二人の想いは
「もう5周期になるのか…」
「何が?」
ボルトとレンチがテラスに並んで座り、銃のメンテを行っている。
「おまえを拾ってから」
「ああ……もうそんなになるのか……あと、拾われたわけじゃない」
「はやく金払え」
「もうそんな事じゃないような気がする」
レンチはパーツを確認して、銃に組み込む。
「まぁ、それなりに働いているからな。俺も、左側を守る動く盾がいて安心だ」
「"動く盾"って、次は守らないぞ」
二人は笑った。
ボルトはひざまずき、両手を上げていた。周りには弓を構えた数人の男がいる。
「魔女の眷族か……どうりで犬臭いと思った」
「それはどうも。生まれてこのかた、ケイナインを辞めたことはなくてね」
男がボルトを砂を詰めた袋で殴る。簡単な武器ではあるが打撃力は高い。ボルトは口から大きな息を吐く。
「さて、誰に頼まれたか、話してもらおう」
「それは難しいな。魔女しか知らん」
また殴られる。鼻から血が流れだす。
「まぁ、おおかた町の顔役かなんかだろう」
男はボルトの腕を捻り、後ろ手に縛り上げ、脚も縛る。弓から矢が外され、男たちは余裕の笑みを浮かべる。
「魔女の眷族もこうなっては手も足も出ないか」
「これはなんだぁ?」
頭からヘルメットごと暗視装置と無線機が、チェストリグからマガジンや装備が外され、部屋の奥の方に放り投げられる。
「それは気をつけろよ。爆発する」
そう言われた男は慌てて手榴弾を指でつまんで、部屋の奥に置きに行く。
「こんなとこに隠してやがった」
ブーツに差し込んでいたナイフを見つけられ、それも投げ捨てられる。そして、砂袋で頭を殴られ、ボルトは床に転がる。
「ちゃんと見張っとけよ。魔女の仲間だ。何をするかわからん」
リーダーらしい男を先頭に男たちは出ていく。ドアが閉められ、ボルトは部屋に一人残された。
「……思い切り殴りやがって」
ボルトは眼を開けて、かすむ視野で周りを確認する。梁の材木が同じものを使っているところから、侵入した家の中であることはわかった。匂いを嗅ごうとするが、血の匂いしかしない。
「くそっ……」
ボルトは眼を閉じた。なぜかレンチの神妙な顔が脳裏に浮かんだ。あいつは大丈夫だろうか? と思った。
同じ頃、レンチは近くの鐘楼の上にいた。先ほどからボルトから連絡が無いのを気にかけていた。
魔女とその仲間は、とある町に潜入していた。ある者たちが、組織的に農村から子供を誘拐しているということで、その者たちを殲滅するのが目的であった。
『レンチ、そっちはどうだい?』
「動きはありません。さっきからボルトから連絡がありません」
『そりゃ困ったね。生きてればいいけど』
魔女の言葉にレンチの胸が鳴る。
『そっちはいいから、降りてきな。突入する』
「yes、メム」
レンチは装備をまとめると、鐘楼を降り始めた。
「ふう……鼻血も止まったか」
ボルトは鼻息で鼻腔に溜まった血を吐き出し、匂いを嗅ぐ。
「二十人ってとこか……ここには"商品"はいないのか?」
匂いで人数を割り出すのはボルトの得意なことだった。そうでなければ斥候の務めは果たせない。酒臭い、汗臭い、魚臭い匂い。その中に、明らかに違う匂いを感じた。
「……風呂に入っている奴がいる」
"買い手"か、とボルトは思った。こいつらは子供をさらって、金持ちに売っている奴らだ。自分も同じような連中に親を殺されたボルトにとって、人攫いの連中は金をもらわなくても、殺してやろうと思っている相手だった。
ボルトは手を動かし、上着の袖口を触る。指を動かして、その中から細いプラ製の鋸を引き抜いた。
「見てやがれ……」
レンチは暗視装置をつけると、家屋に近づいていく。ドアの前に見張りがいる。レンチは停止すると、ゆっくりと銃を構え、見張りの頭を撃つ。レンチはすばやくドアに接近し、銃声と見張りが倒れた音を聞きつけて、人が出てくるのを待った。
