾倉を取り換えるとボルトに話しかける。

「話より敵が多そうだね」

「なに、負ける気はしないさ」

「しゃべってる間はないよ。ボルト、玄関を。レンチは援護」

 ボルトが素早く玄関ドアに張り付き、トラップの有無を確認する。レンチは5m程後ろに立ち、廃墟やその他から敵が出てこないかどうか警戒する。

「罠は無し。開きます」

「行くよ」

 ボルトがノブを回し、レンチがドアの下をつかんで引き開ける。ボルトがその隙間に滑り込み、レンチがそれに続く。

「玄関ホールです。敵影無し」

 ボルトとレンチが左右を警戒する中、魔女が大股で中に入る。中は堡塁というには豪華な造りで、木製の梁に白い壁が部屋を囲んでいる。掃除された様子はなく、天井には蜘蛛の巣が張っている。

「堡塁というよりは、屋敷、という感じね」

「床に歩いた跡がある。主に右側に向かってる」

「足跡を伝っていく。奴らはそんなに器用じゃない」

 魔女はナットに左側に地雷を仕掛けるように指示すると、ボルトを促した。ボルトは銃を構えて右側のドアに向かって歩き出す。

 隣の部屋、その奥の部屋にはコボルトたちがいた形跡があった。粗末な食い物や、さび付いた装備が転がっている。

「ゴブリンの匂いは奥からしてきます」

 ボルトがさらに奥に進む。

「階段です。下に」

「ナットはここで警戒。ボルトとレンチは1階を捜索」

「了解」

 ボルトが先に進み、階段ホールに続く部屋に入る。暖炉がしつらえられた部屋を抜け、埃まみれの厨房に入る。多数の食器が転がり、かつての栄華を伝えている。

「思い出すか?」

「元の生活? まぁ、こんな感じの屋敷に住んではいたけど」

 厨房を抜けると、大きなテーブルが設えられた部屋に出た。壁に暖炉があり、暖炉の上には煤で何が描かれているかわからなくなった絵がかけられている。

「もしかして、これ? 金製の皿?」

 レンチがテーブルの上の食器を指さす。金色の皿とカトラリーが整然と並んでいる。

「ゴブリンたちはここには……おい、レンチ。やめろ」

 皿に手を伸ばそうとしたレンチをボルトが止める。

「これは金の皿じゃない。金色のコケだ。胞子を吸うと死ぬ」 

「えっ……」

「後退する。メム、一階には敵がいる気配はありません。敵は地下にいると思われます」

『わかった。こちらは階段ホールで待機してる。地雷を仕掛けて後退しろ』

 二人が階段ホールに戻る。マッピングしていた魔女が下を指さす。

「敵の気配は下にある。待ち構えているさね」

「行きます」

 ボルトはノクトビジョン(暗視装置)を眼の位置に下げると階段を進む。同様にしたレンチが続く。

 階段を降りると、そこはしっかりとした構造の地下室になっていた。左右にドアがある。

「歓迎委員会はどちらにいるか。賭けるか?」

「匂いでわかるでしょ? ボルト」

 ボルトは鼻を動かし、匂いを探る。

「……左だ。微かな匂いがそちらに続いている。が、右に強い匂いがする」

 魔女が右のドアに近づき、気配を探る。そしてゆっくりうなづくと、ナットに指示を出す。ナットはショットガンを抜き出すと、ドアに向かってたっぷり7発をぶっ放した。

 ドアの破片と血の匂いが部屋に満ちる。ノクトビジョンの緑色の視界の中、待ち伏せに失敗したゴブリンたちが慌てふためく様子が見える。魔女はM14を構えると、的確な射撃で数体のゴブリンを瞬く間に撃ち倒す。

「このまま右に進む」

 ボルトがゴブリンたちの死体を乗り越えて前に進む。隣の部屋の奥にあるドアを開け、さらに奥へと進む。

「とんだ地下迷宮だ」

「全部の部屋を見て回るの?」

「まぁ、仕事だからな」

 ドアの向こうにはまたドア。それを抜けて先に進む。

「シッ。この向こうに誰かいる」

 レンチは素早くドアの脇によると、タイミングを合わせてボルトがドアを開ける。

 分厚い鉈が空を斬る。鉈が床にぶち当たり火花が散る。ノクトビジョンに大柄なホブゴブリンの姿が大写しになる。レンチは銃口をホブゴブリンの腹に押し付けると、数発を撃ち込んだ。

