冒険の終わり
北の森の南に位置する"王国"は、南西の緩衝地帯を隔てて"同盟"と接している。明らかな国境線は存在せず、長い間緩衝地帯を戦場として争っていた。緩衝地帯と言っても何もないわけではなく、広い農地と複数の小国や都市国家が存在していた。これらの小国は、戦争のたびに王国か同盟かのどちらかに組みし、身代金や巧みな政治手腕によって、その独立性を保ってきた。
そんな中にある、とある都市国家──
「証言通りだ」
荷馬車の荷台の中。穀物の籠を組み合わせて作ったスペースに、ボルトはビデオカムと測距計を持ち込んで、荷台の隙間から外を見ていた。視線の先では、広場の真ん中で、今まさに処刑が行われているところだった。
「この者は王の決まりに反し、商売を行ったことにより~」
「ただ、パンを売っただけじゃないかー!」
処刑台に吊るされた男は叫んでいる。広場に集まった住民たちはそれを、恐怖の目で眺めている。
「王は夕方にパンを売ることは許されていない」
「そんな法はいつ決まったんだー!」
刑吏はそんな声を無視して、叫ぶ男が立っている台を蹴った。足場を失った男は落下し、首だけでロープに吊るされる。
「むちゃくちゃだな」
「しっ。誰か来る」
荷馬車の御者台に座るレンチが喉につけたマイクを軽く押して言う。
やってきたのは、どう見ても役人には見えない"役人"だった。ゴロツキと言った方がいいだろう。
「おう、どこに行くつもりだ?」
「ええ。商売に参りましたが、市場の場所がわからず……」
「教えてやってもいいが……それなりに出してもらおうか?」
「それは……いかほどで?」
役人は傷だらけの腕をぼりぼりと掻くと、言った。
「荷物の半分をもらおうか。それか、お前が酌をするか」
「それは……ご勘弁を」
会話を聞きながら、ボルトはサイレンサー付きの拳銃をゆっくりと抜き、会話をしている役人の相棒が、荷台を調べているのに注意を向ける。
「半分も取られてしまっては……商売になりませぬ」
「じゃぁ、酌をするんだな」
ボルトの隠れている近くに役人がやってくる。ボルトは拳銃をゆっくりと上げ、照準をつける。
「レンチ、ずらかるぞ」
ボルトは引き金を引く。ため息のような音がして、顔面を撃たれた役人が倒れる。
それを視野の奥で見たレンチは馬に鞭をあてた。倒れた役人とそれを介抱する役人を残して、荷馬車が走り出す。
荷馬車は都市を囲む城壁の門を抜けると、近くの丘に向かって走った。
「丸ごと乗っ取られてるな」
「そんな感じ」
魔女のところに来た依頼は、乗っ取られた街の解放だった。話によると、街の王が冒険者の一団に近くの山の怪物退治を依頼、その依頼を受けた冒険者が裏切り、王を殺し、街を乗っ取ったという。冒険者のリーダーは腕の高い剣士であり、仲間たちもそれなりの能力を持っているという。
「その後に、知り合いの冒険者とか、街の裏社会の連中を手下にしたようだな」
「人数はどのくらい?」
「城の外には、ざっと40から50といったところだな。城の中はわからんが、話によれば、その冒険者のパーティがいる」
「腕に覚えがある連中が5人ほどというわけね」
荷馬車を隠してあったHMMWVの横に停める。
「偵察終わりました」
「ご苦労さん」
魔女は二人にペットボトルを渡す。
「まさに僭主ってやつです。もうやりたい放題です」
ボルトはビデオカムを魔女に渡す。魔女はノートパソコンにそれをつなぎ、映像を見始める。
「……かなり恐怖をふりまいてるようだね。住民の表情が硬い」
魔女は城壁の様子や、警備の状況を確認する。さすがにそのために訓練された者たちではないので、隙だらけだった。
「王になったヤツだが……旋風とか言うあだ名だったね。ラチェット、聞き覚えは?」
