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短編小説集

冷酷無残な勇者を抹殺するために魔王を助けに来たのは、未来の勇者たちだった

作者: 属-金閣

【毎週水曜の新作短編投稿】の第五弾です!

 この物語は、勇者が魔王の討伐を決意をする物語である。


「魔王様、あの勇者が単独で攻めてきました。どういたしましょう?」


 部下からのそう報告を受けると、翡翠色の瞳が特徴である現魔王のカイル・ステラは直ぐに指示を出した。


「最前線にいる者たちを全員下げろ。あの勇者に立ち向かわず撤退だ。あの勇者とは今日、ここで俺と四天王たちでケリをつける!」


 すると報告に来た部下はすぐさま最前線へと俺の指示を届けに向かった。

 そして俺は近くに控えていた側近に、この最前線の魔王城からすぐに全員撤退させる様に指示をだす。

 側近は「承知いたしました」と返事をすると、一瞬でその場から姿を消した。

 俺が指示を出し終えて、小さくため息をつくと四天王たちが話し掛けて来た。


「どうしたカイル? さっき言った事でも後悔しているのか?」

「そんなんじゃないよ、アルクトゥールス」

「アルクトゥールス違いますよ、カイルはどう勇者を倒そうか迷っていたのですよ」

「それも微妙に違うよ、アルファルド」


 アルクトゥールスは、四天王の中で一番肉体派であり兄貴肌な一面がり大きな斧を二本背負い、鉤爪の武器をいつも持ち歩いているのが特徴である。

 アルファルドは、口元をいつもベールで隠していており、手足も完全に見えない様に少し大きめの長けの服を着ているのが特徴だ。

 そしてこの二人はよく口喧嘩をする関係でもあり、俺への態度の解釈についてまた口喧嘩を始めてしまう。

 するとそんな二人を見た、蒼色の髪が特徴のポルックスが恐る恐る仲裁に入って行く。


「二人とも、魔王様の前で口喧嘩は良くないよ……よくない」

「アルファルド、いつも俺に突っかかって来るんじゃねぇよ」

「そう言うアルクトゥールスこそが、いつもいつも私にいちゃもんを付けて来るのではないのですか?」

「何だと!?」

「何ですか!?」

「ちょ、ちょっと二人ともやめっ……うわぁっ」


 ポルックスが二人に押されて転んで頭を打って気を失ってしまうと、髪の色が紅色に変わりむくっと立ち上がると二人の肩を掴んだ。


「おい、俺様がさっから止めろって言ってんだよ! 魔王様の前で何喧嘩してるんだぁ? あぁ!?」

「やべぇ、ポルックスの奴人格変わって、カストルの方になってやがる」

「カストル分かりましたから、そろそろ肩の手離してくれませんか? ちょっと痛いです」


 するとカストルは二人からここで喧嘩しない事を条件に手を離した。

 ポルックスは二重人格であり、気絶する事で髪の色が蒼色から紅色に変わり、弱気な少しネガティブなポルックスから口調もきつめなイケイケなカストルとなるのだ。

 俺はそんないつも通りの三人を優しく見守っていると、最後の四天王であるレグルスが近寄って来た。

 レグルスは四天王の指揮官的な立場で、視野も広く仕事も的確な事から周囲からは魔王の右腕と呼ばれており、魔王になる以前から旧知の仲であり信頼を寄せている人物である。


「緊張感がなく、申し訳ありませんカイル様」

「いや、いいよ。勇者との決戦前にいつも通りで、俺が少し心配し過ぎだったなと思ってたんだ」

「心配ですか?」

「あぁ、本当はあの勇者とは俺だけで決着をつけるべきなんだが、確実に仕留める為にお前たちに無理を言ったからな。本当は戦いたくないんじゃないかと思ってたんだ」

「そんな事ありません。我々四天王は、カイル様の剣であり盾でもあります。カイル様が我々全魔族をまとめ上げ、今の素晴らしい時代を作って下さったのですから、カイル様に従うのは当然です」


 するとレグルスが俺に片膝を付き従属していると体で表す様に頭も下げる。

 直後、他の三人も同じ様に俺に感謝している言葉を述べた。


「皆カイルに感謝している。それにカイルは世界までも平和にしようと頑張ってんだ! それを邪魔する勇者との戦いに参加出来るだけで、光栄な事だ!」

「えぇ、その通りです。一部の人間とも分かり合えて来ていますし、この戦いさえ終われば誰もが幸せで平和な世界が訪れると信じています!」

「魔王様は俺様見たいな、半人半魔の奴にも手を差し伸べるくらいのあまちゃんだが、やる時はやる奴だって知ってるぜ! 勇者を倒して、戦争もおしまいだ!」

「お前ら、急に恥ずかしい事を言うな」


 俺がそう言うと、レグルスは小さく微笑みそれ以外の三人は大きく笑った。

 今この世界は、大きく分けで魔族領と人間領の二つに分かれており、ちょうど中間地点で戦争が起きているのだ。

 戦争は魔族側から仕掛けたのではなく、人間側から魔族の存在など許せないなどと言った憎悪から始まったものであった。

 戦争が始まる以前は、領土が別れていても魔族と人間は互いに手を取りつつ生活をしていたが、ある日勇者と呼ばれる人間が誕生した事で状況が一変して行った。

 そのキッカケは魔族と人間の本当に小さな言い合いからであり、その時事故的に魔族が人間に怪我をさせてしまう。

 この時傷つけた魔族も謝り、人間側も事故だと理解して和解をしようとしていたが、それを見ていた勇者が魔族は人間の敵と言い始めたのだ。


 初めは周囲の皆も勇者の言葉には耳をかさずになだめていたが、何故が徐々にその思考が周囲に伝染していき、魔族への視線がきつくなっていき石を投げ始めたり、罵倒し始めたのだ。

 そしてそれが次第に過激になって行き、遂には人間側が魔族側を一方的に攻撃し始め、魔族が人間に殺されてしまう事件が起こってしまう。

 そうして勇者を筆頭とした魔族を憎む人間たちとそれに対抗する魔族との戦争が始まったのだ。

 戦争の中で勇者の力は強く、更には仲間を仲間とも思わずに手段を選ばず責めて来る姿から冷酷無残な勇者と呼ばれていた。

 魔族側は責めて来る人間を追い返そうと戦うが、勇者の猛攻に押され更には種族などで揉めていた為、被害が大きく出ていた。

 だがそんな魔族をまとめたのが、魔王と呼ばれるカイルと四天王たちであった。

 カイルたちは皆を説得、時にはぶつかり合って理解を得て魔族側をまとめあげ、平和の為に戦争の元凶とも呼べる勇者討伐を最前線で指揮し続け遂に最終決戦の準備を整えたのだった。


