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麻紐の花束  作者: 瀬嵐しるん


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18/22

北風とか太陽とか

夜会の翌日、マントノン公爵家の令嬢ブリュエットは王妃殿下の応接室にいた。

親しい客人を呼ぶ、寛げるほうの部屋だ。


ちなみに、今ひとつ気に入らない客人は、ただただ豪華なだけの応接室に通される。

そちらに通される者は皆、金ぴかの調度品を見て自分が最上のもてなしを受けたと勘違いするような輩ばかりだった。



ブリュエットは、ミリアン・レスピナス伯爵家令嬢について考えていた。


噂によれば、隣国の王女の相談に乗ったとか、厨房が助かったとか、侍女からの支持が厚いとか…

どの手柄も気位の高い貴族からすれば、冗談にもならないと鼻で笑われそうなものだった。


「地味、ですわね」

「何が?」

「第二王子殿下の婚約者の方の、活躍ぶりが、ですわ」


昨夜会ったミリアンは、見た目はとても可愛らしい。

だが、芯が通った人物だと感じた。


ブリュエットは優雅に紅茶を飲んだ。

王妃殿下は微笑む。


「そうね、確かに地味かもね」

「でも、リシャール殿下には相応しいですわ」


ブリュエットは幼いころからリシャールを知っている。


見るからに王子然とした美貌。

何を習っても、それなりの結果を出せる才能。

大人しく、逆らわないが、いつもどこか不満げな子供。

成長するにつれ、表向きは不満を隠すのがうまくなっていった男。


ブリュエットから見て、リシャールには異性としての魅力を全く感じない。

個人的な好みの問題だから、それでいいのだ。

だが、父であるマントノン公爵は、事あるごとにブリュエットをリシャールに嫁がせようとしてきた。

そんな相手を、興味が無いからと言って気にしないわけにもいかなかった。


「ミリアンは苦労すると思うわ。突然、王族に嫁ぐのだし。

将来は公爵夫人として、社交しなければいけないし。

だからね、せめて夜会やお茶会で、つまらない意地悪をされないように牽制したかったのよ」

「まあ、そうなんですか」


「夜会で誰かが詰め寄ってくれたりすると、王家が嫁をどれだけ大事にしているかっていうデモンストレーションが出来るんじゃないかと思っていたの」

「はい」

「そのスケープゴートに、お宅のお父様なんかどうかなって思ってて」

「…」

「貴女が助け舟を出したせいで、なんだか丸く収まってしまったわね」


公爵は期待に応えてやらかした。

マチューは入り婿だ。公爵家当主という身分にもかかわらず婿に入った当初から、妻にも義理の両親にも頭が上がらないせいで鬱憤が溜まっていた。

変にこじれて感情が爆発すれば、公爵家は非常にまずい立場になったはずだ。


「今シーズンは一家で謹慎してもらって、現公爵は引退ぐらいの匙加減で行こうかと思ってたの」


「王妃殿下の目論見を、私は邪魔してしまったのですか?」

さすがのブリュエットも、冷や汗が出た。


「それは、いいのよ。別に公爵を貶めたかったわけではないもの。

貴女の演説で、令嬢たちの中にミリアンの味方が増えたのではないかしら。

十分な成果よ。

陛下に対する話の持って行き方なども見事だったわ。

うまく落としどころを見つけたと、感心していたの」


「はい…」

王妃殿下の妨害をしたと叱責されるのかと思ったが、そうではないらしい。

では、自分はどうして呼ばれたのだろう?


「最近、女性も表立って活躍するようになってきたでしょう?」

「ええ」

「そろそろ、我が国でも女当主が認められそうなの。

貴女にその意志があるなら、わたくしが後ろ盾になるわ」


ブリュエットは息を呑んだ。

女でも公爵家の当主となれるのならば、長女の自分が家を継げる。

領地の改革など、今まで胸の中で温めてきたものを実行できるかもしれない…

だが。



「私、昨日、とても驚きました。

感情の乏しい人形のようだと思っていた第二王子殿下が、表情豊かで」

「ええ、そうね」

「彼を人間にしたのはミリアン様ですわね。

ならば私も、自分の王子様を探してみようかと思っています」

「王子様?」

「本当にいるのか、見つかるのかわかりませんけれど。

私は公爵家令嬢として育ち、父ほどではなくとも身分の違いを当たり前だと思っていました。

この国では最高の教育を受け、どの令嬢よりも正しい判断が出来る、と思っていたのです。でも、間違いでしたわ」

「ブリュエット?」

「第二王子殿下を、人形から人間にしたのはミリアン様。

彼女が、心の中に隠れていた、本当のリシャール様を救い出したのですわ。

…私も、曇りのない目で人と接することから始めますわ」


「女公爵はいいの?」

「最初の女公爵になって後続のために血路を開くのは、骨が折れるので嫌です。

そのかわり、父が侯爵家から養子を取るのには反対していただけませんか?

私が入り婿に相応しい方を見つけてくるまで」


ブリュエットには妹が二人いるが、男兄弟はいない。

父は自分の実家である侯爵家から養子をもらって跡を継がせるつもりだ。

娘は有力な貴族に嫁がせ、養子を手懐けて後見として権力を振るいたいのだろう。


「いつまでもは引き延ばせないわよ?」

「見つけさえすれば、後は私の魅力ですぐに話をまとめてみせますわ」

ブリュエットは嫣然と微笑んだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] ブリュエット様、非常に好みです。 勝気だけど、冷静に計算できる女性。 応援しちゃいますね。 そして暗躍する(?)王妃様も素敵。 これからの展開が非常に楽しみです。
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