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麻紐の花束  作者: 瀬嵐しるん


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14/22

風読みの行方

ロック・プルヴェは下町の飯屋で昼飯を食べていた。


レスピナス子爵家に婚約解消を申し出てからしばらくして、子爵本人がプルヴェ伯爵家を訪れ、了承の返事をした。


伯爵と子爵は旧知の仲であり「いや、ご縁が無くて残念でした」と、軽く酒を酌み交わして、この話は円満に終わった。


婚約解消はロックの意思で押し切ったようなものだが、家族からは反対されなかった。


子供のころから、ロックは少し大人びていた。

友達に流されるとか、勢いで失敗するなどということもない。


婿入りであろうが、どこかで仕事につこうが、本人がなんとかするだろう。

家を出て自立すると宣言した次男を、家族は信用していた。




「ロックさん?」

ふいに声をかけられた。


振り向くと見知った顔だ。

「ジャコブ会頭」

「ご一緒しても?」

「ええ、どうぞ」

ジャコブは伴った秘書共々、同じテーブルに着いた。


「今日は、買い物ですか?」

「いえ、実は…婚約が解消になりまして」

「えっ? それは大変じゃないですか?」

「幸い解消自体は特に問題なく済みました」


情報屋に調べさせていたジャコブは、婚約解消について掴んでいたが素知らぬ顔をする。


「他に何かあったんですか?」

「婿入り先が無くなっても家は出なければならないので、働き先を探しています」


『飛んで火にいる夏の虫!』と心中の笑みを隠し、ごく平静な顔を装うジャコブ。


「ああ、それなら試しにうちの商会で働いてみませんか?」

「ルナール商会で?」

「ええ、細かい手伝いの仕事なら、いつでも人手が欲しいので。

ロックさんが続けられそうな仕事がうちで見つかれば、その時また話し合う、ということでどうでしょう」


「試しで働かせていただけるのは、ありがたいですね。

お願いできますか?」

「一応、従業員の寮もありますから、時間のある時に見ていただければ。

…もしよければ、この後どうです?」

「よろしくお願いします」


寮があるのは助かる。たとえ雑魚寝でもかまわない。

継ぐ爵位が無ければ平民に混じって働くだけだ。

他の従業員と仕事場や寮で接することは、今後の自分のためになる。


ロックは、状況が厳しい方がむしろ好都合だと考えていた。



一方のジャコブは、是非、ロックを自分の商会に欲しいと思っていた。


娘のフランソワーズが彼を気に入っていたので、情報屋に身辺を調べさせてみた。

残念ながら婚約者がいた。縁が無かったと娘に告げるべきか躊躇した。


ところが、しばらくして情報屋がロックの婚約解消の話を拾ってきたのだ。

婿入り先が陞爵するから、婿入りを止めるという。

普通の男なら、むしろ喜んで行くだろうに。

これはと思い、もう少し詳しく調べるよう情報屋に報酬を弾んだ。



その調査結果を見て、ジャコブは確信した。

ロックは風読みだ。

いるのだ、たまにこういう人間が。


船乗りであれば、わずかな天気の差を読み解き、船を安全に航海させる。

商人であれば、人や金、物の流れからその行き着く先を読み、危険を回避するだろう。


ジャコブの長男、商会の跡取りとなるアンドレは、豪胆なところが自分に似た。

人望もあり、後継ぎには相応しい。

だが、いろいろな状況から兆しを拾うのは苦手だ。


ロックが商会に入り、いつかアンドレの右腕となってくれたら…


二人の相性もあるし、フランソワーズのこともある。

未来のことは、わからない。


だが、まるでその道に進ませろと啓示があったように、ロックはここにいる。

ジャコブに出来るのは、若者に道を示すことだけだ。


彼等の将来が楽しみでたまらない。

ジャコブの心からの笑顔を見て、彼に従っていた秘書はひどく驚いた。



数日後、王宮の温室では、ガエルが暗部からの報告を受けていた。


「ロック・プルヴェはレスピナス子爵家とすっぱり縁を断って、ルナール商会に就職、か。

これはどうも、リシャール殿下に影響が及ぶことはなさそうだな」


これをもって、ロック・プルヴェとルナール商会の重点的な調査は終了となった。


「しかし、ロック・プルヴェっていう奴は…

女運が凄いね。ミリアン様の後は、フランソワーズ・ルナールねえ」


なぜか暗部の調査書にあったフランソワーズのスリーサイズを思い出して、ガエルは一人ため息をついたのだった。




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― 新着の感想 ―
ロックのこと評価してくれるところに行けそうで良かった(*´ω`*)
[良い点] いわゆる「ざまぁ」ものとか、婚約者がいきなり破棄をたたきつけてくるようなお話ではないところが良かったです。 嫌味な人物もおらず、殺伐としたところがなく、楽しく読み進められました。 [気にな…
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