「でもまさか、本当にこの城に突っ込んで来るとはね。わざわざ敵の中に来るか普通?」

「それが勇者なんでしょ? それに魔王城なんて大々的に言っていれば来るでしょ」

「敵の親玉の名が付いてるんだし、当然だろ。向うも親玉を潰したいと思ってるって事だろ」

「カイル様の作戦通りに勇者も動いてくれているという事。後は、油断せずに勇者と対峙すればいいだけです」

「レグルスの言う通りだ。皆、気は抜くなよ。相手は一人だが俺と同等、それ以上の力を持つ勇者だ」


 と言葉を告げた直後、大広間の扉が蹴破られて一つの人影が部屋に入って来る。


「ここか? 魔王カイルが居るって場所は?」

「っ!」


 そこへ現れたのは、黒髪で黄金の瞳をした青年であった。

 手には白い剣を握っていたが、返り血で一部赤く染まっていた。


「おーおー、五人もいるのか? いや、魔王は真ん中の奥にいるお前だな。後の四人は……何? 盾役?」

「勇者アルゴ……来たか」

「盾役とか失礼な事を言うじゃない」

「頭を地面にこすらせてやる」

「カイル様、作戦通りでよろしいですか?」


 レグルスの言葉に俺は「あぁ、行くぞ!」と声を上げ一斉に勇者へと攻撃を開始する。

 アルクトゥールスは二本の斧で斬り掛かり、アルファルドは使役している魔獣を呼び出し突撃させ、ポルックスも殴り掛かる。

 レグルスと俺は同時に、勇者アルゴの頭上に魔法を展開し攻撃を仕掛けた。


「五体一……いいねぇ!」


 とアルゴが口にすると、握っていた剣が光だしそのまま振り上げ魔法を打ち消した。

 そしてアルクトゥールスの斧をいとも簡単に叩き斬ると、ポルックスの攻撃を避けそのまま掴みアルクトゥールス目掛けて投げ飛ばす。

 次に飛び掛かって来たアルファルドの魔獣は、片足で宙へと蹴り飛ばすと先程斬り落とした斧の先を一つ投げ込み、もう一つを俺目掛けて投げ込んで来た。

 だが、レグルスが防壁で防いでくれた。


「何だよ~防ぐのかよ」


 アルゴがそう嘆いた直後、鉤爪を装備したアルクトゥールスとポルックスが同時に仕掛ける。

 が、二人の攻撃は勇者に当たる前に何かに弾かれてしまい、更には宙で身動きが取れなくなってしまう。


「あ~れ~あんたら、俺に加護があるの知らなかったの? 勇者だけに与えられる加護があるんだよ!」

「っ! アルクトゥールス! ポルックス!」


 そう俺が声を出した時には、二人は勇者の白い剣によって胸を切り裂かれてしまい、大量の血が噴き出していた。


「はい、まずは二つの盾削り終わり~残りは二つだけ~」


 アルゴが返り血を浴びながら挑発する様な不敵な笑みを見せて来た。


「勇者ー! 貴様はだけは許さん!」


 アルファルドは仲間がやられた姿をあざけ笑われたと感じてしまい、感情を抑えられずに一斉に魔獣を呼び出し四方から勇者を襲わせる。

 しかし、次の瞬間アルファルドの胸には勇者が先程まで握っていた白い剣が突き刺さっていた。


「ごふっ……どう、して……剣が」

「アルファルド!」

「おさがり下さい、カイル様!」


 レグルスが膝から崩れ落ちるアルファルドに近寄ろうとした俺を手を出して止める。

 一方でアルゴは、アルクトゥールスの鉤爪を奪い取りアルファルドが呼び出した魔獣を蹂躙し惨殺し終えていた。


「後盾は一つか」


 アルゴがそう呟くと、鉤爪を投げ捨てアルファルドの方に手をかざすと、アルファルドに突き刺さっていた白い剣がアルゴの方へと戻って行く。

 そして剣を手にしたアルゴは、ゆっくりと向かって来る。


「カイル様!」

「っ、分かってる!」


 俺とレグルスは連携し、時間差の魔法攻撃を仕掛けるがアルゴは一気に駆け抜けてかわし、レグルス目掛けて剣を振り抜く。

 だがレグルスは咄嗟に魔力で剣を創り出し防ぐ。

 一瞬動きが止まったアルゴの腹部目掛けて俺は手の平に魔力を凝縮させ叩き込み、吹き飛ばす。


「レグル――っ!?」


 俺が振り返りレグルスの方を向くと、左手で斬り落とされた右手首を抑えつけていた。

 嘘だろ、いつの間に……

 レグルスにすぐに駆け寄り俺は回復魔法、と言っても止血程度の魔法しか使えない為それをかけた。


「あはははは! 魔王、お前の盾はどいつもこいつも弱いな」

「勇者っ!」

「ダメです、カイル様。私は大丈夫ですので、怒りに身を任せないで下さい。奴はそうやって相手の冷静さをかきみだして来るのです!」

「っ……はぁー、悪いレグルス。助かった」

「いえ」


 そして俺はレグルスに手を貸して共に立ち上がる。


「魔王知ってるか? 人間には昔からこう言う言い伝えがあるんだよ。最後に必ず勝利するのは、正義なんだよ! お前が悪で、俺が正義って事だ!」

「お前の何処が正義なんだ勇者! 人をも道具の様に使い、弱者を捨て、己の都合だけで突き進むお前の何処に正義がある!」

「勇者こそが正義の証だ。俺が成す事が正義、敵対する存在を滅ぼす事が正義、世界を救う事が正義!」


 その直後アルゴが剣を構えて踏み込んで来た。

 俺とレグルスは反応が遅れてしまい、このままじゃ殺されると感じるとレグルスが俺を突き飛ばし身を挺して守ろうとした時だった。

 突然俺たちがいる世界が時間が止まった様な感覚に陥る。


「何だ、これは……」


 それは俺だけではなく、レグルスにアルゴも同様であった。


「何が起きているんですか?」

「くそっ! 動かねぇ! 何しやがった!」


 すると上空の空間がねじれ始め、大きな穴が開きそこからフードを被った人間四人降りてくると、遅れてもう一人降りて来た。

 そして最後に降り立った人間はアルゴに近付いて行き、顔を覗き込んだ直後アルゴを蹴り飛ばす動作をすると、時が動き始めアルゴは物凄い勢いで蹴りとばされた。

 何が起きているんだ!? 誰だこいつらは?

 俺が混乱していると、何処からか現れた人間たちはフードを脱ぎ捨てるとその下には鎧や武器を身に付け完全武装状態であった。

 先頭に立ちアルゴを蹴とばした人間が腰から剣を抜くと口を開いた。


「お前が勇者アルゴだな」

「がっ! 何だてめぇら、どっから現れやがった!」

「質問しているのはこちらだ。お前が勇者アルゴで間違いないな」


 するとアルゴは問答無用で問いかけて来る人間に剣を振り抜き、斬撃波を飛ばすが人間はいとも簡単にそれを剣で弾く。


「っ!?」

「今のを答えとして受け取ろう。では勇者アルゴよ、未来の為にここで死んでもらう」


 そう言うと先頭にいた人間の剣が光り出し、それをアルゴ目掛けて真横に振り抜いた。

 アルゴは自らの剣で放たれた強力な斬撃波を受けとめていたが、そのまま抑えきれずに吹き飛ばされて行く。


「リギル、ベガ。奴の死体を確認して来てくれ」

「「了解」」

「カノープス、アークツルス。四天王方の手当てをしてくれ、残りの軍は私が呼び込む」

「「了解」」


 その後四人はそれぞれに動き始め、一人がレグルスの元に寄るがレグルスは警戒し近づけさせない。

 俺も誰だか分からない奴に警戒していると、先程アルゴと戦った金髪が特徴の人間が話し掛けて来る。


「ご無事でしたか、魔王カイル」

「誰だお前は? 勇者アルゴと敵対している勢力か? それにさっきの変な魔法はお前たちの仕業か?」

「その辺の説明は必ずさせていただきますが、まずは我々に四天王の皆様の治療に専念させてくださいませんか? 我々であればまだ四天王方を救えます」

「!? 嘘を言うな! あれほどの重傷者や既に……既に死んだ者を救える訳ないだろうが」

「いえ、我々なら出来るのです。現に見て下さい」


 そう言って金髪の人間はレグルスの方を向き、俺も視線を向けるとそこでは失ったはずの右手が元通りになっている光景を目の当たりにしたのだ。


「どう言う……ことだ?」


 その後、胸を切り裂かれたアルクトゥールスとポルックスの傷も癒え目を覚ますと更には、剣で貫かれて倒れていたアルファルドも起き上がり不思議そうに胸を何度も触っていた。


「シリウス、四天王方は無事に治療完了した」

「ありがとうカノープス」

「僕も頑張ったんだけど?」

「あぁごめんよ、アークツルス。助かった」


 シリウスと呼ばれた金髪男子は、銀髪男子のカノープスと青髪女子のアークツルスに声を掛けていた。

 するとそこへ先程アルゴが吹き飛んで行った方から、赤髪女子と紫髪男子が戻って来た。


「シリウス」

「そっちは、どうだった?」


 シリウスがそう問いかけると、二人は小さく顔を横に振る。


「そうか……分かった。ありがとうリギル、ベガ」

「おい、シリウスって言うのかあんたは? もうこっちは訳が分からない状況なんだが、説明してもらっていいか?」

「! 申し訳ありませんでした、魔王カイル。では、治療も完了していますので、改めて自己紹介させていただきます」


 シリウスを筆頭に他の四人が俺の前に集まって来て突然膝をつきだし、俺も含め四天王たちも驚いているとシリウスが口を開く。


「私の名はシリウス。今より百五十年後の未来からやって来た勇者です。目的はこの時代の勇者アルゴの抹殺。未来では現勇者が原因で、世界が滅亡しかけているので我々は未来を変えるため、勇者アルゴの抹殺をするため過去へとやって来ました」


 ……未来が滅亡? 原因が勇者で未来の勇者が来た? あーもう余計に分けわからん。

 俺は突然の話に頭が追い付いて行かなかった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 その後シリウスたち自称未来の勇者たちから、俺と四天王で詳しく話を聞いて何となく状況を受け入れた。

 百五十年後の未来でも魔王と勇者の戦いは続いているらしいのだが、一時期は停戦状態となり協力し合っていたとシリウスは話した。

 だが、突然魔王が今のアルゴの様に一方的に人間が悪だと決めつけ襲って来て全世界を巻き込む戦争へと発展しているらしい。

 そして勇者の力を授かったシリウスたちが魔王を討伐した事で、戦争は止まるかと思われたが既にそれでは収拾がつかない状況となっていたのだ。

 憎しみが新しい憎しみを生み、世界は滅亡へと向かい始めるがシリウスたちは何とかしようと行動をしている際に、とある過去の資料を偶然見つける。

 資料を調査し続けた結果、世界を滅亡へと導き始めた元凶を見つけ出したのだ。

 それは『不必要なまでの正義の心』であった。


 『不必要なまでの正義の心』とは、怨念の様なものであり存在しているものではない。

 ある日突然人や魔族に芽生え、目的を達成する為に何かに取り付かれた様に行動を起こし、更には周囲の存在にも影響を与え攻撃的な思考へと変化させる。

 また『不必要なまでの正義の心』は人や魔族に寄生し続け、寄生主が倒れたとしても何処かで別の『不必要なまでの正義の心』が存在し続けていれば、それは存在し続けるものであった。

