悪魔に魅せられた男
「銃を運用してみたい?」
返事にきょとんとしているエイコンを見て、魔女は怪訝な顔をした。
「なんでまで、忌避されているマリンコの物なんて、使いたいと」
「それは……便利そうだからです」
「コンパルには話したかい?」
魔女はコンパル──エイコンのパーティにいる魔法使いの女エルフの名前──の事を、エイコンが暴走しないための安全弁と見ていた。エイコンはあまりにも好奇心が旺盛すぎる。だが、好奇心を満たすために、素人では突破できない地雷原を抜けてくるこの小僧の事を、魔女は憎からず思っていた。
エイコンはふるふると首を振る。
「そんなことだろうと思った。まぁ、いいだろう。1挺都合をつけてやる。だが、わたしの言う事をこなしてからだ」
魔女の言葉に、エイコンは旨そうなエサを見せられた犬のようにうなずいた。
「よし。短縮版だが、しごきを受けてもらおうか」
エイコンはM4を一挺与えられ、それを撃てるのかとわくわくした。が、そうではなかった。
地面に広げられたシートの上で、銃を分解し、組み立て、また分解し、組み立て、分解、組み立て……という作業を日が暮れるまで続けされられたのだ。間違えると魔女から容赦なく野ネギで叩かれた。どんどんネギ臭くなっていく手にエイコンは悲鳴を上げそうになったが、好奇心がそれに勝ったようだった。
「よし、そこまで」
日が暮れて辺りは真っ暗になった。不屈の男は最初の段階を乗り越えた。
「夕飯を喰ったら続きをするよ」
エイコンはしばらくネギは喰いたくないと思った。が、食卓に並べられたのは、野ネギをふんだんに使った料理だった。
「食べないとついていけんぞ」
ボルトがネギをきれいによけて、鶏肉にかぶりつく。
「あんたはネギ食ってないじゃないか」
「俺は訓練を終えてる。訓練生は文句を言えない」
「ボルトはネギを食べると具合が悪くなるのよ」
レンチがエイコンの皿に肉を取り分ける。
「家の周りにネギを植えておくと、犬が近寄らないからなぁ」
ラチェットが鳥の骨にガリガリと歯を立て、髄を食べながら言う。
「俺は犬じゃねぇって言ってるだろ!」
「似たようなもんじゃない」
エイコンは目の前でくりひろげられる言葉の応酬に、なんだかほんわかした気分になった。
「どうしたい? 変な顔して」
「いえ、どこのパーティも同じなんだと思いまして。口ではああ言ってますが、心の底では家族なんだと」
魔女はエイコンの言葉に笑みを浮かべた。
「わたしらは生まれも種族も違う……でも、マリンコになった時点で『兄弟姉妹』だ。誰もが兄弟姉妹のために戦い、誰も見捨てない」
「誰も……見捨てない、ですか」
「だから、少々の無茶もできるってもんさ」
「ボルトのフォローをするのにどんだけ苦労しているか」
レンチの言葉に、ボルトをのぞいた全員が笑う。
夕食はそんな感じで和気あいあいと終わった。
夕食後、魔女はエイコンとともに外に出た。
「では、再開だ」
「手のひらも見えませんよ。こんな状態では」
「それだからいいんだ」
魔女はエイコンにこの状態で銃の分解と組み立てを命じた。エイコンは手探りで銃を分解し、手探りで組み立てた。それを夜が深くなるまで続けた。
へとへとになり、お客用のベッドに倒れ込んだエイコンだったが、深夜に魔女に起こされた。
「続きだ」
エイコンは頭が回らない状態で、またしても銃の分解と組み立てをすることになった。しばらく繰り返すと魔女が「よしっ」と言い、ベッドに戻るように指示された。
翌朝も分解と組み立てから始まった。
「これは何の意味があるんですか?」
「銃はあんたらが思っているほど簡単な武器じゃない。だいぶ頑丈にはなっているが、撃てなくなる状況に陥ることがある。その時に、原因を突き止め、それを解消する方法を学ぶためだ」
魔女は目の前で銃を分解し、エイコンにどのパーツが何のためにあるのかを教えながら組み立てた。
