選択
事情はどうであれ、王城で貴族2人が魔女に殺されたことは問題となった。彼らが何かの陰謀に加担していたのは薄々知れてはいたが、それが何であるかはわからなかった。
王は表立ってはいないが、北の魔女に対する姿勢に不満の声にさらされていた。魔女を殺すのか、生かして国のために利用するのか、そのどちらも選択している王の優柔不断さに、貴族たちの中にはその手腕を疑う者もいた。
そんな空気に触れ、王はついに北の魔女の討伐を決心する。たしかに同盟との戦いにおいて、魔女の力は非常に強いものがあったが、今まで不可侵だった王城での事件は、許しがたいものがあったと、側近に対して口にした。
騎士団と常備軍から1,500の兵が集められた。その数は、王国の常備兵力の10分の1にもあたる数である。しかも、騎士団も含むとあれば、王の本気さを国内に知らしめることになった。
王はこの遠征を慎重に進めることにした。魔女の力の中で一番警戒しなければならないのは、同盟の遠征軍をたった1騎で粉砕した「野獣」の存在である。魔女はこの獣をどこかに隠しており、普段は森の中には置いていないと見られていた。斥候が放たれ、魔女の様子を探らせた。彼らの報告によれば、今、森には「野獣」はいないとの事だった。
兵を北壁に集め、兵の動きを察知される前に、一気に急襲する作戦を立てた。魔女の家までは、今までそこに行ったことがある者が集められ、彼らが先導する。
総司令官となった侯爵は、王に魔女の首を持ち帰ると宣言し、最初に魔女に一太刀浴びせたものには、充分な報酬を与えると、兵の士気を上げる告知を出した。
北壁の門が開き、兵が動き出した。部隊は4つに分けられ、それぞれの道を前進した。その移動速度は遅くはあったが、着実に魔女の家に向かって進んでいた。侯爵は魔女が攻撃してこないことを気にかけてはいたが、もしかすると奇襲となる可能性を思いほくそ笑んだ。
斥候の一部が魔女の家が見える地点まで先行でき、侯爵は兵を魔女の家を半包囲するように配置した。
「火矢を用意しろ」
弓兵が火矢を用意する。魔女の家を焼き払ってしまおうというのである。矢に火がつけられ、弦が引かれる。
それに合わせたかのように、魔女の家の脇にある小屋から、かつて"白銀"と呼ばれていた動甲冑が現れた。カモフラージュネットをマントのようにはおり、その手には一抱えもある銃を下げている。艦船に積まれていたCIWSの20㎜バルカンを流用したものだ。
森の中に豚の吠え声のような連射音が響き渡る。発射された20㎜機関砲弾が周囲の木々と一緒に、兵たちを刈り取っていく。ラチェットは装弾された1550発全弾を撃ちきると、砲身が焼け煙を吹くファランクスを投げ捨て、.50を手にした。
弓兵と前進していた兵のほぼすべてを失ったが、侯爵にはまだ1000人近い兵があった。侯爵はその数の力で一気に攻略するつもりだった。
「突撃せよ!」
兵たちが武器を手に、鬨の声をあげて前進する。兵は波のように複数の横列を組み、魔女の家に向かっていく。そこに向かって動甲冑が12.7㎜弾を撃ちこむ。
ボルトは家の上にある巨木の枝の上で、敵兵の動きを見ていた。手元にはいくつかの遠隔発火装置がある。
「では、歓迎会と行きますか」
ボルトは鼻歌を歌いながら、次々と発火装置のスイッチを3回ずつ押して行った。兵の隊列の中で爆発が起こり、クレイモア地雷の鉄球が兵を薙ぎ払う。
「やっちまえ」
ボルトの声にナットが応える。迫撃砲の砲身に砲弾を滑り込ませ、次々と発射する。爆炎が兵たちの中に次々と起こり、死んだり傷をおった兵たちが倒れていく。
それでも兵の波は止まらなかった。侯爵もこれを予期していたかのように、騎兵を温存していたのである。歩兵はいわば捨て駒だった。侯爵は騎士団の兵に前進を命じた。
「騎士が来るぞ」
