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麻紐の花束

正式な婚約式の日、王都の空は一面、曇っていた。

季節はまだ冬。

だが、曇り空がわずかな春の気配を包み込んだように、その日は寒さも和らいでいた。


司教が待つ大聖堂へ向かう馬車は、通常の移動用のものが用いられた。

パレードをするわけでもなく、王都の民が大聖堂までの道沿いで歓迎することもない。

街はごく平穏で、王族を乗せた馬車が通るわずかな時間、通行規制がされただけだった。


リシャールとミリアンは、別々の馬車で大聖堂に向かった。

本来なら、ミリアンは実家のタウンハウスから来るべきなのだ。

警備上の理由で王宮に住んでいるため、せめてもの措置で大聖堂行きの馬車は分けられた。


リシャールが王子の身分なので、参列者は高位貴族が多い。

だが、式自体は簡素だ。

控室に通されることもなく、それぞれ、すぐに聖堂内に入る。


仮婚約式と似た手順で司教の言葉を拝聴し、誓いの言葉を交わし、婚約証明書にサインした。

その後は、短時間の婚約式のために、正装して大聖堂まで足を運んでくれた参列者を見送る。


マントノン公爵家は、療養中の公爵に代わってブリュエットが参列してくれた。

傍らには彼女と婚約予定の、ファブリス・ランブランがいた。

彼も、ランブラン侯爵の代理として来ている。


婚姻式はともかく婚約式の参列は、その家が賛同していることを示すためのものだ。

当主本人が来る必要はない。

見知った間柄であれば、年齢の近い者が参列するのはむしろ歓迎される。


王家からは王太子殿下が代表して参列してくださった。

伯爵家の令嬢であるミリアンは、全員に頭を下げて見送った。

リシャールは、兄である王太子のみに礼をする。

最後に、レスピナス伯爵家夫妻を見送り、式は全ての次第を終えた。


私語を慎まなければならない大聖堂を出て、リシャールはミリアンに言った。

「これで、やっとデートが出来る!」

厳かな式の余韻が台無しだ。

帰りは二人で同じ馬車に乗った。


「リシャール様は、どこか行きたいところがあるのですか?」

「いや、あまり外に出たことは無くて…」

「…」


温室育ちの王子と、田舎で土にまみれていた令嬢。

王都周辺に、さほど詳しくも無かった。


「漠然とでもいいから、行きたいところを決めて、ガエルに調べてもらおう」

どうせガエルが警備計画を立てるのだ。

最初から巻き込んだほうがいい、とリシャールは考えた。


「ミリアンは、どこか行きたいところは?」

「……温室」

「どこの温室?」

「王妃殿下の温室がいいです」

「いつもの温室?」

「はい」

「…ガエルが喜ぶよ」


色んな意味で。強いて言うなら主に警備のしやすさで。


「ごめんなさい」

「いや、温室は大事だ」

「リシャール様…」


「じゃあ、交互に行先を決めよう。

僕は城外のことを考えてみる。ミリアンに決定権のある時は、温室で」

「いいのですか?」

「ああ…そうだ、一つだけ条件がある」

「何でしょう?」

「温室デートの時は、最後に一曲踊ろう」

「ワルツですか?」

「そう、ワルツ」

「二人で歌いながら?」

「うん、歌いながら!」

「あの歌ですね」

「ああ、あの歌を」


温室で踊る二人。観客はガエルとソフィ。

ワルツの曲は…


「「麻紐の花束!」」



一足先に王宮に戻って、馬車の到着を待っていたガエルとソフィの前に、笑顔の二人が降り立った。

その後ろに付き従いながら、ガエルがぼやく。


「さすがに、ちょっと羨ましくなってきましたよ」

「あら」

「ソフィさんは、お二人が公爵領に行くようになったらついて行かれるんですか?」

「ええ、もちろんですわ」

「旦那さんは?」


ソフィの夫は宰相配下の文官だ。


「出来れば一緒に行って、お二人の下で働いてくれないか、交渉中ですわ」

「交渉の余地はあるんですねぇ」

「ええ」


妻の赴任先に夫を伴う。この国では、まだ珍しいことだ。


「愛ですねぇ」

「あら、ほほほ」


ソフィは余裕の微笑みだ。

ガエルはちょっと悔しい。


「公爵領で、いい出会いがあるかもしれませんわ」

「もう、オジサンなんですけどねぇ」

「蓼食う…いえ、いろんな好みのお嬢さんがいらっしゃいますわ」


そう、希望だけは持っていても荷物にはならない。


「期待は重いけどね…」

ガエルは誰にともなく呟いた。



その後もミリアンは王宮に留まり、妃教育と淑女教育が続いた。

婚姻式は一年後だ。


春になり、王太子妃殿下は二人目の王子を無事に出産した。

これにより、リシャールは婚姻と共に公爵として臣籍降下することが決まる。


王太后様に気に入られたミリアンは、度々呼び出され、とうとう自ら馬車を操って離宮まで行くようになった。

レスピナス伯爵領で荷馬車を扱っていた彼女の腕は確かだ。

なぜか危機感を抱いたリシャールが馬で二人乗りをしたがり、周りの大人を呆れさせた。


王太后殿下はミリアンに言った。

「前国王陛下でさえ、そういうところはあったのよ。

時々は、彼の小さな誇りを許して守ってあげてね」


ミリアンは、そういった先達の教えを素直に心に刻んだ。



やがて、再び晩秋になる頃、ミリアンは温室にいた。

傍らにはリシャールがいて、二人で降り出した雨を見ていた。


「あの時は、僕が君に悲しい思いをさせているなんて思ってもみなかった」

「私には婚約者がいたのですもの。

二人とも、心に正直になるわけにはいかなかったんです…」

「もう、絶対に悲しませない」

「たとえ悲しくても、貴方についていきますけど」


リシャールは驚いてミリアンを見た。

ミリアンは微笑んで宣言した。


「王太后様の仰ったこと、覚えています?

前線で、会いたい人のもとに必ず戻ると決心して歌った兵士みたいに、たとえ何があっても貴方のことを諦めません」


「かっこいいね、ミリアン」


「え?」


「むしろ、僕の方が君を追いかけなくてはいけないかも」


「では、追いつ追われつ、共に走りましょう」


「そうしよう」


冬が来る。そして、いつか春が来る。

厳しい季節も、優しい季節も順繰りにやって来る。


二人で行ける一番遠くを目指して、走り出す春は、もうすぐそこだ。



今回をもちまして完結です。

お読みいただき、ありがとうございました。

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[良い点] 何回も読んでいます。 良い 良い  どちらかと言うと地味(失礼)なお話しに入ると思いますが心が暖かくなります。 素敵なお話し ありがとうございます [一言] 堅実にしっかりと地に足を…
[良い点] みんなが自分の場所で、それぞれの人生を見つけられたのがあったかく思いました。 読み終えて幸せな気持に。 ありがとうございます。
[良い点] 登場人物全員が将棋の駒みたいに うまく配置されていて良かったです。 ラストは幸せな気持ちになりました。 ありがとうございました。 [一言] 「風読み」という言葉にはっとしました。 そういう…
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