表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北の森の魔女  作者: 鉄猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/54

魔女の長い指

 王子が父王の死を知ったのは、南方への巡行の途中、とある子爵の館にいる時であった。その報をもたらした密偵は、王がどのように死んだのかまでは伝えられなかった。ただ、数日前に王が亡くなったとの事実だけを持ってきたのだ。

 王子は漏れ聞いていた陰謀について考えていた。王と自分とを引き離し、そのうえで王を殺害するというものだった。さすがに王殺しの大罪を犯す者がいるとは思えなかったが、急な病であれ、殺されたにせよ、王子は今自分が次の標的にされていることを理解した。王亡き今は、自分が王になるわけだが、それは王城において、それなりの手続きを踏んでの事だった。王城に自分が帰りつかねば、それもかなわない。

 部下の兵は館には数人しかいなかった。他は館の外に駐屯している。もし、子爵が陰謀に関係しているとしたら、今が最大の機会となる。館を脱して、麾下の部隊へ合流することも考えたが、数人で守りの無い野外に出る事は、襲撃者に絶好の機を与える事にもなるだろう。それに、子爵が敵と決まったわけでもない。しかし、この判断は急ぐ必要があると感じた。

 王子は腰のあの機械の事を思いついた。北の森の魔女から渡されたそれを外し、手紙にあった使い方の通りに起動させた。何かが動き出した感は無い。だが、小さな赤く光る点が付いた。王子はそのままベルトに戻し、部下に部屋への出入りを厳に見張るように告げ、武器を手に引き寄せた。

「殿下。子爵どのが来られました」

 来たか。と王子は思った。これでわかるだろう。

「よし、通せ」

 ドアが開き、緊張で青白い顔をした子爵が入ってきた。

「殿下、王都より急使がやってまいりました……国王陛下が……」

「そうか。亡くなったか」

 王子の言葉に子爵はびくっと身体を震わせた。王子は子爵が陰謀の関係者であると見た。こいつは王が死ぬことを先に知っていた。そうでなければ、ここまで取り乱せずにいるはずは無い。と王子は思った。

「すぐに王都に戻る。兵を呼べ」

「──わかりました。しかし」

「しかし?」

 子爵はしどろもどろになった。何か理由をつけて、自分をこの館に置いておきたいのだ。子爵は、自らとつながりのない襲撃者を招き寄せ、自分を殺させるつもりだろう。

「外に出るのは危のうございます。兵はわたくしめが呼集しますので、殿下はこのまま、このまま……」

 青白い顔に脂汗を浮かべて、なんとか取り繕うとしている子爵を見て、王子は何だか滑稽だな、と思った。そのため、焦りが消え、どんと構える覚悟ができた。外の兵にも父王の死がじきに伝わるだろう。あとは、兵を率いる隊長の判断次第となる。王子は子爵の方を見ずに、椅子へ深く腰掛けた。

「あいわかった。頼むぞ。子爵」

──さぁ、始まった。

 王子は援軍が来ることを願った。その援軍は北から来る。



「ビーコンを捕捉しました!」

「どの辺だい?」

「ここから60㎞ほど先です」

 魔女は操舵室にいるナットに手で合図した。ナットは船の鞭を入れ、さらに増速する。

 魔女たちは、東の海の海上を進んでいた。南方へ巡行する王子のだいたいの居場所はわかっていたが、細かいところまではわからない。そこで、魔女は事前に王子に救難用のビーコン発信機を渡しておいたのだった。

 LCAC-100エアクッション艇は最大速度で南下を続けている。輸送デッキの上には水陸両用車輛の他にドラム缶が満載されていた。北の海から搭載した燃料を洋上補給しながら、高速で航行してきたのである。

「レンチ。合戦準備」

「了解」

 レンチはAAV7(水陸両用装甲輸送車輛)の操縦席に潜り込み、各部の点検を始める。ボルトは小型のUAV(無人偵察機)を用意すると、ちょうどよい具合に向かい風になっている状況を生かして船から発進させた。

 UAVはビーコンに向かって飛ぶ。搭載されたカメラがリアルタイムで眼下の様子を伝えてくる。UAVは海辺の町にたどり着き、そこを越えていく。

「郊外の館にいるようです。周辺に兵の様子は見えません」

「よしっ、行くぞ」

 魔女はM14を取り上げ、シードラゴン(AAV7)に乗り込んだ。

 

 老人は港で釣りをしていた。今日は思いの外釣れている。

 ウキが動く。老人はふふっと笑いながら竿を上げた。ぐぐっと引き込まれる。かなりの大物のようだ。

 老人は、不意に聞こえてきた音に顔を上げる。目の前を巨大なエアクッション艇が通り過ぎていく。老人は見たこともない船の出現に、魚の事も忘れて見ていた。その船は速度を落とすと桟橋に向かってランプ(傾斜路)を下ろした。そこを履帯で走る長方形の馬無し馬車が走り出てきた。老人は、大きく曲がる竿を手に、その光景を呆然と見つめていた。

