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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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24/54

谷を抜けて

「よし。出発!」

 魔女はHMMWV(高機動多用途装輪車両)の銃座につき、右手を振り下ろした。前に4台の馬車が進む。先頭の馬車の荷台には、ラチェットの動甲冑が立っている。その後ろからHMMWVの前の荷馬車には、全部で100人ほどの村人が乗り、矢の攻撃を避けるために、家のドアや屋根板をはがして作った盾を身体の上に置き、その下で息を殺している。2台目の馬車の御者席にボルトが、3台目の御者席にレンチが乗っている。

 魔女たちはこれから、敵が待ち構える谷道に向かって走り出した。


 依頼は矢文でやってきた。北壁から北の山間にある村からの依頼で、村から脱出したいとのことだった。出向いた魔女に村長は、相手が野盗に率いられたゴブリンやオーク、数百人と告げた。村人の数は子供を含めて100人ほどであった。魔女は村人を馬車に乗せ、白昼堂々村を脱出すると決めた。

 準備は滞りなく進められ、荷台に乗る村人は最低限の荷物を持ち、自分たちを守るために作った即製の盾を乗せた。これらの動きは野盗に筒抜けであったが、それが魔女の狙いだった。村人が村から出るのを見て、何もしないのならそれに越したことはない。もう一つは殺人嗜好者が野盗の意思決定機関にいるか、村人が持っているわずかながらの荷物も奪おうと、コンボイ(武装車列)を襲うというルートだった。ゴブリンやオークなどの餌とするために襲うことも考えられた。そのどちらにでも対応できるよう、魔女は配置を決めた。

 隊列が谷道の入口に入る。頭の良い敵なら、コンボイがすべて谷間に入り込んだ後を狙うであろう。

「大丈夫でしょうか?」

 ヘルメットに重いプレキャリを着せられた御者がボルトに聞く。ヘルメットもプレキャリも、ショートボウや軽クロスボウなら防ぐことができると証明されている。

「まかしとけ。おまえは、ただ馬を操っていればいい」

 先頭の馬車からラチェットが停止するようにとの信号を出した。隊列が止まる。

「何があったんだい?」

『道に置き石です。今から排除します』

 魔女は敵が攻撃してくると判断した。銃座の.50の装弾レバーを引く。

「戦闘用意。来るぞ!」

 それが合図になったかのように、谷の上から、矢の雨が降ってきた。矢は荷台の盾に次々と突き立つ。

「くそっ!」

 ボルトは右側の谷の上めがけて、グレネードランチャーを放った。レンチは逆の谷の上にグレネードを撃ち込む。発射した後素早く排莢し、持っている5発を連続して撃ち込んだ。

 ラチェットは一抱えもある置き石をどけると、素早く荷馬車に飛び乗った。そして、ミニガン(7.62㎜ガトリング)を持ち上げると、谷の上目掛けて斉射した。次々と木の枝がはじけ飛び、銃弾を喰らったゴブリンの死体が斜面を落ちてくる。ラチェットは装弾された全弾を左右の谷の上に叩きこむと、前進を合図した。

「来るぞ!」

 隊列が動き出すと同時に、鬨の声があがり、粗末な鎧をつけたゴブリンやオークが武器を振り回しながら斜面を下ってくる。ボルトは引き続き右側を、レンチは左側を受け持つ。魔女は銃座を後ろに向け、背後から接近していたオークとオーガーの一群に12.7㎜弾を撃ち込む。

 ミニガンを置いたラチェットは.50を持ち上げ、前方から迫る足長とゴブリンの群れ目掛けて発砲した。

「こんなに数がいては!」

「無駄口叩くな!」

 ボルトに気合を入れられたレンチは弾倉を取り換え、ゴブリンの胴を狙って射撃をした。腕や脚では勢いを止めることができない。腹なら上半身を支えることができず、必ず倒れる。

