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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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会談への道

 王都へ向かうにあたって、魔女は二輌のHMMWV(高機動多用途装輪車両)を用意した。一輌には銃座に.50(重機関銃)、もう一輌にはミニガン(ガトリングガン)を搭載した。あくまで威圧用であったが、ともに銃弾を装填してある。二輌目の荷台には武装した動甲冑を載せている。道行きにはブレットの傭兵部隊が配置され、町や街道沿いの偵察を任せると同時に、燃料と予備部品の用意も担当させた。

 矢文の到着から七日後、魔女たちは森を後にした。ナットとレンチがそれぞれの運転席につき、魔女は先頭車の助手席に、銃座にはボルトがつく。二輌目の銃座にはヘルメットとプレキャリ(防護服)を着せられたラチェットがついていた。

 北壁へ到着し、一日目の宿となった。魔女の一行が町にやってくることは噂が流れていたようで、野次馬が町の門に集まり、警備兵がそれらを制止していた。

「いっぱいいる」

「そりゃ、王と魔女が、正式な話し合いをするという歴史的な出来事だしね」

 銃座についているラチェットにレンチが返す。銃座につく武装したケイナイン(狗頭人)とダークエルフの姿は、亜人間(デミヒューマン)を見慣れていない住民らを驚かせた。物珍しそうな視線を浴びせてくる野次馬に、ラチェットは魔女から教えられたように、歯をむき出しにして中指を立てたり、ブーイングをして見せた。

 宿に入ると、緊張した主や小間使いが出迎えた。宿の主は、面倒を避けるためか、一行に一番良い部屋を用意していた。魔女が部屋に落ち着くと、町の有力者や商人が出たり入ったりした。彼らは、王の目論見を知り、魔女に取り入ろうと躍起になっていたのだ。魔女が諸侯と同じぐらいの金持ちであることは知られていた。その恩恵に与れ(あずか)れば、この田舎町を潤すことができるのだ。

 王都までの間、魔女が泊まった街町では同じような面会が行われた。目端の利く商人たちは、金の匂いに敏感であった。うまくいけば、王と魔女の双方から金が手に入る。彼らが見逃すはずはなかった。

 商人たちのおかげで、一行が武器を使うことはなかった。反魔女を標榜し、地に潜っている先王派も、商人たちが文字通り「人の壁」となって、宿への襲撃を行うことはできなかったのである。

 一行が王都に着くと、見物人は道々にあふれた。王城での魔女たちの戦いに関する話は、人々の口を回るごとに尾ひれがつき、魔女たちは一種の英雄に祭り上げられていた。

 王城への道を進む車輛の銃座につき、ボルトは油断なく辺りを見ていた。笑ったり、手を振るようなことはしなかった。むしろ、敵意を持って住民たちを見ていた。いつどこで、火のついた油瓶を投げつけられるかわからない。そういった状況になったら、迷うことなく.50を使うつもりであった。

 ラチェットも「魔物」扱いされているダークエルフだということもあって、興味津々な眼で見られていた。ボルトとは逆に、ラチェットは威嚇したり、舌を出したり、中指を立てたりしている。"白銀"時代では、正体を晒すことがなかったラチェットは、肌で王都の空気を感じられることに、少し喜びを感じてもいた。

 城門には騎士団が居並び、魔女たちの到着を待っていた。広場にHMMWVを停め、魔女を先頭に五人は城門へ向かう。ボルトは眼と鼻を駆使して、襲撃者を探った。いつでもM4を発砲できるよう、安全装置は外してある。レンチやナットも同じように周囲を警戒している。最後尾のラチェットはそうでもなく、重いプレキャリと銃を支えるのが精いっぱいで、自分の事しか考えることができなかった。