ドアが開く。レンチは左手でドアの下を持ち、中の人が開けるより速くドアを開いた。ドアのノブを持っていた男がつんのめる。レンチはHK416の銃口を男の腹に押しつけると、発砲した。衝撃で男が吹っ飛ぶ。
素早い動きで部屋の中に飛び込み、薄暗い部屋の中にいた5人を反応する間を与えずに射殺する。銃声を聞きつけて他の奴らがやってくるだろう。レンチはドアが開くのを待った。
ドアが開く。レンチは手榴弾をドアの向こうに転がした。爆発音が響き、埃が周囲に舞う。レンチは大きく息を吐くと、ドアの向こうに身を滑り込ませた。手榴弾を破片を喰らった4人がうめいている。それに二発ずつ銃弾を撃ち込み、マガジンを交換する。
不意にドアが開いた。手に得物を持った人物が緑色の視野の中で、白く見える。レンチは相手の得物を銃剣で受けて跳ね飛ばすと、振り上げた銃剣を首元に打ち込んだ。ショートソード並みの大きさがある、鋭く研ぎ上げられた銃剣は人物の首を寸断する手前まで食い込んだ。レンチは相手の身体を蹴り飛ばし、さらに奥へと進んだ。
手足を拘束していた綱を切り、ボルトは立ち上がった。ほぼ暗闇の中で、ボルトは装備を探した。肝心の銃は取り上げられてしまったためここには無い。武器と言えるのはナイフと手榴弾だけだ。ボルトはナイフを構え、ドアに近づく。そして、大きな遠吠えを吐き出した。それに驚いた見張りがドアを開ける。ボルトは入ってきた見張りの腹にナイフを突き入れ、首元に噛みつき、牙を喰い込ませた。
声も無く死んだ見張りを放り出し、ボルトは歩を進めた。借りは何倍にして返すつもりだった。
レンチはボルトの遠吠えを聞いた。魔女にボルトが無事であることを告げ、さらに奥へと進む。廊下に出ると、ドアが次々と開き、白い人影が視野に入ってくる。レンチはそれに二発ずつ精確な射撃を送りこんだ。
ボルトは銃声が近づいてくることに気づき、レンチに自分の事を伝える方法を考えた。そして閃いた。フラッシュライトを点灯して口に咥える。人工的な光を使う連中は自分たちしかいない。あとは、レンチの判断に任せることにした。
レンチは斬りかかってくる人影に至近距離から銃撃を浴びせる。死体となってのしかかってくる男を払いのけ、さらに進む。不意に矢が飛んできた。反射的にかわすと、慌てて次の矢をつがえようとしている人影に銃弾を撃ち込む。
「ボルト―!」
レンチは叫んだ。
レンチの声を聞いたボルトはライトを手に持ち帰ると、大きく吠えた。飛び出してくる男の攻撃をフラッシュライトで受け止め、ナイフで首筋にVの字を書くように斬り込む。あふれた血を止めようと手で喉をおさえる男を蹴り、ボルトはレンチのいる方に向かって歩いていく。レンチの居場所は鼻が告げている。
レンチはそれまでにはない、両開きのドアに行き当たった。ドアにカギはなく、すんなりと開いた。ドアを開けると、外からの風が吹き込んできた。顔を出すと、町の中を流れる川が眼に入った。そこは桟橋になっており、大きめの船が今から出航するところだった。
「メム、目標が逃げます!」
『そっちはこっちに任せな。ボルトを』
「yes,メム」
レンチは顔を引っ込めると、ボルトを探すために再び暗闇に戻った。
ボルトは襲い掛かってくる男たちを、ナイフと拾った鉈で死体に変えていた。昔の事を思い出す。まだ自分が幼かった時、村を襲った人攫いの事だ。両親を殺され、自分と弟のナットがさらわれそうになった時、メムが現れた。あの時のボルトにとってみれば、メムは魔法を使ったように見えた。聞いたことも無い音を響かせると、人攫いたちが次々と倒れていく。メムはボルトの仇を代わりにとってくれたのだった。
ボルトはメムに命を捧げると心に誓っていた。たとえ、人として間違った事をしたとしても、自分は死ぬまで魔女の仲間であると。
ドアが開き、飛び出してきた男の脳天に鉈を振り下ろす。
