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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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嵐の巨人

 テラスに白い(からす)がとまっている。烏は何かを伝えるかのように鳴くと、北の方に向かって飛び去った。

「メム。あの季節が来ましたよ」

「ご無沙汰だね。もちろん受けるよ。準備を」

「何が始まるんですか?」

 レンチが魔女に聞く。

「ああ、勝負ってやつだ。勝ち負けで生活が変わる、大事な。さ」

 数時間後、魔女たちは2輌のHMMWV(高機動多用途装輪車両)に分乗し小屋を後にした。

「対戦車兵器がいっぱい」

「ああ。俺たちのライフルは役に立たない。一応、グレネードの発射器として持って行くが、メインはこれだ」

 ボルトは筒型の発射器を持ち上げた。

「SMAW。口径83㎜。射程は500m。複数の弾種を撃ち分けられるが、使うのは主にこの……SMAW-NE。サーモバリック弾頭だ」

「サーモバリック?」

「簡単に言えば火炎弾ってとこかな。まぁ、構造は複雑で説明していると夜が明ける。これをジャベリンやAT-4とともに使う」

「話を聞く限りだと、相手の事を知っているのね?」

「ああ。数周期に一回。それと戦うのも魔女の仕事だ」

 HMMWVは北の森を北上し、かつて悪魔(海兵隊)がやってきたという北の海が見えるところまでやってきた。灰色の海水がどこまでの広がっている。空は海の色を映したかのような灰色の雲で覆われている。風も冷たく、肌を刺すようである。

「この海を見るのははじめて……」

「マリンコはこの海からやってきた。あの島の、はるか北からな」

 海岸線を走り、海に突き出した崖が見えてきた。魔女は車を停める。

「荷物を下ろせ。陣地は作らなくていい。作ったとしても通用しない相手だ」

 レンチとボルトはSMAWの弾薬を下ろし、デポ地点に並べる。すぐに手にとれるようにだ。ジャベリンとAT-4も同様に並べられる。ナットはTOWを搭載したHMMWVの銃座についている。

「食事を摂っておけ。場合によっては半日ほど戦い続けることになるからな」

 魔女はM200(狙撃銃)を用意し、岩の上に銃座を作る。いつものギリースーツは着ていない。相手から丸見えである。

 レンチは何か違和感を感じた。まるで、騎士同士の決闘のように感じたのだ。

「来た」

 食事を摂り、空が深い灰色の雲に覆われた頃、あの白い烏がまた飛んできた。HMMWVのアンテナにとまり、何度か鳴く。それを合図にしたかのように雲が割れ、そこから一体の巨人が現れた。ヒルジャイアントとは比べ物にならないほどの巨躯に、鎧兜をつけている。顎には赤茶色の髭がはえ、手には大きなハンマーを携えている。

「あれが、ストームジャイアント(嵐の巨人)だ」

 レンチもその名を知っていた。はるか北に住む巨人で、人々の前には滅多に姿を現さないという。その名の通り嵐を起こし、雷を操るという。

 そんな巨人と戦うというのだ。レンチは恐怖した。

 ラチェットが立ち上がり、手にした.50を放つ。石壁に穴を穿つほどの威力を持つ12.7㎜弾も、ストームジャイアントの鎧には傷一つつけることはできなかった。それを見越していたかのようにラチェットは早々に機関銃を捨てると、大剣と盾を構えた。

「ジャベリン用意」

 魔女の声にボルトとレンチがジャベリンを構える。

「トップアタック。頭を狙え──」

「照準ロック」

「撃てっ」

 対戦車ミサイルが発射される。二人は発射器を捨て、もう一発を構え、同じように発射する。ミサイルは巨人の頭の上まで飛ぶと進路をかえ、兜に次々と命中した。

「やった……か……」

 レンチは爆炎に消えた巨人の頭を見ていた。しかし、爆煙がおさまると、そこからニヤリと笑うストームジャイアントの顔が現れた。

「AT-4」

 使い捨て対戦車ロケット弾ランチャーを用意し、今度は胸を狙う。ボルトの指示で、蓄積されていたすべてのAT-4をつるべ撃ちした。ロケット弾はストームジャイアントの鎧に次々に命中し、さすがの巨人も歩を止めた。だが、ダメージを与えたようには見えなかった。

 そこにラチェットが飛び込む。大剣を振るい、精いっぱい届く脚と下腹部を狙う。巨人はハンマーを振るい、それをはねのけると、ハンマーをラチェット目掛けて振り下ろした。ラチェットは盾で受けるが、動甲冑の足が砂浜にめり込むほどの衝撃を受けた。

「SMAWを用意。これからが本番だ」

 ボルトはランチャーを構えると、巨人に向かって発射した。サーモバリック弾は一種の焼夷弾で、命中すると瞬時に燃焼ガスに変わり、それが爆発して周囲を焼くというものである。これなら、鎧の下の皮膚にダメージを与えられると考えたのだ。

 周囲に雷鳴とともに電撃が奔る。ラチェットが盾で電撃をはじき返し、突進する。それに合わせてボルトとレンチがSMAWを撃ち込む。狙いは下半身だ。こちらは分厚い皮鎧だけしかつけてないように見える。うまくいけば、鎧そのものに火を点けることができるやもしれなかった。

