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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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竜殺し

 魔女による王子の暗殺は、王国に強い動揺を引き起こした。最愛の息子を失った王は病床に臥せり、代わりに次男が国をまとめる立場となった。貴族たちは互いに顔色を窺っていた。このまま王が死に、新しい王へと世代交代が行われるのか。特に長男を推していた派閥は、自らの立場が危ういことを気にしていた。

 王国全土にも衝撃が走っていた。国軍の統制も危うくなっており、各地で野盗の跳梁を許していた。

 そんな中、魔女はいつものように王国の周辺地域の町や村からの依頼を受けて、その姿を見せていた。

「あー、確かに居座ってるね」

 魔女は町の様子を見ていた。視線の先には町で一番高い建物である教会の尖塔が見えていた。尖塔は途中で折れ、そこには巨大な生物の姿があった。

 話によると10日ぐらい前に現れ、町民を襲って食い散らかしたあと、尖塔をへし折り、そこに巣を作ったという。

「まさかドラゴン退治とは……」

 双眼鏡で敵の様子をみていたボルトが、呆れたような声を出す。

「まぁ、そんなに難しくはないさ」

 ドラゴンは足元に近くの森から運んできた巨木を組んで巣を作っていた。すでに4~5個の卵が見えていた。

「住民は?」

「顔役の話によれば、ほとんどが逃げたようです。まぁ、いたらドラゴンの餌ですからね」

 魔女はHMMWVから降りると煙草に火を点けた。

「ラチェットは?」

「他にモンスターがいないか、近くを偵察しています。ドラゴンのおこぼれに与ろうというのがいてもおかしくないですから」

 しばらくすると、丘の道をもう1台のHMMWV(高機動多用途装輪車両)が走ってくる。その後ろには大きなトラックのような車輛が続く。

「遅れました」

 HMMWVからレンチが降りてくる。

「弾頭は言ったとおりにしてあるだろうね?」

「間違いありません。6発全弾をM29にしてあります」

「じゃぁ、射撃位置につけな。戦闘準備」

 レンチはHMMWVに乗っているナットに合図する。ナットはコンソールに指示を打ち込むと、トラック様の車輛が動き出す。これはAML(自律型複数領域発射機)という無人自走ロケット砲であった。マリンコで多用された無人兵器の中の一つで、6発の227㎜ロケット弾が入った発射器を背負っている。

「一発ぶち込んで地面に落とす。そこを仕留める」

「ライフルはほぼ効きませんよ。.50でも抜けるかどうか」

「そのための穴を開ける。さすがのドラゴンでも、傷口を撃たれ続けば」

 魔女は煙草を捨てると、HMMWVに乗り込んだ。指示を聞いて戻ってきたラチェットも合流する。レンチが運転席に、ボルトは銃座につく。

「では、ドラゴン退治にしゅっぱーつ」

 HMMWVは走り始めた。

「ナット。射撃用意。雨を降らせろ」

 丘の裏に配置されたAMLのランチャーが空を向く。そして、物凄い発射煙とともにロケット弾が2発発射される。ロケット弾は煙を曳きながら街へと向かっていく。ロケット弾は尖塔の上空で弾殻を開き、そこから6発ずつの子弾が吐き出される。子弾は一段目のパラシュートを開いて回転をとめると、二段目のパラシュートを開いて、尖塔の上をくるくる回りながら落ちていく。

「いいかい。ここからが見ものだよ」

 子弾のレーザー照準器が目標を捕捉、子弾が空中で次々と爆発する。爆発の力で鋭い金属製の矢じりのようなものが生成され、それがドラゴンへと降り注いだ。これは『自己鍛造弾』という対戦車兵器で、爆発の力で金属製の板を変形させ、戦車の上面装甲を貫通するというものである。

