死霊の館
この世界に侵攻したアメリカ海兵隊は、様々な敵と戦うこととなった。最初は北の海に住む、伝説に登場するような海の怪物たちであった。上陸し、北の森に進むと、次は怪獣や猛獣、人語を解さない人型の生物たちだった。次に衝突したのは、現地の人類であった。これらの敵に対し、海兵隊は持ちうる武器を最大限に生かして、圧倒的な勝ち戦を続けた。もちろん、少々の敗北もあった。だが、それをそのままにしなかった。敗北の原因を分析し、様々な対応策を練ったのだ。モンスターの性質や、特殊能力に対する技術や方策を考えだし、時には地球では制式化されなかった兵器の採用や、完全な新兵器の開発などもおこなった。魔法までは解析することはできなかったが、それらに対応する策もいくつか考案され、実戦に使用された。
これらが、海兵隊を"悪魔"と呼ばせるに至った一つの経緯である。
魔女とその一行は地元民から「死霊の館」と呼ばれていた古い屋敷を探索していた。夜になると死霊たちが集まり、町に現れては、人を襲ったりしていた。何度か冒険者による討伐が行われたが、それらは今一度も成功したことはなかった。冒険者たちによると、地下に墳墓があり、そこに死霊の主がいるというのである。それをどうにかしないと、館を壊すなどのことはできない、と言われていた。
「しっかし、昼間とはいえ、こんなに薄暗いとは」
ボルトはM4ではなく、白くわずかに輝くハンドアックスを手に歩いていた。このハンドアックスは、ラチェットの動甲冑の装甲板と同じ『魔銀』と呼ばれる特殊な金属で作られており、通常の武器が効かない相手にも効果があるとされていた。
他の面々も銃ではなく、魔銀で作られた武器を携行していた。魔女だけは.45を右手にぶらさげている。
「どうしてマリンコは、銀の銃弾とかを作らなかったんですか?」
警戒しているレンチが振り向かずに魔女に聞いた。
「ミニガンを知ってるか?」
「ええ。もちろんです」
「発射速度は?」
「毎分6000発ですが……」
「そんだけの"銀の弾丸"を作れるか? ってことだ」
魔女は火のついていない煙草を上下させて笑った。
「何度か試験はされたが、フルオートでぶっ放すから無駄弾が多くて、得られる効果より材料費の方が高くなってしまったわけだ」
「それで、どうしたんですか?」
「確実な方法だけを考えた。例えば、拳銃弾だけにするとかな」
魔女は.45を振って見せた。
「拳銃弾程度なら量産コストに見合うだけの特殊弾が作れた。と言っても、すべての敵に効くわけじゃない。じゃんけんみたいなものさ。何に会うかを予想して装備する必要に迫られたわけだ」
「どうやって対処したんです?」
「ここの皆がやってることと一緒さ。偵察をくりかえし、敵の正体を探り、それに合う武器を用意した。海兵隊と言っても無敵じゃない。たまにはどうしようもなくなったこともあったさ」
「おしゃべりはそのぐらいですよ。奴らが来ました」
ボルトが指差す先に、半透明の人影のようなものが浮いている。ボルトに言わせると、それは肉体を失った死にぞこないの死者だった。
「まかせるよ」
「よっしゃっ」
ボルトはハンドアックスを構えて死霊に近づく。死霊は生きている者から、その生気を吸い取って生きている。生気を吸えずに時間が経てば蒸発してしまう存在だが、ここの死霊たちは定期的に町の民を襲っているため、それは期待できなかった。
死霊がボルトに気づき、威嚇の声を上げる。それに合わせるかのように何体かの死霊が集まってくる。
「さて……死にたい奴からかかってこい」
ボルトは死霊たちの中に突入すると、ハンドアックスを振るった。ハンドアックスは死霊をたやすく切り裂いた。切り裂かれた死霊は火のついた炭のような色に変わり、微かな燐光をまき散らしながら消えていく。
『次はあたしにやらせて』
魔女の横についているラチェットが、動甲冑をぴょんこさせながらアピールする。
「だめだよ。今回、おまえは最後の切り札になる。その装甲と大剣が重要だ」
『へーい』
魔女はくいっと顎を上げて、ボルトに前進を指示した。ボルトが先頭を進み、レンチがメモを見ながら続く。メモには、かつてこの館に挑んだ冒険者たちからの聞き取りが書いてある。
「その角の階段を下に」
「わかった」
ボルトはライトで下に向かう階段を照らした。
「暗視装置で行きますか?」
「赤外線モードにするんだよ。死霊は辺りの気温より温度が低いから、黒く見える」
「了解」
ボルトとレンチが暗視装置を下げ、階段を降りる。その後ろを魔女とラチェット、最後尾を守るナットが続く。
暗視装置の中に暗い影が走る。反射的にハンドアックスを振り抜き、死霊は悲鳴とともに消滅する灰に変わる。
「その死霊の主っていうのはどこにいるんだ?」
蜘蛛の巣を払うように死霊を切り裂きながらボルトが進む。
「この階の奥に隠し扉があって、そこからさらに地下に行くようね」
「そうか。この階でもこんなに死霊がいるんだ。そこに入ったらどんだけ出てくるのか」
ボルトはレンチが指示した部屋を見つけ、中を見て、首を何度か斬る真似をした。
「ラチェット」
『yes,メム』
「出番だ」
