棺に釘を
「おまえが北の森の魔女ね! 覚悟しなさい!」
三つの月を背景にして、その女剣士は言った。高台に立つ彼女の姿に、魔女は思わずため息をついた。ここまで脳天気で自信過剰な挑戦者には飽き飽きしていたからだ。
魔女はM14を構えると、剣士の額に弾を撃ち込んだ。衝撃で銀髪が広がり、剣士は倒れた。
「やれやれ……」
「なんだったんでしょうか。あれ」
「わたしが知るもんか」
ボルトは高台に続く坂を上がっていく。襲撃者が何者だったのかを調べるためだ。
襲撃者は高台に倒れていた。額に弾痕がなければ、美しいとも思える顔だった。長い銀髪と同じ色の鎧を着ている。
「どこの誰だかは知らんが……」
ボルトは持ち物から相手の正体を知ろうと、装備を探ろうとした。その時、剣士の右手が動いた。
「こいつ……生きてやがる!」
バッと距離をとり、M4を構える。剣士はゆっくりと上半身を起こした。見ると、額の弾痕も、弾が突き抜けたことによってばっくり開いた後頭部の傷も無い。
「超回復かっ!」
ボルトは相手を見ながら後ずさる。剣士は細い剣を片手に立ち上がる。
「よくもやってくれましたね」
剣士がハハッと笑う。
「わたくしを殺すにはまだまだ修行が足りないようですね」
「こいつは厄介ですよ。再生者です」
再生者とは、文字通り傷を高速で回復させる能力を持つ者のことである。あまり見かけない能力だが、それを持つ者はある種の不死身の存在と言えた。
『まずは戻ってきな』
ボルトは手榴弾を抜き、飛び掛かってくる剣士の足元に転がした。爆発する前に、坂を転がるように駆け下りる。爆発が起き、その爆煙の中から無傷の剣士が現れる。
「誰の差し金かはわからんが」
魔女は銃を肩にかつぎ、余裕の表情で言った。
「おそらくは、エメン卿の指図だろ」
「死ぬ相手には打ち明けてもいいでしょう。その通りです」
エメン卿とは、レンチの父親を攻め殺した叔父の跡を継いだ長子の事である。王国の反魔女一派の先頭に立つ人物である。
「そうかい」
魔女は剣士との間合いを測りながら位置を変える。ボルトが魔女の下に戻り、レンチがその脇に銃を構えて立つ。
「再生者とはあまり戦った事は無いが……殺す方法を知らんでもない」
「そうですか……わたくしはそいつらとは違います、よ!」
剣士が一気に距離を詰めてくる。細身の剣が空を斬り、魔女に迫る。魔女はスウェイでその一撃をかわすと、M14を至近距離から撃ち放った。銃弾は鎧に当たり、その衝撃で剣士は下がる。
ボルトとレンチが連射を加える。銃弾は剣士を引き裂くが、弾が抜けると同時に傷が治っていく。弾倉1本分の弾を撃ち込んだが、剣士は撃たれる前の状態と変わらなかった。
「さてと」
魔女は何かを探すように辺りを見回した。
「ラチェット! 相手をしてやりな」
『i copy』
ラチェットの動甲冑が前に出る。大剣を引き抜き、盾を構える。
「あの"白銀"が、今では汚くなりましたね」
『うるさい。これは歴戦の証だ』
動甲冑の大剣が振り抜かれる。剣士は剣でそれを受け流し、返す刀で動甲冑に鋭い突きを放つ。ラチェットはそれを盾で受ける。
魔女はそのやりとりを無視して、辺りを見回している。
「何を探しているんですか?」
「岩だ。人ぐらいの大きさで、動かせるぐらいの」
「どうしてです?」
「それは後で説明する」
ボルトとレンチはうなづきあい、左右に散った。魔女が言う岩を探すためだ。
夜の野に剣劇の音が響く。ラチェットと剣士の腕前はほぼ同じぐらいだった。ラチェットの一撃は剣士に当たらず、逆に剣士の一撃は動甲冑に損害を与えられない。
『見つけました』
レンチからの声に魔女が振り向く。レンチが高台の上から手を振っている。
『昔、東屋が立っていたようです。石製の柱がいくつかあります』
「ボルト聞いたかい? すぐに柱を一本引き抜いて持ってきな」
魔女はHMMWVの銃座で待機していたナットに目で合図する。ナットはHMMWVの運転席に座ると、高台に向かって発進させた。
ラチェットの一撃が剣士の肩を削ぐ。落ちた腕を剣で拾った剣士は、傷口同士を張り合わせる。すぐに腕は動き出す。
『こいつ、どうやったら死ぬんだ?』
剣士の連撃がラチェットを襲う。盾で防ぐ間もなく、装甲板の隙間や関節に打撃が入る。
『なかなかやるな』
ラチェットは唇を舐めた。自分が死なないのをわかっているから、剣士の攻撃には迷いが無い。大剣の攻撃範囲に自ら入りこみ、速度を生かして小さいダメージを与えてくる。剣士の細い剣ではメインを装甲を破ることはできないが、いつかは関節などに大きなダメージを受ける可能性がある。