「道はどっちだい?」

 ボルトはUAVを呼び寄せ、館への道を探らせる。

「港を上がって右です」

「レンチ、そこを右だ」

「了解」

 レンチはアクセルを踏み込み、シードラゴンを町中に走りこませた。人々がディーゼルエンジンの音と、迷彩で彩られた巨体を見て、驚きの声や悲鳴とともに通りから飛びすさる。馬がいななき、馬車が道を開ける。魔女は通りに渡すように張られている洗濯紐に吊るされた洗濯物をM14ではねのけ、レンチに増速するように言う。

「よいしょっっと」

 レンチは操縦席のペリスコから見える狭い視界で車輛を走らせた。

「あ、おじいさん、どいてどいてー!」

 叫んでも聞こえないのはわかっていたが、叫ばずにはいられなかった。腰を抜かした老人が町の人の手によって、建物の中に引きこまれる。その脇をシードラゴンが駆け抜ける。

「この道を道なりにまっすぐ。そうすると町の外に出ます」

「聞いたな、レンチ」

「わかりました!」

 シードラゴンは屋台を破壊し、浮浪者や犬猫を蹴散らし、石畳の道を履帯の音を響かせながら走り抜けていく。人々はそれを呆然と見送った。

「そこを左!」

「わかった」

 町から出ると、そこは一面の畑であった。その奥に木々に囲まれた建物が見える。あれが子爵の館だと、レンチは思った。道なりにではなく、最短距離を進むべく、種まきが終わったばかりの畑に乗り込んだ。

 長い歴史の間、王国の南方地域は戦に巻き込まれたことがほぼ無く、町には城や城壁が作られてはいなかった。館も石造りではあるが、北壁地方や王都周辺にあるような、強固に防御されたものではない。それでも、館は大きく、この地方が裕福であることを示していた。

「突っ込め!」

 レンチはアクセルを思いっきり踏み込んだ。塀を突き破り、シードラゴンは館の庭へと踏み込んだ。


 王子はただならぬ気配に気づいた。遠くから何頭もの馬が一斉に走るような音が聞こえてくる。

「来たか──」

 剣を手にとり、窓に近づく。窓の外に、塀を突き破ったシードラゴンの姿を見た。

 ドアの向こうから剣撃の音が聞こえてくる。見張りの兵と、襲撃者の間で戦いが始まったのだろう。王子は剣を抜き、部屋の真ん中で待つことにした。襲撃者が先か、援軍が先か。


 シードラゴンは館の壁を突き崩して止まった。砲塔から魔女が飛び降り、壁の穴に滑り込む。

「ドアを開けろ!」

 ボルトの声にレンチは車体後部のドアを開ける。開いた傾斜路をボルトが駆け下りる。レンチは運転席から後部の兵員室に移動し、装備を装着して銃をとるとボルトの後を追った。

 魔女は屋敷の廊下の真ん中をM14を構えて歩いていく。悲鳴をあげる召使たちが外に出ようと魔女の脇を小走りに抜けていく。魔女はその中の一人を捕まえた。

「ひえぇえ──命ばかりは」

「王子はどこだ?」

「で、殿下は左翼棟の奥の部屋に」

 魔女は召使を離すと廊下を進んだ。子爵は兵を投入したようではなかった。ビビった子爵は、傭兵に王子の首を取ることを依頼したのだろう。万が一失敗した時に言い訳が立つようにしたのだ。

「ボルト、王子は左の棟の奥だ。レンチを外から回り込ませろ」

『了解。聞いたな、レンチ』

『i,copy』

 レンチは銃を構えなおし、逃げ惑う召使たちの流れに乗って外に出た。庭に出ると、建物の左翼棟に向かって走った。


 王子は剣の切っ先を床に向け、背筋を伸ばし、腰に手をやって、敵を待った。ここで最期となったとしても、未来の王らしく、堂々としていようと思ったのだ。

 ドアの外の戦いの音が消えた。最後まで自分のために勇ましく戦ったであろう兵に対して、王子は小さく祈りの言葉をつぶやいた。

 ドアが叩かれる。鍵がかかったドアはなかなか開かない。王子は汗が流れるのを感じた。しかし、それを拭うこともしなかった。姿勢を変えず、ただ自分の運命を決めるドアを見つめていた。


 魔女は東翼の廊下に出た。そこに待ち受けていたのは、数人の装備もまちまちな傭兵(冒険者)たちであった。

「北の森の魔女だ。道を開けろ」

「──北の森の魔女だとぉ? 奴が鳥であっても、こんなに早くは来れまい」

「それがそうでもないんだ」

 魔女は引き金を引き、傭兵の一人を撃ち倒した。それに反応して、傭兵たちの間に戦慄が走る。長い指で敵を撃ち倒す魔女の噂は聞いている。その魔女が自分たちの眼の前にいるのだ。傭兵たちは、自分たちに死が近づいたことを悟った。それを打開するのは、自分たちが殺される前に魔女を殺さねばならない。

 傭兵たちは武器を構えた。魔女はこれから死の舞踏が始まることを感じて、口の端を微かに曲げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