魔女と一緒にビデオを見ていたラチェットが首をかしげる。
「王国で旋風といえば……"旋風のゴルム"かな? 剣と魔法を組み合わせた技を持ってる」
「ゴルム……聞いたことがある」
「あんまり性格は良くないって話だなー。騎士団も、『腕はあるけど、立ち振る舞いが悪い』って敬遠してた」
「それがここに来て街を乗っ取るとは……」
「いいかげん、穴に潜るのに飽きたんでしょう。それか、また別の理由で」
荷台に載せられていた装備を下ろしながら、ボルトが言う。
「侵入するのはたやすいが……そのゴルムってヤツの所まで行くのが大変そうだね」
「チョッパーで一気に行きます?」
「いや、ここまで運んでくるのが難だ。ハックアンドスラッシュでいく」
「おお、久々!」
「相手はそれなりの腕の持ち主だ。油断は禁物だよ。明日の夕方に決行する」
「了解」
城門を荷馬車がくぐる。
荷馬車が角を曲がる時に減速し、荷台からザックを担いだボルトが音も無く降りる。ボルトは建物の影に消えていく。しばらく走り、橋の手前で魔女が降りる。荷馬車は市場の奥で停まり、御者台のレンチは荷台からザックを取り出して、馬の手綱を杭にくくりつけると、建物の影に消えた。
陽が地平線に沈もうとしている。街はその大きさの割には静かである。大声をあげているのは、酒場で大酒を飲んでいる城兵ぐらいである。
街が夕闇に沈んだころ。建物の裏から静かににじみ出した影があった。暗視装置をつけ、ナイフを手にしたボルトだった。ボルトは城の裏戸に近づくと、大あくびをしている番兵に歩み寄り、ナイフで喉を掻き切った。倒れる番兵を抱えて静かに置くと、サイレンサー付き拳銃を抜いて、城の中に侵入した。
ボルトは番兵の詰め所に近づくと、戸を叩いた。それに反応して戸を開けた番兵の股に銃弾を叩きこむと、素早く立ち上がり、番兵を盾にし、詰め所にいた全員に二発ずつ弾を撃ち込んだ。そして、盾にしている番兵の耳の穴に銃弾を撃ち込む。
ボルトは階段をあがり、城の廊下を音も無く歩いていく。そして、通り過ぎる城兵にはもれなく銃弾を見舞って、黙らせる。
「この辺か」
ボルトはザックから杭打ち機を取り出すと、床と壁に杭を打ち込んだ。それにザイルを結わい付け、城壁の外に投げる。それを二三箇所が行い、進んでいく。
「いつ出会うかか……」
冒険者と言っても、それなりに経験を積んだ者は強い。少人数でダンジョンに挑むだけの腕と自信を持っている。それだけに強敵であった。
「おい!」
──来やがったか。
ボルトは暗視装置の中に現れた人物を見た。手足がひょろっと長い足長だった。自分と同じ斥候だろう。とボルトは思った。
「その格好は……マリンコかっ!?」
ボルトは返事を返さず、拳銃を構え、撃った。しかし、素早く身をかわした足長には当たらなかった。足長はブーツから投げナイフを抜き、ボルトに投げつける。その刃には確実に毒が塗られている。ボルトはザックを回してそれを受けた。下手に避けて態勢を崩したくはなかった。
斥候はショートソード抜きつつ、鋭い口笛を吹いた。これで奇襲の時間は終了したと、ボルトは確信し、無線のスイッチを入れた。
「showtime!」
斥候は素早い身のこなしでボルトに迫る。ショートソードの一撃をかわし、銃口を向けようとする。しかし、そこにはいない。
「どこに行きやがった」
ボルトは暗視装置の狭い視界の中で相手を探した。しかし、斥候の姿を捉えられない。
「そこかっ!」
ボルトは振り返りざまに横っ飛びした。背後の天井から斥候が飛び降りざまの一撃をくわえてきていた。
「やるほど。なかなかやるな」