 いきなりの上空からの攻撃に、ドラゴンは吠えた。矢じりは背中と折りたたんでいた翼に次々と穴をあける。

「もう一撃ってとこだね」

 魔女はさらに2発のロケット弾を発射を命じた。ロケット弾は同じように子弾をバラまき、生成された矢じりがドラゴンを襲う。

「卵が割れた!」

 双眼鏡で見ていたボルトが叫ぶ。ここからは手負いのドラゴンと戦うことになるのだ。と気合を入れる。HMMWVは開けっぱなしの門をくぐり、教会へと向かう。

「いいかい。あとは打合せどおりに」

「了解」

 教会の前の広場に滑り込み、全員が素早く降りる。ドラゴンは、自分の目の前に現れた馬無し馬車と、エサとなる人間の姿を見、威嚇の声をあげた。そして、翼を広げ、羽ばたく。しかし、自己鍛造弾により連打された翼はボロボロで、得意の空中機動はできないようだった。ドラゴンはしかたなく、広場に舞い降りた。

「撃てっ!」

 ボルトとレンチがライフルと、ハンドガード下につけているグレネードランチャーを撃ち込む。ライフル弾は表皮で弾かれるが、傷口には効果があるようだ。グレネードは表面で爆発し、わずかだが傷をつける。ラチェットは.50を腰だめにし、頭から胴にかけて弾を撃ち込む。さすがの大口径機関銃に撃たれては、ドラゴンも平気ではいられなかった。悲鳴をあげ、銃撃から逃れようと後ずさる。

 魔女はM14を構え、ドラゴンの眼を狙った。まとまった銃弾が右眼の周辺に着弾する。

「さすがに抜けないか」

 銃弾は眼の瞬幕によって防がれた。それでも眼にダメージが無いわけではない。ドラゴンは嫌がり、首を振る。

「ラチェット!」

 魔女の声にラチェットが応える。機関銃を捨て、背中から大剣と盾を引き抜き構える。そして、盾をかざして突進する。それに対応するためか、ドラゴンは首を回し、舌を鳴らした。口の中から白い煙が出てくる。

「ドラゴンブレス!」

 ボルトとレンチは伏せた。ドラゴンは突進してくる動甲冑めがけて、炎を吐き出した。真っ赤な火線がラチェットを襲う。しかし、ラチェットは盾で炎を受け流し、そのまま突っ込む。

 裂帛の気合とともに大剣が振り下ろされる。大剣は鼻先から口腔上部を引き裂いた。

「援護!」

 レンチとボルトが立ち上がり、ライフルでドラゴンの頭に集中弾を浴びせる。着弾するたびに、傷口から血が跳ねるように飛び散る。

 ラチェットは盾でドラゴンの顎を持ち上げると、喉元を露わにした。ドラゴンの弱点とされる逆鱗を晒す。ラチェットは大剣を持ち直すと、逆鱗めがけて突き立てた。絶叫が響き、ドラゴンの身体が痙攣する。

「やったか?」

 ドラゴンは岸に打ち上げられた魚のようにしばらくバタバタとすると、動かなくなった。ラチェットは剣を引き抜き、ドラゴンの首を落とす。

「ふーっ、終わったか」

「こんなに間近でドラゴンを見るのははじめてよ」

 レンチがドラゴンに近寄っていく。ラチェットは首を引きずり、胴体から引き離す。

「この町の住民は運がいい。ドラゴンがこんな人里で死体になるのは珍しいからね」

「そうなんですか?」

「ドラゴンの身体には無駄な部分が一つも無い。表皮は鎧の材料になるし、肉は最高級品だ。内臓も薬に使える」

 ボルトが首に近寄り、ナイフを出して牙をもぎ取ろうとする。

「牙一つで家が建つぜ」

「ボルト、意地汚いのはそこまでだよ。死体は町の者にやる。わたしらは報酬をもらって退散さ」

 魔女は教会の尖塔を見上げた。ドラゴンの巣がある。

「ちょっとのぞいてみるか」

 教会に入り、尖塔への階段を上る。ドラゴンはへし折った尖塔の途中に巣を作っていた。巣の中の5個の卵はどれも自己鍛造弾の攻撃で壊れていた。

『メム。ちょっとまずいことが』

「どうした、ボルト」

『このドラゴン、雄です』

「なんだって!?」

 魔女が叫ぶと同時に、頭上に影が落ちた。見上げると、もう一匹のドラゴンが目の前にいた。まさか、つがいでいるとは思いもよらなかった。

 雄と卵を奪われたドラゴンの眼には怒りの色が浮かんでいた。その視線は、巣の中にいる魔女に向けられている。魔女はM14を構えると、頭めがけて弾倉が空になるまで牽制打を撃ち込んだ。ドラゴンが嫌がって眼をそむける隙をついて、階段を駆け下りる。