 そしてシリウスたちは『不必要なまでの正義の心』が一番初めに発生した存在が、勇者アルゴだと突き止めたのである。

 『不必要なまでの正義の心』さえ存在しなければ未来は変わると考え、シリウスたちは未来から俺たち魔王軍と協力し勇者アルゴの抹殺にやって来たのだった。


「と言う、理解でいいのかシリウス?」

「えぇ、問題ありません。魔王カイル」

「あーカイルでいい」

「では、カイル様とお呼びいたします」


 俺はそこで椅子へと深く腰掛けて、小さくため息をついた。

 信じない訳ではないが、直ぐに受け入れるもんじゃない……だが、致命傷だった四天王たちを完全治癒したのを目撃していると、この世の存在ではないとは分かる。

 それにアルゴを退けたあの一撃で、相当な実力者と言うのは感じられる。

 勇者アルゴはシリウスの一撃を受けた後、撤退したらしく姿はなかったらしい。

 するとシリウスに対して、カノープスが小さく耳打ちをするとシリウスは小さく頷く。


「カイル様、申し訳ありません。大広間を少し貸していただけますでしょうか?」

「何に使うんだ?」

「我らに協力して貰える軍隊を、未来から呼び込みます」

「はぁ?」


 その後俺たちは、シリウスたちの後に付いて行き大広間に辿り着くと、シリウスたちが一列になり両手を突きだし始めた。

 直後目の前の空間が歪み、大きな穴が開いた。

 あれは、シリウスたちが出て来た穴と似ている。

 するとその穴から次々と重装備した兵士たちが出て来る。

 全兵士の胸元にはシリウスたちの装備にも入っていた五つ星のマークが刻まれていた。

 そして大広間の大半が埋まるほどの兵士たちが出て来た所で、空間の穴が閉じられシリウスが俺に向かって説明し始めた。


「彼らは私たちに共感してくれ協力しれくれる者たちです。指揮は私たちが行っており、勇者見習いと呼んでいます」

「勇者見習いね……かなりの人数がいるが、どれだけいるんだ?」

「現在は八十八名です。彼彼女らは、私たちに劣らずとも皆強い力に平和な世界を取り戻したいと言う心を持っています。必ずカイル様たちの力になると考えています」

「……そうか。ひとまず今日は情報が多すぎてパンクしそうだから、細かい事は明日でいいか?」

「はい、問題ありません。こちらこそ、突然のご無礼をお許しください」


 そうシリウスが頭を下げると、他の勇者と勇者見習いも俺に頭を下げて来た。

 何か気持ち悪いくらいに統制されてるな。

 俺は直ぐに頭を上げるように伝え、執事を呼びシリウスたちが休める部屋や場所を案内する様に伝えた。

 そしてシリウスたちとはそこで別れ、俺は四天王たちとだけで別室へと移動しシリウスたちの話を始めた。


「で、実際お前はシリウスたちをどう思う?」

「俺は信じるぜ。死から救ってもらってる身であるし、勇者を倒せるなら心強い味方だろ」

「そうですね、私も不本意ですがアルクトゥールスと同意見です。勇者があそこまで強いとは情報収集不足でしたし、再戦するにもこのままでは私たちだけの力だけでは、及ばないかもしれません」


 確かにアルファルドの言う通り、勇者アルゴは想像以上に強敵だ。

 現状の俺よりも強い可能性がある……以前一度戦った時とは大違いだ。


「レグルスはどう思う?」

「私はまだ完全に彼らを信じ切れていません。カイル様に敵対心がないのは分かりますが、もし勇者側に寝返ったらと考えたら最強の援軍から、最悪の侵略者に変わるのですから。慎重に彼らを見極めるべきだと考えます。既に勇者見習いと言う兵士まで呼ばれてしまっている以上、警戒は怠らない方がよいかと」

「現状執事たちに見張らせてはいるから、完全野放し状態ではない。最強の援軍から最悪の侵略者か……疑いたくはないが、内容が内容だ。俺は彼らとは信頼関係を築きつつ、真偽を見極めたいと思うがどうだろうか?」


 俺の意見に対して四天王たちは大きな反論はなく、賛同してくれた。

 その後、俺たちは今後の方針の詳細や現戦力確認、城の破損箇所などもし再び勇者アルゴが攻めて来た時の為に、状況を整理し次の日から各自行動をとり始めた。

 そして三週間が過ぎた。

 この間に勇者アルゴが再び攻めて来る事はなく、大きな戦いも起こらず静かで平和的な日々が続いていた。

 勇者アルゴの消息も掴めてはおらず、いつまた攻めて来るか分からないので魔王城周辺の守りを強化する為にシリウスたちの勇者見習いの力も借りた。

 あれからシリウスたちとはコミュニケーションをとりつつ信頼関係を築き、互いの戦力状況を情報交換などし対勇者アルゴに向けて作戦を練り続けている。

 そもそもシリウスたちが何故俺の元へと現れたのかも、明かしてくれた。

 理由は、この人間と魔族の戦争に終止符を打ったのが俺だと未来では示されており、勇者を倒し殺す事はなく捕らえたまま最後には理解し合え手を取り共に世界をより良くして行ったのだとか。

 だが最終的には勇者が裏切り、再び戦争が始まったとシリウスは語った。

 なので俺がこの時代で死んでしまっては未来が大きく変わると思い俺に会いに来たらしいが、まさか勇者アルゴが居るとは思わず焦ったらしい。

 俺はその話を聞き、勇者が世界を滅ぼす原因だとしても殺さずに捕らえておけばいいのではないかと提案したが、シリウスには『不必要なまでの正義の心』を持つ者を活かしておけば、いずれ同じ未来になると言われ反論する事が出来なかった。


「では、私たちも明日から周辺の防御結界付近を見回りに行きます」

「あぁ分かった。一応アルクトゥールス隊も同行するそうだから、何かあればアルクトゥールスを頼ってくれ」

「分かりました。では、今日はこれにて失礼いたします、カイル様」


 そう言ってシリウスとカノープスは俺に頭を下げて、自室がある方へと向かって行った。

 俺はレグルスと共に廊下をあるきつつ、念話で話し掛けた。


『レグルス、聞こえているか?』

『はいカイル様、どうされましたか念話をされるとは』

『いや、以前秘密裏に頼んでいた『不必要なまでの正義の心』について調査は進んだかと思ってな』


 俺はレグルスに密かに『不必要なまでの正義の心』についての調査を進めてもらっていた。

 現状『不必要なまでの正義の心』は情報がほとんどなく、シリウスたちからの話だけだったので現代において手掛かりはないかと探ってもらっていたのだ。


『『不必要なまでの正義の心』についての伝承などは今の所、特にはありませんでした。ですが、以前勇者と共に戦いに参戦した人間で一命をとりとめた者から、何かに汚染されている様な反応を感知しました』

『汚染? それが『不必要なまでの正義の心』って事か?』

『いえ、そうとは言い切れませんが何かしらの手掛かりになるのではと思います。その人間も戦いの時の事はほとんど覚えておらず、何かに執着していた感覚だけが残っていたそうです』

『そうか……分かった。引き続き調査を頼む』

『了解致しました』


 そんな念話をしていると、俺の自室前に到着しレグルスとはそこで別れ俺は部屋へと入り、俺は椅子へと座った。

 状況は変わっている様でそんなに変わってなどはいない。と言うより、以前よりややこしくなりつつある。

 未来からの勇者に『不必要なまでの正義の心』と言うものなど、考える事が増えて悩みの種が尽きない。

 俺は未だに心の何処かではシリウスたちの事は半信半疑状態である。

 未来という不確定要素が大半を占めるシリウスたちを、俺は完全に信じ込めないのである。

 勇者アルゴへの執着さや、俺たち魔族と未来でも戦争していたはずなのにすんなりと協力する態度、それに『不必要なまでの正義の心』と言う彼らからの曖昧な情報。

 未来ならばその情報をもっと持っているんじゃないのか? それとも未来でも解明できないものなのか? 本当に勇者アルゴが『不必要なまでの正義の心』というものを宿しているのか?