ボルトはスタングレネードを抜くと、廊下に転がした。眼を伏せ、発火を待つ。その姿を見た斥候が足を踏み出す、その真下でスタングレネードが爆発した。光と音が放たれ、訓練を受けていない者なら、数瞬は戦闘能力を奪われる。もちろん初めてそれに遭遇した斥候は、感覚を奪われて片手で目を押さえる。しかし、さすがに経験を持っているだけあって、その場に立ち尽くしたりはしない。壁の方に身を投げ、壁が作る闇だまりに身を置いた。しかし、その技はボルトには効かなかった。暗視装置はその姿を捉えていた。ボルトは照準し、拳銃弾を斥候に撃ち込んだ。
ボルトは動かなくなった斥候に近づき、ショートソードの範囲外から、頭に向かってもう1発撃ち込んだ。拳銃を納め、ザックからM4を取り出す。ここからは強襲になる。ボルトはニヤリと笑った。
「こちらボルト。王座までまっすぐ行く」
『了解。こちらはまだ城壁を登っているところ』
レンチの声が戻ってくる。
しばらくすると、城下の方で爆発音が聞こえてきた。ラチェットの動甲冑が荷馬車から降り、ナットと一緒に陽動をはじめたのだ。これで城下の兵が、城内に注意を向けることは無いだろう。
ボルトは進んだ。飛び出してくる人影に銃弾を撃ち込み、死体を乗り越えて前進する。
不意に空間が歪んだ。ボルトは魔法の発動を感じて、後ろに飛び退った。次の瞬間、火の玉が先ほどまでいたところで爆発する。
「よく来たわね、マリンコ!」
寝間着姿だが、手に杖を握った女魔法使いだった。杖を振り上げ、次の魔法を詠唱する。
バンッという音とともに稲妻が走る。稲妻は壁に当たると反射し、廊下を走る。ボルトは身を投げてそれをかわすと、銃弾を魔法使いに向かって放つ。しかし、その弾は魔法使いの前で急激に速度を落とし、身体に到達しない。
「プロテクトプロジェクタイルかっ」
「惜しかったわね。そっちの武器は通じないわ」
「それはどうも」
ボルトは手榴弾を2個抜くと、魔法使いの背後に向かって投げた。魔法使いが反応し、空中を飛ぶ手榴弾に、魔法の矢をぶつける。手榴弾は空中で爆発し、破片が飛ぶ。
「ええぃ、小癪な真似を!」
「小ズルいってよく言われる」
手榴弾の爆発を利用して、ボルトは魔法使いのすぐ近くまで滑り込んでいた。M4のハンドガード下につけられたショットガンを魔法使いの腕に押し付け、発砲する。発射された散弾は魔法で止められたが、燃焼剤はそのまま身体に届いた。魔法使いの右腕が吹き飛び、寝間着が炎に包まれる。
ボルトは悲鳴を上げて倒れる魔法使いに、もう一発ショットガンを撃ち込みとどめをさすと、先に進んだ。
「レンチ、どこまで来てる? こっちは2人殺ったぞ」
『今、登り終わった。マーカーを付けたから、誤射しないでね』
「わかってる」
レンチはHK416に銃剣をつけると、暗視装置をつけて前進した。胸と背中に、一定の間隔で光を発するマーカーをつけている。
近くの扉が開く。レンチは闇だまりに身を沈め、息を殺す。
「そこにいるのはわかりますよ」
自分がマーカーを付けていることに気づき、レンチは舌を出した。闇だまりから立ち上がり、相手に対峙する。
目の前に立つは、大柄な足長だった。鎧をつけ、手にメイスを持っている。神官戦士のようだ。
「マリンコが何の用かはかわかりませんが、死ぬか、裁きを受けていただきましょう」
メイスが目にもとまらぬ速さで振り出される。レンチはとっさに距離を取った。銃剣で受けたら、銃ごとバラバラにされただろう。すばやく銃を構え、数発を撃つ。銃弾は神官戦士の鎧に少しの窪みをつけただけだった。
「この鎧は魔法によって強化されていますので。あなた方の武器は効きませんよ」
神官戦士は笑顔でメイスを構えて距離を詰めてくる。レンチはどうしようか迷った。じりじりと下がりながら、隙を探す。
「よしっ」
