お茶会とお友達
ミリアンのお披露目が終わり、次のイベントは婚約式。
社交シーズンの中盤に予定されており、準備そのものはお世話係たちの領分なので、当人にはそれほどすることはない。
だが、夜会の一件もありミリアンは当然、注目の的だ。
ご婦人だけのお茶会の招待状が山になっていた。
「あらあら、すごいわねえ」
招待状の量が多すぎて、ミリアン付きの者だけでは捌ききれない。
王妃殿下の指示で、あらかじめ殿下の筆頭侍女によって仕分けされることになった。
「お手を煩わせ、申し訳ございません」
王妃殿下とお茶を飲むミリアンは、そこにいる使用人たちに向ける気持ちも込めて言った。
「大丈夫よ。こういうのは慣れた人がやる方がいいの。
筆頭クラスになると封筒を見ただけで、ある程度は判別がつくのよ」
まさか、と目を丸くしたミリアンに、筆頭が真顔で頷いた。
自らも王宮という魔窟で生き延び、また王妃殿下を生き延びさせてきた筆頭だ。
レスピナス伯爵領で言えば、お婆のようなもの。尊敬しかない。
筆頭の隣では、ソフィが差出人を確かめながら仕分けしていた。
「お茶会は招待主も大事だけど、一緒に行くお友達も大事なのよ」
「お友達?」
「ふふ、ブリュエットに頼んでおいたから大丈夫」
「ブリュエット様が、お付き合いくださるのですか?」
「ええ、あなたと話してみたいんですって。
彼女、あの一件で、今や名実ともに令嬢界の主よ。
貴女が目立ち過ぎないから、助かるわー」
行儀見習いでソフィの後ろをついて歩いていたころは、公爵令嬢と廊下で行き会えば、さっと壁際に避けて頭を下げていたものだ。
そんな方がお友達として、お茶会に一緒に行ってくださるなんて…
「なんだか、夢みたいです…」
「…ねえ、ミリアン。
リシャールと婚姻することを、夢のようだと思うことはないの?」
「いいえ。それはとても現実感があります。
隣に立って恥ずかしくないようにとか、少しでも殿下の役に立てるようにとか、考えていたら切りがなくて…
そのために、やれることはやりたいので」
「恋に盲目にはならないのね」
「はい、ちゃんと目を開けてリシャール様を見ていたいです」
美形で才もあり、そして王族。
夜会や茶会でリシャールを目にし、恋に恋した令嬢も数知れず。
だが、そんなフワフワした思いで王族の嫁は務まらない。
「リシャールが貴女に会えて、よかったわ」
「私も、殿下に会えて、よかったです」
頬を染めるミリアンがあまりに初々しく、抱きしめそうになった王妃殿下は、その衝動をやっとのことで堪えた。
もちろん、抱きしめることに不都合はない。
だが、この息子の婚約者は事あるごとに可愛すぎる。
抱きしめ癖がつきそうで、自重することにした。
ミリアンが参加する最初のお茶会は、ジラルデ伯爵家主催だった。
ジラルデ伯爵家の領地は国の中でも南寄りで、花の栽培が盛んだ。
この茶会が選ばれたのは、ミリアンへのご褒美の意味合いが強い。
初冬の寒さの中、タウンハウスで行われる茶会は談話室や応接室を使い、招待人数も少ない。
だが、ジラルデ家は花の家。
レスピナス伯爵家のタウンハウスにも負けない、広い温室でお茶会が開かれた。
「今日のお茶会、招待状の争奪戦が凄まじかったようですわ」
王宮まで馬車で迎えに来てくれた、マントノン公爵家令嬢ブリュエットが教えてくれる。
「まあ、そんなに素晴らしい温室ですの?」
「…ええ、温室は確かに素晴らしいのですが」
ブリュエットはミリアンに調子を狂わされていた。
『王子殿下と婚約されたミリアン様が目当てなのではありませんか!』と心の中で思う。
そういうブリュエットも夜会の件で、自分に近づきたくて参加する令嬢がいることを理解していなかったのだが。
旬の二人は、ジラルデ伯爵夫人に大歓迎された。
「まあまあ、ようこそお出でくださいました。
お茶とお菓子、それから当家自慢の温室の花も存分にお楽しみくださいね」