「逃げるよ!」

「あたしはここで、時間をかせぐ」

 ラチェットが目立つように、死んだドラゴンの前に立つ。それを見た雌ドラゴンは吠え、広場の上空に滞空する。

 ボルトが運転席につき、魔女とレンチが飛び乗る。HMMWVはサスをきしませながら走り出す。

「さぁ、来い。戦いを教えてやる」

 ラチェットはコクピットの中で唇を舐めた。歴史の中でもドラゴンに一騎打ちをして勝ったものはほぼいない。本来ドラゴン狩りは、数十人という人数を使って行われるのだ。

 ドラゴンが吠える。ラチェットは盾を構え、最初に来るであろうブレスに備えた。ドラゴンが舌を鳴らし、煙とともに炎を叩きつける。

 ラチェットは炎を盾で受け止めながら、上空にいるドラゴンにどう戦うかを考えていた。そして、これしかない、という決断をした。

「メム! ロケット弾を!」

 魔女はラチェットの言葉を聞き、ナットに通信を飛ばした。間髪入れずに、ナットは残ったロケット弾を発射する。

 白煙を曳いてロケット弾が飛んでくる。ラチェットは死んだドラゴンの首を持ち上げると、その下に潜り込んだ。子弾が吐き出され、くるくると回りながら落ちてくる。そして、次々と爆発し自己鍛造弾となって降り注ぐ。

 ドラゴンが吠える。いきなりの背中からの攻撃に、ドラゴンは混乱した。翼の一部が引き裂かれ、飛翔能力を奪われる。ドラゴンは広場に着地する。

 ラチェットは自分が被弾しなかった幸運を感謝し、ドラゴンの死体をはねのけて突進した。大剣が振り下ろされ、ドラゴンの前肢の付け根がばっくりと裂ける。 ラチェットは距離をとると、盾を構えた。ドラゴンは再び炎を吐くために舌を鳴らす。

 炎が動甲冑を襲う。ラチェットは盾で炎を振り払うと、ドラゴンの横に回り込んだ。そして、腹めがけて剣を振り下ろす。

「なんて分厚いんだ」

 剣は表皮を破ったが、その下の脂肪層を引き裂いただけだった。ドラゴンは首を回し、動甲冑の左腕に噛みついた。万力のような力で腕がよじれる。ラチェットは姿勢を変えると、大剣で首に斬りつけた。大事なものであるが、自分の腕ではない。時間はかかるが直せばいい。

 ドラゴンが動甲冑から左腕をもぎ取る。しかし、その動きを読んでいたラチェットが、むき出しになった喉元に大剣を振り下ろした。皮膚が裂け、大量の血が噴き出す。

「終わりだっ!」

 ラチェットはもう一度喉めがけて剣を振った。動甲冑が血に染まる。

「はやく、死ね──」

 もう一撃。動甲冑の光学システムが血の塊で見えなくなる。それでもラチェットは攻撃をやめなかった。

 気がつくと、ドラゴンは動いていなかった。喉から顎にかけての肉がほぼなくなっている。ラチェットはとどめの一撃を頭に振り下ろした。

 ラチェットの連絡を受けた魔女たちが戻ってくる。

「遅いよー」

 教会の広場の真ん中で、ラチェットは動甲冑から降りて水を飲んでいた。二体のドラゴンが死んでいる。

竜殺し(ドラゴンスレイヤー)とは、また」

「こう見えても、一応は騎士ですから」

 ラチェットはククッと笑ってみせた。

 戻ってきた町の顔役は、ドラゴンの死体を見て眼を丸くした。一体でも千金の値があるというのに、それが二体あるのである。これがあれば、町の再建どころか、大きく発展させることもできる。顔役は約束通りの報酬に、さらに上乗せして魔女に支払った。魔女はそれを受け取り、帰って行った。

 ラチェットはドラゴンの血を浴びた動甲冑の装甲をそのままにすることにした。赤黒く変色した装甲は、ドラゴンに打ち勝った証であるのだと。

 


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