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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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石の眼

「これ以上、招かざる客が増えるのもなんなのでな」

 茂みに偽装したセントリーガンの設置具合を確認しながら、魔女は言った。

 小屋への道は、今までのお客のために踏みならされ、誰が見てもわかるようになっていた。

「引っ越しとかは考えてないんですか?」

 地雷を仕掛けながらレンチが聞く。

「あの巨木の下の小屋には愛着があってね。それに動かせないものもある」

 セントリーガンの照準調整をする。

「これでよし。出入りの商人には別の道を使うように通達しておく。それ以外は地雷とこのセントリーガンの相手をしてもらおう」

 セントリーガンは、その名の通り7.62㎜口径の機関銃とその弾薬、暗視装置と遠隔操作システムをパッケージにした無人歩哨で、音声での警告の後、目標が動かなくなるか、設定された範囲外に移動するまで発砲するようになっている。もちろん、小屋からの操作も可能である。魔女はそれを小屋を扇状に囲むように設置した。他に地雷原をセントリーガンによる哨戒線の前方に敷設した。動物が近づかないように忌避剤の散布もしてある。

 魔女は小屋の前の広場を整備し、防護陣地を設営した。木材や土嚢で強化された火点を複数作り、小屋に一番近い火点に.50(重機関銃)を配置した。

「枕を高くして、とはいかないが、よほどの奴じゃないとここまでたどり着けないだろう」

「これで夜もゆっくり眠れますね」

 例の五戦士の事もあり、しばらくは交代で夜の警戒配置を行っていた。さすがに5人のローテーションではきついものがあった。

「地雷の方は仕掛け終わりました」

 ボルトとナットが小屋に戻ってくる。

「何人かお客がひっかかってくれれば、また噂が広がるでしょう。魔女の森からは帰ってこれないと」

「そうなって欲しいさね」

 魔女は小屋の周囲を見渡して、ふふんと笑った。


「依頼が来てましたよ」

 矢文を持ってボルトが居間にやってくる。魔女は備蓄品の整理でノートパソコンを開き、ナットは昼食の準備、レンチは薪割に行っており、ラチェットは工房で作業をしている。

「どんな話だい?」

「また北壁にくっついている村からですが、なんでも近くの廃砦に魔法使いが入り込んいて、何でもバジリスクを育てているそうで」

「バジリスク……ふむん」

「自分はまだ見たことはありませんが。毒を持ったなかなか手ごわい相手だと聞いてます。なんでも、視線で人を石にするとか」

「ああ。そんなに恐れることはないさ。ちょうど町にも用事がある。行ってみようじゃないかい」

 昼食で皆が集まると、魔女はその魔法使い退治に行くことを告げた。誰もがバジリスクの名を聞いて嫌な顔をした。極めて毒が強い大トカゲで、槍で突き刺した騎士を、その槍に伝った毒で殺したとも言われている。