ラチェットは盾をかざすと、一気に突っ込んだ。剣士はそれをかわすと、動甲冑の懐に飛び込んだ。
『もらった!』
それはラチェットが意図した動きだった。ラチェットは肩に装備したクレイモアを発火させた。発射された無数の鉄球が剣士を襲う。鎧の外に出ている生身の部分が肉片に変わる。剣士の身体は十数mも飛び、地面に転がった。
『マジかよ』
ラチェットは地面にぶちまけられた肉片一つ一つが動き、剣士の方に這いずっていくのを見た。
「ふふっ……それぐらいではわたくしを殺せませんよ」
剣士が何事もなかったかのように立ち上がる。さすがに鎧には鉄球による貫通孔ができていたが、その身体には傷一つない。
「このまま続けても、あなたに勝ち目は無いですわ、"白銀"。さっさと魔女を渡しなさい」
『それは、断る!』
大剣の一撃が剣士を頭から両断する。しかし、すぐに傷口がふさがり、剣士は笑みを浮かべたままだった。
ラチェットは狼狽えた。魔女はどうやってこいつを殺すのか。はたしてそんな方法があるのだろうか? それが思いつかなかった。
「ラチェット! 下がれ」
魔女はM14で剣士を撃ちながら叫んだ。ラチェットは盾を剣士に向けたまま後退する。
「さて、北の森の魔女さん。年貢の納め時ですわ」
「そうでもないさね」
魔女は無線に合図する。ボルトとレンチが魔女の左右から銃撃する。
剣士はそれをあまんじて受けた。自分の能力をひけらかさんばかりだった。実際弾頭が貫いても傷はすぐに回復する。
「ナット!」
HMMWVの荷台からナットが石製の円筒形の柱を転がし落とす。柱は魔女の脇を抜けて転がり、銃撃の真ん中で止まる。
魔女はダッシュすると柱の手前でとまり、M14を連射した。剣士がそれに合わせて距離を詰める。
「ラチェット!」
魔女の後ろに立っていたラチェットが.50を構え、発砲する。弾雨は魔女の頭上を抜け、剣士に降り注ぐ。剣士の上半身がかき消え、下半身だけがととっと歩を進める。
魔女はそれを見逃さなかった。ボルトとレンチに下半身を撃つように命じると、柱を飛び越え、剣士の肉片が散らばる位置に立った。
「これか!」
魔女は肉片の中からあるものを拾い上げた。そしてそれを持ったまま柱の所に戻る。
魔女はザックの中から、ラペリング用の支点を撃ち込むネイラを取り出すと、その肉片を柱に釘打ちした。
魔女の作業はしばし続いた。
「さて、どうかね?」
回復した剣士は自分を見下ろしている魔女を見て、右腕を振り上げようとした。が、右腕はびくとも動かない。いや動くのだが、肉が引っ張られるのだ。そちらを見ようと首を振ろうとするが、頭も動かない。
「な、なにをした!」
魔女は一仕事終えたとばかりに煙草に火を点け、紫煙を吐いた。
「だから言ったろ? 殺す方法を知らんわけではないって」
「でも、私は生きてますわ」
「いや、もう死んだも同然さね」
魔女はボルトたちに命じて、柱を立たせた。剣士はその柱に文字通り釘付けになっていた。身体は仰向けで、腕は石柱を抱くように反対にねじり上げられ、脚も膝から下をねじって固定されている。
「再生者は、その心臓を起点として肉体を再生させる。まずは心臓を釘付けし、あとは、這い戻ってくる肉片や骨片をパーツごとに釘打ちしたわけよ」
「っ……」
「ああ、打ちこんだ釘はただの釘じゃない。ラペリングする時に使うもので、カラビナを通す金具付きだ。そう簡単に引きはがすことはできない。特に頭蓋骨は入念に釘付けしてある。それにその態勢では、力を入れることもできないだろう」
「これからどうするつもり」
「あんたの死に場所に案内する」
剣士を釘付けした石柱をHMMWVに載せ、近くの川へと運ぶ。ラチェットが石柱を持ち上げる。
「そこに淵がある。そこに沈んでもらう。年間を通して冷たい水が流れているから、身体が腐る事は無いだろう。冬は雪や氷に覆われるし、春には雪解け水が流れる。運が良ければ、誰かが見つけて助けてくれるかもな。それまでは魚の餌だ」
「くそっ、この……腐れ外道め」
「ありがとう。最高の褒め言葉だ」
魔女が右手を振ると、ラチェットは淵の一番深いところ目掛けて石柱を投げ飛ばした。剣士の悲鳴が川面を流れたが、大きな水音がした後は何も聞こえなくなった。
「ふう……一時はどうなるかと」
ボルトが水面に広がる波紋を見ながら言った。
「まぁ、なんとかなるもんさ」
魔女は何事もなかったかのように流れる、川面を見ながらつぶやいた。




