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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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水中からの挑戦

 厄災戦より数百周期が流れたが、民の中にあるマリンコ(海兵隊)の恐怖の記憶は消え去ってはいなかった。灰色の服を着た、北の海よりやってきた悪魔の集団──馬の無い馬車や、火を吐く車、空を飛ぶ鋼鉄の鳥などを駆り世界を倒さんとした者たち──は、世界に大きな傷を負わせて、ある日突然去って行った。

 マリンコとそれに関わる技は忌み嫌われたが、中にはいつの間にか受け入れられたものがあった。

 その最たるものが「PETボトル」だった。

 マリンコの兵士たちが大量に使った簡易水筒であり、大量のPETボトルが戦場に投棄されていた。水が漏れない構造かつ、革袋とは比べ物にならない軽量さと、何周期たっても壊れない頑丈さが民に受け入れられ、液体を入れるものとして重宝された。当初は捨てられていた蓋とボトルの関係性が不明であったが、中身入りのものが発見されるに至り、これが水筒である事が判明したのである。現在でも、中身入りのものは高価で取引されており、マリンコの遺跡を探る冒険者にとって、ぜひとも欲しいものの一つであった。現在、流通しているPETボトルは数万本とも言われている。

 その他には「紙巻煙草」があった。それまで煙草はパイプで吸うものだったが、これも戦場で大量に発見された煙草の吸殻により、薄い紙で巻いて吸う、という文化が完成した。幸い王国ではそれなりに薄い紙を作る技術が確立しており、南方の領地から運ばれてくる煙草の葉を使って紙巻煙草が生産されるようになった。もちろん影の部分もあり、煙草に混じってマリファナ煙草も流通した。当初は戦場で発見されたものだけだったが、研究の結果、同種の植物がこちらの世界でも生育していることがわかり、暗黒街などで盛んに作られるようになった。

 このように、異なる文化の衝突により、様々なものがもたらされ、世界を徐々に変えていった。


「ここも、いろいろと入り込んでいるようです」

 通路の床に何者かが歩いた痕跡を見つけたボルトが言った。その日魔女の一行は、森の中にある海兵隊が設営した施設に来ていた。もちろん、厄災戦以降、魔女は一度も入ったことがない所だった。通路は半分水で埋まり、先の方も水で満たされているようだった。

 魔女がこの施設を探索しようとしたのは、残置された物資の回収が目的であった。特に医薬品は貴重であり、できる限り入手したいものだった。

「水の深さは?」

「自分のひざ下ですから……この先も同じぐらいでしょう」

 ボルトはフラッシュライトを点灯すると先頭に立ち、水音が立たないように慎重に歩を進めた。もちろん、見えない穴にも気をつけてであった。レンチもライトをつけ、ボルトに続く。水は刺すほどではなかったが、冷たいことには変わりなかった。

 角を曲がり、建物のメイン通路に出る。典型的な設計の施設であり、メイン通路の左右に部屋が十数並んでいる。

「一か所ずつ探しますか?」

「そうさね。念のため探っていこう」

 魔女はボルトとレンチに部屋を探るように告げた。ナットが後ろを守り、ラチェットの動甲冑が通路の奥を見張る。

 二人が入ったのは歩哨の詰め所だった。ロッカーがデスクに倒れ掛かっている。ロッカーは誰かが乱暴に開けた形跡がある。デスクの引き出しもすべて開けられ、中身は水の中に沈んでいるようだった。