ボルトは木の上から兵を狙い撃ちにしながら叫んだ。ラチェットも銃身が過熱して撃てなくなった.50を投げ捨て、両手に軽機関銃を持ち、騎兵の突撃を喰いとめるべく前進する。
家のテラスに位置したレンチがM82A3を構え、緊張で荒くなる息を整えるべく、意識して呼吸をした。スコープの中で騎馬兵の姿が大きくなる。騎士たちは槍を構え、人の身体の破片で真っ赤に染まった地面を蹴って突撃してくる。レンチは息を大きく吐くと、引き金を引いた。発射された12.7㎜弾が騎士の胸部装甲を貫通する。死んだ騎士を乗せたまま馬が走る。レンチは次の目標に照準を合わせ、引き金を引く。
ボルトは巨木の上に位置したまま、相手の動きを中継し続けた。ラチェットに迎撃位置を示し、ナットの迫撃砲の弾着観測を行う。
「ほんとにこれでいいのか?」
戦場に魔女の姿は無い。たった4人で敵を喰いとめ続けている。ラチェットは弾切れになった軽機を投げ捨て、背中の大剣を引き抜く。すれ違いざまに騎兵を両断し、突撃している兵を薙ぎ払う。レンチもライフルで騎士を狙撃していく。迫撃砲弾が地面を揺らす。それでも王の軍は次から次へとやってくる。
侯爵はあと少しで魔女の家に兵がたどり着くと確信し、うれしさを隠すために、拳で鞍を叩いた。
「もうじき落ちますな」
「あとは魔女とその眷族の首を取るだけです」
侯爵の周囲を固める騎士たちが言う。最初から力攻めをしていれば、魔女なぞ物の数ではなかった、と言わんばかりであった。
侯爵の横にいた騎士の兜に金属音が響く。兜から血が流れ、騎士は落馬する。
「ま、まさかっ」
「魔女かっ!?」
騎士の兜のスリットに、火花が散り、金属がめり込む音がする。顔面に銃弾を受けた騎士の死体がのけぞる。
次々と金属音が響き、一人、また一人と騎士が死んでいく。侯爵は死者に囲まれて、馬を回し、辺りを見回すことしかできない。視野のどこにも敵の姿が見えない。
「ど、どこにいる」
また兜が鳴る。騎士が前のめりに倒れ、馬がいななく。
「北の魔女! 私はハブン侯爵なるぞ! 出てきて、正々堂々勝負しろ!」
侯爵は剣を抜き、叫んだ。また兜が鳴り、騎士が死ぬ。
不意に静けさが辺りに満ちた。いつの間にか爆発音がやんでいる。周りから聞こえてくるのは、死にかけの人間が発する声だけだった。
「全滅……全滅だと……」
魔女の家はそのままだった。すぐ近くまで兵は達していたが、ついにそこに届くことはなかった。
侯爵は馬を回し、逃げようとした。しかし、それはできなかった。
侯爵の頭が爆ぜる。侯爵の死体は馬から落ちた。
「やれやれ。冷や汗もんだぜ」
木から降りながらボルトがつぶやく。家を囮にして、最高指揮官を後方から襲撃するという、捨て身の作戦であった。
レンチは狙撃銃を置き、HK416を手にした。装弾を確認し、歩きだす。生き残りにとどめを刺すためだ。地雷や迫撃砲弾に吹き飛ばされながらもまだ生きている騎士や兵に、慈悲の一発を撃ちこむ。同様のことをラチェットも行っていた。拾った槍で、首筋や胸を刺していく。
「3分の1ぐらいは逃げたようだが……」
「追撃は無し、という指示でしょ。夜襲に備えないと」
「夜襲の前に、獣が来るだろうな」
ボルトは死体だらけの森を見渡した。ラチェットの動甲冑と、主を失った馬だけが動いている。
「ところでメムは?」
「さて?」
レンチは自分にだけ告げていった、魔女の行方を飲み込み、その方角を見るだけだった。
王の魔女討伐軍敗北の報は、すぐさま王国内を駆けた。侯爵は死に、討伐軍の大半は帰ってこなかった。王国内は魔女の力に怯え、すぐにでも魔女の軍──マリンコ──が再びやってくるのではないかと、口々に言い合った。北壁に兵が集められ、北の森に恐怖に満ちた目を向ける。中には、一歩でも北の森から離れようと、南へと逃げていく金持ちの姿もあった。