「はぁ~ダメだな。ここの所、一人になるとそんな事ばかり考えてしまう。何が正して何を信じるべきかは、しっかりと見極めないといけない。成り行きで魔王と言うものになってしまったが、魔族の王が間違った判断を下す訳にはいかないよな」


 俺はそんな事を考えつつも、休息も大切だとして椅子から立ち上がりベットへと移動しようとした時だった。

 背後から気配を感じ振り振り返るとフードを被った人物がいたが、同時に首元に何かを刺されてしまう。

 直ぐに俺は振り払うが、視界が歪みだし崩れ落ちる様に手を床についてしまう。


「くそっ……誰だ、お前は……」


 俺は歪む視界の中顔を上げて、フードを被った人物を見上げるが顔など何も分からぬまま、俺はその場に倒れて意識を失ってしまう。

 フードを被った人物はゆっくりと俺に近付いて来て、再び俺に何かを打ち込んだ後自身の腕にも何かを打ち込むのだった。

 するとそこで部屋の扉が開き、現れたのはレグルスであったが、目の前の状況に驚かずに部屋に入るとそっと扉を閉める。

 そしてフードを被った人物も慌てずに立ち上がりレグルスの方を向いた。


「……終わったのですか?」


 そのレグルスの問いかけに、フードを被った人物は黙って一度頷く。


「本当に貴方を信じていんですよね?」

「……」

「黙ってないで、何か言ってはどうですか――」


 レグルスがフードを被った人物の名前を呼ぼうとした時だった、扉を突然叩く音が響きシリウスの声が聞こえて来た。


「カイル様、一大事です! この城に勇者らしき人物が侵入したと報告が!」

「っ!?」


 直後フードを被った人物はレグルスを蹴り飛ばし、近くの窓を突き破って逃げ出す。

 シリウスは物音を聞き、直ぐに扉を開け部屋の状況に驚く。


「カイル様! それにレグルスさんも。何があったのですか?」

「ぐぅ……分からない。私が来た時には既にカイル様は……」


 そこへ勇者見習いたちもやって来ると、シリウスは窓から誰かが逃走したと判断し指示を出し追わせる。

 同時にカイルの状態を見始める。


「命に別状はありません。が、何かされたのは確実だと思われます」

「カイル様……」

「今すぐにカノープスとアークツルスを呼んできますので、レグルスさんはカイル様の様子を見ててもらえますか?」

「あぁ、分かった」


 そしてシリウスは急ぎ部屋から出て行った。

 レグルスはカイルの傍により、手を握った。


「(カイル様、恨むなら私を恨んでください。全ては正義の為なのです……)」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 次に俺の目が覚めると、そこは薄暗い部屋であった。


「うぅっ……何処だ、ここは?」


 俺はゆっくりと起き上がるが、部屋が暗く視界もぼやけていて何も分からなかった。

 次第に視界も安定してくると、部屋の壁の隙間から外の光が差し込んでいることに気付く。


「部屋、と言うより小屋に近いか?」


 そして光を頼りに俺はきしむベットから起き上がり、壁伝いに部屋を進み扉を見つける。

 ここから出れそうだな。

 そう思い、俺は扉を押すと外の光に一気に入り込んで来て、眩しくて目を閉じるが直ぐに慣れてきて、ゆっくりと目を開けるとそこは見知らぬ森林地帯の開けた場所であった。

 状況が分からず俺は暫く硬直状態であった。

 何処だここは!? 俺は城の自室にいたはず。

 俺は咄嗟に振り返るが、そこに古びた小屋が一つ立っているだけだった。

 そこで俺は昨日誰かに襲われた事を思い出す。

 そうだ、確か昨日部屋で誰かに何かを刺されて、そのまま意識を失ったんだ……あの後誰かが来たとは思うが、全く状況が分からん。

 誰かがここに俺を運んだ? いや、魔王城近くではないと思うし、それはないか。

 ひとまずここが何処で、誰かいないかと探してみるか。むやみに大声を出すのも得策ではない気がするしな。

 そう思い俺は一度深呼吸してから、状況確認する為に周囲の探索を始めた。

 が、誰も人影も見つからず歩いていも森林が続いており、位置の把握も困難であり一度古びた小屋まで戻って来た。


「ダメだ。誰もいないし、場所すら分からない。唯一の手掛かりと言えるのは、俺の服装が違うくらいか。少し古びているが村人たちがよく来ている一般的な服装だ」


 その後小屋の中も物色してみたが、何もなくただ体を休める場所としか分からなかった。

 俺が完全に行き詰っていると、遠くから女子の悲鳴が聞こえて来た。

 咄嗟に俺はその方向へと走り出し、誰かは分からないが危険な目に遭っていると思い、昔からの癖で助けなければと思い走り出していた。

 幸いな事に魔法も使えたので、仮に危険な魔獣や盗賊相手でも対処は出来ると踏んでいた。

 そして徐々に声の方へと近付いて行き、森林地帯を抜けるとそこで目にしたのは、女子一人に暴力を振ろうとしていた柄の悪い男たちであった。


「何してるんだ、お前たち」

「あぁ!? 誰だ、俺たちの邪魔をするや――っ!?」


 俺が声を掛けて、男たちが俺の方を見ると突然腰を抜かした様にその場で尻もちをつき、数人はそのまま逃げ出して行く。


「なな、何でてめぇがこんな所にいるんだよ!?」

「? 声を掛けただけでそこまで怯える必要はないだろ?」

「う、うう、うるせぇ! お前を見れば誰しもこうなるんだよ!」

「おい! いつまで腰抜かしてるんだよ! 殺されるぞ、さっさと逃げるぞ」


 そう言って男たちは何故か俺を見て、逃げ出してしまい分からなぬまま事態が解決してしまう。

 俺はとりあえず残った女子の方へと近付き声を掛けるが、何故か物凄く震えていた。


「大丈夫かい? もうあいつらはいないよ」

「……殺さないでください、殺さないでください、殺さないでください」

「君、大丈――」


 俺が女子に手を伸ばした直後、女子はそれを見て思いっきり俺の手を叩き、信じられない言葉を口にして来た。


「触らないで! 勇者が人を助けるわけない! 何を考えているのよ、貴方は」

「!? お、おい待ってくれ。俺が勇者? そんな訳ないだろ」

「その顔でよく堂々と嘘を付けるものね。さすがは冷酷無残な勇者。どうせそうやって優しく言い寄って、私の事も気まぐれに殺すんでしょ!」

「さっから何を言っているんだ!? 俺は本当に勇者じゃない! 自分で言うのもあれだが、魔王だ。魔王カイルだ」

「魔王? そんな訳ないだろうが。自分の顔をあの川で見てから、もう少しマシな嘘をつきなよ」


 女子はそう言って近くに流れる小川を指さしたので、俺は急いで自分の顔を見に川へと向かう。

 そして川に写った自分の顔が本当に勇者アルゴであり、目を疑った。

 どう言う事だ!? 俺が勇者!? あり得ないだろ。

 いや、現に勇者アルゴの顔をしているという事はこれが現実と言う事なのか? それじゃ、元の俺は? 勇者アルゴの意識は何処に?

 と考えていると、遠くから先程の女子の悲鳴が再び聞こえて来た。

 振り返ると、先程の場所に彼女はおらず、あのまま俺から逃げて行ったのだと分かったが放って置けないのと、ここが何処なのかと言う事を知る唯一の手掛かりであったので、瞬時に彼女の元へと向かった。


「何なのよ! 盗賊、勇者の次は魔獣って……どれだけ運がないのよ私は」


 彼女の目の前には体長三メートルはある虎の魔物が立ちはだかり、大きな口を開けて彼女を丸のみしようとしていた。

 俺は魔法を放つよりも打撃で一度遠のけてから撃破するべきだと判断し、魔獣を勢いのまま殴り飛ばした。

 そして魔法を放とうと右手を突きだした時、何処からともなく白い剣が現れ握られる様に右手に突っ込んで来て俺はそのまま白い剣を握ってしまう。

 この剣は!

 剣に意識を向けていると、魔獣が俺に向かって飛び掛かって来ており、俺は咄嗟に握っていた白い剣を振り下ろすと魔獣は真っ二つになるのだった。

 この剣があるって事は、やっぱりこの体は勇者の体って事なのか? と言うより、剣は何処から来たんだ?