「そんなに緊張することはない。戦闘はこっちの方が断然有利だ」

「ほんとですか? 相手は視線を向けただけでも石にするんですよ」

「心配するな。夕方には出る。準備を」

 魔女たちの一行が森を出たのは夕暮れ迫る頃だった。2台のHMMWV(高機動多用途装輪車両)に分乗し、後方のHMMWVには動甲冑が載っている。

「魔銀の装甲すら効かないとなったら」

「なに、マリンコはバジリスクもコカットリスの殺りかたを知ってる。ちょうどいい機会だ。それを教えるとしよう」

 二日ほどの行程で、その村についた。村人は魔女たちを恐れて家の外には出てこない。村長と、何人かの顔役が出迎える。

「出迎えご苦労。挨拶は抜きだ。相手の場所を教えろ」

 いろいろと要求されるかと内心びくびくしていた村長は、魔女の言葉に息を飲んだ。すぐさま簡単な地図をボンネットに広げ、その砦の位置を示す。

「魔法使いは一人かい?」

「見た限りは。おそらくではありますが、近くのゴブリンなどを引き連れているかもしれません」

「それはこちらの壁にはならない。すぐ出かける。乗車」

 魔女は風のように村に現れ、水を補給すると、風のように去って行った。村長たちは緊張から解放されて、思わず膝を落としていた。

「砦を守るためと、エサのためにゴブリンやオーガーなども飼っているだろう。一気に攻める。準備はいいか?」

 4人は装備をつけ、ヘルメットに暗視装置を付ける。襲撃は夜の方がいい。いくら夜目の効くゴブリンとはいえ、暗闇のなかを自由に行動できるわけではない。

「ラチェットは正面から堂々と行け。陽動だ」

「りょーかーい」

 動甲冑に.50を抱えたラチェットが砦の入口から、存在を隠さず前進する。その音に気づいたのか、砦のあちこちからゴブリンの鳥のさえずりにも似た言葉が交わされる。

「さぁ。来い!」

 ラチェットは数発の照明弾を打ち上げた。パラシュートに吊るされた光源が砦のあちこちに光と影を投げかける。見たことも無い光にゴブリンたちは空を見上げたり、光から眼を隠そうと手をかざしたりしている。

 ラチェットは管制装置にゴブリンの位置をインプットすると、.50を構えて発砲した。石造りとはいえ、.50の銃弾のパワーはそれを簡単に打ち崩す。ゴブリンの何匹かが壁に絵を描き、残った者もパニックに陥っている。

 魔女たちはその混乱を聞きながら、砦の側方に回り込んだ。窓や入口を見つけると、レンチとボルトの順に滑り込んでいく。今回は珍しくナットが魔女の援護位置についている。

 魔女も入口を見つけ、中に音も無く入り込んだ。暗視装置の緑色の視界の中で敵を探しながら前進する。

『ところで、バジリスクの殺し方ですが……』

 ボルトが神妙な声で聴いてきた。魔女は少し笑うと答えた。

「見つけたら、弾倉の弾を全弾撃ち込め。相手が死ぬまでは、ノクトビジョンを絶対にあげるな」

『了解です』

 魔女は砦の廊下を進んでいく。入口の方からは.50の野太い銃声が響いてくる。

「!」

 通路の前の方で足音がした。かなりの重量がある存在の音だ。魔女はM14を構え、ナットに合図する。

 柱の影から出てきたのはオーガーだった。2m、重さ150㎏を越える巨体を持ち、ゴブリンなどは比べ物にならないほどの腕力を誇る。

「撃て」

 ナットがグレネードランチャーを構え、3発連続で発射する。発射された榴弾はオーガーに直撃し、その身体を肉塊に変えた。ナットは素早くグレネードの空薬莢を抜き、3発のグレネードを装填する。肉体だけで戦う存在には、力で戦う必要はない。その手が届かない距離から叩き潰せばいい。

 いくつかの廊下の角を曲がり、魔女とボルトとレンチが合流する。正面の陽動が成功しており、砦の中にはほとんど兵がいなかった。

「相手は下だね」

 ボルトが魔女が言うよりはやく先頭を歩き始めた。その後ろをレンチが続く。いくつかの階段を降り、ドアがあれば順繰りに開けて中を確認する。部屋の多くには腐った野豚や鹿の死体が転がっている。もうじき近いとボルトは思った。

 ボルトは慎重に角を曲がった。そして、それに真正面から対峙した。

 それは巨大な鶏だった。頭が天井につきそうなほどある。その尾は蛇のように長く伸び、その先に口のような器官があった。

「コカットリス!」

 バジリスクと並んで有毒で知られる怪物である。噂では、バジリスクと雌雄関係があるとも言われる。コカットリスは羽根を拡げて威嚇する。ボルトはどうしていいか一瞬迷ったあと、M4のトリガーを引き、ハンドガード下のショットガンも撃ち込んだ。弾倉まるまる1本分を撃ち込むとさすがのコカットリスも動かなくなっていた。

「どうだい。簡単だろ」

 魔女に笑いながら肩を叩かれ、ボルトは自分をごまかすためにへへっと笑った。伝説と言われた怪物が足元に転がっている。そんな怪物をいとも簡単に殺せたのは、マリンコの技術によるものだと、改めて理解した。その血には毒があると言われているので、それを避けて前に進む。

