そこにいる"理由(わけ)"
「お出かけですか? 久しぶりだな」
「ラチェットの動甲冑に使える装備や工具を持ってこようと思ってな。すぐにでかける。準備しろ」
「yes,メム」
トイレ掃除の道具を片付けて、ボルトが家のドアを閉め外に出る。
家の前には一台のHMMWVがとまり、魔女がハンドルを握っている。
「ボルトは後ろだ」
HMMWVのむき出しになった小さな荷台にボルトが乗る。後部座席にはナットとラチェットの姿があった。二人はノートパソコンの画面をのぞき込み、ボルトにはまったくわからない事を言い交している。
ちっ、とボルトは思った。しかし、魔女に言われている事もある。時間をかけて、慣れていくしかない。
お弁当の入ったバスケットを持ったレンチが助手席に乗り込むと、車は走り出した。
「どこに行くんです?」
レンチが魔女に聞く。
「ああ、レンチは初めてだったね。ウチらの秘密基地だ」
「秘密基地?」
「みればわかる」
HMMWVは巧妙に隠された道を北に向けて走った。冷たい空気が車内に流れ込んでくる。
「──海の匂い」
「そうさ。もうじき海岸に出る」
自然の堤となっている小さな稜線を越えると、砂浜に出た。砂に覆われてはいるが、HMMWVが走る下には穴あきの鉄板が敷き詰められている。
岬が見えてきた。その手前に、大きな灰色の船が停泊している。レンチは初めて見る巨船に息を呑んだ。
「あ、あれは……」
「あれが、強襲揚陸艦だ。私らの城さね」
巨大な船はレンチの胴ほどもある太いロープで係留されていた。船首と船尾からは海面の下まで数本の鎖が垂れ下がっている。
「秘密基地へようこそ」
船の脇で車を停める。壁のようにそそり立つ灰色の船腹。船の上面は平たくなっており、そこに鋼鉄の鳥たちが佇んでいる。
「さて」
魔女はポケットからスマホを取り出すと、画面をタップした。
「前に来た時から来訪者は無しだ。無人歩哨を無効化する」
「不用意に近づくと、その辺に隠された無人歩哨に撃たれてお陀仏、という寸法さ」
ボルトがレンチの脇をすり抜けながら言う。ボルトはタラップを駆け上がり、重いハッチを開く。
一行が中に入ると、そこは縦横無尽にパイプが伸びる、鉄製の通路だった。魔女がスマホをタップすると、通路に順々に灯りがともる。
ボルトとナット、そしてラチェットは艦の下の方につながる階段を下りていく。魔女はレンチについてくるように言った。二人はいくつかの階段を上り、そして、艦の上層部、いわゆる飛行甲板に出た。
レンチはなぜ、この船の屋上が平たいのか理解できなかった。灰色の板がずっと向こうまで続いている。そこに、レンチを救ったあの卵型の鋼鉄の鳥や、それよりさらに大きな灰色の鳥。そして、頭に透明な出っ張りがついている鳥もいた。
「──それは、今から数百周期も前の事だ。私らの世界と、こちらの世界をつなぐ<通路>が開いた。議会は、こちらの世界を調査し、可能であれば新たな領土としようとした。まさか、こちらに文明を持った『人間』がいるとは知らずにな」
魔女は煙草に火をつけ、紫煙をくゆらせる。
「接触は不幸を呼んだ。こちらの偵察部隊と、傭兵の一行が北の森で不意に遭遇したんだ。そこからは坂道を転げ落ちるように激しい戦争のはじまりさ」
魔女は甲板に仁王立ちし、艦首の方に目をやった。
「一度ついた火を消すのは難しいのはいつものことさ。議会は私らを投入して、地球側の占領地を広げるように決めた。ちょうど、食糧問題や移民問題が悪い方に向かっていた時期だったからね。数万人の海兵隊が投入され、知っての通り、今の北壁まで勢力を広げたわけだ」
「どうして、その話を……?」
「知っててほしいのさ。私がどうしてここにいるのか。魔女の力の源泉は、この船にあるから」
レンチはあたりを見回した。甲板の脇にある細長い建物の上、マストの先端に猛禽がとまっている。
「海兵隊とこの世界の勢力との戦いは数十周期にわたって続いた。そして、その中で私らは気づいたんだ。この世界に私らは定着できないと。時間の流れ方が違うんだと」
魔女は眼鏡をはずし、眼を細めた。
「あれから数百周期が過ぎたが、私はそんなに歳をとっていない。ボルトたちがまだ子供だった頃とまったく変わっていないんだ。そして──」
魔女は腰の.45を抜き、レンチに示した。
「普通なら、この鋼鉄でできた銃は、時の流れに負けて使えなくなっているはずだ。だが、いつまで経っても、ここに来た時のままだ。火薬も腐ることもない。ヘリや飛行機のパーツが、海風に負けて、錆びることもないんだ」
レンチは息を呑んだ。魔女は銃をしまい、眼鏡をかけなおした。