「明らかに動物じゃないです。それなりに知性のあるやつらがいますね」

『気をつけな。水は私らの弱点だ』

 水陸両用の海兵隊とあって、この言葉を不思議がるとは思えるかもしれない。が、海兵隊といえども「水の中」の相手と戦う技術は持ち合わせていないのだ。

 ボルトは次のドアを開ける。その足元を何かがすり抜けた。

「何かいます……大きい……」

『何かいる』

 動甲冑のセンサが水中に何かいる事を告げた。大きさは1mほど、水中を泳いでいる。

「魚か?」

『いえ……手足があります!』

 次の瞬間、動甲冑の装甲に銛が突き立てられた。水音が響き、何かが攻撃した後、水に潜ったことを告げていた。

「これはまずいな……」

 魔女はボルトとレンチを呼び寄せ、警戒陣を布いた。下がるか、それとも敵を殲滅するか、迷った。

 その迷いを相手側が振り払ってくれた。またもや銛でラチェットが攻撃されたのだ。

「手榴弾!」

 ボルトとレンチが手榴弾を通路の奥に投擲する。水中で爆発が起こり、爆圧でできた波が寄せてくる。

 それは魚のように飛び出してきた。イモリのようなぬらりとした黒い皮膚に、長い手足がある。手には粗末な造りの銛を持っている。

「ニュウトマンとは……こりゃやっかいだ」

 その名の通りの水中に適応したリザードマンの一種で、小型で群れを作って生活している。主に魚を獲って生きているが、時には人も襲った。

 ざわざわと水面が揺れる。何頭かのニュウトマンが通路に出てきたのだろう。このままでは、見えないところから攻撃されることになる。

「ラチェットはそのまま! 他は部屋に入れ。デスクの上にのぼるんだ」

「了解!」

 ボルトとナットは詰め所に、魔女とナットは横のドアを開けて部屋に入った。そしてデスクの上に登る。ニュウトマンは水中に潜ると、音もなく泳ぎ始めた。

「ライトを消せ。暗視装置を」

 ヘルメットの暗視装置を下ろし、ライトを消す。暗視装置の赤外線モードの方が、水とニュウトマンの区別がつきやすい。

 ニュウトマンは複数ごとにわかれ、通路や部屋の中を泳いでいる。こちらの隙を伺っているようで、襲撃してくる気配はなかった。

「ラチェット!」

『はい』

「ひっかきまわしてやれ」

『i,copy』

 ラチェットは.50を構えると、視野に納めたニュウトマン目掛けて発射した。着弾が水柱を派手にあげる。しかし、水の中に飛び込んだ弾はすぐに勢いを失い、弾道もバラバラになる。だが、ニュウトマンはそれを嫌がり、何匹かは自ら飛び出した。そこに魔女たちは銃撃を加える。空中で銃撃を受けたニュウトマンは水中に戻る。

『このままだとジリ貧ですね』

「手榴弾はいくつある?」

『さっき使いましたので、レンチの分と合わせて5個です』

「ラチェットは?」

『ポケットに3個ずつ入ってます』

「よし。自分の前に扇状に投げろ。そして飛び上がってきたのを撃つ」

『了解』

 魔女はナットから手榴弾を受け取ると、部屋の奥に向かってアンダースローで投げた。そしてもう1発を、自分の右横のデスクと棚の間に落とした。ボルトとレンチは通路に向かって投げた。

 くぐもった爆発音が響き、霧状の水柱が上がる。そこから爆圧を嫌ったニュウトマンが飛び出す。魔女はM14をそれに撃ち込み、ボルトとレンチも同じように飛び出てきたニュウトマンに銃弾を叩きこむ。

 ラチェットは動甲冑の腿にあるポケットを開くと、手榴弾をつまみ出した。それを通路の奥に向かって投げ、爆発とともに飛び出してくるニュウトマンを.50でバラバラにした。

「どこかの国では、こうやって爆薬を海に放り込んで魚を獲る、という漁をしていたそうだ」

『それは合理的なのか、それとも何も考えてないのか』

 しばらくすると、赤外線モードでニュウトマンの姿は捉えられなくなった。死体は沈んでいるのか、どこかに流されたのか、その場所はわからない。

 ボルトとレンチは銃剣をつけ、魔女も手斧を抜いた。デスクから下り、水中を探りながら進む。何体かのニュウトマンに足が当たったが、動く気配はない。

「さっさと探すモノを探してずらかりましょう」

「そうだね。ラチェットはそのまま通路の警戒。ナットとレンチはわたしらを援護」

「了解」

 魔女とボルトは部屋を見て回った。簡易的な金庫に入った医薬品がいくつか見つかった。その他の物は、ニュウトマンが壊したり、水の中に落としたようだ。

「さて、帰るか」

 魔女が背を向けた瞬間。水の中から銛がくり出された。

「痛っ」

 銛は魔女の腹部の、プレキャリの隙間に突き刺さった。

「こいつ!」

 ボルトが銃剣でニュウトマンを突き、それを何度も繰り返してその身体をズタズタにする。

「レンチ、メムがやられた。急げ」

 魔女は銛を引き抜くと、横腹を押さえた。指の間から血が流れる。

「ボルト、手をかせ。デスクの上に登る」

「はい! メム」

 魔女はデスクの上に登ると片膝をついた。思いの外傷が深いようだった。慌ててやってきたレンチが銃をボルトに渡し、デスクの上に登る。そして治癒魔法を唱える。

「ラチェット、退却だ。メムを運んでくれ」

『了解』

 動甲冑がドアを壊しながら部屋に入ってくる。

「なに大丈夫だ。魔法が効いたようだ」

「しかし、まだ動かない方がいいです。私の魔法では……」

「とりあえず、外に出るよ」

 動甲冑が片腕で魔女を抱え、外に向かって歩いていく。ボルトたちはその後ろを警戒しながら歩き、外に出た。

 外の陽の光の中で、魔女は自分の傷をあらためさせた。治癒魔法が効いたようで、傷口はふさがっている。

「とりあえずは動かない方がいいみたいだね」

「まずは帰りましょう。本格的な治療はそれからで」

「ああ。車に乗せてくれ」

 小屋に帰り着いた魔女は、プレキャリを脱いで、鏡で傷口を見た。そして、針と糸、消毒薬や抗生剤などを使って、自ら治療を行った。その手際に、レンチたちは唖然とする。

「なに、ずっと一人だったからね」

 魔女は何事もなかったかのように立ち上がると、ナットにお茶を入れるように言った。


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