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北の森の魔女  作者: 鉄猫


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5.56㎜の逡巡

「本当によくできてる」

「フレームと装甲は妖鋼を使ってて、機関は魔銀炉。その他は父さんと一緒に作った」

 魔女はラチェットの解説を聞きながら、動かなくなった「白銀」の内部を覗き込んでいた。

「操作系と伝達系にはウチ(海兵隊)らの技術が使われてるね。その父さんとやらはマリンコだったのかい」

 魔女の言葉にダークエルフの少女──ラチェットはうなずく。

「母さんと結婚して、田舎の村で鍛冶屋めいたことをやっていたんだ。あたしが生まれてから、この白銀(動甲冑)をつくりはじめた」

「両親はどうした?」

 ラチェットはしばらく唇を噛んでいたが、重苦しく口を開いた。

「流行り病で二人とも一緒に死んだ。今から十周期ほど前の話」

「そうか」

 魔女は白銀の胸装甲を叩いてみた。澄んだ高い音が響く。

「妖鋼をここまで鍛錬するのは大変だったろ? 修理はできるかい?」

「道具と材料があれば」

「ウチのガレージを貸すから修理してみ。聞いたか、そこのもん」

 小屋の影から様子をうかがっていたボルトとレンチがバツの悪そうな顔をして出てくる。

「こいつを直す。手伝ってやれ」

「直るんですか?」

「少なくともラチェットはそう言ってる」

 ラチェットは白銀を背にして、視線だけでボルトを殺さんとしようとしているようににらんでいる。ダークエルフはこの世界では禁忌の生き物だ。足長はともかく、ボルトのようなデミヒューマンの間では、かなりの偏見がある。