「私を……守った? あの、勇者が?」


 後ろから彼女の声が聞こえ、俺はひとまず考えるは後回しに彼女の無事を確認した。


「怪我はないかい?」

「信じられない、嘘よ。勇者は人を助けたりしない、魔族を殺すだけの殺人鬼。手を差し伸べたりする様な奴じゃない」


 パニック状態になる彼女を見て、俺は先程男たちにやられたと思われる傷を治すために、彼女の目線に姿勢を落として治癒魔法をかけはじめた。


「俺も勇者が危険な奴だとは知っているし、許せない奴だ。だが、今の俺は勇者の体だが中身は勇者じゃない。信じられないと思うが、信じて欲しい」

「……」


 俺は彼女に治癒魔法をかけながら、握っていた白い剣を遠くへと投げ捨てた。

 その行動には彼女も驚いていた。


「あれは俺の剣じゃない。君を殺すつもりもないし、危険もないから捨てただけだ。俺もまだ状況が分からないで混乱しているが、傷ついた君を見捨ててはおけない」


 そして暫くして彼女の傷も癒えた所で俺は立ち上がった。


「これで応急処置程度だが、大丈夫なはずだ。本当は君にここが何処なのかとか訊きたかったが、さすがに嫌われ者の勇者相手じゃきついよな。怖い思いをさせてごめんよ」


 まぁ、俺が勇者だと言う最大級の謎を知れた事は収穫として、まずは正体を隠す何かを探してから情報収集をするか。

 俺は直ぐにそう切り替えて、彼女に背を向けて歩き出すと彼女が声を掛けて来た。


「待って……貴方、聞いていた勇者とは少し違うのは分かった。けど、まだ嘘をついている可能性も捨てきれない」

「あぁ、俺でもそう思うね」

「普通そんな言い返ししないわよ。まぁいいわ、噂と少し勇者で私を殺す意思はないって事でいいのよね?」

「俺は殺人鬼じゃない。この体の持ち主は知らないがな」

「……そう。なら、私と取引をしない?」

「取引?」

「貴方はここが何処だか情報が欲しいのでしょ? 私はその情報を提供できるし、姿を隠せる服もついでに用意してあげるし、魔王軍や最近来た変な奴らにも通報はしないであげる」


 最近来た変な奴らが誰か分からんが、現状で通報されるのは面倒だな。


「で、その対価に何を望むんだい君は?」

「貴方の力で村に来た変な奴らを追い払って欲しい。傭兵や冒険者じゃ相手にならないし、あいつ等は自分らが魔王軍だとか言って私たちに理不尽な事まで要求してくる」

「魔王軍にそんな奴はいないぞ」

「貴方が本当に何者かは知らないけどね、実際に私の村は被害を受けてるの。食料も底をつきかけて、勇者から守ってやってるんだとか抜かして、踏ん反り返ってるのよ! 私は危険な目に遭ってまで食料を探しに来てるのも、あいつ等の指示よ。だから、貴方にあいつ等を追い払って欲しいの。それが条件よ」


 彼女が咄嗟に嘘をついている様には思えないが、俺自身もそんな奴がいるとは信じられない。

 報告の資料には全て目を通していたし、レグルスがそう言うのには目を光らせていて、不正など出来るはずがない。

 可能性としては、荒くれ者が勝手に魔王軍を名乗っている可能性はある。

 何にしろ、俺たち魔族側が彼女の村に何らかの被害を出していると言うのであれば、魔王として放ってはおけない。

 その場で俺は彼女との取引を受ける事にすると、またもや彼女は驚いた表情をしていた。


「本当に受けるとは思わなかった……」

「君はどっちなんだ? 引き受けて欲しいのか、受けて欲しくないのか」

「もちろん引き受けて欲しいわ。でも、こう言ってはあれだけどあの勇者がこうも人の話を聞いてくれるとは思わなくて。自分でも途中で馬鹿な事をしているなと気付いたわ」

「確かに、本物の勇者に取引なんて持ち掛けた時点で、あの勇者なら君を殺していたかもしれないね」

「もうこうなってくると、貴方が勇者のそっくりさんとしか思えなくなるわ」


 そう言って彼女は頭を抱える。

 俺もそう思いたいね。現状考えられるのは、顔や体型を変えられた、もしくは入れ替わったの二択かな。

 彼女が言う様に、この世界に勇者とそっくりの人と入れ替わった可能性もあるが、入れ替わったと言うこと自体があり得ない事象だ。

 魔法でさえ、姿を一時的に変える事しか出来ないし魔力が切れれば強制的に元に戻る。

 新しい魔法なのかもしれないが、あの時魔法をかけられた感じではなく何かを打たれただけだ。

 たぶんあれが原因で、こんな事態になっていると考えるのが普通か。

 俺は昨日刺された首筋部分に軽く手を当てる。


「とりあえず取引成立したのだから、まずは私の村の近くまで移動するわ」

「あぁ、頼む。えっと君は……」

「私はミレイ・クウォーク。ミレイでいいわ、勇者のそっくりさん」

「そっくりさんはやめてくれ。俺はカイ……カイと呼んでくれ」

「分かったわ、カイ」


 そしてミレイが先導して歩いて行く。

 俺が今名前をためらい名前を偽ったのは、この勇者の体でカイルと名乗りたくなかったからだ。

 その後俺はミレイに今までの村の経緯を訊きながら、歩き続けた。

 そうして、やっと村の近くまでやって来て俺とミレイは木々に身を隠して、村の様子を伺った。

 俺はそこで見た光景に、目を疑った。

 ミレイの話を訊いてしかしたらと思っていたが、本当にそうだったとはな……どうしてあいつ等がそんな事をしているんだ。

 村で魔王軍だと名乗り、理不尽に占拠していた相手はシリウスたちが連れて来た勇者見習いと呼ばれる兵士たち数名であった。


「あいつ等よ。あいつ等が一か月前に来て、村を不当に占拠してるのよ!」

「一か月前!? 本当か?」

「本当よ。今でもあの日の事は覚えているわよ」


 一か月前? シリウスたちが来たのは三週間前だぞ? それより前に居るって事は、シリウスたちが呼んでいるのとは別者?


「とりあえずカイの力で、早く追い払ってよ」

「……分かった。あいつ等には俺も訊きたい事があるから、全員捕らえるからミレイはそこで待っててくれ」


 そして俺はその場で村全体に勇者見習いが何人いるかを把握する探知魔法を展開し、場所と人数を把握した。

 四人か、今は散らばらずに中心部にいるのか……こちらには気付いてないようだし捕らえるのは簡単とは思うが、念の為宙に意識を向けさせるか。

 俺はそこから一気に村へと駆けると同時に、中心部の宙に向けて魔力の塊を放つ。

 すると、勇者見習いたちは一斉に宙へと視線を向けたので、俺は魔法の力で中心部へと踏み込み勇者見習いの足場を魔法で崩し、そのまま周囲の地面を操り完全に捕縛する。

 勇者見習いたちは何が起きたのかすぐに理解出来ずにいたが、俺の姿を見て名前を叫ばれる。


「っ!? 勇者アルゴ!」

「貴様、どこから現れた!」

「お前らにも俺が勇者アルゴに見えるのね。それよりも、訊きたいんだけどお前らここで何してるだ? 魔王軍とか名乗って理不尽な事をしてるそうじゃないか」


 俺が威圧的に両手足を拘束し動かずにいる勇者見習いに言い寄る。


「うるさい! 俺たちはお前の脅威から村を守っていたんだ! 当然の対価だ、こんな魔族と人間のハーフだらけの村を守ってやってるんだ!」

「種族がどうとか関係ねぇよ。何魔王軍の名を使って悪さをしてるんだよ?」

「黙れ勇者が! 世界の害悪そのものが、俺たちの事を言える立場かよ!」

「確かにこの姿で何を言っても仕方ないな。じゃ質問を変えよう。誰の指示でこんな事している? お前らはシリウスたちが連れて来た勇者見習いだろ? あの勇者たちの指示か?」


 そう俺が一人の勇者見習いに問いかけると、背後から答えが帰って来た。


「それは違いますよ、勇者アルゴ」

「っ!?」


 俺が振り返るとそこに居たのは、シリウスとベガそして俺であった。

 目の前に俺自身がいる事に驚いていたが、相手の俺姿をした奴も俺の姿を見て驚いていた。

 ちょうどいい、全部ハッキリさせられるいい機会だ。


「彼らに指示をそのような指示を出したのは、カイル様です。貴方をおびき出す為にね」

「何、だと?」

「この半年間てめぇが姿現さねぇから、カイル様も苦渋の決断を下したんだよ!」

「半年だと!? 三週間じゃなくて、半年!?」

「何故貴方が驚くのか不明ですが、こうしてやっと姿を現したのです。今日この場で貴方を抹殺します」


 そう言うと、シリウスとベガが武器を取り出し今にも襲い掛かって来そうになるが、それを俺の姿をしている奴が止めた。


「カイル様、何故止めるのです?」

「半年ぶりの再開なんだ。少し俺にも話をさせて欲しんだ」

「……分かりました」


 シリウスとベガは俺の姿をした奴の言葉を聞き、少し後ろへと下がる。


「半年ぶりだな、勇者アルゴ」

「お前は誰だ? 半年ぶり? 俺の中じゃ三週間ぶりだがな? お前は俺の姿で何をやってるんだよ?」

「半年も姿を隠しておかしくなったか? 俺は魔王カイルだ、お前が半年前に殺しに来たろ。忘れたのか?」


 直後突然念話で相手が話し掛けて来た。


『やっと目を覚ましたのか。姿を現さないから、死んだと思っていたよ魔王カイル』

『お前、やっぱり勇者アルゴか』

『あぁその通りだ。お前で言う三週間前、お前の部屋に忍び込んだのも俺だ』

『俺に何をしたんだ?』

『もう分かっているだろ? 入れ替わったんだよ。あの日から俺はお前で、お前は俺になったんだよ。戻る方法はもうない。このままお前が、勇者アルゴとしてこいつらに殺されてくれ』