「奥にまだいるぞ!」

 倒れるホブゴブリンの奥から、十数体のゴブリンが殺到してくるのが見えた。

「手榴弾!」

 ボルトとレンチの手から手榴弾が離れる。ドアを閉め、爆風がドアを揺らす。

「行け、行け」

 ボルトが援護射撃をする中、レンチが前に進む。倒れたゴブリンたちの中を抜け、通路の角を覗き込む。

「灯りが見えます」

「警戒しろ」

 レンチはノクトビジョンを上げると、灯りの方を見た。そこは小部屋になっており、中に大柄な人影が動くのが見えた。

「9時方向に人影! 足長!」

「気をつけな、レンチ。こんなとこにいる足長はただもんじゃない」

 レンチはHK416を油断なく構えながら角を曲がる。灯りのある部屋は今までの廃墟の部屋とは違い、壁には布が張られ、ベッドや本棚があった。

 レンチはゆっくりと息を吐きながら、少しずつ前へと進む。部屋の手前にたどりつき、部屋の死角を見ようと片目を角に出した。

 部屋の奥にローブを着た男が立っていた。レンチはそれが魔法使い(マジックユーザー)だと認識した。レンチに気づいた魔法使いは、杖を上げると呪文を唱えた。

「ファイアボール!」

 レンチは叫び頭を下げる。魔法使いが放ったファイアボールが頭上で爆発する。爆炎が周囲を包み、通路を火焔が走る。爆圧に打ち倒されたレンチは手足がいうことを聞かないことに恐怖した。

 そんなレンチを魔法使いが見据える。杖を上げ、再び詠唱を開始する。

「あ……」

 恐怖で眼を見開いたレンチの前に、誰かが立った。M14を構えた魔女だった。

「こんにちは。そして、さようなら」

 魔女が引き金を引く。頭を吹き飛ばされた魔法使いは壁に背をあずけ、ずるずると床に倒れこむ。

「大丈夫かい?」

 魔女はレンチを抱き起す。衝撃から回復したレンチは魔女の手をとり、自分は大丈夫と告げる。

「ここの主っぽいですね。こいつ」

 魔法使いの死体を見分しているボルトが言う。レンチのボディアーマーを緩め、PETボトルの水を飲ませていた魔女は、ボトルを渡してレンチの頭をぐりぐりする。そしてボルトの下に行くと、魔法使いの死体を見下ろす。

「服装からすると、傭兵(冒険者)崩れのようだね。ここを攻略して、そのまま居ついた、という感じか。村人から略奪する方が楽だからな」

「じゃあ、まだ仲間が」

「いるだろうね。そろそろ、その奥から顔を出すところかな?」

 魔女が銃を構え、部屋の奥のドアに近づく。ボルトも銃を構え、レンチも慌てて立ち上がる。

 ドアノブがゆっくりと回り、小さな軋み音を上げてドアが開く。

「動くな。動いてもいいけど、おすすめしない」

 ドアから顔を出した戦士(ファイター)のこめかみに魔女は銃口を突きつける。ボルトが素早く戦士から剣やナイフを奪い取る。

「あんたは何も見なかった。このまま後ろを向いて走り去れば私らはあんたを追わない。あんたはここを出て、まっすぐ南に走る。振り返ったら、殺す。行け」

 恐怖の声を上げた戦士は回れ右をすると脱兎のように逃げ出した。他の仲間もいたようだったが、それらも一緒に逃げ去ったようだった。

「どうします、ここ?」

「燃やしちまおう。後腐れないように」

 魔女の言葉にナットが反応し、バックパックから爆薬を取り出し、てきぱきと仕掛け始める。

「撤退する」

 4人は廃墟を出る。門の所に達すると魔女が起爆装置を作動させた。ズシンという衝撃が地面を揺らし、屋敷がガラガラを崩れだす。

「これで銀貨500枚ですか」

「楽な仕事さね」

 魔女は煙草に火をつけると、ふっと紫煙を吐き出した。

「どうだったね? レンチ」

 興奮で荒々しく息をして、崩れる建物を見ているレンチは応えた。

「途中からは夢中でした……手が銃から離れません」

「これがあたしらの仕事さね。これからも」

 魔女はレンチの手を取って、優しくHK416を引きはがした。

「さあ、帰ろう」

「うまいモンを食いたいですなぁ」

 ボルトが緊張をほぐすようにレンチの背中を叩く。

「今夜はパンケーキがいいなぁ。バターとクリームをこってりのせたやつ」

 レンチもようやく軽口が叩けるようになった。

 4人を乗せたハンヴィーは帰路についた。


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