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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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20/54

ヘラクレスの偉業

「ドラゴンの次はハイドラかね」

 魔女は詠み終わった矢文をテーブルに置いて、大きく伸びをした。

「休ませてくれないねぇ」

「王国の内部がもめているようですから。田舎の方にまで手が回らないのでしょう」

 ボルトがメモ紙をまとめながら言う。ボルトの言う通り、王国は今正念場を迎えていた。王が病床に臥せり、その代理として第二王子が国を指揮している。しかし、死んだ第一王子派の貴族があからさまに妨害したり、自分の領地に帰ったりと、国政は崩壊寸前であった。そのため、本来なら王国軍が行うべき、モンスターの駆逐には、どの貴族も手を出そうとせず、傭兵がその仕事を肩代わりするようになっていた。

 魔女の下にきた手紙もその一つだった。

「ハイドラ──8つの頭を持つ大蛇ですね。見たことないはありませんが」

 レンチがラチェットの方を見ながら言う。モンスターの知識については、魔女をのぞいて一番年かさで、魔法も駆使するラチェットに一日の長があった。

「まぁ、首は少なくて6本、多くて10本もある奴がいるわ。これが出てきた池や湖は、ハイドラから出る毒の影響を受ける。さっさと退治しないと、農業はもちろん、普段の生活にも支障がでるかにゃ」

「首を落とすと、そこから2本出てくるんだっけ?」

「そう。落とした傷口を焼かないと、首がいくつも再生してくるわ。どうするんです? メム。うちら5人だけでは手が回らないですよ」

 魔女はコーヒーをすすると、余裕のある笑みを浮かべた。

「まぁ、手段がないわけじゃない。とりあえず準備よ。サーメイト手榴弾を多めに。ショットガンも用意。弾種はドラゴンブレス」

「了解」

「あと、AT-4(携帯式対戦車無反動砲)ジャベリン(携帯式対戦車ミサイル)も用意。大売出しよ」

 魔女は楽しそうに言った。

 魔女の家を2輌のHMMWVが出発する。後方に位置するナットが運転するHMMWVの天井には、見慣れない箱型のランチャーが積まれている。

 依頼のあった町まで行く途中で、各銃に弾が込められる。レンチもHK416にショットガンを取り付け、発火剤の入ったドラゴンブレス散弾を装填する。

「首はどう落とします?」

「そこはラチェットの仕事だね」

 ラチェットは自信ありげにニタッと笑った。動甲冑の修理も終わり、ドラゴンの血によって赤黒くなった機体の装甲を叩く。

 2輌は丘を越え、町が見えるところまでやってきた。今回は町には入らない。町は多くの傭兵によって守られているという話である。無駄ないざこざは避けたいところである。

 魔女は航空写真を見て、今見えている地形と、ハイドラがいるという池の位置を照らし合わせる。池は町の重要な水源の一つであり、粉ひき小屋の大事な動力源でもあった。

「ハイドラは池からそう離れないよ。長い首を使って、近寄る獲物を喰らうって感じ。水は動物にとって無くてはならないからね」

「なら、このまま接近しよう。ラチェット、準備」

「任せといて」

 ラチェットが荷台に載せられている動甲冑に乗り込む。ボルトが銃座につき、.50の装弾レバーを引く。

「ドラゴンと違ってブレスは無い。あっても、毒の唾だ。ありったけの銃弾を撃ち込め」

 HMMWVは藪を突っ切って池に近づく。池は町の住民にとって整備され、周辺の木や茂みは刈り取られ、広場ができている。

 魔女は車をとめ、双眼鏡で池を見る。ハイドラの姿は見えないが、水が紫めいた色に変わっている。

「戦闘準備」

 レンチが荷台からジャベリンを降ろし、肩にかつぐ。AT-4は束にされ、ラチェットがレンチの射撃位置に運んでいく。

「ナットは命令あるまでそのまま待機」

 魔女はM14を肩に下げると、ジャベリンを背負う。

「ボルト、始めな」

「了解!」

 ボルトは.50(重機関銃)のトリガーを押す。野太い銃声が響き、紫色の水面に着弾の水柱があがる。まずは牽制である。魔女とレンチがジャベリンを用意し待機する。

「もっと衝撃が必要だね。手榴弾!」

 レンチが持っていた手榴弾を残さず投げ込む。しばらくして水中爆破で水面が泡立つ。そして、それは姿を現した。牛の頭ほどはある蛇の頭が9つ、水面に躍り出る。話に聞いた通りのハイドラの姿だった。

「トップアタック!」

 レンチはハイドラの頭の一つを照準におさめると、モードを上空からの攻撃モードに切り替え、発射ボタンを押す。レンチと魔女のところから発射されたジャベリンは安定翼を広げて上空に舞い上がると、ハイドラの上空で向きを変え、真上から頭めがけて突入する。

 爆発音が響き、ハイドラの首が二つ吹っ飛ぶ。レンチの一撃は傷口を焼灼できたようだったが、魔女の方は首を破壊しただけに終わった。

「AT-4!」

 レンチはジャベリンのランチャーを捨てると、AT-4を持ち上げた。肩に載せ、安全装置を外すと、そのまま撃ちはなった。その先で、先ほど魔女が落とした首の傷口から、頭が二つ、ぬるりと出てきた。