『ふざけるな! 戻る手段がないわけないだろが! 俺になり変わって、何考えてやがる!』

『そんなの決まってるだろ。訳の分からない勇者たちの手から逃れる為だよ。さすがに俺もあんな奴ら相手にしたくねぇからな』

『……まるで何度かやり合ったような言い方だな』

『鋭いね~魔王カイル。そうさ、俺はあの日以前にシリウスたちと出会っている。そして手を組んだんだ、邪魔なお前を排除する為にな』


 そこで念話が途切れる。


「どう言う事だアルゴ! それじゃお前はあの日、シリウスたちがあの場に現れると知っていたのか!」


 するとシリウスとベガが俺の姿をしたアルゴを睨む様に視線を送る。


「悪い、つい口が滑ってな」

「はぁ~バラしてしまったのなら仕方ないですね」

「何だよ、演技までしてたのに台無しじゃねぇかアルゴ」

「お前ら……最初からアルゴとぐるだったのか!」


 俺の問いかけにシリウスはため息をついて、呆れたように口を開いた。


「えぇその通りですよ、カイル様。あぁでも誤解しないで下さい、お話した未来の事は嘘偽りは一切ありませんから」

「どう言う事だ! なら何故アルゴと手を組む? お前らは『不必要なまでの正義の心』を宿した勇者を倒しに来たんだろが!」

「全く持ってその通りです。ですが、それは私たちに『不必要なまでの正義の心』が芽生える前のお話です」

「なっ……」

「そうです! 私たちは『不必要なまでの正義の心』のお陰で、正義を執行している最中なのです。我々勇者にとって唯一の汚点である、魔王への敗北そして衰退。それを正す為に、私たちは未来からやって来たのです」

「そうだとしたら、入れ替わる意味がない! それに俺に近付く必要もないだろ」

「確かにカイル様の言う通りです。ですがアルゴに言われたのですよ、単に魔王カイルを滅ぼした所で、魔王軍は止まらないし意味がないと。そして、やるならば魔王軍を乗っ取って魔族を一気に片付ける方が、いいだろと」


 その言葉に俺は絶句してしまう。


「カイル様とアルゴを入れ替えたのは、魔王軍を乗っ取るためです。そして現在はほぼ完全に私たちが乗っ取っていまし、貴方のご友人たちも既に『不必要なまでの正義の心』に侵されていますよ」

「!?」

「よく考えて見ろ、どうしてあの日俺がお前の部屋まで侵入出来たと思う? 手引きをしてもらったんだよ、お前が一番信頼しているレグルスにな! レグルスもあの時既に『不必要なまでの正義の心』に侵され始めていたんだよ」


 嘘だ……そんな訳ない、ありえない。

 俺は頭を抱えながら、一歩一歩下がって行く。

 そんな様子を見たシリウスがアルゴに話し掛ける。


「もうネタバラシもしたので十分でしょう。さっさと魔王カイルの意識を殺しますよ。ベガ」

「おう。やっと出番か?」


 そんな時に遠くから走ってやって来たのは、ミレイであった。


「カイ? 全然合図がないか来たけど、どんな感じなの?」

「ミレイ!?」

「おいあの人間、勇者の正体がカイルって知ってるんじゃないのか? シリウスどうするよ?」

「面倒ですね。さっさと片付けて、勇者がやった事にしておけば皆信じるでしょう。私たちは助けに来たが一歩遅かったと言う事で」

「了解だ!」


 するとベガが勢いよくミレイに突っ込んで行く。

 俺は咄嗟にミレイの名を叫び「逃げろ!」と口にするが、ミレイはよく分からずその場で一度足を止める。

 そこへベガが剣を取り出し、ミレイの胸目掛けて突きだす。


「やめろー!」


 と、俺が叫びミレイに手を伸ばした時だった、何処からともなく白い剣がミレイの目の前に地面に突き刺さりベガの攻撃を防ぐのだった。

 まさかの出来事に俺以外の皆も驚きの表情を見せていた。

 俺はその間にミレイの元へと近付き、ベガの装備を後ろから掴みアルゴたちの方へと投げ飛ばし、突き刺さった白い剣を握ってミレイを守る様に構えた。


「どう言う事ですか、アルゴ。あれは中身が入れ替わっても貴方しか使えないのではないのですか?」

「おいオレ様、あの剣の事聞いてねぇぞ」

「そのはずだが、俺にも分からない」


 するとアルゴが俺に向けて手を向けて来ると、白い剣がアルゴの方へと引っ張られそうになるが俺は意地でも離さないと思い、白い剣を強く握り締め続けると引っ張られる事がなくなる。


「カイ、これどう言う状況?」

「俺が訊きてぇよ。でも、あいつ等は俺の敵で、お前を殺そうとした。だから俺はお前も守って、あいつ等も倒す!」


 俺がミレイにもう少し下がる様に伝えると、シリウスたちからの殺意を感じたのかじりじりと下がり始める。

 直後、シリウスとベガが武器を手にして俺に向かって突っ込んで来る。

 俺は白い剣で対応しつつ、魔法で二人を引き離す。

 が、シリウスたちは強力な武器で俺を殺しに来ており、完全に防戦一方になり傷が増えて行く。

 くっ……何故か魔法の威力も身体能力的も先程から低下しているし、二体一はさすがに厳しい。この白い剣もただの剣だし、魔法もシリウスたちの防具には全然効いていない。このままじゃ……

 その時だった、空中からシリウスたちと俺の間を引き離す様にレーザーの様な魔法が放たれ、シリウスとベガが一旦離れて行く。


「誰だ!」


 俺も同じ様に魔法を放ってきた方へと視線を向けると、そこにはフードを被った人物はが宙に浮いていた。

 その人物は、そのまま俺の前へと降りて来てシリウスに片腕を向けると、シリウスたちを吹き飛ばす衝撃波を放った。


「お前は……」


 俺がそう問いかけるが、次の瞬間フードを被った人物は俺を軽々と抱え上がると、逃げるように走り出し途中でミレイも捕まえると脚に風を纏い、一気にその場から離脱して行くのだった。

 シリウスたちは吹き飛ばされた影響で、追って来る事はなくそのまま立ち尽くしていた。


「どうするシリウス? オレ様ならまだ追えるぞ」

「そうですね。せっかく見つけたのですから、追ってもらえますか? それにさっきのフードの人物は、もしかしたらあいつかもしれないので、確認でき次第連絡をください」

「あぁ、任せとけ。連絡入れた後は、オレ様がヤッてもいいか?」

「いいですが、完全に殺さないで下さいよ。せめて虫の息程度にしておいてくださいね」

「それくらいの手加減余裕だよ。オレ様も、五星勇者の一人だぞ。これまでのオレ様の実力分かっているだろ? 心配すんなよ、しっかり任務はこなすからよ!」


 そう言い残し、ベガはフードを被った人物が逃げて行った方へと走り出す。

 シリウスはその後ろ姿を見て、小さく呟いた。


「五等星の分際で一等星の俺に口答えするなよ……俺の指示には「はい」って言ってればいいんだよお前は」

「お~怖い事を言うね、シリウス」

「アルゴ、てめぇも勝手にカイルに話してんじゃねぇよ。計画が台無しだろうが」

「お前もその後話してただろうが。どうせ知られた所で、今のあいつには何も出来やしねぇだろ。遅かれ早かれ知られる事じゃないか、誰がバラそうが問題ないだろ?」


 アルゴの言葉にシリウスは舌打ちをすると、捕らえられた勇者見習いへと近付く。


「カイルごときに捕まえるとは、お前ら何してるんだよ?」

「ひっ、シリウス様……こ、これは」

「あー言い訳はいい。城でカノープスの奴に、きっちりと改造してもらうからその時にでもあいつに言え」


 するとシリウスは片腕を突きだし、勇者見習いの真上の空間を歪ませゲートを創り出すと、そのまま手を沈めて勇者見習いたちをゲートに飲み込ませた。

 そのままゲートの向きを自分の方へと向けると、シリウスはそこへと入って行く。

 アルゴもそれを見て、後を付いて行く様にゲートに入って行くとゲートは徐々に縮小し最後には消えてしまうのだった。

 その頃俺たちは、村からかなり離れた森林地帯に運ばれて、少し開けた場所でゆっくりと下ろされた。


「お二人ともご無事ですか?」


 女性の声? 女性でも身体強化魔法を使えば俺とミレイを運ぶのは可能か。


「大丈夫だけど。何、どう言う状況なの? ねぇ、カイ」

「俺にも分からんが、このフードの彼女が俺たちを救ってくれたのは確かだ。あのままじゃ、俺は押されて殺されて、君も殺されただろう」

「えっ……じゃ、このフードの人は命の恩人って訳? 知り合い?」


 ミレイの問いかけに俺は軽く首を振る。

 すると、目の前の人物がフードを脱ぐと、その下の顔は翡翠色の瞳が特徴的でミディアムな髪型をしていた女性だった。


「いや~ギリギリ間に合って良かったです。一応追手も今は来てないようですし、少しこの辺で休みましょうか」

「そうしたいが、その前に君は誰だい? イリナではないようだが、アルゴの知り合いか? 勇者の仲間か?」

「いえいえ! 勇者の仲間の訳ないじゃないですか! あいつ等は敵じゃないですか」

「敵?」

「あ、すいません。名乗った方が早いですよね。おほん、では改めて私の名前はポラリス・ステラ。未来で勇者シリウスたちと戦っていた魔王です、おじいちゃん」

「……はぁ!?」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ポラリス・ステラ――シリウスたちと同じ未来からやって来た魔王と名乗る。

