春の夜の悪夢
その日レンチは、北壁に近いとある町にいた。魔女のお使いで、薬効のある木や動物の臓器などを干したものを買いにきたのである。
お使いの時のレンチはいつもの海兵隊の服装ではなく、町に溶け込むように普通の服を着ている。それでも、隠しホルスターに拳銃を納め、よく研いだナイフを数本携帯している。
市場で品物を物色しているレンチの耳に、酔っぱらった者特有の大声が聞こえてきた。
「──いいか、また来るからな! 次に来るときには用意しておけよ! 金額は倍だ!」
古物商の店先に店主が座り込み、酒の入ったボトルを手に武装した男がその頭をぺしぺしと叩いている。
「あれは……?」
レンチは小物売りの老婆に聞いた。老婆は武装した男の方をちらりと見たあと、小さい声で言った。
「ここ最近にやってきたヤクザもんさ。元は冒険者で、それなりに腕が立つので、町のみんなは言いなりさ。顔役も、警備兵も見て見ぬふりをしてる」
冒険者くずれは、古物商を蹴り、見世物じゃねぇ、と野次馬を蹴散らせて行ってしまう。
「あんなのがいると町は滅茶苦茶になってしまうよ……誰か、あたしらの代わりに……」
老婆はレンチに品物を渡す。レンチは代金を老婆に手渡した。顔は冒険者くずれが立ち去った方向を見ている。
「……よしっ」
レンチは町のいろいろな場所を周り、情報を収集した。元冒険者たちは、今から十日前ほど前に町にやってきて、町の宿屋を半ば乗っ取り、そこを根城にして、無法を働いているらしかった。武装して、朝から酒をあおり、市場の店主たちに難癖をつけては金品をゆすり取っているという。
町に宿をとり、レンチは彼らの動静を探った。元冒険者の数は五~六人。剣士と魔法使いで構成されているようだった。レンチは自らの判断で、この件の解決を図ることにした。魔女には内緒で。
町の近くの林に隠していたHMMWVのところに行き、装備の入ったザックを取り出す。それを背負って宿に戻った。
どうするかを考えていた。町中で騒ぎを起こして、白昼勝負をつけるか、それともアジトに夜襲をかけるか。どちらを選択するか考えていた。レンチ自身がたった一人で襲撃作戦を考えたことは、今までに一度も無い。これが義憤にかられた無謀な行動であることはわかっている。レンチの中にいる、領主の娘であったファメルが目覚めたのだ。
レンチは夜襲をかけることを選択した。相手が集中している可能性が高く、屋内ならこちらの方が有利に戦いを進められる。
装備を整える。怪しまれないように、町娘の格好をし、服のあちこちにマガジンを隠している。銃は上着の中に納める。今回は援護は無い。自分ひとりであらゆる事に対処しなければならなかった。
宿の裏口から外に出る。3つの月が辺りを照らしている。夜警に見つからないように裏通りを抜け、ヤクザ者がいるという宿が見える位置にたどりつく。暗視装置を下ろし、辺りを見る。人影は無い。夜にも関わらず、宿の二階の窓からは光と、大声が通りに投げかけられている。見立て通り、相手のほとんどは中にいるようだ。レンチは宿の裏口に向かった。
裏口につくと、ドアを押してみた。鍵がかかっている。レンチは開錠用具を取り出し、手探りで鍵を外す。工具を納め、ドアをゆっくりと開ける。
すっかり火が落とされた厨房を音も無く抜け、一階の酒場に出る。酒場に人はいない。いくつかの椅子やテーブルが壊され、壁に積み上げられている。服の中からHK416を取り出し、初弾を装填する。
「なんだぁ?」
いきなり後ろから声をかけられた。酒場の酒を取りに来たのだろう、ボトルを持った酔っぱらった男が立っている。レンチは背中に相手の気配を感じながら、銃を安全装置を外した。
「盗賊か? 俺たちの稼ぎの上前をはねるつもりかぁ?」
レンチは素早く振り返り、男の腹に銃口を突き付けた。そして引き金を引いた。発射された弾丸が男の腹をめちゃくちゃにして貫通する。男は壁まで吹っ飛ばされ、倒れる。
ここからは強襲だった。レンチは二階へと続く階段を駆け上がる。銃声に気づいた男たちが部屋から出てくる。
「誰だ!?」
暗視装置の緑色の視界の中で、手に手斧を握った男の輪郭が動く。レンチは至近距離で発砲し、男を倒す。死体の乗り越え、次の男に短い連射を叩きこむ。
通り過ぎる部屋をひとつひとつ確認する。いくつかの部屋には商売女がいたが、聞いた事も無い音にすっかり驚き、シーツを顔まで引き付けて震えている。レンチはそれらを無視して、奥へと進む。
その時、短い呪文を聞いた。とっさに柱の影に入る。
「魔法の矢!?」
呪文が完成し、空間から6本の矢が飛んできた。威力は低いが、回避不能な攻撃である。レンチは魔法の矢の連撃を受けて廊下を転がる。すぐさま身体のダメージを確認する。かなり傷ついているようだが、四肢は動く。レンチは銃を構え、魔法使いと対峙する。
「……その装備は……まさか、マリンコか!?」
魔法使いが叫び、次の呪文の詠唱を始める。レンチはその間を与えずに銃弾を送り込む。弾は魔法使いのすぐそばまでたどりついたが、その身体までは届かなかった。おそらく、マジックアイテムの「矢避け」を持っているに違いなかった。