 大きな部屋に出た。元は大食堂が何かだったのだろう。家具などは無いが、砦にいる全員を集めてもまだ余裕があるほどだった。

「これはこれは、北の魔女とお見受けする」

 部屋に入った一行に声がかけられる。部屋の一段高くなった張り出しにいる男からの声だった。

「あんたがバジリスクのブリーダーだね?」

「まぁ、そんなところです。ダンジョンマスターたちには需要がありますからね。バジリスクもコカットリスも」

 ローブ姿の男は顔の半分を隠す仮面をつけていた。おそらく、バジリスクの視線から身を護るものにちがいなかった。

「それでは皆さんにお目にかけましょう。私が丹精込めて育てたバジリスクです」

 部屋の奥の扉が開き、巨大な影が姿を現した。胴が丸太ほどの太さがあり、王冠に似た毛か鱗が頭の上に生えている。この印こそ、バジリスクを「蛇の王」と言わしめているものだった。

「いいかい。絶対にノクトビジョンを外すな」

 魔女はM14を構えた。そういう魔女は暗視装置をつけていない。

「それでは、皆さん。石になっていただきましょうか」

 男の合図で、バジリスクが眼をゆっくりと開く。瞬幕が前後に開き、ルビーのような赤いの瞳が魔女たちの方を向く。ボルトは反射的に眼を閉じた。

「──大丈夫だ。眼を開けろ。そして、撃て」

 魔女の声が聞こえる。魔女の手のM14の発砲音が聞こえる。ボルトは眼を開け、緑色の視野の中でバジリスクを見、そしてトリガーを引いた。

 レンチとナットもそれに続く。3挺のライフルと1挺のグレネードランチャーの弾幕はすさまじいものであった。さすがのバジリスクものけぞり、身を守ろうと身をよじるが、そこにも銃弾が撃ち込まれる。

「撃ち方、やめ。まぁ、こんなもんさ」

 魔女は魔法使いの方を見て笑った。

「そ。そんなバカな……確かに眼が合ったはずだ……」

「残念ながら、誰も肉眼では見てないからね」

 その魔女の言葉を聞いてボルトは合点がいった。自分たちは暗視装置を通して見ているので、バジリスクの眼を直接見ているわけでは無い。しかし、魔女はどうなのか。

「わたしも直接は見てないさ。この"眼鏡"の効力でね」

 魔女は自分の目の前に載っている、小さなガラス細工を指さしてみせた。

「そんなことが……」

「あいにく、マリンコ(海兵隊)は嫌というほど、この手の怪物と戦ってきて、その対処法を学んできたんだ。その中でも、バジリスクやコカットリスは薬の原料になるので良く狩ったのさ」

「薬だと……」

「こいつらの血には、相手を石化──筋肉を硬直させる成分が含まれてる。それを抽出して、大出血した兵士に投与して、出血を止める止血剤を作ったのさ。もちろん、解毒薬もある」

「しかし、どうやって血に触るんだ……?」

「ああ。ウチの世界にある『ニトリル』は血の成分を通さないのでね。すまないね。こっちは何でもありで」

 魔法使いは脱力し、膝を地につけた。

「私の数十周期の苦労は……」

「人生そんなもんだ」

 魔女は.45(拳銃)を抜き、魔法使いをすべての事に悩まないで済む場所に送った。

「さて、とりあえずすべてを検分して、全部殺したら、ここには火を放つ。卵を見落とすな」

 ボルトはあらためてマリンコの知識に驚かされていた。まだ知らぬことは多いのだろうと思った。

 飼育部屋にいたバジリスクやコカットリスの幼体はすべて射殺され、卵は割られた。部屋の中にサーメート手榴弾が投げ込まれ、超高温で敷き藁などを燃やしていく。

 夜が明ける頃にはすべてが終わっていた。ラチェットもほぼすべてのゴブリンやオーガーを殺しており、大剣で一体一体にとどめを刺しているところだった。

「あ、おかえりー。どうでした? バジリスク」

「まぁ、簡単だったさね」

 砦のあちこちから煙が出始めた。魔女は頃合いとだろうと思い、全員に帰還を告げた。


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