レンチは廊下の角で殺気を感じ立ち止まった。おそらく、弓の狙いを角に向けている奴がいると思った。レンチは手榴弾を外すと、安全ピンを抜き、レバーを飛ばすと二つカウントして角の向こうに投げた。手榴弾は角を越えた時点で爆発した。レンチは爆風で舞い上がる埃の中を突入し、床の上でうめいている男に銃弾を撃ち込んだ。
不意に視野に光が差し込んだ。ロウソクやランプの光ではない、人工的な光。
「ボルト?」
その声を聞いたボルトは鉈を捨てるとライトを手に取って答えた。
「レンチか?」
「よかった……」
レンチは思わずボルトに抱きついていた。
「お、おい」
「死んじゃったかと思った……」
ボルトは頬をかき、どうしたもんかと思った。
「──さて、残りの連中を殺るぞ」
船は川の中を走っていた。中には"商品"として運ばれている子供たちと、人身売買組織の面々と、不運にも今夜商品を買いに来た貴族が乗っていた。
「まったく。魔女がやってくるとは」
貴族は差し出された酒を手に、組織の頭目に言った。
「その分はお安くしますので、今後とも……」
「まぁ、良い」
貴族が笑った時、天井である甲板に人が倒れる鈍い音がした。頭目は船室にいる何人かの男たちに、見に行くように合図した。
手に手に得物を持った男たちが甲板に出ると、そこには甲板で見張りに立っていた男たちが転がっていた。
「こんばんわ」
甲板に出た男たちはその声を聞いた。月明りの中、甲板に立つ魔女がこちらを見ている。手にした.45が上がり、銃口がこちらを向く。銃声が響く。
男たちを倒した魔女は弾倉を交換しながら下に降りた。続くナットに船の後方を制圧するように命じると、船室のドアをゆっくりと開けた。
「お、おまえは……」
貴族が奥の壁に身体を押し付けて震えている。その横に立つ頭目がボルトのM4を構えている。
「こっちにもマリンコの武器があるんだ。魔女も殺せる!」
魔女は.45の銃口を貴族と頭目の間をうろうろさせた。
「さぁ、俺たちを見逃してもらおうか!」
魔女はうんざりした顔をして銃を構えている男に銃口を向けた。頭目はM4の引き金を引いた。だが、弾は出ない。
「安全装置がかかったままだ。ありきたりな展開だが」
頭目が脳漿で壁に絵を描く。貴族は脂汗をたらしながら床にずるずると滑り落ちる。
「た、タ、助けてくれ……金なら出す……」
「ふむん」
魔女は貴族の顎を拳銃で持ち上げると笑った。
「さて、どうしたもんかね。金なら出すと言っても、今持っているはした金ではね。かといって、あんたを家に帰し、有り金全部出させるのも現実的じゃない」
魔女は引き金を引いた。貴族が悲鳴を上げる。弾は股間を破壊していた。
「あとは、国家権力に任せるとしよう」
魔女はナットに船を近くの桟橋に着けるように言い、まだ生きている貴族を引きずって甲板に出た。貴族は痛みと恐怖ですでに人事不省に陥っている。魔女はそこに投げ捨てると、船のさらに下の部屋へと向かった。ドアを開けると、いろいろな匂いが混じった独特の空気が流れてきた。
「いつもながら、この匂いだけには慣れないね……」
部屋の中に詰め込まれた子供たちの眼が魔女を見る。足長の他に、エルフやハーフフットの姿も見える。魔女は大丈夫と言わんばかりの笑顔を見せるしか、方法を持たなかった。
銃声が響き、最後の男が抵抗をやめた。ボルトが勘定し、ほぼ全員を仕留めたと判断した。
「ケガはない?」
暗視装置を額にあげたレンチが聞く。
「そういうもんは最初に聞くもんだぜ」
ボルトは改めて自分の身体を見回した。頭が痛いが、ケガのうちには入らない。それを片目で見ながら、レンチは魔女に無線で報告する。
「それはそうと──ありがとな。助けに来てくれて」
ボルトがレンチになぜか眼を合わせずに言う。レンチはニタッと笑い、ボルトの視線に入るようにちらちらと位置を変える。
「なにか言った? ねぇ? ねぇ?」
「うるせぇ! とりあえず、装備を全部拾って帰るぞ!」
ボルトは自分の感情に素直になれなかった。




