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ビスキュイとママレード

翌日は指導役のソフィの休日。

ミリアンは、さっそく温室に出かけた。


「おはようございます!」

「やあ、来たね、ミリアン」

「はい、お邪魔します」

「邪魔は困るが、ゆっくりしていって」

「ありがとうございます、でも…」

「なんだい?」

「…シャールさんみたいに、出来れば私もお手伝いをしたいです」


そう言われて、ガエルは目を丸くする。

「シャールがそう言った?」

「はい、仕事の気分転換に手伝わせてもらってると聞きました」

「あ、うん、…間違ってはいないかな?」

なぜだか、ガエルの声がだんだん小さくなる。


「ご迷惑なら、無理は言いません」

「いや、手はいくらあっても助かるんだ。通路に落ちている枝葉の掃除を頼めるかな?」

「はい」

「樹の幹に被さってる皮なんかは、枯れているように見えても取らないで。

その下で、次の新しい皮を育てていたりするから」

「わかりました」


緑の香りに癒されながら、ミリアンはせっせと掃除をした。

もちろん、ついでに植物の観察も怠らない。


一区画を終え、一旦入口の方に戻ると、作業着姿のシャールがいた。

「こんにちは、シャールさん」

「やあ、ミリアン」


今日もにこやかなシャールを、生暖かい目で見るガエルを不思議に感じながら、ミリアンは言った。

「ガエルさん、ダニの発生してる草木が何本かありました。

枯枝を使って、一応、目印つけてあります」

「本当かい? すぐ見てくるよ」

シャールも興味を持ったようで、ガエルについて行く。


直ぐに戻って来たガエルは「ありがとう、ミリアン。気付かなかったよ」と礼を言った。

「処置します?」

「ああ、すぐにミルクスプレーをかけておこう」

「その間に、お茶の支度をしてもいいですか?」

「それは嬉しいが、いいのかい?」

「この前の柑橘でママレードを作ったので、味見しませんか?」

「「それは楽しみだ」」

最後は、シャールも唱和した。


ミリアンは、温室作業者用の休憩スペースでお茶の支度にかかった。

小さなテーブルにビスキュイとママレードを並べる。


二人は戻って来ると積み上げてあった丸太を三つ下に置き、スツールにする。

ミリアンに勧められた丸太にはシャールが手拭を敷いてくれた。


ミリアンは一瞬、遠慮しようかと思ったが、お仕着せにかぎ裂きを作るかもしれないと思い直した。

「ありがとうございます、シャールさん」

柔らかい笑顔が返ってきて、素直に受けてよかったと思う。


「美味しそうだなあ!」

二人の雰囲気を、断ち切るかのようにガエルが声を上げる。

「料理長がお砂糖とスパイスを分けてくれて。うまく出来たと思います」

「え? あの料理長が?」

「優しい方ですよ」


料理長は強面だ。彼をよく知らない人からは、気難しいと誤解されやすい。

確かに料理関係には厳しいが、かなり気さくな人柄だとミリアンは思っていた。


ふと見れば、シャールがビスキュイを持って固まっている。

「シャールさん、どうかしました?」

「いや、ビスキュイってこんな美味しいものだっけ?」

「料理長謹製ですから、王族の方用に作ったものでしょう。

特別、美味しいかもしれませんね」


それならいつも…とかなんとか小さく呟くシャール。

「温室謹製の柑橘で作ったママレードが、いい仕事してる」

ガエルが水を向けると彼は

「スパイスが入ると、洒落た味になるんだな。旨い。飽きない」

と、じっくり味わっている。


「気に入ってもらえて良かったです」

「こんなの作ってもらえるなら、柑橘全部渡せばよかった」

「で…シャール…ミリアンは料理人じゃないですよ」


ふふふと笑いながら、ミリアンはお茶のお替りを注いだ。




翌日、ミリアンは休み明けのソフィから衝撃的な知らせを聞いた。


「夜会、ですか?」

「ええ、王妃殿下のご厚意で、貴女にも招待状が来たの。

もちろん、婚約者の方にもね」


ミリアンは、ああ、そう言えば自分には婚約者がいたっけ、と思い出した。


ロック・プルヴェ伯爵家令息。

婚約の書類を交わすため、二度目に会った時は確かに顔を見たはずだった。

だが、プルヴェ伯爵家の応接間で彼の後ろに見えた素敵な生け花に、萎れた小さな花が三輪入っていた。

近寄って、それをさっと抜き取れないかしら? …そう考えていたら、お母様に睨まれたわね。

そうそう、そんなことがあったわ。


……要するに、ミリアンは自分の婚約者の顔を覚えていなかった。

頑張って思い出そうとしても、金髪ではないことと、緑の眼ではないこと以外はわからない。


そう言えば…

「ソフィ様、夜会の参加は十六歳からでは?」

「きちんとした保護者がいれば、融通が利くのよ。

婚約していれば、なおのことね」


ソフィの説明では以前、高位貴族で年の離れた婚約があり、都合上、十六歳未満の夜会参加を認めたそうだ。

その後は多少、ルールが緩くなっているという。


「結婚して領地に帰れば、王城の夜会に参加することも難しいでしょう。

よい経験になると思って、参加なさいな」

確かに、せっかくのチャンスだ。

「はい。ありがたく。ですが……」

「何か不安があるの?」


ドレスは王宮のお針子部隊が、張り切ってリメイクしたものを借りられるし、小物もお古から見繕ってコーディネートしてもらえるという。

至れり尽くせりだ。


王宮で働くお針子にとって、全ての女性が生きているマネキン人形だ。

どんな野性的な女性でも、淑女に仕立て上げて見せるのがお針子の誇り。

ただし、淑女に出来るのは見た目だけ、である。


それはともかく、まだ問題がある。


「あの、私、ダンスは踊れません」

「あら…」


王宮で長く過ごす者には、考えもつかないことだった。

この国に、ダンスを踊ったことのない若い貴族令嬢が実在するなんて。


「まあ、どうしましょう…」

「ダンスは無しで、見物と御馳走の味見でもいいですよね?」

「そうね」

ミリアンはパッと表情を明るくした。


「まだ時間はあるわ。ダンスの先生を探してみましょう」

言うが早いか、ソフィは歩き去ってしまった。


えええ、温室に行ける時間が減ってしまう…ミリアンは涙目になった。


結局、ソフィが探してくれた先生は、彼女の仕事仲間。

ダンスが得意な侍女が、かわるがわる教えてくれた。


侍女の仕事を手伝うこともあるミリアンは、先輩方が貴重な時間を割いて教えてくれることを肝に銘じ、しっかり取り組んだ。

お陰でダンスはみるみる上達。


マナーといい、ダンスといい、王宮でのミリアンの仕上がりを見たら、母親がさぞ驚きそうだった。

家を離れたことで、甘えが減ったということもあるだろう。

それに、一年間と期間を限定されているからこそ頑張れるのかもしれなかった。



夜会当日、手の空いた侍女が寄ってたかってミリアンを着飾らせた。

出来上がった淑女を鏡で見て、本人が一番驚いた。

保護者として、これまた美しく装ったソフィに連れられ、ミリアンは夜会会場に向かう。


しかし、初めてのダンスパートナーであるはずの婚約者、ロック・プルヴェが彼女の前に現れることはなかった。



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