「メムの言いつけじゃぁしかたありません。レンチ、クレーンを持ってきてくれ。ガレージまで運ぶ」

 レンチが履帯の音を蹴立ててクレーン車を運転してくる。ボルトが手早くハーネスをつけて、白銀は無事にガレージに運び込まれた。

「さて」

 魔女はラチェットにノートパソコンを手渡した。

「こいつが必要だろ? 手や計算尺で計算するより速い」

 ラチェットはノートパソコンを開き、起動方法を魔女に聞く。

「このスイッチを押して、しばらく待つ。それだけだ」

 立ち上がったパソコンの画面を見たラチェットが驚く。

「──! これがあれば……」

 ラチェットはガレージに駆け込み、作業場におろされた白銀に取り付く。コクピットから端子を引き伸ばし、ノートパソコンに接続する。

「やっぱり。父さんが使っていたものと一緒だ」

 ラチェットは座席に座ると、キーを叩いた。それを覗き込んでいるボルトやレンチにはなにが行われているのかわからなかった。

「ビーストの火器管制装置に似てるな」

「そりゃそうだ。火器管制システムの内部にはこれと同じようなものが入っている。電子計算機。人の代わりに、高速でいろいろと演算してくれるものだ」

 ラチェットはいったんパソコンを脇に置き、作業台に載せられた白銀の頭部を見た。

「ここにあるものは何でも使ってかまわん。必要そうなものがあったら言ってくれ」

 魔女はニタリと笑い、母屋の方に消えていった。

「なぁ、聞きたいんだが」

「なによ」

「なんで、王国の騎士団なんかに潜り込んだんだ? ばれたらその場で殺されるだろ?」

 ボルトの言葉に、ラチェットは無言で応えた。

「──まぁ、黒エルフの考えることはわからん」

「ボルト?」

「なんだ、レンチ?」

「ここに住むことになったんだから、わたしたちのブロー(兄弟姉妹)よ。偏見は無し。種族も性別も関係ない」

「ああ。でもオレはメムが何考えてるかわからん」

 ボルトは興味を失ったかのように手をヒラヒラさせてガレージから出ていった。その後ろ姿をレンチは見送る。

「ああは言ってるけど、別にあなたを……」

「まぁ、いいさ。こういう扱いには慣れてる」

 ラチェットは辺りを見回して言った。

「で、妖鋼炉は?」



「あれ? なんでレンチが飯作ってるんだ?」

「ナットがガレージに詰めてるから、わたしが代わり。文句でも?」

「ナットが? あの黒エルフと?」

「ボルト? 次にそう言ったら殴るからね」

「なんでみんなあいつに優しいんだよ? こうなってはいるけど、あいつは俺たちを殺しに来たんだぜ?」

 二人の会話を魔女はコーヒーをすすりながら聞いている。

「いつ寝首を掻かれるかわからん。オレは、そうなる前に奴を殺るべきだと思う」

「メムの決定よ」

「さすがにこの決定は間違っていると思う。殺されてから、メムに謝られてもどうしようもない」

 ボルトは大きく鼻から息を吐きだし、大股で玄関に向かった。

「どこ行くんだい?」

 魔女の言葉を背に、ボルトは言った。

「少し見回りしてきます。白銀の行方を追って、王国の連中が来てるかもしれませんから」

 音をたててドアを閉め、ボルトは外にでた。

 ガレージの方をみると、ナットとラチェットが話し込んでいるのが見えた。ガレージの外には小ぶりではあるが、金属を溶かすための炉が作られていた。

「ちっ」

 ボルトは銃を手にすると森の中に歩を進めた。

「なんでこうなるんだ?」

 横倒しになった巨木に腰かけ、ボルトは自問自答した。

「あいつは黒エルフだ。合いの子(ハーフエルフ)だとしてもだ。黒エルフは魔族と一緒。俺たちの敵だっていうのに……」

 葉をむしってはそれを投げる。ボルトは頭ではわかっていても、心では反発していた。

「…………」

 森は静まり返っている。ボルトは耳をすませた。鳥の声や、虫の声も聞こえない。

 ボルトの本能が隠れろ、と命じた。ボルトは巨木から音もなく降り、身を隠した。手にしたHK416のチャージングハンドルをゆっくりと引き、初弾を装填する。

 人の声が聞こえてきた。人数は数人。声はどんどんと近づいてきている。

「……この道で合ってるのか?」

「ああ、間違いない」

「しかし、白銀が人間じゃなかったなんてな」

「魔女と相打ちで死んでてほしいな」

 言葉遣いから王国の兵士では無いようだった。考えられるは、傭兵(冒険者)のたぐいだ。ボルトは息を殺して、声のする方を覗き込む。

「やっぱりだ」

 一行は武器も装備もばらばらな、5人の集団(パーティ)だった。剣士が二人。魔法使いが一人。残りは弓兵と薬師だ。顔立ちや立ち振る舞いから、かなりの腕を持っているようだ。

 ボルトは視線を勘づかれないように頭を引っ込めた。できうる限り殺意を殺し、視線を空に向ける。ここで仕掛けるか? それとも行かせるか。

 気づかれないようにメムに知らせられるか? いや、無線も持たずに出てきてしまったことを今更ながら悔やんだ。

 まてよ。とボルトは思った。このまま奴らを行かせれば、メムは無理とはして、あの黒エルフを始末できるのではないかと。何なら、後ろから撃ってもいい。

 ボルトの心は揺れた。魔女に対する背信行為。しかし、ラチェットが死ねばすべては解決する。さすがのメムでも、死んだ者は生き返せることはできない。

 傭兵たちの声が遠のくと、ボルトは銃を手にゆっくりと跡を追い始めた。どさくさに紛れてラチェットを始末しよう。ボルトはそう心に決めた。


「ん……」

 魔女はカップをテーブルに置いた。何かの気配がする。傍らに置いてあるM14をひっつかみ、外に飛び出す。

「総員警戒! 敵が来たぞ」

 魔女の声にレンチがHK416を持って駆け寄ってくる。ガレージにいた二人もメムの下にやってくる。

「レンチ、すぐに迎撃準備。ナットは支援用意。ラチェットはガレージで待機。ボルトはどうしてる?」

「連絡なしです。トーキー(無線機)を持たずに行ってしまったようで」

「まったく、こんな時に」

 魔女はM14に初弾を装填し、森の方をみた。敵の気配は近かった。

「来るぞ」

 空を切る音がして、数本の矢が小屋に突き刺さる。火矢でなかったのは幸いだった。4人はすぐさま遮蔽物をとり、状況を確認する。

「見えたか?」

「見えません」

 ダダッという足音が聞こえる。魔女は遮蔽物から半身をさらし、そちらに向き直る。剣を振り上げた男がすぐそこにいた。

 金属音が響く。剣撃をM14で受け止めた。剣士は力を籠め、刃がじりじりと魔女に迫る。

「メム!」

「私にかまうな!」

 レンチは周辺視で魔法使いと弓兵の姿を見た。弓兵が弓を絞り、魔法使いが呪文を唱えている。レンチは右手だけで銃を回し、射弾を放った。銃弾は二人の頭の上を通過しただけだった。弓から矢が放たれ、呪文が完成する。レンチは衝撃を受けて地面に倒れる。

 レンチが矢と魔法の矢を受けて地面に転がる。魔女はそれを横目で見ると、M14を左手で支え.45を引き抜き、至近距離から剣士に数発を撃ち込んだ。弾は金属鎧を貫通できなかったが、衝撃で剣士は数歩後ずさる。

「レンチ、報告」

 レンチは右手を振って魔女に応える。矢は右肩に刺さり、口元から血が糸を引いている。

 ナットが発煙手榴弾を投げる。発煙弾は傭兵たちとの間に落ち、濃い煙が辺りを覆う。魔女は相手がいると思われる方向に数発を撃ち込み、レンチのプレキャリの首の後ろにある取っ手をつかんで安全圏まで引きずっていく。

「ボルトはなにしている!」

 魔女はいらだちを隠さずに叫んだ。レンチにラチェットが駆け寄り、矢とレンチの目を交互に見て、うなずいた。レンチがそれに応えると、ラチェットは思い切り矢を引き抜いた。レンチが叫び声をあげる。ラチェットは傷口に手をあてると、なにやら呪文を唱えた。