ラチェットの動甲冑が前進する。大剣を引き抜き、盾を構える。死霊がまとわりついてくるが、装甲板に触れるだけで微光を放つ灰に変わる。ラチェットは大量の死霊たちのど真ん中を抜けていく。そして、隠し扉があるという本棚を大剣でぶった斬った。本棚が倒れ、レンガで組んだ通路が現れた。
「聞き取りの通りだね。どうやら、この屋敷の主はそっち方面に明るかったようだ」
「死霊を集めて何をするつもりだったんでしょうか?」
「それはここの主に会ってみればわかるさ」
ラチェットが前進する。死霊たちはラチェットに立ち向かうが、剣と盾の前に灰となって散っていく。
隠し扉から少し進むと階段になっており、建物3階分ぐらいを降りた。
「これはこれは……」
魔女は暗視装置を上げ、何個かの発炎筒を投げた。発炎筒は壁に当たり床に落ち、部屋の大きさを明らかにした。部屋は10m四方あり、その真ん中には太古の墳墓の石棺のようなものがあった。
その石棺に何かが座っている。死霊にしては色が濃く、黒いローブのようなものを羽織っている。
「あんたがここの主ってわけか」
それが振り返る。主の顔は痩せた皮が張り付いた骸骨のようだった。目の穴の中に赤い燐光が見える。
「ぬしは、北の森の魔女だな……」
「おや、わたしも意外に有名人で」
「知らぬものはそうはおらぬよ。我らの仲間で、ぬしに挑んで返り討ちにあった者は多い。それがついに我の寝所に来るとはな」
「あんたを起こした奴──連中には何をしたんだい?」
「ああ、矮小な願いを叶えてやったさ。この世での成功をだな。そして、死した後は、我が眷族とした」
「それはそれは」
「ぬしも願いを欲するのか?」
「……いや。あいにくだけど、死んでもらうことにした」
魔女と主は互いを見ながら笑った。
「もはや死んでいる者をどうやって殺す気だ?」
「なに、その存在を消すだけが、死ではないさ」
「フフッ……できるかな?」
主が立ち上がり、杖を振るった。それに合わせて無数の死霊が壁や天井、床のレンガの隙間から出現する。ボルトとレンチが跳び退り、ハンドアックスを振るう。ラチェットは階段から飛び、主に斬りかかった。空中でガチンっという音が響き、大剣は主の手前で止まっていた。
『防御魔法!』
「時間を稼げ!」
『了解』
何の時間を稼ぐのか疑問に思ったが、ラチェットは主に向かって大剣を振るった。
魔女は背後を守っているナットの肩を叩き、気づいたナットはザックを魔女に渡した。魔女はザックをかつぐと階段を降りていった。
「援護」
ボルトとレンチが前進する魔女を援護する。ハンドアックスを振り、飛び掛かってくる無数とも思える死霊を倒し続ける。
「さすがに腕が……」
「この前の怪我のせいにするわけ?」
「くそっ! そんなんじゃねぇ!」
魔女はザックを開くと片手大の箱型を装置を取り出した。箱の表面には黒と黄色の縞模様が描かれている。それを床に置き、その箱につながっているケーブルを引き出し、もう一つ、こちらは一抱えもある箱型の装置を引き出した。
「?」
それを見た主が魔女の方を向く。魔女は発炎筒で煙草に火を点けるとふーっと一息吐いた。
「何だそれは?」
「そうさね。おまえを倒すための武器さ」
「そうは行くかな──!?」
ラチェットの猛攻をすり抜け、主が魔女の方に向かって飛ぶ。
「メム!」
ボルトとレンチが振り返る。今、魔女と主の間に入ることのできる者はいない。
魔女は.45を構え、引き金を引いた。発射された銀の弾頭は主の顔にめり込む。それで勢いを削がれた主であったが、首を振って弾頭を振り払うと歩を進めた。魔女はさらに二発、三発と発射する。が、主にダメージを与えたようには見えなかった。
「それだけか? 魔女よ」
「いや、位置を調整しただけだ」
魔女の視線を追った主は、自分が箱の上に立っていることに気づいた。魔女は左手に持っていた遠隔スイッチを押した。
「〽お化け退治!」
黒と黄色の縞模様の箱の蓋が開く。中から光が漏れ、強烈な突風のようなエネルギーの流れが部屋を舞った。死霊たちがエネルギーの流れにあたり、微光も残さず分解される。
「む、身体が……」
主は自分がその箱に引き込まれるのを感じた。主は魔女を見ると、魔女はニヤリと笑いながら手を振った。次の瞬間、主の身体は箱の中に引き込まれ、箱の蓋が自動的に閉じた。
「なんですか? これ」
ボルトが箱を見て言う。
「ゴーストトラップ。まぁ、ネズミ捕りみたいなものよ。お化けを閉じ込める専用の箱」
中からは微かだか主の声が聞こえてくる。
「……このようなものに閉じ込めようも、時が来ればまた蘇るわ。おまえたちの機械は、"電気"というもので動いているんだろう? それが尽きれば我も自由になる──」
「それはどうかな? これは特別製のもんでね。電源に炭素14ダイヤモンド電池が使われていて……半減期は5700年。電源の寿命が尽きるのは、そうさね──こっちの時間で数万周期ってとこかな」
「──!!」
「いい夢を」
主が何やら騒いでいたが、魔女は全員に部屋を出るように言った。
隠し通路を爆薬で塞ぎ、館の外に出た。
「さて、この手の話のラストシーンはこれだね」
魔女は館に向かってサーメイト手榴弾を投げ込んだ。床を焦がしていた火はやがて調度品や柱や梁に移り、しばらくすると館全体を覆った。
炎に包まれる館を背に、HMMWVは走り去った。




