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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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ジャガイモの旅路

「これが、ジャガイモ……」

 ラチェットは自分の手より少し大きな、薄茶色の塊茎(かいけい)を手にとって眺めた。

「そういやぁ、収穫は初めてだったな。これがジャガイモだ。その大きなボールみたいな部分を喰うわけだ。ほら、朝飯に出てくるマッシュポテトの元だ」

「ああ、あれって、これから作るんだ」

「作り方についてはナットに聞いてくれ。今は、とりあえず、俺が掘るから、おまえは籠に拾って入れるんだ」

「わかった」

 小屋から離れた所に作った菜園では、ジャガイモの収穫が行われていた。上半身裸のボルトが鍬を入れ、出てくるイモをラチェットが拾い集める。籠がいっぱいになるとナットがやってきて、小屋の貯蔵庫へと運んでいく。

「ジャガイモって不思議な食べ物ですね。煮る、焼く、蒸かす、揚げる……いろいろ調理できて」

「ああ。うちらの世界(地球)から持ち込んで、根付いた数少ない植物さ」

 魔女は畑仕事の手を休めて言った。

「えっ……これって、向こう(地球)のものなんですか?」

 レンチがびっくりした顔をする。

「そうさね。入植する際に、手軽でどこでも育って、収量の多さが期待できる作物として持ち込んだのさ。今じゃ、この世界のあちこちで育てられている。うちらの世界でも、とある山で長年育てられていたものが、人々の移動に伴って同じように世界中に拡散されたのさ。同様の植物では、トウモロコシがある」

「あれも向こうの世界の」

「ジャガイモと同じで、他の作物に比べて収量が多い。暖かい地方で育つ植物だから、ここでは根付かなかったが、この世界では、今ではメジャーな穀物の一つだ」

「前から不思議に思っていたんですが……マリンコ(海兵隊)はどうしてやってきたんですか?」

「それは……長くなるから、茶飲み話としよう」

 魔女はボルトたちに手を振り、休憩しようと言った。

 畑の畔に5人は横並びに座り、砂糖をたっぷり入れた紅茶とキュウリのサンドウィッチを口に運ぶ。

「マリンコがこっちに来た理由だが……わたしも、どういう経緯で《通路》が開いたのは知らない。偶然開いたのか、誰かが故意に開けたのか。《通路》を越えた探検隊が見つけたのは、自分たちの世界と同じような大気組成と、地面を持つこの世界だったわけだ。そのころ、世界では人口増加や各国での移民問題、気候変動に食料不足が問題となっていてね、それを解決する方法として、こっちに入植しようと考えたわけだ」

 魔女は紅茶をすすり、話を続ける。

「入植の前にすることが多くあった。まずは《通路》から、大陸までの航路の設置だ。《通路》は海上に出入口があってね。そこから船を使って大陸までの道を作った。途中途中に出てくる、クラーケンだかリヴァイアサンだかを倒してね」

「リヴァイアサンを倒したって? どうやって?」

 伝説級のモンスターの名が出てきたので、ボルトがびっくりした声をあげる。

「そりゃ、船や飛行機からミサイルを撃ってね。そうやって、航路を縄張りにしていたモンスターを一掃したんだ」

「怖い話だ……」

「陸地にたどり着いたわたしらは、調査を行う人員とその護衛をするマリンコを送り込んだ。そしてこの北の森に、大規模な拠点を築いたんだ。移民が入植して暮らすための家屋が建てられ、畑が整備された。気候的にはもう少し暖かいところがよかったんだが、まずは地面に足を立たせないとね」

 レンチたちは、神話の当事者が語る話を興味深い顔をして聞き入った。

「実際に入植者が入り、開拓と調査がはじまった。こちらの動植物はなぜか向こうのものと似通っていて、牛や馬などは違いが全くなかった。最初は過去に戻ったのではないかと思われたが、偵察機が王国を発見したわけだ。まさか、自分らと同じような人類が住んでいようなどとは思いもよらなかった。さっそく調査団が組まれ、今でいう北壁の辺りの村や町に赴いたんだ。最初は言葉が通じずに難儀したが、数周期後には交流ができるようになった。この頃に行われた物々交換により、ジャガイモやトウモロコシなどがこっちに流れ込んだんだよ」

 魔女はフッとため息をついて言った。

「最初はうまくいっていたんだ。最初は。入植者の中には、こっちの村や町で職を得る者も出てきた。言っちゃ悪いが、わたしらの世界の方が技術力が上な部分が多かったからね。北の森の入植地も着実に拡がっていった。が」