 弾幕を抜けたゴブリンが荷馬車に迫る。それを見たナットが窓から半身を出して、片手でハンドルを握りながらM4を撃ち込む。ゴブリンは倒れ、HMMWVの車輪の下敷きになる。

 敵の数は予想以上だった。数個のゴブリンの群れを野盗は統率しているに違いない。知性の低いとはいえ、意思疎通のできる種族であるゴブリンやオーク、オーガーは、場合によっては足長と手を組むことができる。よほどの食料や彼らにとっての財宝が村にはあったのであろう。

 ボルトは弾倉を替え、右手の斜面を下ってくるオーガーに銃撃を集中する。体格の良いオーガーには、5.56mm弾はあまり効果が無い。しかし無傷とはいかず、オーガーは途中でつまずき、斜面を転がり落ちる。ラチェットが頭に.50を撃ち込んでとどめを刺す。

「ナイスショット!」

『っへへ。どういたしまして』

 隊列は谷間を進む。何度も置き石をどけるため、その歩みは鈍い。足が止まるとゴブリンが襲撃してくる。それを銃撃で喰いとめることになる。

 何度かの襲撃を喰いとめ、わずかな時間ができると、ボルトは荷台に置いていたザックから予備弾倉を取り出し、チェストリグの弾倉入れに押し込む。レンチは水を飲み、魔女も.50の予備弾を装填する。

「あ、くそっ!」

 置き石を排除していたラチェットが、道の前方から二体のオーガーが迫ってくるのに気づいた。銃は荷台にある。しかたなく大剣を引き抜き、オーガーに対峙する。オーガーの棍棒の攻撃を剣で受け止め、返す刀で一体を両断する。

 止まった隊列に再びゴブリンが襲撃をかけてきた。ボルトとレンチも、疲労のため動きが鈍い。何度か荷馬車の近くまで接近され、拳銃まで使って対応しなければならなかった。

「ボルト!」

 弾雨を幸運にもすり抜けたゴブリンが、鉈を手にボルトに襲い掛かる。ボルトは一撃をM4で受け止めると、左手で引き抜いたショットガンの一撃でゴブリンを吹き飛ばした。ドラゴンブレス弾の燃焼剤でゴブリンの死体は焼け焦げる。

「前へ!」

 オーガーの叩き斬り、その死体を斜面に蹴りのけたラチェットが言う。前進する荷馬車の荷台から.50を持ちだし、隊列の先頭を進む。

 そろそろ谷間を抜ける頃だった。空を切って数本の矢が飛んできた。矢はレンチの横の御者に命中した。死んではいなかったが、かなりの重傷である。馬が暴れ、荷馬車が斜面に乗り上げそうにある。レンチは銃を荷台に放り出し、御者の代わりに手綱をとった。

 4台目の馬車が3台目の馬車にぶつかりそうになり、馬がいななき、前足を上げる。そのため荷台が大きく揺れた。

「ナット! 右に!」

 魔女の声でナットはハンドルを切る。荷馬車から子供が落ちたのだ。子供の上をHMMWVが通り抜ける。幸い轢かれてはいなかった。子供は怯えた目でこちらを見ている。そこにゴブリンの一団が近づいてくる。魔女は銃座から飛び出すと、HMMWVの荷台を蹴り、飛び降りた。

 前転しながら.45を抜き、子供に近寄ろうとしたゴブリンの額に一発撃ち込む。立ち上がると拳銃を撃ちながら子供の元へとたどり着く。子供を抱き上げ、弾倉を交換。残りのゴブリンを撃ち倒した。

 HMMWVの前部ドアを開けて子供を放り込むと、魔女はまた銃座につく。

「前進!」

 魔女は.50を撃ち、追いかけてくるゴブリンの群れを排除した。

 荷馬車の隊列は谷間を抜けた。さすがにもう追ってくる者も、待ち伏せする者もいなかった。魔女は隊列をとめ、各荷馬車を見て回った。矢による攻撃で何人かの村人が傷ついていたが、幸い死者は出ていなかった。レンチとラチェットがけが人を治療する。子供を助けれてくれたことに、村人たちは何度も魔女に礼を言った。魔女は珍しく照れ笑いを見せた。