王妃殿下からミリアンのことを頼まれているブリュエットは、近づいてくる令嬢を上手に捌く自信があった。
ところが、ジラルデ家の温室お茶会は参加人数が多い。
令嬢たちが牽制しあって、結局、誰も近づいてこなかった。
そうこうするうちに、お菓子を十分堪能したミリアンの興味は、温室の花々に移った。初めて見る花の名前や、栽培の苦労などに興味津々。
ジラルデ伯爵夫人は気を遣い、女性ばかりの会だからと、園丁の娘を温室内に配置している。
普段から父親の仕事を手伝っていた娘は、雑多ともいえる質問にも淀みなく答え、ミリアンに感謝された。
王子に嫁ぐという貴族令嬢の、丁寧で素直な態度に、園丁の娘はすっかり感激してしまった。
その後も数件のお茶会に参加したミリアンは、端々で使用人たちへの気遣いを見せた。
その噂は少しずつ広がり、第二王子殿下のご婚約者は、使用人や平民にも分け隔てのない素晴らしいご令嬢だと認識されていった。
お茶会が一段落して、ブリュエットは報告のため王妃殿下のもとを訪れていた。
「私、地味力をなめていましたわ。
パッと目立つような魅力よりも、徐々に確実に確固として浸透していく魅力ってあるのですね」
「そうかもしれないわね。同じように噂をされるにしても、どこかが違うのね」
「それから…」
ブリュエットは言い淀む。
王妃殿下は、いつもはきっぱりとした彼女の、そんな様子は珍しいと思った。
「どうしたの?」
「…その、お茶会でご一緒しているものですから、なんだか私のことも優しい令嬢、と噂されているようです」
「ブリュエット、意外とね、火のない所に煙は立たぬというのは本当よ」
「……」
頬を染めたブリュエットの可愛らしさに、王妃殿下は微笑みそうになったが、なんとか堪えて真面目な顔を作った。
これ以上、混乱させては可哀そうだ。
ああ、若い人たちと話すと、我慢しなくちゃいけないことが多いわ…
王妃殿下の応接室からお暇したブリュエットは、王宮の廊下を進んでいた。
ふと気付けば、向かいから軽やかに近づいてくるのはリシャール第二王子だ。
軽やかに? あの方は、そんな方だったかしら?
王子の変化に気付きながら、まだ馴染めていないブリュエットは怪訝な表情をしていた。
だが、リシャールは気にも留めていない。
「ブリュエット、ミリアンのお茶会の付き添い、ありがとう!」
満面の笑みで感謝された。
並の令嬢なら、射程十メートル以内は失神しそうだ。
「いえ、王妃殿下のご依頼ですから。お役に立てて、よかったですわ」
「これからも、彼女と仲良くしてくれると嬉しい」
「まあ、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
にこやかに別れを告げ、去っていく第二王子。
残されたブリュエットは思った。
「誰!?」
幼馴染だからと気を許しているのか、ほんのちょっと前までは仏頂面の記憶しかない。
誰なの? あの爽やか王子は!?
もちろん、あれはリシャール第二王子だ。
そんなことは、わかっている。
しかし、なんだか負けた気がするのはなぜだろう。
何に負けたのか、誰に負けたのか、さっぱりわからないけれど。
気付けばブリュエットは踵を返し、王妃殿下の応接室の扉をノックしていた。
入室が許され、殿下が再び迎えてくれる。
「ブリュエット、忘れ物でも?」
「王妃殿下、もしも、私に合いそうな殿方をご存じでしたら、ご紹介くださいませんか?」
王妃殿下は待ってましたと言わんばかりに目を細めた。
「ランブラン侯爵家の三男、ファブリスはどうかしら?
残念ながら、ランブラン家は、貴女のお父様のご実家と仲が悪いのだけど…」
「父が領地にいる、今がチャンスですわね!
是非、お会いしたく思いますわ」
「任せてちょうだい!」
王妃殿下が視線をやると、筆頭侍女が頷いた。
そして、三日後には見合いが組まれ、五日後にはデートが目撃され、七日後には夜会で踊る二人が社交界を賑わせたのだった。




