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麻紐の花束  作者: 瀬嵐しるん


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異国の植物

あの後、ガエルが呼んでくれたソフィが温室に迎えに来た。


寮に戻るまで、ミリアンはいつになく無口だった。

何かあったのかと心配になったソフィは、その後初めて温室を訪ねた今日、一緒について来た。


しかし、温室で並んで作業するシャールとミリアンは、特に何もないように見える。


「ソフィさん、ずっと見張ってなくても大丈夫だと思いますよ」

ガエルが話しかける。

「ミリアンは『温室は神聖な場所』って言ってましたから」


ミリアンの植物好きを理解しているソフィは、その言葉に納得した。


「それはそうと、王妃殿下主催でお茶会があるようですが、お忙しいのでは?」

「ええ、そのうち動員されると思います」


「大きなお茶会なんですか?」

ミリアンが振り返って、話に参加した。

「ええ、隣国の王女殿下がいらっしゃるのよ。その歓迎会ね」


まだ年若い王女のために、夜会ではなくお茶会が開かれるのだと言う。


「僕の見合いだ」

いかにも気が乗らなそうに、ミリアンの隣にいたシャールが口を開いた。

ミリアンは一瞬、心臓が止まるかと思った。

だが、大きく息をついて心を落ち着かせ、話の腰を折らないように続けた。


「南の方の隣国ですか?」

確か、その国に、若く美しい王女がいると聞いた。

「ええ、そうよ」

「だったら、隣国のハーブやお茶も取り寄せるのでしょうか?」

「そうね。手伝いに呼ばれたら、貴女も目にすることが出来るかも」

「楽しみです」


いつもと同じに見えるように笑ったミリアンの横顔を、シャールが黙って見ていた。

ミリアンはその視線に気付いたが、どうしてもそちらを向くことが出来なかった。



しばらく温室には行かないほうがいいかも、と思ったミリアンの意を酌んだように、すぐにお茶会準備のために駆り出された。


ミリアンには王妃殿下から直々に、茶葉やハーブについて確認するよう言いつけられた。

他国の王族を迎えるとあって、さすがに質のいい品ぞろえだ。

ミリアンは緊張しながらも、楽しく作業を進めている……周囲にはそう見えた。

作業に集中していれば、シャールの見合い話のことを忘れていられる。

婚約者のいる自分には何の関わりもないことなのに、どうして心が揺れるんだろう。

忙しなく泣いたり笑ったりする心を叱りながら、ミリアンは仕事を続けた。


見知らぬ国の茶葉やハーブについて調べるため、王妃殿下より王宮図書館第二室への入室と閲覧が許された。

王宮に仕える者が誰でも読むことが出来る図書は手前の第一室にあり、奥へと続く扉を開けられるのは許されたわずかな者だけ。

最新の図鑑や研究資料を目に出来るのは、王妃殿下からミリアンへの特別な計らいのお陰だった。


図書館で知識に没頭することで、雑念は払えそうだ。

大丈夫、とミリアンは自分自身を励ました。



やがて、隣国の第三王女殿下一行がやって来た。

美女と噂に高いバシリア王女殿下だが、扇子ですっかり顔を隠してしまい、わずかもその美貌を伺うことは出来ない。

着ているドレスや飾ったジュエリーが最高級であることぐらいしか見て取れず、興味津々だった侍女連中からは不満が漏れた。


王女殿下には、彼女の伯父であるロレンシオ・オルバネハ侯爵が付き添い、あれこれと面倒を見ていた。


多くの侍女やメイドを連れてきた王女一行のために、王城の一角にある離宮が宿舎にあてられた。

離宮の玄関前では、歓迎のために侍女たちがずらりと並ぶ。

最後列で様子を見ていたミリアンは、運び込まれていく荷物に目を瞠った。


立派な鉢に植えられているのは、図鑑で見た通りの植物たち。

それぞれ、うまく調整されて蕾を抱えているようだ。

艶のある香りで知られる蘭の鉢がいくつも運ばれた。


あの植物たちを間近で観察する機会はあるかしら、とミリアンは考えた。

しかし、図書館で特別に図鑑や資料を閲覧できた幸運の後に、欲張りすぎではないかと思い直す。


ところが、意外にもチャンスは直ぐに訪れた。

外国から持ち込まれた植物を温室に入れるわけにもいかず、鉢植えは離宮の一室に保管された。

お茶会の日に、文字通り花を添えるために会場に持ち込む予定なのだが、まだ数日先だ。

植物の世話係はいるが、この国の気候には疎い。

気温や湿度の調整を手伝ってくれる者はいないか、と打診があった。


王妃殿下はその話を聞き、すぐに言った。

「ミリアンね」

筆頭侍女も続けた。

「ミリアンですね」

その場にいた他の侍女たちも、心の中で「ミリアンだわ」と言いながら全員が頷いた。


期待の重責よりも未知の植物を観察できることに浮かれて、すぐにミリアンは離宮に出向く。

お目付け役で同行するソフィは、行儀見習いであるはずのミリアンの更なる活躍ぶりに、仕舞いには退職金が支払われるのではないかと考えた。



離宮の入口を護る騎士に用向きを伝えると、侯爵の執事が迎えに来てくれた。

彼は最初、ソフィのことを頼んであった助っ人だと勘違いした。

当然である。

ミリアンは傍目にも、事実と変わらぬ十五歳に見えた。


だが、植物を保管している部屋に入り、世話係に挨拶した後は大人顔負けに活躍する。

図書室で学んだ知識や、領地で培った技術を生かし、世話係と相談しながら植物のための環境を整えていった。


「ソフィ様、夜の室温を確認したいので、今夜ここに泊まってもいいですか?」


さすがのソフィも、ミリアンの予想外の提案に戸惑った。

お目付け役の一存では決められぬことで、侯爵の執事を介して手紙で王妃殿下に問い合わせることにした。


手紙を受け取った王妃殿下は、ミリアンがそう言うなら必要なことなのだろうと判断した。

しかし、離宮は今、治外法権状態にある。

離宮を預かるオルバネハ侯爵に宛て、ミリアンの警護として女性騎士を一人受け入れてもらえるよう打診した。

侯爵側から頼んだ仕事で来てもらったこともあり、すんなりと了承され、女性騎士が到着次第、入れ替わりにソフィが退出することに決まった。


この時点で話を耳にしたリシャール第二王子は、派遣される女性騎士に弁当を持たせるよう、王妃殿下に進言した。

「まあ、大事なことね。気付かなかったわ、ありがとう」

「いえ…」

わずかに照れた息子の表情を、もちろん母は見逃さない。


ミリアンのための弁当と聞いた料理長は、自ら腕を振るう。

異国の植物に囲まれ、空腹など忘れていたミリアンだったが、女性騎士が携えた弁当を開けてみると、あの夜会のビュッフェに負けない豪華さ。

ご相伴に与った女性騎士共々、至高のメニューを堪能したのだった。




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― 新着の感想 ―
[気になる点] これ、ミリアンの毒殺や暗殺の可能性もあるってことなのかな…?そこまでではなくとも、料理が口に合わないで食あたりになったら、ちょっとした問題になるやも…って事になるのかしらん。 王妃様は…
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