 AT-4の弾頭が命中し、またもや首が飛ぶ。しかし、首の傷を焼くことができない。

「この距離では傷口を狙って撃てませんよ」

 ボルトが.50の弾を再装填しながら言う。

「これは嫌がらせだよ。もう少し、池から身体を出させるのが目的さ」

 魔女は再生した頭にAT-4を直撃させる。

「でも、首がいくらでも再生してきたら」

「大丈夫さ。奥の手がある」

 AT-4や重機関銃の攻撃に怒ったハイドラが、身体を伸ばす。9つの首と一つの胴体が現れる。

「ラチェット!」

「まかせといて!」

 待ってましたとばかりにラチェットが大剣を振り上げて突進する。ボルトは銃座からおり、M4を手に走る。

 ラチェットの一撃が首を落とす。そこにボルトがドラゴンブレス弾を撃ち込む。散弾とともに撃ちだされた燃焼剤が傷口を焼く。しかし、首の断面をすべて焼くには至らない。ボルトは首が再生するまでのわずかな間にドラゴンブレス弾を全弾撃ち込んだ。

「これは大変だ」

 ボルトは後退し、ショットガンに弾を込める。

 戦闘は膠着状態に陥った。魔女側は首が増えるのを防ぐために積極的な攻撃ができない。対するハイドラ側も、体験したことのない飛び道具の連打に混乱していた。

 その時、水面がざわめき、何かが浮上してきた。騒ぎを聞きつけて隠れ家から出てきたのか、巨大な蟹である。

「あんたはお呼びじゃないないさね」

 魔女はAT-4を構えると、蟹を一撃で葬った。

 ハイドラは突然の蟹の登場と、あっけない死に、何やら動揺しているようだった。もしかすると、共生関係にあったのかもしれなかった。ハイドラは鎌首をもたげ、攻撃をくりかえす。が、ラチェットを除く3人は、首が届く範囲内にいない。ラチェットも首を落とすのをやめ、盾で攻撃を防ぎながら、魔女が何を考えているのかわからず、その指示を待っていた。

 魔女は何かを待っているようだった。時折M14でハイドラの眼を撃ち抜くだけで、積極的な攻撃はしていない。

「メム?」

 AT-4をすべて打ち尽くしたレンチが、疑問の声を上げる。

 その時、魔女は言った。

「ナット、出番だよ」

 ボルトがナットが乗るHMMWVの方を見る。いつの間にか停車位置を変えており、天井に載せたランチャーが起動している。

「撃てっ!」

 ランチャーの背後から炎と煙が噴き出し、眼にもとまらぬ速さでミサイルが発射された。ボルトの眼は、ミサイルが飛び、ハイドラの胴体に命中するシーンを捉えることはできなかった。まるで発射と同時にハイドラの胴体に穴が開いたかのようだった。

 これはLOSATと呼ばれる一種の対戦車ミサイルだった。通常のミサイルは、弾頭に搭載された炸薬によりダメージを与える。このLOSATは弾頭に炸薬を持たず、秒速1.5kmという高速度による運動エネルギーを叩きつけてダメージを与えるという兵器だった。丸太を数本束ねたほどの太さのあるハイドラの胴体でも、この運動エネルギーの塊を防ぐことはできなかった。

 ハイドラの胴体に大穴が開く。赤紫色の体液がどくどくと流れ出す。それでも、さすがに大型モンスターである。これだけのダメージを受けながらも、首を振り上げて戦おうとする意思を見せた。しかし、魔女は冷徹に言った。

「もう一発」

 LOSATが発射される。今度は首の根元に穴が開く。数本の首が根元から寸断され、肉片と骨片が反対側に開いた穴から噴き出す。

「さぁ、今のうちに仕事だよ」

 胴体を撃たれたハイドラは断末魔による死のダンスを踊っていた。もはや攻撃もできず、口から血を吐いてもがいているだけだった。

「それっ!」

 ラチェットが首を落とす。そこにサーメイト手榴弾を投げつけ、傷口を焼きつくす。

 ものの30分ほどで、すべての首を失ったハイドラの死体ができあがった。

「胴体を攻撃するなんて、思いもよりませんでした」

 ボルトが切り落とした首の一つを検分しながら言った。

「いや、ね。はじめてギリシャ神話を読んだ時から、首じゃなくて、胴体、首の付け根を斬り落としたらどうなるかって思っていてね」

「ぎりしゃ? しんわ?」

「わたしの世界に伝わっている昔々の物語よ。ヘラクレスという英雄が、仲間とともにハイドラを倒す話があるのさ」

「メムの世界にも、ハイドラがいるんですか」

 レンチは驚き、魔女とハイドラの死体を交互に見る。

「そうさね。他には人食い猪や、首が三つある狼とかもいるかな」

「どうりで……マリンコが強いわけだ」

 ボルトが呆れたような声をあげる。

 魔女はHMMWVのウィンチでハイドラの死体を池から引きずり出した。毒の影響を少しでも減らすためだ。しばらくは池の水は使えないが、ハイドラがいなくなれば、時間が解決してくれるだろう。

「さて。後始末は町の傭兵たちにまかせよう」

 魔女はハイドラの首で煙草の火を消した。


 

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