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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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13/54

金貨の行方

 魔女は水筒を置くと、傍らに立ててあるターゲットスコープを覗き込んだ。視野の中を、ボルトとレンチが、町の裏門に走っていくのが見える。裏門の向こう側には、何本かのはしごを持って駆けつけてくる野盗の姿があった。

 ターゲットスコープをくるりと回し、町の正面の門に向ける。小さな城塞のようになっている表門では、壊された門扉の上にラチェットが操る動甲冑が立ちはだかり、野盗を両手に持った軽機関銃でなぎ倒している。またスコープを回して裏門を見る。梯子が門に立てかけられるのと同時に、二人が手榴弾を壁越しに投げている。はしごを勢いよく駆け上がろうとした数人が爆炎に吹き飛ばされる。

「さて、わたしも仕事をしないとね」

 魔女は自分がいる教会の尖塔の上から町の周辺を見回した。今、町は大規模な野盗の群れ──大きな戦闘が無いために本来の姿に戻った傭兵たち──に襲われていた。野盗は地域では比較的裕福なこの町を狙っていた。その計画を幸運にも察知した町の顔役たちが、魔女に撃退を依頼してきたのだ。魔女は金貨10枚で快諾し、前金のうちの金貨1枚をポケットに押し込んでいる。

 スコープ付きのM14を構え、戦いが起こっている前後両方の門ではなく、比較的防御の薄い側方を探っていく。町民には隠れているように言ってある。自分たちの戦い方を見せたくないと同時に、流れ弾で死者が出た時に、面倒くさいことになるからだった。

 案の定、側方の木立の中を数グループが密かに接近しているのが見えた。主に剣で武装しているが、数人がクロスボウを持っている。

「では、あんたからだ」

 魔女は射手に照準を合わせると引き金を引き、それを数度くりかえした。放たれた銃弾はクロスボウ持ちの腹を正確に射貫き、激痛による絶叫を吐かせた。一瞬のパニックから立ち直った数人が、尖塔の方に目をやる。魔女はその数人に素早い一撃を加える。

「ナット。エリアB2からB5にかけて射撃。そうね、10発ほど撃ち込んで」

 教会の前の空き地に迫撃砲を据えたナットは、魔女の指す方向に砲を旋回させると、手早く照準を終え、砲弾を砲口に滑り込ませる。ぽんっという間抜けた音が響くが、撃ちだされた砲弾は接近する数人を一撃で行動不能に陥れるには充分な威力を持っていた。わずか10発でもその打撃は凄まじく、側方から接近していた一団はほぼ肉塊に変わっていた。

 魔女は再びM14を構えると、辺りを見回した。数に勝るとはいえ、野盗が海兵隊の装備に勝てるわけがなかった。正面の門では、すでにラチェットが敵を蹴散らして、生き残りにとどめを刺しているところだった。後門の戦いも、手榴弾の雨を喰らった野盗たちが逃げだしていた。魔女はボルトにその様子を伝え、待機するように命じた。スコープの中でボルトが親指を立てるのが見える。

「ラチェット。門まで後退。追撃は無しだ」

『i,copy』

 かつて「白銀」と呼ばれた動甲冑は、今では煤けた銀色となり、片方の肩からマントのようにカモフラージュネットを羽織っていた。しかし、2挺の軽機関銃を両手に持っても、その機動力は失われていない。

 町に静けさが戻ってきた。遠くから負傷して動けなくなった野盗のうめき声が聞こえてくるが、それもしばらくするとやんだ。

「作戦終了」

 魔女はそう告げた。


 顔役たちは恐る恐る町の周囲を見て回った。正面の門の前にはきれいな半円を描くように野盗の死体が転がっていた。側方の林は、畑のようにすき返され、土と肉が混じりあっていた。後門の外では、ところどころの地面に、小さな黒い放射状の模様が描かれ、その周りで野党が死んでいた。誰もが顔色を悪くし、神の名を唱えた。

