殺しは朝飯前に。
そいつは朝食の場に現れた。
「これはこれは皆さん。お初にお目にかかります」
普通の魔法使いが着るようなローブではなく、洒落ものと言われるような飾りがついた豪奢な服を着ていた。
キッチンでいつものように朝食をとろうとしていた魔女たちは、そいつがなぜそこにいるのかわからなかった。
「ああ、私は時を操ります。皆さんが気づかないうちに、この家に入り込むことなぞ、簡単なことです」
うやうやしく礼をする男に、魔女はうんざりしたような表情を浮かべて言った。
「何の用だ。用事はすぐに済ませてもらいたい」
伊達男は微かに笑い、小さなナイフを引き抜いた。
「簡単な話です。皆さんには死んでいただきます」
「魔女の家にやってきて、帰った者はいないぞ」
ボルトが素早く傍らに置いていたM4を抜き、構える。
「朝飯の最中でね。命が惜しかったら、今すぐ出ていくことだ」
「なかなか手の速い方で。でも撃てますかね?」
何ッと、ボルトはM4を見た。引き金が布でぐるぐる巻きになっている。これでは引き金が引けない。
「い、いつの間に!?」
それを見たレンチも銃を取る。そちらも引き金が布で巻かれている。
「なんで?」
伊達男は奇術師のように両手を広げるとニヤリと笑った。
「北の魔女を倒すのは私です」
「そうかい」
魔女はホルスターに手を伸ばした。が、指が空振りする。
「あなたのお得意の武器は棚にしまっておきました」
ラチェットが呪文を唱えようと立ち上がろうとするが、脚がもつれ床に倒れる。見ると、両足のブーツの紐が左右を合わせてぐしゃぐしゃに結ばれている。
「だから言ったでしょう。私は時を操れると。私はこの場に立ったのは一度ではありません。皆さんが私を見て何をするかを見て、時を戻し、それらが実現しないようにしています。次の手もすでに妨害させていただいています。あなた方には勝ち目はありません」
伊達男はナイフを魔女に向けた。魔女が次に考えていたM14を構えることはできなかった。M14が傍らに無い。
「これはファッキンな野郎だね」
「それでは皆さん。覚悟を決めてください。誰から死にますか? 反撃の手段はすべてありませんよ」
誰もが黙りこくった。そこに魔女が口を開く。
「時を操るって言ったね? もしこの時点であんたが死んだらどうなる?」
「そうですね。時を戻せないので、死ぬんではないでしょうか。試した事がありませんので、どうとも言えませんが」
ナイフが魔女の喉元に迫る。ボルトやレンチは何か武器を探すが、手の届くところには何もない。テーブルの上にあったはずのカトラリーも無い。
「ご覚悟!」
その時、パンっという音とともに何かが弾けた。鍋にかけられていたゆで卵が破裂したのだ。熱々のゆで卵の破片が食卓に飛ぶ。その一部は伊達男の顔に直撃する。
「こ、これは!」
伊達男が次に感じたのは、顔面への強烈な一撃だった。ナットの右手のフルスイングは伊達男の顔面を一撃で粉砕した。
「ぐ、ぐはっ……」
何やら呪文を唱えようとしていた伊達男の口からは、苦痛に歪む声と、折れた歯と血しかでなかった。ナットは伊達男の頭を持ち上げると、床に叩きつけた。
「もういい、ナット。死んでる」
魔女の声を聞き、ナットは次の攻撃の手を引いた。そして、器用に伊達男の身体を血で汚れたラグで包むと、小屋の外に運び出し、獣の餌とするべく遠くに投げ捨てた。
「あいつも手前勝手な未来を見ていたんだろうね」
魔女は愛用の.45を棚から見つけ出し、ホルスターに収めた。
「結構念入りに武器にできそうなものを隠したりしてますね」
「誰か、起こしてー」
テーブルの下に転がって起きれなくなっていたラチェットを、レンチが抱き起す。
「両方の靴の紐を結ぶなんて、残酷な奴だ」
「で、あいつはどこのどいつだったんだ?」
ボルトが言うが、誰もその問いには答えられなかった。
ナットが外の桶で汚れた手を洗って戻ってくる。そして、朝食のメニューを再び聞いた。
「ゆで卵を頼む。今度は爆発しないやつをね」
魔女は微かに笑うと、めちゃくちゃになったテーブルの上を皆で片付け始めた。