「が?」

「うちのとこの王様──大統領(プレジデント)って言うんだが──が、入植地の南への拡大を命じたのさ。こっちでの活動が、あっちの問題の一部を解決しつつあったんだ。それで、議会は王国領の併呑を決めたんだ。その尖兵となったのが、わたしらってことさ」

「それが、厄災戦の始まりなんですか?」

「そう。それがすべてのはじまりさ。戦いが始まる前には、何度か交渉が行われたが、それもうまくはいかなかった。科学技術と土地を交換しようとしたんだが、その科学技術は理解されなかったんだね。その頃王国は、まだ鋼を生産するのがぎりぎりの技術力しか持っていなかった。だから、それらの技術を迎え入れる素地がなかったんだ。王国はまさに悪魔との取引をしてるようなものさ。自分たちが理解できないものと交換で、土地を譲るかい? そんなことはありえない。そして、いろいろな不運や不幸が続いて、ついに開戦というわけだ」

 魔女は目の前に広がる畑を見ながら話を続けた。

「命令とあれば戦うのがわたしらの務めだ。そりゃ、侵略者としての自覚はあった。が、背後には飢えに苦しむ数十億人の同胞がいた。しょうがなかったんだね。わたしらは王国の半分にまで歩を進め、多くの町や村を占領していった。入植者もすぐさま本土から送り込まれ、それらの地に入っていった。だけどね」

 4人はお茶やサンドウィッチを口に運ぶことを忘れて、魔女の話を聞いていた。

「おかしいことに気づいたんだ。こっちでは、子供が生まれなかったんだ。確かに妊娠はしている。だが、胎児が一向に成長しない。理由はわからなかった」

 魔女は自分の顔に手を当てた。頬に記された傷と皺をなぞる。

「こっちの世界と、あっちでは時間の進み具合が違う、ということがわかった。その時間の違いは、なぜかわたしら人間とその道具だけに作用した。人間はゆっくりとしか歳をとらず、機械のたぐいも劣化することがない……世界同士の時間の割れ目に落っこちたのかもしれない。入植者に子供が生まれないとなると、入植地を維持することができない。時間の進みが違うなどという不気味なところに、好んで行こうなんて人も少なくなったんだろうね。そして議会は決定した。この世界からの撤退を」

「厄災戦の最後の戦い」

「そう。撤退をするわたしらを追い、王国をはじめとする国々の兵が北の森まで迫った。マリンコは数十万人とも言われた入植者を元の世界に帰すために、文字通りの人の壁を作って時間を稼ぎ続けたんだ。そして──」

 魔女はマグの中の紅茶をあおり、遠く、北の海の方を見た。

「わたしのような人間を残して、《通路》は閉じた。神話の終わりだよ」

「でも、少し変だよ」

 ラチェットが口を開いた。

「子供が育たないんだったら、どうしてあたしが生まれたんだい?」

「それは……たぶん、奇跡だ」

 魔女はラチェットの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「神様が見逃していたんだろうな。マリンコとダークエルフの子供だってことで」

 ラチェットはどう言葉を返せばいいのかわからずに、じっと魔女の顔を見た。

「おまえは、こっちの世界とあっちの世界とをつなぐ、橋の一つなのかもしれない。また時代が流れて、《通路》が開いた時のための」

「ふーん。あんまり自覚はないなぁ」

 ラチェットはくしゃくしゃになった髪の毛を手で直しながら言った。

「わたしは、《通路》がまた開くのを待っている。帰らねばならないからね。あの時から何がこっちで起きたかを見てきた人間として」

「向こうの世界かー。何か見てみたい気もするけど、なんか怖いなー。ビルっていう高い建物がいっぱい建っていて、車も縦横に走っているんでしょ?」

 レンチが誰に言うでなく言う。

「あっちは足長ばっかりなんだろ? 俺なんか行ったら、すぐに撃ち殺されそうだ」

「それもそうだね」

「あんだとー! 少しは『大丈夫だよ』とか言ってみろよ」

 レンチとボルトがいつものように売り言葉に買い言葉をかわす。と言っても、どちらも冗談だとわかっているようだった。

 魔女は半ば掘り出されているジャガイモを見つめた。あのイモのように、この世界に地球人が根付く時代がやってくるのだろうか? 自然という神は、時に大いなるいたずらをする。そのいたずらが良い方向に行ってくれれば良いと、魔女は思った。

「さて、陽が落ちる前にジャガイモの収穫だけ終わらせとこう」

 魔女たちは畑に戻っていった。




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