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麻紐の花束  作者: 瀬嵐しるん


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20/22

離宮にて

「そんなに緊張しなくても大丈夫」

リシャールは隣にいるミリアンを励ました。


しかし、いくら緊張するなと言われても無理だ。

今日は、リシャールと共に王太后様を訪ねるのだ。


王太后様は現国王陛下の母君。

陛下は今でも、王太后様にだけは頭が上がらないと言われている。

表に出ると、ついつい口出しをしたくなるから、敢えて離宮に引きこもっている、とも。



離宮は王城の敷地内にあった。


王宮の後方には有事に備えて広く開けられた緑地があり、その奥には林が作られていた。

その向こうにある二階建ての瀟洒な建物が離宮だ。


今は亡き前国王陛下が、最愛の王妃のために建てたもの。

建築当初からの正当な主が、今も住んでいるのだった。


王宮からは二頭立ての馬車を、リシャール自ら操って出かけた。

二人乗りの隣席は、もちろんミリアンだ。

良く晴れた日で、幌を全開にして走る。


「風が気持ちいいですね」

「ん? 何か言った?」

「風が気持ちいいです!」

「ん?」

「風が…」

「もっとそばで言わないと聴こえないよ!」

と言いながら肩を抱き寄せられる。


ミリアンの心臓が悲鳴を上げる。

馬車はそれほど速度も出していないし、リシャールの手綱さばきも危なげない。

だけど…すごく恥ずかしい。


「シャール…」

「ごめん。緊張がほぐれるかと思って…」

「余計緊張します!」


そう言われても手を引っ込めないリシャールに、真っ赤になったままのミリアン。

周りを囲む騎乗した四人の護衛騎士は、見ないふりをしてくれた。


館に着き、迎えてくれた王太后様を見て、ミリアンは驚いた。

身分からすれば簡素とも言えるドレスを着ているにもかかわらず、なんて綺麗な方なんだろう…


堂々とした佇まいと、この美しさ。

このまま夜会に出ても、皆が自然に傅くのではないだろうか。


「やっと会えましたね。

…まあ、本当に可愛らしいお嬢さんね。

私が、リシャールの祖母、マルゲリットです」

「…お目にかかれて光栄です、王太后様。

レスピナス伯爵家のミリアンと申します」

「うふふ、堅苦しいのはここまでよ。さあ、お茶にしましょう」


三人のお茶会の話題は、やはり、リシャールの子供時代のことになった。


「そうなの。少年時代のリシャールは、たまに王宮を抜け出して、離宮でサボっていたのよ」

「…お婆様がお元気かと、様子を見に来ていたんです!」

「あらそう? お陰様で、今でもピンピンしているわ」


朗らかな笑いが起こる。


「貴方は、あの林で風に吹かれているのが好きだったわね」

「樹の下で空を見上げると、葉がざわざわと動いて、空が煌めくような気がして…」


「私もそんな風に思ったことがありますわ」

「ミリアン?」

「特に、夕焼けを背にした樹が風に吹かれていると、茜の空が煌めいて、美しくて…とても切ないんです」


「何だか、わかるような気がするわ。

でも、これからは二人で一緒に見ればいいわ」

「王太后様…」

「一人で切なくなっていると、貴女の婚約者が夕焼けに嫉妬しそうよ」

「うん、しますね。嫉妬」


真顔で頷くリシャールに、ミリアンはまた赤くなる。


「レスピナス子爵領…今は伯爵領だったわね。

あの辺りには、若い頃に行ったことがあるのよ」

「まあ、そうなのですか?」

「前国王陛下が、まだ王太子殿下だった頃、国境はもう少し手前だったの。

そこで小競り合いがあって…

陛下は武人だったから、自ら前線に出向かれたのよ」


先人の犠牲の上にある、現在の平和だった。

リシャールもミリアンも、神妙に耳を傾ける。


「私は戦うことは出来ないけれど、慰問と称して補給部隊について行ったの。

陛下をずいぶん、驚かせてしまったわ」


歴史で習ったことがある。

大きな戦いにはならなかったものの小競り合いが長引いて、かなり消耗したと。

王太后様は、前国王陛下のことが心配で堪らなかったのだろう。


「レスピナス伯爵領の近くに補給基地があって、そこまで会いに行ったのよ」

「前国王陛下は、きっとお喜びでしたでしょうね」

「そうね。兵士たちの手前、平然としていたけれど嬉しそうだったわ。

長居は出来ないから、翌日には王都に戻ったの」


過去の話だから、その後、二人が無事に会えたのはわかっている。

だが、その別れの時は、どんなに辛かったのだろう。

瞳を潤ませたミリアンを、リシャールが気遣った。


「まあ、泣かないで、ミリアン。その別れは辛くなかったのよ」

「どうしてですか?」

尋ねたのはリシャールだった。


「出発間際にね、陛下ったら、来てくれた礼が何も出来ないから一曲踊ろう、って言い出して…」


王太后様は懐かし気に微笑む。


「補給基地で兵士しかいないの。手慰みの楽器ひとつ無くて。

それで皆で『麻紐の花束』を歌ってくれて…

後にも先にも、あんなに元気のいいワルツは踊ったことがないわ」


『麻紐の花束』は兵士が大切な人に別れを告げる歌詞だ。

そんな歌を前線近くで歌う兵士たち…


「皆さん、強い心をお持ちだったのですね…」

「ええ、きっとそうね。

でもね、同じ歌詞でも、歌う人の心持ちで意味が変わるのよ。

諦めて別れていくのではなくて、必ず再会すると決心して皆、歌っていたわ」


ミリアンは王太后の目を見た。


「陛下もね、言葉にしなかったけれど、必ず私のもとに帰ると告げるような力強いエスコートで…あの時は惚れ直したわね」

「お、お婆様?」

「あらやだ、惚気てしまったわ」


ホホホと笑う王太后を見ながら、ミリアンは思う。

前国王陛下は亡くなられているが、今もその心は王太后様と共にあるのだろう。


それで、つい言ってしまったのだ。

お暇の挨拶の時、うっかりと…


「本日は、素敵な思い出をお聞かせくださり、ありがとうございました。

前国王陛下にも、よろしくお伝えください」

「ミリアン?」

リシャールは怪訝な顔をしたが、王太后様はミリアンを抱き締めた。

「ええ、ええ。もちろん伝えるわ。

そう、あの方は今も、私の傍らにいてくださるのよ」


女同士でだけ、分かる話なのだろう。

リシャールは、これ以上触れないことにした。


「ミリアン、私、貴女のことが大好きだわ。

リシャールがおいたをしたら、私に言いなさい。

懲らしめてあげるから」

「はい」

「お婆様…ミリアン…」


幸福の絶頂にあるはずの王子が、あまりにも情けない顔をするのを目にして、離宮の使用人たちは表情を殺すのに非常な苦労をしたのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 同じモチーフ(タイトル)が大切な場面で繰り返されること。 心にしみて泣けて仕方ないです。
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