「死体の処理は依頼料には含まれていない。あとは任せるよ」

 魔女は顔役の一人の肩をポンッと叩いた。

「残りの金は準備してあるんだろうね?」

 青い顔をした顔役はうなずき、他の者たちを見た。彼らも同じようにうなずいた。

「さて、今夜の宿はどこだ? さすがにこの状態だ。夜になったら、死体をあさりに狼や猪が押し寄せてくるだろうね。その中を帰れっていうわけは、ないだろ?」

「皆様の宿は……今、用意できるのはこの教会だけでして……ああ、食事はご用意いたします」

「そうか。悪いね、使わせてもらうよ。ボルト!」

「yes,メム」

「念のため、辺りを偵察してきな。二手目があるとは思えないが」

「それならあたしも行きまーす!」

 片手を挙げて、ラチェットがぴょんこと跳ぶ。ボルトは少し嫌な顔をしてから、魔女の方を向く。

「よし。ボルト、ラチェットを連れて行け。いざとなったら、.50(重機関銃)を使っても構わん」

「わーい」

「散歩じゃねぇんだぞ。行くから、さっさと準備しろ」

「はーい」

 ラチェットは降座姿勢にしていた動甲冑に乗り込むと起動させ、ハッチを閉じながらボルトの後を追って歩き出した。町の皆はその姿を悪魔でも見るような顔をして見送った。



「しかし、王国の連中も情けないもんで。こんな程度の野盗を鎮圧できないとは」

「あいつらはハーム公爵が手なずけていた連中さね。規模も装備も悪くない。んだけど、この前の合戦で公爵が死んだもンだから、このザマというわけよ」

 教会の中、スタンドに吊るしたランタンの灯りの下、5人は夕食をとっていた。それぞれ装備を外し、動甲冑も腰を完全に下した姿勢で、自己メンテの最中である。

「どうなんでしょうね。王国の状況は?」

 コーヒーを混ぜながらレンチが言う。

「まぁ、今年も豊作だったから、そんなに目立った動きはないだろうね。でも、今の王様の跡目争いは、王子が歳をとるごとにマズくはなってくわ」

「人望のある第一王子と、実務に長けた第二王子とは──今、何か起こったら」

 ボルトはふざけて、引き金を引く真似をする。そのしぐさにラチェットが猫のように笑う。

「同盟はしばらく西進はできないだろうから。この前、わたしらが」

 魔女の言葉に、レンチはあの時の光景を思い出して、嫌な顔をする。

「まぁ、どこの国も安定してくれなければ、わたしらは仕事に困ることはないってことさね」

「あの……聞いても良いですか?」

 レンチが魔女に聞く。

「メムが、その、お金を集めるのは、何か目的があるのですか? 特に何かを買うために貯めているようには思えないんですが」

 魔女はスプーンを口にくわえて、少し考えていた。

「そうだな……隠しておいてもあれだから言っておくが……わたしは国が欲しい」

「く、国──」

「そうさ。わたしの国だ。というか、わたしが作った国だな」

「なにが、違うんで?」

 ボルトが不思議そうな顔をする。

「作った国にはわたしはいない。だが、わたしの子供たちがそこにはいる」

 魔女は4人を見回す。

「おまえたちの国だ。わたしが今まで鍛えてきた者たちの」

 魔女はニヤリと笑った。

「わたしは北の森の魔女。そこにいてこその存在だ」

 ボルトたちは互いの顔を見合わせた。ケイナイン、足長、ダークエルフ……そんな存在が一緒に作る国なぞ、想像できなかった。

「まぁ、今日明日にというわけじゃない。充分に金と人が集まったころに……」

 魔女の手が止まる。ボルトとナットの鼻がピクリと動く。

「人だ……」

「それも大勢だ」

 魔女は目で指示を出す。ボルトたちは素早く装備を付け始め、ラチェットは動甲冑に走り寄る。

「まさか……」

「裏切りってやつですか」