 特徴的な翡翠色の瞳や名前からカイル・ステラと何かしらの関係があるのは明白であった。

 彼女曰く、未来で自身を殺したと思い込んだ後満たされない感情から、過去の歴史を漁り魔王との戦いの始まりの時代だと現代に定め時空を超えて来たと語る。

 ポラリスはこのままでは過去の祖先である魔王が危険だと察し、それを知らせる為に同じく時空を超えようとしたがシリウスたちに見つかってしまい妨害を受けていた。

 その後何とか妨害を乗り越え、遅れてこの時代にやって来たが運悪く再びシリウスたち五星勇者に見つかってしまい絶体絶命だったが、素性も知らない謎の人物に助けてもらう。

 そして身を潜めながら魔王カイルの元へと向かうも、シリウスたちの話から現勇者と中身が入れ替わっていると知り、勇者を探していた所であの場面に遭遇したのだった。


「と言うのが、私の話ですおじいちゃん」

「あー色々とあるが、とりあえずおじいちゃんは止めてくれ」

「え、じゃなんて呼べば?」

「カイでいい。この体でカイルと呼ばれるのは嫌だからな」

「分かりました、カイさん」


 ポラリスの話を聞くかぎり、魔王どうかは分からないが俺の子孫であるのは間違いなかった。

 俺の瞳はこの世界では珍しく、基本的には子孫にしか継承されず、同時に断片的にだがこれまでの継承者の記憶を見られるのだ。

 俺自身も母親やその前の代と言った者たちの記憶を断片的に見れるため、ポラリスにも俺しか知らない事を問いかけて見た所、帰って来た答えが事実だったので信じたのだ。


「それでポラリスは、シリウスたちと入れ替わる前の俺が接触する前に、接触しようとしたが失敗し、その後入れ替わった俺を探していたでいいか?」

「はい……結局何も出来ずに申し訳ないです」


 分かりやすく落ち込むポラリスに俺が声を掛ける前に、ミレイが声を掛けていた。


「いやいや、ポラリスちゃんが来てくれたから私たちは助かったんだし、落ち込む必要ないでしょ」

「ミレイさん」

「まぁ私はぶっちゃけ、最悪な事に巻き込まれたな~と思ってるけど」

「すいません、すいません、すいません」

「ポラリスちゃんが謝る必要ないって」


 そう言いながら、何故かミレイは俺の方を見て来る。


「な、何で俺の方を見るんだよ」

「元をたどれば、あんたがさっさと勇者倒してれば全部丸く収まったんじゃないの?」

「痛い所をつくな。こっちはこっちで事情があるんだよ」

「そこを何とかするのが魔王じゃないのかよ」

「その魔王になるまで色々とあったんだよ。別になるつもりもなくて、成り行きでなってんだよこっちは」

「そんな事言ってるから、体入れ替わったんじゃないの?」

「ミレイ、言わせておけば」


 俺とミレイが口喧嘩を始めた所で、ポラリスが仲裁に入ってくれ口喧嘩は止まり、話を戻してこれからの話をし始めた。

 ミレイは本人が言う様に巻き込まれただけだが、もうシリウスたちに目を付けられた時点で俺たちから離れれば殺されるだろう。

 ポラリスは強力な味方だが、シリウスたちに単体で勝てる強さではないと自身からも言われている。

 そして俺は、身体的には勇者の体なので問題ないし魔法も問題はないが、先程の戦闘で感じだ急激な能力低下の原因が分からず、このままではさっきの二の舞だ。

 現状やるべき事は、このまま一度身を潜めたのち、ポラリスを助けてくれた謎の人物を探し協力者を増やすべきだと俺は考えた。


 この体が勇者アルゴである以上、一般的な助けは求められない。

 勇者アルゴがこれまでしてきた事を考えれば普通の事である。

 そして、最終的にはアルゴから入れ替わる元の方法を吐かせる事だ。

 あいつはないと言ったが、シリウスたちの協力が裏にあると分かった以上、必ずその手段はあると俺は考えている。

 なんせ致命傷だった四天王たちを完全治癒出来る力を持つ程だしな。

 ある望みをかけて同じ未来から来た、ポラリスにも訊ねたがその方法や入れ替わる魔法自体知らないと言われてしまった。

 ポラリス曰く、未来でも魔法は未知な物として扱われ続けているので、存在している可能性はゼロではないとも教えられた。


「よし、一旦方向性はこんな感じだがいいか?」

「私は問題ありません、カイさん」

「別に反論するつもりはないけど、巻き込まれた身だからしっかりと守って欲しいとは言っておく」

「あぁ、それは約束する」

「うー勇者の顔で言われても信用がな……」

「悪かったな、冷酷無残な勇者で」

「そう言えばカイ、あの持っていた白い剣どうしたの? 見当たらないけど、あれ貴方の武器でしょ」

「あー逃げる時に邪魔だと思って捨てた」

「「捨てた!?」」


 同時に驚く二人に俺は軽く耳を塞いだ。

 理由はまた必要になったら、飛んで来て来るのではないかと思ったからだ。

 あの剣がどう言う物か、俺は理解していない。

 だが、俺が何かを守りたいと思う時にこれまであの剣は何処からともなくやって来ていた。

 だから、それが本当かどうかも探る為にあえて俺は剣を捨てて来たのだ。

 それを二人に丁寧に説明すると、二人は何となく納得してくれた。


「話は終わりだ、さっさと移動するぞ。もしこんな所で追手に見つかっ――」

「見つかったらどうするんだ?」

「っ!?」


 そう言って俺たちの目の前に頭上から降りて現れたのは、ベガであった。

 俺は瞬時に戦う事ではなく、逃げる意識をしベガに目掛けて目くらましの爆発魔法と風魔法更には足元を崩す魔法をかけ、ミレイの手を取り逃げ始める。

 その意図にポラリスも直ぐに気付き、殿を務める様に俺たちの後ろに周りベガが追撃してこない様に爆発魔法を放ち続けていた。

 途中で俺はミレイを両手でお姫様抱っこし、脚に風魔法を纏わせ一気に距離をとる。

 その後をポラリスも離れる事無くついて来る。

 あのまま戦闘をしたとしても、ポラリスだけで勝てないかもしれないし、そこに俺が協力したとしてもまた能力低下する可能性もあり、必ず勝てる訳じゃない。

 それにあいつはシリウスと一緒に来た未来勇者の一人だ、まだ俺が知らない力を必ず隠し持っているはずだ。

 今はあいつから逃げ切る事だけを考えろ。

 俺はがむしゃらに森林地帯を突き進んでいると、運悪く草原地帯に飛び出てしまう。


「しまっ!」


 すぐさま地面に足を着け、もう一度森林地帯へと入り込み別方向へと逃げようとしたが、何か見えない壁に阻まれ森林地帯へ入る事が出来なかった。

 俺は見えない壁目掛けて蹴るが、びくともしなかった。


「くそ! 何なんだ、これ!」


 するとポラリスが見えない壁に手を当てて小さく呟いた。


「これは、未来で勇者たちがよくやっていた結界です」

「結界?」

「はい。獲物を逃さない為に、一定範囲を密封状態にするんです。解除は不可能、内側から破壊も不可。唯一の方法は結界展開者である、勇者を倒す事のみです」

「おい、それじゃ……」


 そこへ森林地帯から勢いよく出て来て見えない壁を通り抜けて、ベガが再び姿を現した。


「酷い事するじゃないか? お前らのお陰でオレ様の勇者の服が、ボロボロじゃないか」


 ベガの手には剣が握られていたが、紫色に光り出すと形状が変わり槍へと変化した。


「カイさん、あれは未来の勇者力の一つですよ。勇者の武器は代々引き継がれ、その形は所有者に合った形状になります。ですが、それは真の姿であり基本は初代勇者、この時代の勇者が所持していた剣の形状をしているのです」