レンチは思い切って銃を神官戦士に向けて投げつけた。何っ、と思った神官戦士は銃をはねのける。そこにレンチは3個の手榴弾を転がしていた。短い爆発が3度起こる。
「……味な真似をしますね」
手榴弾の弾片は、鎧の隙間から神官戦士の身体に突き刺さった。しかし、その戦闘力を奪うまでには至っていない。
「このぐらいの傷なら……」
神官戦士は、見慣れない筒状のものを構えたレンチの姿を見て声を詰まらせた。何かはわからないが、それが武器であることはわかった。
レンチはAT-4の発射ボタンを押した。発射筒の後ろから、発射物の反動を消すため盛大に塩水が噴出する。発射された対バンカー用AST弾頭は、神官戦士の胸に命中すると爆発した。
「──あー、これは酷い」
塩水まみれになったレンチは、AT-4の撃ち殻を投げ捨てると、神官戦士だったものを見て言った。分厚い壁を撃ち抜くために作られたAST弾頭は、魔法で強化されたフルプレートを破壊することはできなかったが、それを着ている足長の肉体を破壊することはできた。下半身だけを残してバラバラになった神官戦士に、レンチは軽く祈りの仕草をすると、先に進んだ。
ボルトは特徴のあるAT-4の射撃音を聞いて、レンチがどの辺まで進んでいるかを知った。二人は城の廊下を左右にわかれて進んでいる。このまま行けば、どこかで合流できる。
ボルトは階段を上がった。
「何だここは……」
そこは今までとは違い、廊下はなく、広間になっていた。背後には壁がなく、外が見える。
「玉座の間ってやつか」
ボルトはレンチを待つことにした。銃を下げ、ハイドレーションバッグの吸い口をくわえようと横を向いた。そして、そこにいる人物を見た。
玉座に男が座っている。まだ若い男で、気だるげな顔をしている。左手で、切っ先を床につけた大振りの曲刀をくるくると回している。
「まさか、マリンコが来るとは」
「おまえが、『旋風』か?」
「まぁ、そんなとこだ」
ボルトは銃を構える。
「一つ聞かせてくれ」
「何をだ?」
「どうして、街を乗っ取った?」
旋風は、すべてに飽きてしまったかのような声で応えた。
「もう疲れたんだよ。地下迷宮も、謎解きも」
皮肉げに笑いながら言葉を続ける。
「暗い洞窟の中で、硬いパンに、塩辛い肉、冷えたスープを喰らい、いつ来るかわからぬモンスターに気をつけての短い眠り。なぜそんなところに仕掛けられているのかわからない謎かけ。罠だらけの道にチェスト。ぎりぎりの命のやり取りの後にあるのは、ちっぽけな財宝。強くなればなるほど、危険に首を突っ込まないように、やることはみみっちくなっていく。感謝の言葉だ? 報酬だ? もうそんなものとはおさらばしたかったんだ」
「それで引退したわけだな。この街の僭主として」
「ここを盗ろうといったのは俺じゃない……リシャだ。魔法使いの……」
「魔法使いなら、オレが殺した」
「そうか……いい女だった、な」
旋風は剣をつかむと、玉座から立ち上がった。
「そういうわけだ。残念ながら、仲間も仇は取らせてもらうよ」
剣が舞う。次の瞬間、ボルトは相手がなぜ旋風と呼ばれるかを理解した。
突風が通り過ぎる。ボルトの手からM4が落ちる。いや、ボルトの右腕が落ちたのだ。
「くそっ、マジかよ」
ボルトは反射的に遮蔽物に飛び込んだ。
「俺の腕が……」
「ボルトっ!」
ちょうどよいタイミングでレンチが転がり込んできた。
「ボルト、右手が……?」
「あそこにある」
ボルトは顎で落ちた右腕を示した。レンチは身をかがめて走ると、右腕を拾って戻ってきた。そして、右腕を切断面同士でくっつける。
「ちょっと持ってて」
ボルトに左手で取れた右腕を支えるように示すと、レンチは何事かをつぶやいた。
「ぐわっ、痒い!」