「ある日。議会は、突然撤退を決めた。なぜなのかは知らない。撤退計画が立てられ、それに従って、徐々に兵力を撤収させたんだ。しかし、その時、ちょうど王国とその同盟者による大規模な反撃が起こった」
「厄災戦の最後の戦い、ですか──」
「そうだ。私らは北の森にとどまり、殿軍として味方の撤収のための時間稼ぎをすることとなった。私も部下とともに戦った。そして、味方が<通路>を通じて去った後、残っていたのはわずかな人数だけだった」
「メムはどうして帰らなかったんですか?」
「<通路>が閉じたんだ。それが運命であるかのように、目の前でね」
「そんな……」
「だから私は北の森に住み、いつか<通路>が再び開き、迎えが来るのを待っているのさ」
レンチは何も言えずに魔女の顔を見た。魔女の顔には、悲しみと笑いがないまぜになった表情が浮かんでいる。
「ま、そういうことだ。私がこの世界を引っかきまわしているのは、こっちの神さんが、ウチらを邪魔だと思って、放り出してくれるのを待っている、というわけさ」
魔女はいつものような笑みを浮かべた。
「さて、そろそろあっちの方に顔を出そうか」
ボルトはフンッと鼻から息を吐いた。
それと向かい合うようにラチェットがふくれっ面をしている。
そんな二人を無視して、ナットは必要と思われる部品や装備を集めている。
「お、やってるね」
魔女は向かい合うボルトとラチェットに声をかけた。
「こいつが、銃は使いたくないっていうんですよ」
「だって、剣があればあたしは問題ないっていってるんだ」
「あー、話はだいたいわかった。ラチェット、お前には悪いが銃を使ってもらう」
「そんな……」
魔女は無数とも思える各種の銃や重火器が並ぶ兵装庫を見回して、ラチェットに言った。
「おまえの動甲冑の攻撃力をさらに向上させる。その方が、私らには都合がいい」
「だから言っただろ? おまえもこのM4を……」
「いや、ラチェットが使うのはこれだ」
魔女はナットが作業台に持ってきた銃を顎で示した。
「.50? ミニガン?」
「システム的には何ら問題無い。そのためのシステムもソフトも、おまえの父は用意していたようだ」
重機関銃と多銃身機関銃を前に、ラチェットはしょんぼりする。
「そこまで落ち込むな。いざという時のために、剣はもちろん持って行ってもらう」
ナットが武装ヘリに搭載する遠隔式火器システムを運んでくる。照準装置と銃の駆動装置、弾倉などがワンパッケージになっているものだ。
「これを動甲冑の背中に搭載して、ミニガンとグレネードランチャーを操作する。そして、手持ちとして.50を運んでもらう」
「.50をダンジョンに持ち込めるようになれば、まさにトロルに棍棒ってわけだ」
ボルトの軽口にラチェットは下を向く。そこに魔女が優しく声をかける。
「見返してやりたいんだろ? ラチェット。王国の騎士団に潜り込んだのも、自分の存在を世に示したかったんだろ?」
下を向いたラチェットの左目から涙がほたほたとこぼれ落ちる。
「それを実現しよう。こそこそと隠れなくても良い舞台を、私が用意してやる」
ボルトがラチェットの肩を小突く。
「そりゃいいや。期待してるぜ、新入り」
すぐにレンチがボルトの頬を乱暴につねって引きずっていく。
「顔を上げろ、前を向け、ラチェット。これからは、おまえはすべての者の脅威となるだろう。たとえ、竜でもおまえには勝てない」
「あたし、が……」
「そうだ。父が遺した鎧と、母が遺した魔法の力を使って、おまえは歴史に名を刻むんだ」
魔女はいつものいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「私を信じろ。ラチェット」
帰りはHMMWVが2台となった。片方のHMMWVには、兵器や弾薬、各種部品が満載されている。
「これからどうしますか? どっかの地下迷宮でも攻略してみますか?」
ハンドルを握るボルトが後部座席の魔女に聞く。
「ラチェットの鎧が直ったら、デモンストレーション代わりに、どこかの小さな依頼でも受けてみよう」
「東部のヒルジャイアントとか、ワイアーム狩りとかがいいかもしれませんね」
「そうだねぇ。みんなで王国の傭兵宿にでも行ってみるというのはどうかな?」
「俺たちがですか?」
「皆、腰を抜かすだろうさ」
魔女はククッと笑い、後ろを走るHMMWVに目をやった。足長の少女、ケイナインの若者、ダークエルフの娘。そこに車中の二人がくわわる。周囲の者たちがどう思うか。面白そうじゃないか、と魔女は思った。




