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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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そこに来た危機

「いったい、誰が送り込んで来たんですかね?」

 窓の外をうかがいながらボルトが言う。小屋の前、度重なる戦闘によって広場となってしまった部分を囲む木々に、灰色の人間大の何かの姿がある。羽根の生えた怪物で、ここからだと石像に見える。

 ガーゴイル。命を吹き込まれた石造の怪物像で、召喚者に従い、普通は建物や迷宮の中でじっとしており、気づかない侵入者を襲うものである。だが、魔女の小屋はそのガーゴイルたち、正確な数はわからないが、100体以上に囲まれていた。ガーゴイルたちはピクリとも動かず、小屋の方を見ている。そして、少しでも小屋から出ようとすると襲い掛かってくるのだ。生きた石像と言われるだけあって防御力が高く、5.56㎜弾ではまったくダメージを与えることができず、.50でも倒すことはなかなかできなかった。

 小屋が囲まれて数日が経っていた。そのため、薪を小屋に持ち込んだり、食料の調達がままならなかった。食料は万が一に備えて備蓄しているMRE(レーション)でなんとかなったが、薪が無いのは問題であった。小屋を暖めることや、湯を沸かすことができなかった。

「このままではジリ貧ですよ」

「おおかた王国の誰かが送ってきたんだろうさ。しかし、寒いのはどうしたもんかね」

 魔女は寒冷地用のジャケットを着て、冷たいコーヒーをすすった。まだ耐えられる気温だが、このままではボルトの言う通り、兵糧攻めに敗れてしまう。

「ナットとラチェットを送っている。わたしの勘が正しければ、持って帰ってくるもので何とかできる」

「それならいいんですがね」

「さすがにMREにも飽きましたよ」

 何とか飲み物を少しでも温めようと苦戦していたレンチが、諦めて冷たいままのカップを持ってくる。MREに入っているカロリーの高い平べったいケーキと一緒に、ボルトに手渡す。

「少しばっかり早すぎたかね」

「何がですか?」

「王国に手を出したことさ」

 魔女は窓の外にちらりと眼をやり、自嘲気味に笑った。

「もちっと混乱が続くと思ったんだけどね。うちらに融和的だった弟の方を残したんだけど、兄派の方がそれを良しとしなかったようだ」

 王国の第一王子を撃ってからもうすぐ一周期が経つ。一時は混乱に陥っていた王国であったが、殺された兄と、病に倒れた王の代わりにトップに立った弟は、なんとか国をまとめていた。しかしながら、一部の貴族はそれを良しとせず、混乱の元を作った「北の魔女」の排除を求めていた。

「そういえば、覚えているかい?」

「何をです?」

 レンチが不思議そうな顔をする。

「おまえを火刑にかけた男だよ」

「──叔父の息子ですか?」

「そうさね。わたしが片腕を壊したあいつだ。それが兄派の中でも、反魔女の急先鋒になってる」

 魔女が言っているのは、レンチが魔女の一部になる原因となった、レンチの父を殺した男の息子のことだった。

「まぁ、わからんでもないさ。父親と片腕を失ったんだからね」

「それは……」

「いいさ。そんな事は昔にもあった。気にすることは無い」

 魔女はレンチに向かって笑ってみせた。

「小屋を襲ってこないってことは、わたしらを干上がらせて殺そうって考えだね。直接攻撃より確実性が高い」

「確かに。今までは全部失敗してますからね」

 ボルトがもっもっとケーキを齧りながら、窓の外を見る。

「外が見えるっていうのに、出られないというのがこんなに辛いとは」

「監獄の部屋に、窓があるのと同じだよ」

 魔女は双眼鏡を手に取り、森を見渡した。ガーゴイルたちは木の枝や地面に座ってジッとしている。

「希望を持たせながら殺す。一番残酷な方法さ」

「身に染みてわかりましたよ」

「二人はいつごろ帰ってきますかね?」

 二人とは、強襲揚陸艦にとある物を取りに行ったナットとラチェットの事である。

「さあね。こっちに持ってきたはいいけど、全く使わなかったものだ。艦のどの辺に置いてあるかもわからん。見つけたとしても、取り出すのにどれだけ時間がかかるか」

 魔女ははなから諦めてはいなかった。こんな危機は厄災戦の時にはいくらでもあったと、二人を慰めた。それに司令官が怯えたり、不安な顔をするわけにはいかなかった。そんなことをすれば、部隊は崩壊する。

「大丈夫さ」

 数日が経ったが二人は戻ってこない。メニューが多いとはいえ、さすがに三食MREでは飽きてきた。食事でストレスを解消できないとなると、士気に関わってくる。実際に、ボルトとレンチが些細な事で言い合いをするようになってきた。魔女は意味が無いのはわかっていながら、細かい仕事を二人に課した。それで二人の士気を維持しようとしたのだ。