「最初に教えなかったのは、頭で考えないようにしたからだ。身体が銃の構造を覚える。たとえ闇の中でも直せるように」
魔女は組み立てたM4にマガジンを差し込む。そして、エイコンに同じ30連装のマガジンを手渡した。
「これから射撃の練習だ」
エイコンはぱぁっとにこやかな笑みを浮かべた。あこがれの瞬間がやってきたことに喜びを感じていたのだ。
「まずはセレクターをセイフティに合わせる。こうすれば引き金は動かない。いいかい、これを忘れるな。敵に向かうまではセイフティに合わせること」
「常にセイフティ……」
「そう。自分の指がセイフティだ、何て言うのは、何千回も扱ってからの言う言葉だね」
魔女は、初弾を装填し、セイフティからセミオートのところにレバーを動かした。
「銃口は撃つ瞬間まで、地面に向けていろ。そうすれば誤射したり、暴発した場合でも、仲間には当たらない」
魔女は銃を構え、陣地の向こうに置いておいた空缶に向けて1発撃った。空缶が命中弾の衝撃で飛ぶ。
「おまえの番だ」
エイコンに装填の仕方、銃の構え方、狙いの付け方を教え、魔女は発射の号令を出した。エイコンはおそるおそる引き金を引く時、思わず目をつぶってしまった。機関部の中で装薬が燃焼し、弾頭を撃ちだした反動が肩を貫く。もちろん、撃った弾はどこかあさっての方向へ飛んで行った。
「ビビるな! 肩にストックをつけ、頬を銃につけろ。狙え。引き金を絞りきるまで目を閉じるな!」
エイコンは持ち前の根性を見せ、魔女の指示に従って撃った。さすがに空缶には当たらなかったが、自分が狙った方向に弾が飛んだのはわかった。
笑顔を見せるエイコンに、魔女は複数のマガジンを示して見せた。
「これを全部撃て。そうしたらお茶の時間さね」
エイコンは満足げにうなずいた。
銃声が小屋の前に響く。
「さすが戦士をやっているだけあって、体幹はしっかりしてる」
「フルオート射撃は教えないんですか?」
レンチの問いに魔女は答えた。
「射撃の基本は、一発必中さ。それを身に着けるまでは、教えない」
エイコンは魔女に教えられた事を確認しながら、銃を撃ち、マガジンを取り換え、また撃った。空缶には命中しなかったが、近くの地面に弾着させられるようにはなった。
「よし。そうしたら、掃除の仕方を教える」
魔女はシートを拡げ、エイコンに銃の整備道具を渡した。また分解だと思うと、エイコンは勘弁してくれという顔をした。それを見て、レンチは笑った。
エイコンは数日間、魔女の家で銃の扱い方を学んだ。最終日には、空缶に命中させられるまで腕は上達した。魔女は満足したという顔をして、エイコンに改めて銃を手渡した。
「おめでとう。その銃はおまえの新しい腕だ。その銃はこの世に一つしかなく、その銃はおまえや仲間を守るための武器となる。銃をつねに撃てるように整備しろ。いいな」
エイコンは魔女に頭を下げた。魔女はその頭をくしゃくしゃと撫でた。
「で、どうするんだい? 剣と一緒にぶら下げてると邪魔になるだろ?」
「銃は"ホールディングバッグ"に入れておきます。ぶら下げてると、コンパルに何か言われるでしょうし、宿や店にも入れないでしょうから」
エイコンは銃と、魔女から受け取ったマガジンと弾薬をザックに詰めた。
「その気になったらいつでもマリンコにしてやるよ」
「それは勘弁してください。仲間に顔見せできません」
エイコンはボルトやレンチなどにも頭を下げ、心軽く小屋を後にした。
「──いいんですか? あんな奴に銃を渡して」
ボルトが去って行くエイコンの背中を見送りながら言った。
「あいつは何かどえらいことを成し遂げるように思えるのさ。その一つとして、銃を渡してみた」
「そんなもんですか」
魔女はエイコンの姿が見えなくなるまで、小屋の前に立っていた。
「さて、また矢文が届いているようだ。中身を確認しようかね」
魔女らが小屋に戻ると、森はいつもの静けさに戻った。