 隊列は再び進みはじめる。魔女は谷を見て何かを考えていた。そして、何も言わずにHMMWVに乗りこんだ。


 荷馬車の一行は無事に町にたどり着いた。しかし、そこで待っていたのは現実だった。村を捨てた村人には居場所が無いのだ。手に技を持つ者は、町で何らかの職に就くことはできるが、それ以外は農奴になるしか道はなかった。

「どうにかなりませんか、魔女さま」

 魔女は土下座をする村長に顔を上げるように言った。

「村に戻れば、また再び暮らせるようになるか?」

「はいっ。村は父祖が拓き、古き時代から続いております。あの野盗どもがいなくなれば、なんとか……」

「ふむん」

 魔女はしばらく考えていたが、町の顔役を呼んだ。顔役は魔女と村人たちを見て、余りよい顔はしていなかったが、魔女に逆らえば何をされるかわからないため、しぶしぶやってきた。魔女はポケットから数枚の金貨を取り出した。

「これはお前の分だ」

 魔女は顔役に金貨を1枚渡す。

「そして、これはこの村人たちの当面の宿代だ」

 魔女は小さな村を買えるぐらいの金貨を顔役に手渡した。

「寝る場所と食事を用意してやれ。村長!」

 村長がやってくる。

「陽が七回昇ったらやってこい。それまでに何とかしておく」

「そ、それは……もう私たちには魔女さまに払うお金が……」

「いや、"アフターサービス"だ」

 何を言っているのかわからない村長に、魔女は笑って見せた。


 村人を追い出し、村を占拠した野盗は、村人が残していった品物や、家畜の見分をおこなっていた。しばらくは盗みをしなくても暮らしていけるぐらいの物はあると判断し、何頭かの家畜をゴブリンたちに渡して、自分たちは酒盛りをはじめた。

 そんな中──

 それは村の入口に音も無く現れた。オーガーほどもある赤黒い色をした甲冑だった。腕にミニガンをぶら下げている。

「こんばんわぁ、そしてさよなら」

 ラチェットはミニガンを発射した。無数とも言える銃弾が、村の広場にいた野盗をあっという間に肉片に変える。

「間違えて撃つなよ」

 ボルトとレンチがその脇を抜けて走る。背中と頭の上に赤外線ストロボを付けている。動甲冑の光学カメラを通して見ると、それは一定間隔で光って見える。

 ボルトとナットは別れ、小屋の一つ一つを見て回る。ドアを開け、寝ている野盗がいれば、銃弾を撃ち込んだ。

 魔女はラチェットに発砲をやめさせ、村の通りを歩いて行った。

「やめろ! 降参する!」

 村の奥から数人の足長が両手を上げてやってくる。ミニガンを構えるラチェットを制し、魔女は.45を抜いた。

「あんた、北の魔女だろ? 金なら出す。見逃してくれ」

「命乞いか……」

 魔女は足長の一人の頭を撃った。

「な、なにをっ」

「もうそんな段階は終わったんだよ。おまえたちは、わたしらに弓を、剣を向けた。魔女はそれを許さない。決して」

 もう一人を撃つ。

「──しかし、考えないでもない。おまえたちは、陽が六回昇るまでの間に、死体を全て片付けろ。村に獣が来ないような所に穴を掘り、そこに埋めるんだ。足長だけじゃない。ゴブリンもオークもオーガーもだ。わたしは見ている」

 魔女は.45をしまうと、野盗の一人の肩に手を置いて笑ってみせた。

「約束をたがえるなよ。その時は、おまえたちをどこまでも追いかけて殺すから。わかった?」

 野盗は股間を濡らしながら何度もうなずいた。魔女はそれを良しとして、ラチェットたちにもう帰ろうと言った。

 結果的には村長にうまいように手玉に取られた形にはなったが、たまにはいいだろうと思った。

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