詠唱が完成し、廊下に火球が飛ぶ。レンチはその一撃をかわすことができず、階段まで吹き飛ばされる。
「痛っつつ……」
服の下に着ているプレキャリのおかげで、胴体にダメージは無い。が、手足には火傷の痛みが走っている。
レンチは転げ落ちるように階段をおり、厨房まで撤退した。かまどの影に身を沈め、治癒魔法をかける。まだ熟練の域まで達してはいないが、傷の大部分の痛みを取ることができた。
装備の状況を確認する。銃や暗視装置などには損害は無いようだった。レンチは息を吐き、相手の動きを探る。
敵に態勢を立て直す時間を与えたことを悔やんだ。ここからは元とはいえ、それなりの実力を持つ冒険者との戦いとなる。特に魔法使いは脅威だった。矢避けにより銃が効かない。接近戦で仕留めなければならない。
レンチは手榴弾をいくつか取り出すと、相手の足音を探った。勢いに乗ってやってくるのではなく、辺りを警戒し、足音を消そうと抜き足差し足で進んできているようだった。それでも床板が鳴り、相手の場所がはっきりとはしないがだいたいの位置を把握できた。
手榴弾のピンを抜き、一息ついてから階段の方に投げた。相手を殺傷するためではなく、音と爆風でビビらせるためだった。手榴弾が爆発し、埃が部屋を覆う。レンチは隠れていた場所から飛び出し、階段の方を向く。緑色の視野に、階段の途中で顔をかばっている男の姿が見える。その上には魔法使いと思われる人物の姿を捉えている。レンチはまず階段の男を撃った。銃弾を受けた男が階段を転げ落ちる。レンチは銃を背に回すと、ナイフを引き抜いた。男と入れ違いで階段を駆け上がり、魔法使いに迫る。
詠唱が完成した。が、火球は階段の下で炸裂した。レンチはナイフを振り上げ、魔法使いの首筋目掛けて振り下ろした。鈍い感触があり、ナイフが肉にめり込む。ナイフを抜き、喉元を横一線に切り裂いた。血が勢いよく飛び、魔法使いは喉を抑えてうずくまった。レンチはその背中に回ると、階段の下に魔法使いを蹴り落とした。
「どこのどいつだぁ!」
廊下の奥に巨漢が立っている。手にロングソードを構えている。
「地元の連中か?」
「ただの通りすがりです」
レンチは銃を構えると、巨漢に向かって発砲した。巨漢はロングソードを盾のように構え、致命的な一撃をかわした。
「さあ、俺を殺してみろ!」
巨漢が突きの構えで突進してくる。狭い廊下の広さを把握し、それに対応している。レンチは銃撃をくわえては、その突進を止める前に刺し殺されると思った。咄嗟に壁を蹴り、空中を舞った。突進してくる巨漢を飛び越え、その背に回り込んだ。長いHK416では取り回しに難があると感じ、銃を背に回し、ホルスターから9㎜を抜いた。そして、巨漢の背中に2発ずつ、4回の射撃を加えた。
「……それっぽっちか?」
巨漢が振り返る。拳銃弾では致命的打撃を与えることができなかった。こんな時どうするか? レンチの脳裏に選択肢が一気に流れる。レンチは相手が突進してくるのを待った。
ロングソードを構えなおし、巨漢が突きを放つ。レンチはその下を滑り、巨漢の股下に身体をねじ込んだ。そして、股間に銃弾を叩きこんだ。急所を撃たれた巨漢は、蹴り上げられた犬のように跳ねると、二三歩歩いてから倒れた。
レンチはマガジンを交換し、廊下の奥に進んだ。まだ相手がいる。昼間見た、商人を蹴った男だ。
その男は一番奥の部屋に居た。震えながらショートソードを構え、レンチに近寄るなと叫ぶ。
レンチは拳銃を構えたまま、ショートソードの間合いに入らないように距離をとった。
「おまえは何なんだ!?」
「そうね。あんたの悪夢と言ったトコかしら」
暗視装置をつけ、拳銃を構えたレンチの姿は、男にとっては魔物に見えただろう。がくがくと身体を振るわせて、部屋の奥へと引き下がっていく。
「か、金なら払う! 命だけは……」
「お金? ああ、この町の人たちから奪った分ね。じゃぁ、その金は町の人に返すのよ。いいわね?」
男はブンブンとうなずいた。
「それと、お金を返したら、この町から出ていくこと。私は見ている。約束をたがえたら、廊下や1階に転がっている仲間より惨い死に方をすると思いなさい」
「ああ……わかった……わかったから、俺の前から去ってくれ!」
「では、証だけを記していくわ」
レンチはゆっくりと銃口を上げ、男の耳を撃った。男は激痛に声をあげ、剣を捨てて床に膝をつく。
「耳がぁ! 俺の耳がぁ!」
「その耳の傷を触るたびに思い出すのね」
男を部屋に残し、レンチは廊下に出た。股間を撃たれた巨漢がうめいている。それをまたぎ越え、階段を降りる。階段の下に魔法使いと男が重なり合っている。それらの死を確認すると、レンチは裏口から出て、夜の闇に消えていった。
翌日の昼。レンチは市場にいた。
「昨晩、何かあったようだね。あのヤクザ者がやってきて、皆にお金を返しているんだよ」
老婆がレンチに言った。見回すと、頭に包帯を巻いたあの男が、古物商の店主にぺこぺこしながら金の入った革袋を渡しているのが見えた。
「まだ世の中捨てたもんじゃないですね」
レンチは老婆に笑みを向け、市場から立ち去った。