 棚の上の無線機が鳴る。三人の眼がそちらを向く。

『はーい、ラチェットですよー』

「聞こえる。で、例のものは見つかったかい?」

『はい。一番奥の方にあったけど、何とか出しました。今ナットがチェックをしています。ナットが言うところでは、問題ないようです』

「よし。打合せ通りの車輛も用意できたかい?」

『今操縦マニュアルを読んで、艦の周りを走ってみてます』

「でかした。こっちはあと数日は持つ」

『了解しました! できるだけ早く戻ります』

 無線は切れた。魔女はほっと息を吐いた。

「さて、希望はつながった。あとは、秒の勝負だ。小屋を飛び出して、車輛に到着するまでのな」

「何を持ってくるんですか?」

「これだ」

 魔女はノートパソコンの画面を見せた。

「──まずは、後ろのドアにたどりつけるかだ」

 それから二度朝が来た。強襲揚陸艦から魔女の小屋までは車輛で2日ほどかかる。ラチェットが送ってくる定時連絡によると、もう少しで到着する距離にいるようだった。

「準備はできたかい?」

 珍しくヘルメットにプレキャリをつけた魔女が言う。いつものM14は持たず、武器は拳銃だけである。

「はいっ! いつでも行けます」

 ボルトもライフルを持たず、少しでも軽くするためにいらない装備はすべて置いている。

「こっちも準備できました」

 M84A3を居間のテーブルに設置したレンチが言う。緊張で顔がこわばっている。

「よし。走るよ」

 無線機からラチェットの声が聞こえる。と同時に、小屋の脇の茂みを踏みつぶしてM3ブラッドレー(騎兵戦闘車)が顔を出す。

「GO!」

 魔女がドアを開け、ボルトとともに走り出す。それを見つけたガーゴイルたちが一斉に眼をあけ、翼を羽ばたかせ突っ込んでくる。レンチは二人に襲い掛かるガーゴイルに向かって.50口径弾を撃ち放って援護する。.50を受けたガーゴイルは衝撃で倒れるが、殺すには至らない。翼を撃たれたガーゴイルは地面を走って二人を追う。

 M3の後方に到着したボルトがドアを開ける。ヘルメットをガーゴイルに噛みちぎられた魔女が滑り込み、プレキャリに爪を立てられつつも振り払ったボルトが続いてドアを閉める。ガーゴイルたちが、閉まった装甲ドアをガリガリと爪でひっかく。

「お待たせしました!」

 ラチェットが操縦手席から笑顔を見せる。

 魔女はヘルメットの残骸を放り投げ、砲塔内の車長席につく。ガーゴイルたちが群がって、砲塔や車体を爪でひっかいている。

「ボルト、はやくしな」

「少しお待ちを」

 ボルトは砲手席につき、火器管制装置を起動させる。砲塔を急旋回させ、ガーゴイルを砲塔から振り落とすと、トリガーを引いた。砲塔に装備された25㎜チェインガンが吠える。榴弾と徹甲弾の束がガーゴイルたちに命中する。榴弾は四肢を砕き、徹甲弾は胴体を貫通してバラバラにする。

「ナット!」

 車輛の周りに群がっていたガーゴイルを振り払って位置を確保すると、魔女は無線に向かって言った。すると、茂みをわけて、妙な四角い板を車体後部に差し上げたストライカー装甲車が姿を現す。魔女は自分の読みが正しいことを願った。

 ナットがコンソールのスイッチを入れる。ボルトは照準装置の画面が一瞬ぶれたのを見た。

 ガーゴイルたちの動きが止まる。ある者は羽ばたきをやめて地面に落ち、ある者はブラッドレーを引っかくのをやめた。ガーゴイルたちは、元の石像に戻っていったかのように動きを止めた。

 ボルトはその瞬間を見逃さず、チェインガンの照準を一体一体にていねいにつけ、数発ずつを送り込んで粉砕した。ラチェットはM3を前進させ、車体重量を使ってガーゴイルの破片を念入りにひき潰した。

「よし。撃ち方やめ」

 魔女はハッチを開けて半身を外に出した。小屋の周りにいたガーゴイルで動いているものは一つもなかった。

「いったい何が……」

 砲手席のハッチを開けて恐る恐る頭を出したボルトが聞く。

「予想が的中したのさ。ナットが運んできたのは、HPM(高出力マイクロ波)発射装置だよ。見えない電子の弾丸で敵を撃つ」

「電子の弾丸……」

「ガーゴイルの誘導システムを、一種の電子機器だと見たのさ。そこに低周波から高周波までの電磁パルス弾を撃ち込んで、破壊できないかと思ったのさ。まぁ、チェインガンで一体ずつ潰してもよかったが、動かない相手の方が当てやすいだろ」

 M3は広場を周って残っていたガーゴイルすべてを潰すと、小屋の前でとまった。中からほっとした顔をしたレンチが出てくる。

「何が起こったの……?」

「説明すると長い……温かいコーヒーでも飲みながらでいいかな?」

 魔女はレンチに笑いかけた。レンチは笑顔で返事をし、小屋の外の薪置き場に向かって走って行った。

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