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麻紐の花束  作者: 瀬嵐しるん


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11/22

冬の足音

秋が深まっていた。

冬の足音が、少しずつ近づいている。


庭園へ出てから、前より早足で温室に向かうようになった。

温室に入ると、ホッとする。

「あったかい」


「やあ、ミリアン。元気そうだな」

あったかいを通り越して、今、急に暑くなってしまった。

久しぶりにシャールの顔を見たせいだ。


「…シャールも元気?」

「ああ」

そう言うシャールの笑顔は、少し強張っている。


すっかり頼りにされているミリアンは、ガエルから壁際の植物の保護を頼まれていた。

用意されていた麻袋や藁などを使って、手早く幹を包んでいく。

シャールも見様見真似で手伝う。



並んで作業していると、温室で初めて会った日から今までのことを思い出す。

最初の日、シャールは柑橘を収穫していて、それを分けてもらいママレードを作ったこと。


そのママレードと、料理長に貰ったビスキュイを持ち込んで、お茶をしたこと。

シャールがママレードを気に入って、料理長がそれを使ってシャルロットを作っていたこと。


そのシャルロットを始めて食べた夜会の日、ここでシャールと踊ったのだ。

魔法にかけられたみたいに、素敵な時間を二人で過ごした。


あの時、二人で歌った『麻紐の花束』のことは、この先ずっと忘れないだろう。

あの曲を聞いたら、きっとシャールを思い出すんだろう…



「ミリアン?」

ずっと黙ったままの彼女が気になり、シャールはその横顔を見た。

「…泣いてるの?」


「違うわ。雨が降ってるだけ。ほら、温室の外を見て…」


温室の外では、冷たい雨が降り出していた。


同じ時、同じ場所、今ここで隣り合って同じ方向を見ているのに…

ほんのわずか先の未来には、引き離されて、もう近づくことは無い。

どれだけ前に進んでも、振り向いても、どこにも貴方はいないのだ。

貴方を探しては、いけないのだ。


雨が止まない…


いっそ二度と降りやまず、温室にシャールと二人、閉じ込められてしまえばいいのに…



「いや、酷い雨になって来たよ」

外から入ってきたガエルが、外套の水気を切っていた。


「遅くなるから、戻りますね」

「ミリアン、濡れるから外套を貸すよ」

「いいえ、屋根のある所まで走るので大丈夫です」


ガエルの手を躱して、ミリアンは雨の中を走り出した。



秋の雨は、ミリアンが思ったよりも冷たく、翌日、彼女は高熱を出した。

医者からは一週間の安静が必要と診断される。

見習い期間は残り少なく、手伝いを頼まれた仕事もない。

彼女は予定を早めてタウンハウスでの療養を希望し、許された。


料理長や先輩方、それにガエル。きちんと挨拶できないのは心残りだ。

後で、何か贈れる物がないか考えてみよう。

王妃殿下には、夜会でお会いできるだろう。

後は…


今は考えがまとまりそうもない。

後は具合が良くなってから考えよう。

タウンハウスから迎えに来た、レスピナス子爵家の馬車の中で、ミリアンは眠りに落ちた。



タウンハウスの自室で、うつらうつらする日が続いた。

雨は降ったり止んだり。

例年より、寒くなるのが早いですね、とメイド長が言っていた。


やっと熱が下がって、少量なら普通の食事をとれるようになった頃だった。

今年は陞爵のため、準備に時間がかかるからと早めに王都にやって来た両親がタウンハウスに現れた。


ミリアンが王宮から戻ったことを報せる手紙とは入れ違いになったようだ。

顔を合わせると、とても驚かれた。


「まあ、ミリアン、どうしたの?」

タウンハウスの執事が状況を説明してくれる。

「そう。でも都合がいいわね。貴女もドレスの準備があるし…」


「お母様」

「なあに?」

伏せっていたことを知った母は、優しく応えた。

「あの、出来ればこのまま、領地に帰りたいんです」


荷物を運んできた馬車は、一旦領地に帰される。

ミリアンは、それに同乗して帰りたかった。


しばらくぶりに会った娘は、思ったよりずっと大人びていた。

その真剣な表情に、両親は顔を見合わせた。


「あなたも、まだ体調が戻っていないようだし、馬車を帰すのは早くても明後日になるわ。

明日、ゆっくり相談しましょう」

「ありがとう、お母様」


その夜、領地から運ばれた、お婆の特製ハーブティーが出された。

ゆっくりと身体に染み渡る温かさを感じて、ミリアンはやっと落ち着けたような気がした。


翌日の午前中、母親が呼んだドレスメーカーが採寸にやって来た。

「ドレスさえ注文してしまえば、後はなんとかなるでしょう」


ドレスメーカーも書き入れ時だ。

ぎりぎり注文をねじ込める今のうちに作り始めてもらえば、ミリアンはここに居なくてもいい。


「まだ時間はあるから。明日、帰っていいわよ」

「お母様」

「ずいぶん疲れているみたいだから、ゆっくり休んできて」

「はい」


乗るのは屋根付きの荷馬車だが、ミリアンは気にしない。

ハーブの鉢を運ぶ手伝いでついて来た農家の娘に、付き添いを頼むことにした。

ただ馬車に揺られて帰るだけだった時間で小遣い稼ぎが出来る、と農家の父娘からとても感謝された。



ミリアンが旅立ってからすぐ、タウンハウスにロック・プルヴェが訪ねてきた。

「まあ、お久しぶりですわ。ロック様、お元気でしたか?」

「お陰様で。レスピナス子爵ご夫妻も、お元気そうで何よりです」


約一年ぶりに見る娘の婚約者は、男っぷりが上がっているようだ。

子爵夫人は目を細めた。


「ミリアンは王宮から戻ったのですが、あいにく体調を崩しまして。

領地に一旦、戻しましたの」

「…そうでしたか」

「本日はどんな御用でしょうか?」

レスピナス子爵が水を向けた。


ロックは息を整えると顔を上げ、切り出した。

「私の一方的な都合で大変申し訳ないのですが、ミリアンさんとの婚約を解消したいのです」

「「……」」

レスピナス子爵夫妻は、しばらく何も言えなかった。


「一方的な都合と仰るからには、ミリアンに何か問題があるわけではないのですか?」夫人は眉根を寄せながらも、努めて冷静に訊いた。

「もちろんです。その…この一年弱、私の努力不足もあって、お会いすることも出来ませんでした」

「では、どんな理由で?」


「今回の子爵家の陞爵については、ミリアンさんの働きによるらしいと聞いています。

意気地がないとお思いでしょうが、私には彼女を支える力が不足していると思うのです」


何が起こっているのか、子爵夫妻には見当もつかなかった。

これはもう、王宮で直接話を聴いてくるしかなさそうだ。

子爵はロックを見据えた。


「お話はわかりました。

検討いたしますので、今日のところは保留させていただいても?」

「もちろん構いません。お心を煩わせることをお許しください」

何度も謝罪の言葉を口にし、ロックは帰って行った。


子爵夫人は急ぎ、王妃殿下あてに手紙を書く。

翌日の朝、午後から面会時間をとるので王宮に来るよう、返事が届いた。



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― 新着の感想 ―
ロック、誠実な男だ…!
[一言] ロックは身の程をわきまえている…というか、自分の事が客観的に判断出来る人なんですね。次男三男にもなれば、早くに家を継ぐ以外の手立てを探さなければならないせいかもしれませんが…。
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