 次々とサーモバリック弾が炸裂する。しかし、ストームジャイアントはそれをもろともせず、ハンマーと雷撃を撃ち放ってくる。ラチェットの動きがどんどん遅くなる。度重なる雷撃とハンマーの衝撃で、動甲冑のシステムにダメージが蓄積されているのだろう。このままでは機能停止するのは明らかだった。

「メム!」

 レンチが叫ぶ。魔女は岩の上に座ったまま煙草をふかしている。なぜ、攻撃しないのか? レンチは不思議に思った。レンチは最後のサーモバリック弾を装填し、発射した。弾は下腹部で爆発するが、何の影響も与えていないかのようだった。

 打つ手をすべて打ち終えたボルトとレンチは、しかたなくライフルを構えた。.50が効かない相手に5.56㎜や、40㎜グレネードが効くはずもない。しかし、それを使ってでも戦い続けるしかなかった。逃げることはできない。立ち向かうしかなかった。

「さてと」

 魔女はM200を構えると、ストームジャイアントの顔に照準した。野太い発射音と同時に、巨人の涙腺あたりから血が噴き出す。魔女はさらに弾を送り込む。巨人の顔から血が舞う。

「ナット!」

 魔女が無線に叫ぶと同時に、ナットはHMMWVに載せていたTOWミサイルを発射した。狙いは右手首である。爆発音が響き、地面にハンマーが落ちる。ナットはその結果を見ずに首から下げていたコンソールに向かい、レーザー照準器を動かすと、発射ボタンを押した。もう1台のHMMWVに搭載されたLOSAT(超音速対戦車ミサイル)が発射され、巨人の膝に命中する。膝を壊された巨人は膝をついた。もう一発のLOSATがストームジャイアントの鎧の合わせ目を撃ち抜く。巨人はゆっくりと横倒しになった。

「──よーし。撃ち方やめ」

 魔女は立ち上がると大声で言った。

「これでわかったか。我々でも勝てない相手がいることを。我々の武器は、手にしている武器だけではない。チームワークと創意工夫だ。正面からの力押しだけが戦術ではない」

 ふと見ると、倒れたはずのストームジャイアントがあぐらをかいてこちらを見ていた。その顔には怒りの色は無く、大きな笑みがあった。

「今回もお相手いただき、ありがとうございます」

「いや、こちらも久しぶりで勘が鈍っていたようだ。あの火を噴く弾には驚かされたよ。毛も何本かは焼けているかもしれん」

 ストームジャイアントは雷鳴とも思える大声で笑った。

「さて、手合わせも終わったし、いつものように」

「そうですね。皆、行くよ」

 あのメムが敬語を使っていることにレンチは驚きを隠せなかった。

 招待されたのはストームジャイアントの砦だった。中には様々な種族が働いており、あちこちに皿や料理を運んでいた。

 ストームジャイアントは砦で一番広い部屋に魔女の一行を通し、今まで見たことも無いような食事や酒を用意していた。

「さぁ、存分に喰い、そして飲んでくれ」

「では遠慮なく」

 ボルトは猪の丸焼きから肉を引っぺがすとかぶりついた。

「うめぇ! ナット、お前も喰え」

 ナットも肉を頬張り味わうと、近くで働いている給仕に、肉の調理法を聞いていた。給仕は料理係を呼んできて、ナットと料理話に花を咲かせる。

 レンチもいろいろな料理に眼を丸くしていた。ここでは採れるはずの無い南の方の野菜を使った料理や、噛むほどに甘みが出る白い穀物を炊いたものに、香辛料の効いた黄色いスープをかける料理を何度かおかわりした。

「では約束通り、森には雪を降らさぬように」

 魔女はストームジャイアントと酒を酌み交わしている。

「ああ。それはわかっているよ。それで今回のお土産は何かな?」

 魔女は小さな箱を取り出すと、中身を見せた。

「これは"時計"というもので、流れる刻を測るものです。この地に流れる時間と、表示されているものは違いますが、料理の煮込み時間などを測るのに使えるでしょう」

「ほほう! それは面白い。この小さなベルは何かな」

「決められた時間に鳴るようにできますよ」

 魔女は目覚まし時計を鳴らしてみせた。ストームジャイアントはベルの音より大きな声で笑った。

 ストームジャイアントは小さな目覚まし時計を大きな指で持ち、いろいろと見て、エルフの側近にそれを手渡した。

「動かなくなったら言ってください。電池をお送りしますので」

「あい。わかった」

 ラチェットは宴席の隅で小さくなっていたが、誰もハーフのダークエルフという事は気にしてないようだった。給仕は料理を取ってくれ、老エルフが久しぶりに聞くエルフ語で話しかけてきた。故郷の話や、(ストームジャイアント)に正面切って戦った勇気を褒めたたえてくれたりもした。ラチェットは嬉しくなり、今までの武勇伝を給仕たちに語って聞かせた。

 祝宴は夜半を過ぎても続けられ、魔女の一行は大いに食べ、そして飲んだ。

 こうして、久しぶりの友との再会は楽しいものとなった。


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