婚約者の家族
王宮から来た馬車は翌日、第二王子と子爵家令嬢を乗せて出発した。
まだ、正式に婚約もしていない二人のこと、お目付け役のガエルとソフィが同乗している。
早朝に出発すれば、三日目の夕方には王都に着く。
王家の馬車は、見た目が豪華なだけではなかった。
あまりにも揺れが少なく、ミリアンはひどく驚いた。
よく考えれば、王都から領地に戻った時は荷馬車だったのだ。
比べるのも烏滸がましいだろう。
「ミリアン、どうかした?」
シャールが訊いてくる。
「あまりにも馬車が揺れないので、驚きました」
「そうだな。これは最新型だから、乗り心地はいい」
「王都から領地に戻るときは荷馬車だったので、いいリズムで揺れるんですよね」
「それで、平気だったの? 風邪も治りきってなかったんだろう?」
「ほとんど寝てたので」
「危なくないのか?」
「藁を積んでいたし、古めの毛布とかクッションとか持ち込んだので大丈夫でしたよ」
「クッション?」
「馬車の中で転がって、どこかに激突しないように使ったんです。
そうそう、荷馬車で寝るなら、棺みたいなものがあればいいなって思いました」
「…棺?」
「棺って人間一人サイズでしょ?
あの内側をフカフカに加工して、そこに横になって行けば、転がらないし安心かなあ、って」
「なんか、目的地が変わりそうで怖いんだけど?」
車内では、笑いをこらえるガエルを、邪魔するなと言わんばかりのソフィが睨んでいた。
「シャールは、ずっと馬に乗ってきたのでしょう?
おし…どこか、痛めなかったんですか?」
「…あ、うん。乗馬は苦手じゃないと思ってたけど、乗り続けるのはちょっと大変だった」
単純に速度を比べれば、騎行のほうが馬車よりは速い。
だが、慣れの問題があった。
同行する護衛騎士から「ミリアン様に会った途端に倒れてたんじゃみっともないですよ」と言われ二度、宿を取った。
結局、馬車と変わらない二泊の旅になったのだ。
「伝令の大変さが、少しわかった」
「無理なさっては駄目ですよ…いえ、私のために無理してくださったんですよね」
「無理ではないよ。そうしたかったんだ」
甘々だが、婚約するのだし、いい傾向だ、とソフィは思った。
ふと隣を見れば、ガエルが涙目になっている。
どうやら感動しているらしい。
笑ったり泣いたり、忙しい人だなと思いながら、ソフィは今日もハンカチを差し出す。
こんなこともあろうかと、ガエル用に予備のハンカチを用意してあった。
予め、街道沿いの領主に根回ししてあったこともあり、馬車は順調に王都へと近づいて行った。
二泊目の朝は、王妃殿下から贈られたドレスに着替えさせられた。
「こんな素晴らしいドレスは、初めて着たわ」
「ドレスに負けないよう、素晴らしいお振舞でお願いいたします」
「…善処します」
いつものミリアンらしくしていればいい、と言ってあげたかったが、王宮内は戦場だ。
以前の、行儀見習い中のようにはいかない。
ソフィは、出来る限りミリアンの側にいて守らねば、と気を引き締める。
馬車が王都に入ると、シャールの表情も厳しくなった。
「ごめんね、ミリアン。タウンハウスには、しばらく帰れない」
「はい。わかっています」
ミリアンは笑顔で応えた。
王城の敷地内に入った馬車は、そのまま奥まで進む。
王族専用の馬車寄せでは、シャールがミリアンをエスコートして馬車から降ろした。
扉の前では、王妃殿下付きの筆頭侍女が待ち構えていた。
「おかえりなさいませ、第二王子殿下」
「ああ、ただ今帰ったよ」
「ご無事で何よりでございます。
…ミリアン様、ようこそいらっしゃいました」
優しくしてくれた筆頭侍女に、ミリアンは何と返事をしていいかわからない。
「…よろしくお願いします」
それだけを、やっと口にした。
その場でミリアンは侍女たちに囲まれ、シャールと引き離されてしまった。
着いたところは、勝手知ったる王妃宮である。
「ミリアン、待っていたわ」
「王妃殿下、その節は…」
「わかっているわ。お話は後でゆっくり。パパっと挨拶を済ませて、早めに休めるようにしましょう」
王妃殿下の合図で、侍女たちに身なりを整えられる。
そのまま連れていかれたのは、王族用の談話室だった。
そこに居たのは、国王陛下と王太子殿下、そしてリシャール第二王子殿下だった。
王宮に一年弱居たとはいえ、こんなに間近で陛下や王太子殿下にお会いしたことは無い。
ミリアンは緊張した。
まずは深く礼をとる。
「よく来てくれた、待っていたよ。顔を上げなさい」
国王陛下が声をかけてくださる。
「リシャール、婚約者殿を心細くさせてはいけないよ」
王太子殿下の言葉で、リシャール王子はミリアンをエスコートしてソファに座らせた。
「見惚れていたのね。もう、この子ったら、ミリアンに夢中なのよ」
王妃殿下の言葉に、まだまだ初心な二人は揃って顔を赤らめる。
「疲れているところ、ごめんなさいね。
家族が揃って顔を合わせる時間が、なかなか取れそうもないから、今来てもらったのよ」
もう半月もすれば、社交シーズンだ。王宮の雰囲気もどこか忙しない。
「私の妃は、身重で来られなかったが、そのうち顔合わせの機会を設けよう」
王太子妃殿下は二人目のお子様を妊娠中だった。
少しの雑談の後、労いの言葉をかけられて歓談は終わった。
「王宮ではいろいろあるだろうが、君は一人ではないから。
それだけは覚えておきなさい」
「ありがとうございます」
陛下の温かいお言葉が、胸に染みる。
いいご家族だ。
だからこそなお、ミリアンは、王宮で育ったリシャールの孤独を想った。
その夜から、王妃宮の一室がミリアンの部屋にあてられた。
ソフィを頭に、数人の専属侍女とメイドが付けられる。
社交シーズンの幕開けを告げる王宮での最初の夜会が、ミリアンのお披露目の場となる。
それに向けて、翌日から急ピッチで準備が始まったのだった。