 ボルトはヘルメットをかぶるとレンチに指で指示を出す。レンチが素早く入口に向かって走る。

「暗視装置を持ってこなかったのが悔やまれます」

「すぐに必要無くなるさ」

 敏感なケイナインの鼻は、火の気を嗅ぎ取っていた。火矢が撃ち込まれるに違いなかった。

 風を切る音がし、何本かの火矢が窓扉を破って中に飛び込んできた。

「俺たちを殺して、報酬の未払いと懸賞金、親の総取りってやつか?」

 ボルトは壊れた窓扉の隙間から外を見た。手に手に松明を持った町民と、弓を持つ十数人の射手、そして顔役たち。

「魔女の力を借りて町を守ったなどという話が流れたら、町は信用を無くして終わりなのでね!」

 顔役の一人が大声で叫ぶ。射手が火矢を次々と撃ち込んでくる。火は床から椅子、そして壁に燃え広がっている。屋根にも相当数が撃ち込まれたようで、屋根が燃えている音が聞こえてくる。

「昼間の俺たちの戦い方を見てなかったのか?」

「あんたらが荷物を積んできた馬無し馬車は建物の外だ。アレが無ければ何もできまい」

 図星だった。ボルトは自分の装備を見る。弾倉はわずかに4本。拳銃が1挺。

「外に出てくれば、こちらの数が勝る。そのままいれば、たとえ魔女でも火には勝てまい!」

 ボルトは魔女の方を見た。魔女は口笛を吹きながら立ち上がり、こんな困難は困難でも無いかのような顔をした。

「ボルト! レンチ! 着剣! ナットと一緒にHMMWV(高機動多用途装輪車両)まで走れ! ラチェット! ぶちかませ!」

『了解』

 炎の中、動甲冑が立ち上がる。そして、背中に装着していた大剣を抜き放つ。

「『白銀』の力、見せてもらうよ」

『yes,メム』

 ラチェットは動甲冑を走らせ、教会の壁を大剣の一振りで破壊した。そして、燃える教会を背にして、その巨躯を人々の前に見せた。

「あたしには、足長たちに対する躊躇は……最初から無いから、ね!」

 大剣が横なぎに繰り出される。弓兵と顔役の何人かがあっという間に肉塊に変わる。町民たちは、こんな話ではなかったという顔をして、後ろへと下がろうとする。

「残念、遅かったね」

 ラチェットは大剣を地面に刺すと動甲冑の肩を住民たちに向けた。そしてトリガーを引き絞った。肩に取り付けられた3基のクレイモア地雷が爆発し、無数の鉄球が住民たちを薙ぎ払った。

「こえぇ、アイツを怒ららせるのはやめよう」

 その光景を見ていたボルトがつぶやく。

「HMMWVはどこ?」

 ナットがその場所を指さす。レンチが歩を向けた瞬間、物陰から剣がくり出された。それがレンチのヘルメットに食い込んだ。

「レンチ!」

 剣をくり出したのは、町民として暮らしていた傭兵だった。己の剣筋が間違っていなかったことを確認するかのように、鼻で笑った。

「笑ったなぁ」

 傭兵の笑みが消える。レンチはその一撃を銃剣で受け止めて、致命傷を回避していた。顔に流れる血を気にもとめず、レンチはヘルメットもろとも剣を振り払った。

「レンチ!」

「はやく、ハマーを」

 レンチはふーっと息を吐くと、HK416を構えた。レンチの銃には弾倉がなかった。それは責められるミスではない。しかし、今は彼女のアドバンテージを著しく失わせる状態だった。

 傭兵は剣からヘルメットを振り外し、構えた。レンチは銃を槍のように構え、距離をはかった。傭兵が威圧の声を挙げながら剣を振りぬく。レンチはそれを銃剣で受けた。そして、手首をひねった。鋭い金属音が響き、傭兵の剣が折れる。それは、この世界での戦訓から生み出した新しい銃剣が為せる技だった。マリンコたちは、接近戦での不利を解消するために銃剣に改良を加えていた。銃剣に長さと頑丈さ、そして、相手の剣を破壊するための数本のエッジ(ソードブレイカー)を与えたのだ。