 城門をくぐり、中庭に入る。背後で城門が閉じられた。ここで死の舞踏が始まるやもしれない。ボルトはレンチに目配せし、いつでも魔女を守れる位置に移動する。

 そんな重い空気を破ったのは、一人の老齢の騎士の登場であった。

「これはこれは、魔女殿。はじめまして」

 騎士は魔女に握手を求めた。

「これがあなた方の挨拶だと聞きました」

 魔女は老騎士の手を握りしめた。

「公爵殿とお見受けする」

「このような格好で失礼いたします。私も一応は騎士でありますからね。さすがに少々腹がつっかえますが」

 笑ってはいるが、この老人もいざとなることを考えていたのだ。と魔女は思った。

「そしてこちらがボルト殿ですか?」

 ボルトは自分の名前を聞いて驚きの顔を見せた。

「娘より話は聞いています。たった一人で、悪漢どもと戦ったそうで」

 公爵はボルトにも手を差し出した。

「あの一件では、とても世話になりました。もっと前にお礼できればよかったのでありますが」

「いえ、あれは……はい、マリンコ(海兵隊員)として、当然の事をしたまでです。この銃に誓い、我らが敵を倒すのが、俺、いえ、自分たちの役目ですから」

 ボルトは銃のセレクターをセイフティに切り替え、公爵に敬礼してみせた。それに合わせて、レンチたちも同じようにする。

「まぁ、積もる話は夕食の時にでも。あと、皆さんの身は、この私が責任をもってお守りいたします」

 公爵は鎧の胸を三度叩いて、大声で笑った。

「おもしれぇ、おっさんだ」

 歩み去って行く公爵の背中を見ながらボルトはつぶやいた。

「おまえの金星だな。公爵が味方についたのは大きい。公爵家は王家に次ぐ、王国でも有数の領地と資産、それに兵を持っている。いざとなれば……」

 魔女は王の御付きが現れたのを見て言葉を切った。ボルトはその後につながったであろう言葉を想像して、身を震わせた。

「北の森の魔女様。こちらへどうぞ」

「よし、皆の者。参るぞ」

 魔女は芝居がかったセリフを笑いながら言った。


 王との会談は、王の自室で王と魔女だけで行われた。部屋の外には、参議たちと護衛兵、それに向かい合うように4人が銃を抱えて立つ。

「話し、長いね」

「そりゃ、前代未聞の話だ。すぐに終わるわけがない」

 レンチとボルトは小声で話す。向かいの参議たちは、悪意が混じった視線を浴びせてくる。それは当然の事で、先王から蛇蝎のように思われていた魔女と、新王は手を結ぼうと言っているのだ。そう簡単に受け入れられるはずはなかった。

 王と魔女の会談は、お茶の時間を挟んで夕刻まで続いた。

「さて、参陣については理解しました。あとはその報酬です」

 魔女は王にそう告げた。これはこの件について最大の問題点であった。王は、魔女が金や宝石、調度品などを要求するとは思っていなかった。そんな即物的なもので魔女が動くはずはない。もっと大きな、実利的なものを要求するであろうと考えていた。

「──領地を、いただきますか」

 魔女の言葉は王の考えと一致してた。

「それが当然だと考えていた。して、どこの領地を?」

 王には、先の陰謀に加担したと思われる諸侯から没収した領地がいくつかあった。その中の一つで対処することができると思ったが、魔女の要求は違っていた。

「同盟と最も近い領地をいただきたい。そこに、これから作る軍勢を駐屯させます」

「それは……」

「いくつか直轄領があるはずです。そこの一つを」

 王は迷った。確かに緩衝地帯に面した領地は重要であり、強力な戦力を持つ諸侯が配置されている。その一角を欲しいというのだ。

「少し考えさせていただこうか」

「それは構いません。しかし、陛下。我が軍勢は、なるべく王都より遠いところに配置されることをお勧めします。わずか500と言っても、マリンコ(海兵隊)です。王都を陥とすことなぞ、造作もありません」

「確かに、そうだな……」

 王はわずか2人のマリンコが騎士たちを倒した、あの時の光景を思い出していた。味方にすれば怖いものなしであるが、それは同時に、暴発した際には最も危険な存在となる。そんなことは起こらないことを願うとともに、王都より遠くに置けば、時間が稼げるやもしれぬと思った。

「参議とも話し合いたい」

「では。そのように」


 夕べの晩餐会の席は、ある種の緊張に包まれていた。諸侯たちはひそひそと話し、魔女たちの登場を待っていた。

「すまない。遅くなりました」

 魔女の姿を見て、一同は息を飲んだ。魔女たちは戦闘服ではなく、ドレスジャケットと呼ばれる、濃紺の詰襟に金ボタン、白のベルト、切れるのでないかと思わせる折り目正しいズボンに、磨き上げられた靴という礼服を身にまとっていたのだ。白の帽子を脇に持ち、背筋をピンッと伸ばし、精密機械を思わせる隙の無い動きで席の横に着く。それを見た諸侯の間に緊張が走る。野蛮人だと舐めてかかっていた相手が、とんでもなく文明的な存在であることを悟った。これでは、自分たちの方が野蛮人ではないかと、幾人かは慌てて襟や裾を直している。

「お招きいただき、ありがとうございます。陛下」

 魔女は向かいの席につく王に向かって、右手を伸ばした。王はそれを握り、魔女たちに席を勧めた。

「北の森の魔女と申します。皆さま、お見知りおきを」

 着席した魔女は、並みいる諸侯や参議を見回し、不敵な笑みを浮かべた。

 翌朝。王は魔女の望みを受けいれ、緩衝地帯に面し、最も重要な街道沿いの直轄地を譲る旨を書いた書を、魔女に手渡した。


「500人の兵の訓練ですか。どうするんです?」

 小屋に帰ったボルトは魔女に聞いた。

「まずは、あんたらの兄貴分たちを集める。居住施設を作ったり、ベロー・ウッド(強襲揚陸艦)や倉庫から資材とかを輸送しないといけないからね」

「兄貴分?!」

「ブレットだけじゃないさ。連絡がつく数十人を集める。そうでもしなければ対応できない」

 そんなに魔女の眷族がいるのか、とボルトは息を呑んだ。時間を考えれば、それもそうか、と思った。自分たちの前に家族がいても不思議ではない。

「さて、これから忙しくなるぞ! その前に飯の支度だ。王のところの飯を美味かったが、やはりウチの飯が一番美味い」

 それを聞いて、ナットは笑いながらキッチンへと向かった。


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