恐怖の迷宮にて
「なんか落ち着かないな」
「まぁ、その辺はしょうがないかな」
ボルトは先を歩くハーフフットの姿を見ながら言った。援護の位置にいるレンチは、左右上下に銃口を動かしながら、半分気にしてない口調で応える。
レンチの後ろには、鎧を着た足長がロングソードを右手に、ランタンを左手に続く。その後方に、魔女と魔法使いの女エルフが続き、その後ろを何やら料理談義をしているナットとドワーフが、最後尾をラチェットの動甲冑が歩く。
この奇妙な一行は、とある地下迷宮を歩いていた。魔女との同行を頼んだのは、パーティのリーダーである足長だった。彼は見たことも無い生物がいるという迷宮を発見し、もしかすると別世界から来た魔女なら、それを知っているのではないか、と話を持ち込んだのだ。魔女も暇つぶしにはもってこいと思いそれを承諾。この迷宮行となったのである。
地下迷宮は、砂岩をまるで熱したナイフでバターを切るように、滑らかに加工された床と壁面で構成されていた。明らかに足長やエルフなどの種族が作ったものではなく、それより巨大かつ、脚で歩いていないモノであろうと予想された。なぜなら、部屋の入口にドアはなく、階段も存在しなかった。階と階は、螺旋状のゆるやかなスロープでつながっていた。
「うちらの世界でも、こんなのは見たことないね」
「そうですか……あなたならわかると思ったんですが」
リーダーは残念そうに答えた。
「ところで、どのぐらい奥まで続いているんだい?」
「私たちが一度潜った時は、地下6階まで行きました。そこから先はわかりません」
エルフの魔法使いが魔女の問いに答える。
「なんか嫌な予感がするんだよな……」
ボルトはいつになく鼓動が速いと実感していた。何か得体のしれないものが先に待っている。そんな気がした。
「ここからは知らない道だ」
斥候のハーフフットが道を指し示す。壁面や床には相変わらず何も記されていない。魔法使いが魔法の光の粉をまいて目印として残す。光の粉は数日は持つという。
「あなたがたの世界のものでもなかったら、いったいどんな連中が作ったのでしょうか?」
「さぁ、ね。もしかすると、また別の世界の住人がいるのやもしれないよ」
「別世界……興味深いです」
魔女はこの足長を気に入っていた。自分の知識を拡げるために、あのトラップだらけの森の道を、魔女に会いたい一心で抜けてきたのだ。
「T字路だ。どっちに進む?」
ボルトと斥候が一緒に振り向く。レンチはリーダーの方を向く。地図を開いたリーダーは、奥に続いてそうな方向を予想し、右に行くように言った。
「なぁ、おまえんとこの足長は、いつもああなのか?」
「まぁね。少しどころか、かなりイカレてる。でも、仲間想いだし、迷宮を選ぶ目も確かだ。収穫が多いんで、金にも困らん」
「そんなもんか」
ボルトは斥候とともに先を進む。時には暗視装置を使って前を偵察し、何もいないことを確認する。二人は即興にしては良いコンビだった。
「さて、大休憩としよう」
魔女が時計を見てそう告げた。50分歩いて10分休憩し、3時間毎に30分の大休憩を入れる。それが魔女がリーダーに告げた条件の一つだった。
「それでは食事の方を」
MREを取り出す魔女たちの脇で、ドワーフがてきぱきと小さなかまどを作り、料理を始める。魔女たちはMREを開けるのをやめてそちらを見た。迷宮の中に暖かい空気と良い匂いが漂う。
「いつもああなのかい?」
「ええ。そうです」
ドワーフは持ってきた材料で人数分の野菜煮込みを作ると、全員にふるまった。温かい料理は、疲労を取ってくれる。パーティの中にほんわかとした空気が流れる。
「迷宮で喰う飯も、いつもこんなのならいいんだが」
「うちらはその辺助かってるな。いつも干し肉に水だけだったらやっていけない」
斥候とボルトは辺りに注意を向けながら煮込みを口に運ぶ。
「ところで、どう思う?」
「何が?」
「この先に何があるか」
「そうだな……まともなモノがいない気はする」
「俺もだ」
食事を終え、それぞれが荷物を背負う。リーダーが地図を広げ、書き込みをすると前進を合図した。
何もない階層が続いた。部屋の中には何もなく、まるで皆で引っ越した後のようだった。
「待て」
斥候が足を止めた。先の廊下の床に何かが転がっている。ボルトは銃を構え、斥候を援護する位置につく。斥候がその物体に近づき、検分する。
「──死体だ。足長の」
「自分らの先に来た連中がいたのか」
「何かおかしい。見てくれ」
一行は死体を囲む。死体はきれいな骨だけになっている。装備はそのままで。
「まるで肉だけ吸い取ったようだね」
魔女がつぶやく。それを聞いた魔法使いが嫌な顔をする。
「そうですね……あまりにもきれいだ。スライムやゼラチナムキューブの犠牲者とも違う……」
リーダーは魔女に意味ありげな視線を送った。魔女はうなずき、ラチェットを呼ぶ。
