その影を撃て
森で食事の材料を狩ってきたレンチは、家の前で見慣れない男とすれ違った。老年の男は、背中に自分より大きな荷物を背負っていた。男はひょこひょこと歩いていき、木の間に消えていった。
「メム、なんかおかしな人とすれ違いましたが」
「ああ。商人だよ。ずっと昔からお得意様になってる」
魔女は居間の椅子に座って、テーブルの上に並べられたものを見ていた。
「なんですか? 弾?」
「ああ。ずいぶん前に注文していた分が、ようやく届いたってこと」
魔女は箱に並べられた弾を一つ一つ確認していた。全体的に黒ずんだ色をしている。
「これを作ってくれる鍛冶がずいぶん遠くに住んでいるもんでね」
「そんなもの、何に使うんですか?」
「普通の奴なら物理的に殺せるが、中には銃弾が効きづらい奴もいるからね。そんな奴に使う特殊な弾だよ」
「そうですか」
「ああ。そんなことはしないと思うけど、この弾を噛んだり、飲んだりしちゃダメだからね。苦しんで死ねる」
魔女は弾の入った紙箱を、普段は使っていない、分厚い壁面を持つ金属箱に収める。中には同じような紙箱が入っている。
「ところで、さっき届いた矢文は?」
「ああ。取ってきます」
レンチは外に出て、柱に撃ち込まれた矢に結びつけられた布を取ってくる。魔女はそれを受け取り、開く。
「ふむん──こりゃ、ちょっと難だね」
「どこからの依頼ですか?」
「北壁に面した山村からだ──村人が連続して襲われているんだけど、誰も相手の姿を見ていないとか」
「なんですか? それ」
「報酬は銀貨500枚か。まぁ、寒村として出せる限界だろうね。それぐらい切羽詰まっていると言ってもいい」
「行くんですか?」
「そりゃ。頼まれたからね」
魔女は何かを思い、テーブルの上に載っている金属箱を見、その中から紙箱を一つ手に取った。
「出かけるよ」
数時間後、森の中をHMMWVが走っていた。ラチェットの動甲冑は修理が間に合わなかったので載せられていない。その代わり、M4を抱えたラチェットそのものが載っている。
「ははっ。プレキャリにはまった猫みたいだな」
ボルトは、調整しているとはいえ、小さい身体にはオーバーサイズのプレキャリをつけているラチェットの姿を見て大笑いした。ラチェットはぶすーっとした顔でボルトを見ている。ボルトの頭に火のついた煙草が押し付けられる。
「笑うな」
「……あい。メム」
ラチェットはいい気味だと言わんばかりに、ククッと笑った。
HMMWVが山村へとたどり着く。見たことも無い馬無し馬車に乗る魔女の一行の出現に村人は怯えてはいたが、その眼には希望の色が見えていた。
「こんなに歓迎されるってことは、よほどの事なんだろうね」
「誰も見ていないってところが気になります」
レンチも普段とは違って、村人が集まってくるのを見てつぶやく。
ナットを残して4人が車から降りる。村人は黙っていたり、神への言葉を口にしていたりするが、ようやくやってきた助けに喜んでいるようだった。村人の中から、村長が姿を見せる。
「よくぞ来ていただけまして」
「前置きはいい。状況を教えて欲しい」
「ええ。わかりました──今から半月ほど前からの事ですが、村人が森で何かに喰い殺されたんです。それ以降、村に『眼に見えない』獣がやってくるようになったわけで」
「眼に見えない?」
「はい。獣は夜にやってきて、家の中にいる人を襲うんです。が、誰もその姿を見てはいません。ただ、闇の中に引きずらて行く人の姿だけが……」
「ふむん」
魔女は何やら考えていたが、神妙な顔をして立っているラチェットに聞いた。
「心当たりは?」
ラチェットはしばらく考えた後言った。
「おそらく、位置替えの獣かと。そいつなら姿を見せずに襲撃できます。姿の位置をずらせますし」
「他には?」
「あとは完全に透明化できるモノでしょうが、ほとんどが魔法使いが召喚したりするもので、野生には存在しません」
「そうか」
「不謹慎かもしれませんが、もう一度、そいつが出てきて、細かい状況を確認できれば特定できるかと」
魔女はあたりを見回した。数十人の村人が見つめている。
「村長。村人が逃げることができる場所はあるか?」
「数日ぐらいなら、昔の砦跡に逃げ込むことができますが」
「なら、村人を避難させろ。三日経ったら、見に来い。相手を仕留めているか、わたしらが死んでいるかで、これからの生活を考えろ」
村長は青い顔をして村人に急を告げた。村人たちは慌てて家に戻り、荷物をまとめ始める。魔女は荷台から銃を取り出す。それに習い、ボルトとレンチもライフルを手に取る。
「夜を待つ。ボルトとレンチは森の方を。ラチェットとナットは谷を警戒。村の中はわたしが見る」
「了解」
村人たちが村を出ていく。取り落とされた荷物が散らばる広場に、魔女は独り立っている。子供が落としたのだろうか、小さな布製の人形が転がっている。魔女はそれをしばらく見ていたが、視線を森に向けた。