 次の瞬間。レンチは痛みを感じなくなった。右肩の傷も感じない。見ると血が止まっている。

「これぐらいしか魔法は使えないけど」

「ありがと」

 レンチは銃を杖にして起き上がると、銃を構えた。ナットもグレネードランチャーを構え、周囲を警戒している。

「これだけ銃声がしているのに」

「どこで油を売ってるんだか」

 煙が薄れていく。魔女はM14を構え、相手が来るのを待った。

 そして、不意にそれは来た。全身が銀色をした人型が、手足をぎくしゃく動かしながら煙の中から現れた。

「シルバーゴーレム!」

「まずいぞ!」

 反射的に銃弾をゴーレムに撃ち込む。しかし、その攻撃はゴーレムの身体の表面に水紋のようなものを作っただけであった。

 傭兵たちは切り札を切ってきたのだ。ゴーレムは魔法使いが操作するクリエイトモンスターだ。その身体を構成する素材によって、様々な種類がある。シルバーゴーレムはその中でも強力なものの一つで、半液体状の本体はあらゆる物理攻撃を無効化することができた。

 ゴーレムを倒すには、身体のどこかにあるコアを破壊するしかなかったが、それを攻撃するには、ゴーレムをバラバラにしなければならなかった。ビースト(M1エイブラムス)があればいともたやすかったかもしれなかったが、今ここには無い。まさに危機的状況だった。

 ゴーレムは動きは鈍いが、一歩一歩近づいてきた。連続した銃撃も、身体に大きな穴を開けはするが、すぐさま小さな水滴を上げて元に戻ってしまう。

 魔女たちはじりじりと小屋の方に追い詰められつつあった。魔女たちには手が足りなかった。ボルトがいれば──と魔女は思った。3人でゴーレムを防ぐ間に、相手の魔法使いを殺る、という戦法が使えるのだが。



 ボルトは皆が追い詰められていく姿を見ていた。顔には心の動揺を示すように脂汗が浮いていた。呼吸は浅く、心臓はドクドクといつもと違うかのように、鈍く脈打っている。

──くそっ、オレはあの黒エルフだけが死ねばいいと思ってるんだ。どうして「家族」が死ぬのを見せられなければいけないんだ。

 シルバーゴーレムがあと数歩というところまで迫る。その後ろに剣士が進み、魔法使いと弓兵がじりじりと歩を進める。

──くそっ、くそっ、くそっ。

 ボルトは大きく息を吐いた。そして、銃を構えた。震える銃身の上にある照星がラチェットの方を向く。

──くそっ。

 ボルトは照星を魔法使いに向け、引き金を引いた。

 乾いた銃声が響いた。すぱんっという音ともに、魔法使いのこめかみから血が糸を引いて飛び出す。白目をむいた魔法使いが倒れる。弓兵が振り返ると、その胸に2発の銃弾が撃ち込まれた。

 突然の攻撃に剣士たちが振り返る。倒れた仲間に駆け寄る薬師が連射に倒されると、剣士たちは何が起こったのかを理解した。

 倒木の上にボルトが立っていた。両目から大粒の涙を流し、肩で息をしながら銃を構えている。

「くそったれ!」

 ボルトは大声で叫び、引き金を引いた。5.56㎜弾が二人の剣士の首筋を貫いた。


 シルバーゴーレムが動きを止めた。命令役の魔法使いが死んだためであった。ゴーレムは命令者がいなければ何もできない。しかし、時によっては暴走して辺りかまわず破壊し続けることもある。

「メム。どうします?」

 油断なく銃を構えたレンチが言う。魔女も今回ばかりは、という表情でゴーレムを照準器越しに見つめている。

「あたしにまかせて」

 ラチェットがシルバーゴーレムに近づく。手には鎖が握られている。ラチェットはぎくしゃくとゆっくりと動くゴーレムに鎖をかけると、振り向いてナットに合図した。ナットがクレーンを動かすと、ゴーレムは引きずられていき、宙に浮かべられると、そのまま妖鋼炉に放り込まれた。ぐつぐつと煮えたぎる鋼の中に落とされたゴーレムは、徐々に足から溶けていき、途中で転ぶと右拳を最後に突き出して、鉄湯の中に消えていった。

「ま、こんなもんで」

 ラチェットが得意げに笑う。魔女はいつか映画で見た光景だったな、と思った。



「オレは帰っていいんですか?」

 倒木の上、魔女とボルトが並んで座る。

「オレは卑怯者です。少なくとも、ラチェットの死を望みました」

「わかってるさ」

 魔女はボルトの肩に手を回した。ボルトの頭が魔女の頬にあたる。

「おまえが何を思い、何を考えていたかはよくわかってる。でも最後は、仲間の窮地を救った。それは立派な行為だ」

「しかし……」

「なに、私がダメだと思っていたら、おまえは今ここで話していない。頭に鉛を叩きこまれて、獣の餌になってる」

 ボルトはギクッとして顔を上げた。

 魔女が笑っている。

「罰として、当面は便所掃除だ。他にやるべきことはいくらでもあるぞ」

「yes、メム!」

「さぁ、帰ろう。我が家に」

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