「ボルトの後ろにつきな。何かいる」
『了解』
ラチェットは大剣と盾を構えた。一行は再び歩き始める。
しばらく歩くとまた死体に出くわした。こちらも肉だけをきれいに失っている。死体は先に進むごとに増えていった。何か襲われ、それから逃げたのだと思われた。徐々に恐怖が一行を覆い始めた。口数が少なくなり、斥候とボルトが立ち止まる回数が増えた。
「……」
ボルトが斥候の肩をつかみ、歩を止めさせる。
「聞こえるか……」
ボルトは全員に静かにするように手信号を出す。一行は立ち止まり、息をひそめる。斥候が耳をそばだたせ、大きな耳で音を拾う。
「何かの声だ……」
「笛の音……いや、鳥の鳴き声か?」
「こんなところに鳥がいるはずは」
「……テ……リリ……?」
ボルトは魔女のところに行くと小声で言った。
「これ以上進まない方が良いと思います。どえらい何かがいます」
「そう思うかい?」
「ええ。自分の背中の毛に賭けて」
魔女はリーダーを呼ぶと小声で言った。もう進まない方が良いと。リーダーはしばし考えていたが、魔女の申し出に承諾する。
「ここまでだ。帰ろう」
その言葉に、一行の中にホッとした空気が流れる。誰もが同じ思いだったのだ。
「ラチェット、最後尾につけ」
『……何か来る』
ラチェットが鋭く叫ぶ。盾を構え、廊下の奥に向く。
「──テ、ケ……リリ!」
鋭い啼き声が聞こえた。廊下を何かが這いずってくる。ボルトは反射的にラチェットの横につき、暗視装置を下げ、やってくる何かを見た。
それは半透明の原形質の塊のような物体だった。外界と中身をへだてる膜の中に、無数の目玉のような物質が浮いている。ボルトの背中の毛が一斉に逆立った。
「発砲!」
ボルトが恐怖を覆われながらもトリガーを引き絞った。銃声が響き、何かの表面が弾着で弾ける。
「火力集中!」
魔女の声にレンチとナットがそれぞれの得物を構えて発砲する。魔法使いもファイアボールの呪文を唱え、火炎弾が飛ぶ。
グレネードとファイアボールを喰らった「それ」は急激に廊下の奥へと下がっていった。
「走れ!」
一行は一斉に走り出す。魔女は思った。あれはただ下がったのではない。弓を引き絞ったのだと。
予想は的中した。後方から急激に膨れた空気がやってきた。「それ」が通路一杯に膨れてとびかかってきたのだ。
その攻撃をラチェットが盾で防ぐ。しかし洪水に杭を立てるほどしか効果がなかった。動甲冑が「それ」に飲まれる。
「くそっ!」
ボルトが振り返り、ショットガンを撃ちこんだ。ドラゴンブレス弾の炎が飛ぶ。ナットもグレネードを撃ち込んだ。魔法使いもファイアボールを撃つ。その攻撃で「それ」は再び奥へと下がっていった。
「ラチェット、無事かい?
『大丈夫。喰われてません』
魔女は辺りを見回し、リーダーに言った。
「ここからの道はわかってるかい?」
「はい。魔法の粉をたどっていけば」
「ボルト、通路を爆破する。準備しろ」
「了解」
ボルトとナットがザックから爆薬を取り出し、通路を崩して埋めるための位置に仕掛ける。レンチと魔法使いがラチェットと共に後ろからの攻撃に備える。「それ」はまたやってきた。レンチはグレネードを発射する。弾は「それ」の中で爆発し、勢いを止める。魔法使いが防御魔法を唱え、通路に見えない壁を作る。「それ」は壁にぶつかり、壁に体当たりをくりかえす。
「準備完了」
「後退!」
ボルトが発火装置を起動させ、魔女の声に一行は再び走り出す。ラチェットは魔法を維持するために集中を続けるエルフを抱えて走る。
爆薬が爆発し、振動が迷宮を揺らし、爆風が廊下を走る。一行は吹き飛ばされるかのようにスロープを駆け上がり、出口へと走った。
息を切らせて外に出る。
「誰も欠けてないだろうね?」
ぜーぜーと息を吐きながら魔女が聞く。それぞれは地面に転がったり、膝に手を当てたりして肩で息をしているが、全員が無事だった。
「なんだったんでしょうか。あれは」
「わたしに聞かないでほしいさね」
魔女とリーダーは入口を検分する。その後ろで、ドワーフが皆に茶をふるまう。
「ここは封印した方がいいね」
「一階丸ごと埋められますか?」
「そうさね。まぁ、できないこともない」
魔女はナットを呼び、爆破の準備をするように告げた。ナットは頭の中で計算し、もっとも効果的な位置に爆薬を仕掛けはじめた。
「あれが何かわからなかったのは残念ですが」
リーダーは魔女に言った。
「まぁ、世の中には触らない方がいいものもあるさね」
「また、ご一緒できますか?」
「それは考えとく」
ボルトが発火準備ができたことを告げる。魔女は手を振り下ろした。
次々と爆薬が爆発し、迷宮の入口を砂岩の塊が埋めていく。
その時、皆は迷宮の奥から聞こえてくるその声を聞いた。
「──テ、ケリリ! テケ、リリ!」