ボルトは右腕にものすごい痒みを感じた。
「腕がくっついている証拠よ。我慢して」
レンチは銃を構え、旋風の様子を見る。旋風は玉座の前に立ったまま、剣をぶらぶらさせている。
「攻撃してくる気は無いみたい」
「おまえも誰か殺したろ? 恨まれるぜ」
「なら、言わずにいようっと」
レンチは魔女に無線をつなげると、現状を報告した。
魔女からの返電から数瞬の間があって、何かが城壁を登ってくる音がした。
「まさか」
そのまさかだった。城壁を駆けあがってきたラチェットの動甲冑が玉座の間に着地する。
「──ほぅ、白銀か……」
旋風がつぶやく。
「どうもぉ」
ラチェットは背中から大剣を引き抜くと構えた。旋風が剣を振るう。文字通り空を斬り裂く一撃が飛ぶ。ラチェットは大剣でそれを防ぐと、一気に距離を詰めた。ラチェットの大剣と、旋風の曲刀が交錯する。ボルトとレンチは、それを柱の影で見ていた。
「すげぇな……痒ぃ」
「もう少し我慢して、今動くとずれちゃうから」
白銀と旋風は互角だった。一方は十数周期の間、騎士団の最高位だった者。もう一方は冒険者として名を挙げた者。技と技、力と力がぶつかりあう。
旋風が身体を回しながら剣を振るう。今までにない大きな剣撃がラチェットを襲う。ラチェットの動甲冑の足が床から離れ、吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
「あちち」
ラチェットは動甲冑を素早く立たせる。しかし、左腕は動かない。
「ここに来て故障? まずい」
大剣を右腕一本で構える。
そこに声が響く。
「やれやれ、全部終わってると思ったんだけどね」
月明りを背に、魔女が広間に現れる。足元に引きずってきたドワーフの死体を放り投げ、旋風の方を向く。
「こいつの前に薬師を殺った。これで最後かな? あんたの仲間は」
「……そうだな」
旋風は悲しそうな顔をして、ため息をついた。
「残りはあんただ」
剣が奔る。突風が広間を飛ぶ。柱や壁に深い傷が穿たれる。
魔女は素早く身を沈めると、数本の発煙手榴弾を放り投げた。様々な色の煙が吐き出され、広間を埋めていく。
「なんで煙幕なんて……?」
「──そうか、見えるんだ」
煙を引き裂いて烈風が飛ぶ。風は煙を巻き、その弾道が丸わかりだった。旋風は明らかに目標を見失っている。めくら撃ちの剣撃が、壁や柱を切り裂く。
銃声が響いた。続いて2発。さらに2発。そして、銃声は止んだ。
煙が消えていく。床に旋風が横たわっている。破壊された手から剣は離れ、近くに転がっている。
「最期に言い残すことは無いかい?」
魔女の.45の銃弾を胸と腹に受けた旋風は、口から血を吐きながら、何事かをつぶやいたが、誰の耳にも届かなかった。
旋風は死んだ。魔女は手を伸ばし、その瞼を閉じてやった。
「飽きたから、か」
「いつまでも冒険者じゃいられないからね。どこかで辞めないといけない時が来る」
「そんなもんですか」
「人間、いつまでも戦えるわけじゃない。それなら、終わるところは自分で決めたいじゃないか」
魔女は右腕を包帯でぐるぐる巻きにされているボルトに言った。
「ところで、腕はくっついたのかい?」
「くっついたと思いますが、レンチが自信が無いって」
「だって、そこまでの重傷を治すのははじめてだし」
「心配だったらラチェットに重ね掛けしてもらいな」
「おーい、ラチェット。頼むわぁ」
「うるさい。こっちも左腕が壊れてるんだ」
荷台に載せられた動甲冑を直しているラチェットが半ギレで言う。
「じゃぁ、家につくまでそのまんまだね」
魔女は、サイドミラーの中で遠くなっていく城を見ていた。
冒険の終わりは、これでよかったのだろうか?
正しい答えは誰にもわからない。