王都も衝撃を受けていた。今までとは違い、正規軍、しかも1500名という大部隊が敗れたのだ。かろうじて帰ってきた者たちは、魔女の力の事を身振り手振りをくわえて話して回った。恐怖が伝染していく。
貴族たちは王の顔色を窺っていた。次の一手をどうするのか。再び討伐軍を出すのか、魔女に屈するのか。王の二人の息子の意見は異なっていた。兄は再び討伐すべき、と強硬策を提示。弟は講和を結ぶべき、と融和策を出した。これに貴族たちがくわわり、王城の中は意見を二分し、論争が何日も続けられた。
王はもはや力を失っていた。王国の北に突き刺さった悪魔の爪。それを取り除くことは、もうできないのではないか、とも思っていた。神話にもあるように、すべての国が力を合わせて魔女と戦わねばならないのかと。
夜がやってきた。王は従僕を下がらせると、一人寝床に入った。
「……誰だ?」
部屋の中に誰かいる。
「ご機嫌いかが?」
闇の中からにじみ出るように、魔女が現れた。手に.45を油断なく構えている。
「くれぐれも大声を出さないように。そうすれば、死期が早まる」
王は上半身を起こし、魔女と対峙した。一応は王である。その態度にはある種の威厳があった。
「魔女が何の用だ?」
魔女は肩をすくめた。
「わたしの庭を汚してくださってどうも、というお礼を言いにきたのよ」
魔女はゆっくりと寝台に近づいた。
「あなたに選ばせてあげる。長男と次男。どちらを選ぶ?」
「選ぶ? 何の話だ」
「わたしが殺すのはどっち?」
王は衝撃を受けた。この魔女は、自分の息子のどちらかを殺すというのだ。
「そ、そんなことはさせんぞ」
「わたしの力を知っているでしょ? この通り、王城も安全地帯じゃない」
魔女はククッと笑い、もう一歩前に進んだ。銃口が王の頭にさらに近づく。
「さあ、選んで。どっちをわたしに差し出すの?」
王は脂汗を流した。どちらも後継者としては有能である。王の思惑としては、長男に国を譲り、次男には同盟との国境地帯を守る重要な位置を任せたかった。
王はググッと声を曇らせる。魔女はその顔を見て、さらに笑みを強める。
「時間は無いわ。さぁ、はやく」
拳銃の銃口が額へと届く。金属の冷たさと、オイルの独特の匂いが王をさらに攻め立てる。
「…………次男だ……」
王は絞り出すように言った。
「そう、そちらを差し出すわけね」
魔女は拳銃を引き、耳元でささやくよう言った。
「もう二度と森に入らないことね。さすがのわたしも、もう看過することはできない」
魔女はすっと身を引き、闇の中に消えた。
「あと、あなたは選択を間違えたかもね」
かすかな笑い声を残して、魔女は去った。
それから半周期ほど過ぎた。
王国は何事もなかったかのように収穫期を迎えた。今期も気候はよく、作物は良く実った。
王都には作物と、それらから生み出された金が集まってきた。その量を見る限り、王国も安泰である。しかし、王は精神的に参っていた。半周期もの間、魔女がいつ次男を殺しに来るかと思い、気が休まる日がなかったのだ。さすがに本人や側近などに、魔女との話を打ち明けるわけにはいかなかった。王は何事もなかったかのように振る舞い続けた。
王はその日、王城で貴族などとともに、民にその威光を示す祭へと出ていた。近くには二人の王子の姿もある。
民の歓声に応え、王は両手を上げる。二人の王子も立ち上がり、王の左右に立って、その声に応える。
次の瞬間。長男の顔の半分がかき消えた。長男は笑みを浮かべたまま、死体となって崩れ落ちた。
王はわずかな間をおいて、銃声を聞いた。
「まさか……」
王は死んだ長男の死体を抱き上げた。血が手を伝って、服を濡らす。
「……魔女……」
王の口からつぶやくような声がもれた。周りで騒ぐ者たちは、誰もその声を聞いていなかった。
ついに王の精神は限界を迎えた。もはや彼はただの生きている屍に過ぎなかった。




