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麻紐の花束  作者: 瀬嵐しるん


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13/22

レスピナス子爵領

子爵領に戻ったミリアンは、真っ先にお婆に会いに行った。

ハーブに関わる全般で領内の顔役になっている彼女は、子爵家の敷地内に小さな一軒家を与えられている。


「おや、一年見ない間に、なかなかいい面構えになったじゃないか」

「…お婆、会いたかった」

ミリアンはお婆に抱き着いた。

口調のキツイお婆も、本当は可愛がっているミリアンの頭を撫でてやる。


ああ、落ち着くなぁ。

ミリアンはお婆のエプロンに染み付いた、ハーブの香りを吸い込んだ。


「私も、お婆みたいにハーブな加齢臭の女になりたい…」


さすがにパコンと叩かれた。


「痛い…」

「誰が加齢臭があるって?」

「冗談です。ごめんなさい」


ハーブのエキスパートであるお婆は、加齢臭問題も華麗にクリアしていた。


「風邪をひいて、王宮から早めに出てきたって?」

「うん。ちゃんと挨拶もしてなくて、申し訳なかったけど…」

「居座るのもナンだからね。仕方なかろうさ。

今夜は、アタシがとっときの薬膳を用意してやるから、しっかり食べるんだよ」

「ありがとう。お婆大好き!」

「もう十六になったっていうのに、子供みたいだねえ」

そういうお婆は、優しい目をしていた。


お婆と呼ばれている女性は、年齢不詳。

若くは見えないが肌艶はよく、少しふくよかな美人である。


彼女はミリアンが小さい時に、この地に来た。

それ以前は流しの踊り子だったとか、亡国の女王だったとか、眉唾物の話がたくさんある。

それは全てミリアンのせいだ。

ハーブを商品に整えるための作業をする小屋で、手伝いに来るミリアンにせがまれて、いろいろな話をしたのだ。

ほとんどは、昔からのおとぎ話によく似た話だった。


何かの事情で家族を全て亡くして、ここにたどり着いたという以外は何もわからない。

ひょっとしたら、ミリアンのような娘もいたのかもしれない。


「後から部屋に届けてやるから、戻って休みな」

「うん」


母屋に戻るとき、どこかから子供の歌声が聞こえてきた。

このメロディーは『麻紐の花束』だ。

相手の幸せを祈りながら別れを告げる歌は、今の自分にはふさわしい。


今、鏡を見たら、私はどんな顔をしてるんだろう。

笑ってる? それとも困ってる?

そんなことを思いながら、気付けばミリアンも歌を口ずさんでいた。



お婆の薬膳効果か領地に戻った安心感か。

翌朝、ミリアンの目覚めはスッキリ爽やかだった。

風邪も、もう治ったような気がする。


本当に久しぶりの領地だ。

天気もいいので、領内を見回ろうか…


そう考えていたが、朝食を用意してくれたお婆に怒られた。

「まだ完治じゃないよ。ゆっくりしてな!」

そう言いながら、前の冬にまとめておいたというハーブの冬越しについての資料をくれた。

「よく読み込んで、不足があれば後で訊いてくれ」と言われ、大人しく、それを読んで過ごすことにした。



午後になって、執事がミリアンの部屋に来た。


「お嬢様、王都から使者の方がみえております」

「使者? お父様かしら?」

「まずは、こちらをお読みくださいとのことです」


手渡されたのは、父からの手紙だった。

ミリアンはすぐに開封して読み始める。


「…あら大変。私、婚約者に振られてしまったようよ」

「はい?」


父からの手紙は、ロック・プルヴェから婚約解消の打診があったことを報せるものだった。


直接、両親と会って話したと言うロック。

返事は保留にしたと書いてあるが、その場で話し合う余地がなかったのならば確定だろう。

何の感慨もなく、ミリアンは婚約解消について事務的に受け入れた。


また、お見合いするのは億劫だ。誰か、あの時の見合い相手は売れ残っていないだろうか?