夜が来た。
村には灯り一つ無い。全員が暗視装置を装備し、周囲を警戒している。
「来るかな」
「さて」
一番出現率が高いと思われる森の方を見ながら、ボルトとレンチが言葉を交わす。二人は森の外れの茂みの中に身をひそめている。
「ただの熊かなんかじゃないかな?」
「それなら話ははやい」
ボルトは暗視装置のレンズにかかった葉をずらそうと手を伸ばした。
「ん?」
ボルトは異様な音を聞き取った。
「どうしたの?」
「静かに」
ボルトの耳は、何かの足音を感知していた。人の足音ではない。確かに獣の足音だった。ボルトは音のする方を見た。
「──見えん」
ボルトは驚愕した。足音のする方には何の姿も見えなかった。位置替えの獣だとしたら、位置がずれるだけで、その姿が見えるはずだ。ボルトは背筋に冷たいものが這い上がるのを感じた。
「ボルト?」
レンチの声に応えず、ボルトはM4を持ち上げた。そして、音のする方に向かって発砲した。連射音が響き、森の木々が発砲炎で照らし出される。
「相手はどこ!?」
「見えない」
ボルトの焦りの声に、レンチも銃を構える。しかし、どこを見ていいのかわからなかった。
「目標は?」
「わからん」
ボルトはインカムのスイッチを入れてなかったことに気づき、慌ててスイッチを入れた。
「メム。何かが出ました」
『ネガティブ。何かって何さ。はっきり言え』
「わかりません。足音はしましたが、姿が見えません」
ボルトは警戒しながら足音のした方に、そろそろと歩み寄った。そして、柔らかい地面に記された足跡を見つけた。レンチが息を飲みながら援護の姿勢を取る。
「──なんだ? ヤギのような足跡です」
『ヤギ?』
「割れた蹄です。大きさは──」
ボルトは肩に急激な重みを感じた。目の前でプレキャリが歪んでいくのが見えた。何かに噛まれているのだ。
「な、なんだ!」
銃を向け発砲する。しかし手ごたえが無い。銃弾は通り抜け木々にめり込む。ボルトを噛んでいた何かは飛び退ったのか、足音が茂みの向こうから聞こえる。
「姿が見えず、身体も無い──何なんだ……」
『ラチェット! 何かわかるか?』
『ヤギのような足、姿が見えないとなれば、"シャドウビースト"かと』
ボルトはその名前に心当たりがあった。文字通りの影でできているとされる生物で、通常の武器では傷をつけることができないと言われている。
「メム! 奴はそっちに行くようです」
ボルトは足音が消えた茂みをかき分け、村へと走り出した。レンチがそれを追う。
魔女は村の広場の真ん中にいた。
「シャドウビースト、か」
つぶやきながら、.45をホルスターから抜き出す。マガジンを抜き、薬室から装弾されていた弾を抜く。そして、マガジンの弾をすべて押し出すと、ポケットから紙箱を取り出した。
「また厄介なヤツが」
紙箱から取り出した弾をマガジンに込めると、銃に挿入、スライドを引く。
足音が聞こえる。魔女は暗視装置を額にあげ、裸眼で周りを見る。影相手に暗視装置は眼を閉じているのと同じだ。
辺りは闇に沈んでいるが、月明かりが周囲を青く浮かび上がらせている。
ひたりひたりと足音が近づいてきている。だが姿は見えない。魔女の頬を汗が流れる。
ふと、落ちているあの人形がわずかに変形した。先の割れた蹄の形。魔女はその瞬間を見逃さなかった。.45の銃口を向け、発砲する。
悲鳴が上がる。
「メム!」
村にたどりついたボルトが叫ぶ。銃声が二度三度と続く。そして、それは7回続いたあとに途絶えた。
「メム!」
『……大声で叫ぶな。鼓膜が痛い』
魔女は足元に転がっているであろう生物を見ていた。姿は見えない。が、身体に開いた傷口から黄緑色の血が流れている。そこにボルトたちが集まってくる。
「無事ですか?」
「ああ」
魔女はライトをつけると、見えない敵に砂をかけた。さらさらと流れる砂が、その姿を浮かび上がらせる。
「なんですか、これは」
それはほぼ平面といえるほど厚みが無かった。まさに影そのものだった。二本足に、やや人に似ているとも言える上半身がついている。
「シャドウビーストだよ。と言っても、あたしも本物を見るのははじめてだけど」
ラチェットが銃口で足を持ち上げてみせる。先ほどまで横を向いていた足の形が、正面から見たように変わる。二次元体でありながら三次元体とも言える存在だった。
「ペラペラだね」
「どうやって殺したんですか? 奴には普通の武器は効かないはずでは?」
レンチが魔女に聞く。魔女は煙草に火をつける。その手が少し震えていた。
「……こいつらには放射線が効くんだよ。だから、特製のポロニウム弾を撃ち込んだってわけだ。いやぁ、ギリギリだったね」
魔女は震えている手を皆に見せた。
「まだ震えてる。身体は正直だとはよく言ったもんだ」
煙草の灰が落ちる。それは獣の上に落ち、死を呼ぶ原因となった蹄の形を露わにした。