 剣を失った傭兵の一瞬の隙をついてレンチが跳ぶ。そして、その腹に深々と銃剣を突き立てた。

「どけっ!」

 HMMWVの近くで松明を持ってパニック状態になっていた住民たちを、ボルトは迷うことなく銃撃した。下手に松明を車に放り込まれたらまずいという判断だった。

 すばやくナットが運転席につき、ボルトが銃座につく。ボルトは住民が銃に変な工作をしていないかと一瞬迷ったが、ええいっとレバーを引き、初弾を装填した。

「レンチ!」

 傭兵を地面にくし刺しにしたまま、ふらりと立っているレンチにボルトは声をかけた。

「え~、ぼると~、なに、そんな」

 傷のダメージでふらふらになっていたレンチが倒れる。ボルトは銃座から飛び降りるとレンチを担ぎ上げた。

「ナット! 俺は井戸のところに行く。メムを頼む」

 ナットは無言でうなずくと、HMMWVを発進させた。ボルトはレンチを担いで走りだす。

 ラチェットは動甲冑を前進させた。クレイモアの爆発で集まっていた住民の半数以上が死ぬか、それに近い状態になっていた。何人かが武器を振り上げて殴り掛かってきたが、そんなものでラチェットを止めることはできない。大剣を振るい、まるで虫を潰すかのような冷徹さで逃げ出していく人々を追っていた。

「こうなるとは思わなかったようだね」

 クレイモアの雨から運よく逃げだせた顔役が、魔女にぶつかる。魔女はM14を肩にのせて、笑みを浮かべている。顔役は腰を抜かし、股間を濡らした。

「最初からこうするつもりだったんだね? お返事は?」

 顔役がぶんぶんと首を縦に振る。

「ふんっ。あんたらが金貨をケチって、あわよくば、と考えたために、この町は今夜消える。住人は焼け死に、逃げ出した者も狼が追う」

 魔女は.45(自動拳銃)を抜くと、顔役の両ひざを撃った。

「町が滅びるのを見てから、死ね」

 魔女は横づけされたHMMWVに乗ると、前進を命じた。

 町のあちこちで火の手が上がっていた。教会から燃え移ったのと、クレイモアが吹き飛ばした住民が持っていた松明の火が家々に火をつける結果になったのだ。逃げ惑う住民の中をHMMWVは進んでいく。

「ボルトは?」

 ナットは前を指さす。町の共同井戸のところにボルトと、その膝枕にあるレンチの姿が見えた。魔女は車を停めるように命じると、車載用の大型救急パックを取り出した。

「ケガしてるようだね」

「頭に一発喰らってます。まぁ、骨まではいってないようですが」

「あー、へいき、ですよ~」

 レンチが魔女の顔を見上げて手を挙げる。

「あいつの、けんを、おってやっんです。そしてら、あいつへんなかおを」

「モルヒネを打ったのかい?」

「へぇ、決められた量を」

 魔女はヘッドセットをつけると、ラチェットを呼んだ。

「今、どこ歩いてる?」

『はーい、今は大通りを北に向かってまーす。まだまだ人がいっぱいいますよ』

「そいつらはいい。すぐに折り返してこい。井戸のところだ」

『了解』

 しばらくして動甲冑がやってきた。カモフラージュネットはあちこちが焼け、大剣は赤黒い何かで覆われている。

「ラチェット、あんたの御業が必要だ」

『まかしといて』

 ラチェットは動甲冑から降りずに、治癒魔法を使った。レンチの頭の傷がみるみるうちにふさがる。レンチは一瞬目を開けたが、すぐに意識を失った。

「おい、失敗かよ!」

『眠らせたのよ。魔法で治しても、痛みをすべてとれるわけじゃないから』

「へっ、脅かすな」

 ボルトはレンチをブランケットで包むと、後部座席に乗せた。

 魔女は煙草に火をつけると、燃え上がる家々を眺めていた。

「なにか?」

「いや、ちょっとな」

 自分の考えが正しいのかどうか、家々を包む火と煙草の先の火を交互に見つめて、魔女は答えを出せずにいた。

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