「手紙をお持ちになった使者の方が、お嬢様にお会いしたいとのことですが、どうなさいますか?」

「遠くから来ていただいたのですもの、もちろん会うわ」

「では、応接室へご案内いたします」


応接室まで行くと、使者は先に部屋に入っていた。

椅子には座らず、軽く頭を下げたままミリアンの入室を迎える。


「まあ、王都からいらして、お疲れでしょう?

とりあえず、お座りください」

「ありがとうございます」


部屋の奥に進もうとしていたミリアンの足は、その声を聞くと動かなくなった。

視線を使者に向けると、金髪の使者はゆっくり顔を上げる。

美しい緑の目が、優しく微笑んだ。


「王都より使者として参りました、シャールと申します」

「…どう…して?」

「君に会いたくて」


シャールは呆然としているミリアンに歩み寄ると、そっと手を取り、ソファまでエスコートした。

そして、そのまま隣に座る。


黙って見守っていた執事は「お茶をお持ちいたします」と言って、部屋を出た。

しばらくしてメイドがお茶を持ってきたが、準備が終わると退出してしまう。


部屋には二人きり。

シャールはミリアンが落ち着くのを、辛抱強く待った。


「シャール…」

「うん」

「私も…会いたかったの」


シャールはなぜか、泣きそうな笑顔になった。


「…君の母上が、君の心が傷ついていると仰っていた。

僕に、何か、出来ることはあるかな?」


「話を聞いてくれる?

私、婚約者に振られてしまったわ」


「うん、知ってる。

ねえ、僕がプロポーズしてもいい?」


「…私はただの子爵家の娘よ。

なぜかたまたま、家が陞爵されて伯爵家になるみたいだけど。

王子様のお嫁さんになれるような身分じゃないわ」


「君は既に歴戦の戦士だ。王家に認められてる。

僕なんか、ただの温室育ちだよ…」


シャールにしてみれば、真面目にしんみりと言った台詞だったのに…

なぜかミリアンは盛大に噴き出してしまった。


「ひどいな。今、笑うところだった?」


「だって、温室…温室育ちって!

…ガエルさんが苦虫を嚙み潰してるのが、見えるんだもの」


大笑いするミリアンを、ムッとしたシャールが少し乱暴に掴まえた。


「笑い止まないと、キスする」

「え、まだ返事していないわ」

「構わないよ。キスしたいからする」

さすがに、笑いが引っ込んだ。


「笑ってないけど、キスする」

「え、ちょっと、待って…」


唇に触れるだけの優しいキスの後、二人は肩を寄せ合い、黙ってそっと触れ合っていた。


「大好きよ」

ミリアンが一言ポツリと告げた、それがプロポーズの返事だった。



気付けば、すっかり薄暗くなっている。

執事がランプを持って入ってきた。


「失礼いたします。

使者の方々にお泊り頂けるよう、離れを用意してございます」

「…ありがとう、ご案内して差し上げて」

「畏まりました」



子爵から執事あてに届けられた手紙には、使者が王子であることも書かれていた。

ただし、丁寧に対応することは必要だが、表向きは王子扱いするな、とのこと。

なかなか難しい注文だ。

加えて、目に見えない護衛がいるので、うまく対処してくれとあった。


目に見えない護衛が暗部であると察した執事は、客間ではなく離れを用意した。

目に見えるほうの護衛は二人だ。

「遠くからお出でになったので、さぞや空腹かと存じます。

お食事は、二人前ぐらいは召し上がられるのでは?」

と訊いてみた。


すると目を丸くした護衛だったが

「…その倍くらいはいけそうです」と答えた。

ならばと「大皿料理でも構わないでしょうか?」と訊いた。

「心遣い感謝します」と笑顔が返って来た。


王子の護衛として、王都からやって来た者たちは丁寧にもてなされた。

普段は神経をすり減らすだけの暗部も、交代で温かい食事を摂り、ベッドで仮眠も出来た。


一方、執事は万一の時、護衛たちを手助けできるよう、秘密裏に自警団の見回りを増やすよう頼んだ。

商売が順調な子爵家は気前がいい。

自警団をまとめる顔役は酒代を期待して、二つ返事で引き受けた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 自分で使者になっちゃった! 元婚約者もハッピーエンドだといいなぁ。
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