「あの白い剣か」

「さぁ~て、誰から殺されたい? それくらいの自由はやるよ」


 そう言うとベガは肩を回しながら、狂気じみた笑顔を見せて来た。

 逃げる事は不可能、戦えるのは俺とポラリスだけ。

 相手の力は未だ未知数、ポラリスからある程度の情報を訊いて、作戦を立てるか。

 幸い相手は待ってくれている様だし、それくらいの時間はあるだろう。

 俺は思いつつ、足元にちょうど転がっていた石を見えない壁の方へと蹴った。

 すると石は見えない壁に弾かれずに通り抜けて行った。

 あの壁は全てを弾く訳でもないし、ベガが何もせずにこの空間に入り込めたという事は、外からは制限なく入り込めるもしくは、ベガだから出来たと考えるべきか。


「ポラリス、なるべくベガに関する情報を教えてくれ。こうなった以上、戦闘は避けられない。俺とお前であいつを倒すしかない」

「はい、カイさん」


 ベガ――シリウスと同じ五星勇者の一人とされ、それ以外にカノープス、アークツルス、リギルが存在している。

 五星勇者は固有の武器を持ち、武器の真の姿はほとんど見せる事無く初代勇者の武器である剣の形をしている。

 更に勇者たちには、固有能力が存在しておりそれは人知を超えた力と呼ばれているが、使用時の代償も存在すると噂されている。


「ベガの真の武器が槍なのは分かった。後、警戒するのは固有能力ってやつか。ちなみに見た事は?」

「すいません、固有能力自体は私は見られていません。その前にシリウスに殺されていますので」

「そうか。あの武器だけでも厄介なんだろ?」

「はい、勇者の加護が元から武器に秘められており確かベガの槍には、必中の加護があったはずです」

「名前からして物凄く厄介そうな物だな」


 と、作戦会議をしているとベガが退屈し始めたのか声を掛けて来た。


「まだ決まらねぇのか? 決まんねぇならまとめて殺す!」


 その直後、ベガは勢いよく地面を蹴り俺たちの方へと突撃して来た。

 俺は咄嗟にポラリスにミレイを守る様に指示をし、俺はベガを対応する様に前へと出て拳に魔力を込めた。

 突っ込んで来るベガに対し、俺は槍を逸らし殴り掛かろうとしたが、ベガは寸前の所で槍を投げ飛ばして来たのだった。

 だが俺はその槍を真横から殴り飛ばし、更に踏み込んでベガに殴ると同時に爆発魔法を仕掛けようとした時だった。

 殴り飛ばしたはずの槍が、俺目掛けて軌道を変えて飛んで来たのだ。


「っ!?」


 寸前の所でかわしたが、頬を擦って行きそこから血が流れる。


「オレ様が何の考えもなく特攻するわけないだろうが!」


 槍の予想外の攻撃に体勢を崩してしまった俺の腹部に、ベガはアッパー気味に拳を叩き込むと宙へと殴り飛ばす。

 ポラリスはそこですかさず風魔法でベガを吹き飛ばそうとしたが、再びあらぬ方向から槍が向かって来て魔法を妨害されてしまい、更にはベガに蹴りを叩き込まれ吹き飛んで行く。

 そしてベガは防御結界に護られたミレイを攻撃するかと思われたが、ミレイを無視し俺の方へと飛び上がって来た。


「あの人間は最後にしてやる。だから、お前らがオレ様を満たすいいサンドバックになりやがれ!」


 俺は宙でベガに捕まれると、真反対への地面目掛けて投げ飛ばされるが、俺は氷魔法をベガに向かって放ちながら地面に叩きつけられた。

 氷魔法はベガに直撃するが、さほどのダメージもない様子でだったが、真下からポラリスがベガ目掛けてレーザーの様な光魔法を放つと、さすがにベガは受けきれないと思い咄嗟に避けて地面へと着地する。

 ポラリスはすかさずに風と氷を混ぜ合わした広範囲魔法を放ち、遅延させる様に地面から槍を突きだす魔法を放つ。

 それに対してベガは手元に槍を呼び戻し、ポラリス目掛けて勢いよく投げ飛ばす。

 槍は魔法に流される事無く一直線にポラリス目掛けて飛んで行くと、ポラリスは咄嗟に回避行動をとるが避ける事が出来ずに、左肩に槍が突き刺さる。


「ぐぅっ!」


 一方でベガもポラリスの魔法をそのまま受けるが、地面から槍が突き出て来る魔法だけは地面を強く踏み込み地形を一部変化させる事で、軌道をずらしていた。

 ポラリスは刺さった槍を抜こうとしたが、勝手に槍がベガの元へと戻って行き勢いよく左肩から抜けて行き、全身に痛みが走る。

 その様子にベガは笑顔を浮かべて槍が戻って来るのを待っていたが、そこへ俺が真横から一瞬で距離を詰めベガの顔目掛けて拳を振り抜くと同時に爆発魔法を起こし、吹き飛ばす。

 俺はそれでは終わらせずに、人差し指と中指をを合わせそれを両手でクロスする様にし、氷槍の中に爆発魔法を込めた無数の槍を放ち、更に雷魔法をレーザーの様に最後に放った。

 直後、ベガが吹き飛んで行った方から大爆発が起こりその風圧がカイルやポラリスに当たる。

 俺は容赦なく相手を戦闘不能にさせるつもりで、連続魔法を放ち今の大爆発で勝負はついたと確信した。


「そんなんじゃ、彼は死なないし戦闘不能にもならないよ」

「何故です?」


 アルゴの部屋でレグルスはそう問いかける。


「シリウスから聞くかぎり、彼は特異体質持ちでもあるらしい」

「特異体質?」

「あぁ、魔法攻撃を受けると筋肉が活性化し鎧の様に体が硬く頑丈になって行くんだとさ。真の武器に固有能力もあって、更に特異体質持ちとは、もう彼らは人間でもないね」

「そんな事を言っていいのか、カイル?」

「おや、様はどうした? 様は?」

「二人の時はいらないだろ、アルゴ。お前に様を付ける義理などない、裏切り者が」

「君に言われたくないな。俺の話を信じて行動したのは君だろ、レグルス。彼も君が裏切ったと知って愕然としていたよ」


 するとレグルスは耐え切れずに、アルゴの胸に掴みかかる。


「貴様……」

「誰かに見られたらどうする? いいから離せ。俺らは協力関係だろ」


 レグルスはその場で舌打ちをした後アルゴから手を離した。


「俺は確かにシリウスたちと手を組んでいる。だが、お前とも協力関係を結んでいるのは忘れてない」

「ほざくな、全く状況が逆じゃないか。悪化している。当初の話では、お前がシリウスたちを圧倒すると言う話しだったろが」

「あぁ、だが入れ替わっているのをあいつ等は知っている。そんな直ぐに行動は無理だ。体にもやっと馴染んで来た所なんだからな」

「そう言ってお前は、着実と俺たちの魔族を乗っ取っているじゃないか。お前にその気がないのはもう分かっている!」

「ならどうする? あいつ等の所に行くか? 行くとしても裏切り行為で、お前はここで処分されて終わりだ。せっかく埋め込まれた『不必要なまでの正義の心』を取り除いてやったんだ、もう少し俺を信じろよ」


 レグルスはぐっと拳を握り続け、アルゴを睨みがアルゴは軽く肩をすくめた。


「目的は最初に言ったろ。奴らが、邪魔なんだよ。未来から来たか知らないが、これは俺とお前ら魔族の戦争だ。それに部外者がいる事が俺はムカつくんだよ」

「……それで最初は敵対したが敵の力に敵わず、一時協力関係を結んだんだろ」

「その通り! 俺があの剣を持ってしても殺せて一人もしくは、相打ちで終わると実感したんだよ。だから協力して、敵を知る事にした」


 そのからアルゴは、自身に『不必要なまでの正義の心』と言う物があると知る。

 それが力の一部であるとも分かったが、体がそいつに支配されると思うと気に食わなかったので、独自に魔法でその存在を体内で封じていた。

 正確にではないが、感覚的に溢れ出す存在は分かっていたので、それを制限させたのだ。

 それについては、シリウスたちにも気付かれていない。

 アルゴの目的はただ一つ、魔族と人間の戦争を邪魔されたくないだけである。

 自身の欲望を満たす事の為に動いており、そしてようやく魔王との決戦を始められると思った矢先にシリウスたちが乱入して来たため、機嫌を損ね一時的に邪魔者を排除する事に目的が変わったのだ。

 その上で、シリウスたちの話や戦力を見てこれは一人で出来る事ではないと判断し、魔族側にも協力者を作る事にした。

 その相手がレグルスであったのだ。


 だが、敵対者の話をレグルスが聞く訳もなかったので、アルゴは強引にレグルスと戦闘を行いそこで話を伝えるのだった。

 しかしレグルスはそれでも話は信じずに、決戦の日を迎えアルゴの話が本当だと理解するのだった。

 それからアルゴと密会をし、協力関係を結び入れ替わる事も事前に教えられ、アルゴを城へと手引きしたのはレグルスである。

 当初では入れ替わり隙が出来た勇者から、順次二人で倒してくはずだったがアルゴはそれをせずにシリウスたちと協力し続け、魔王城を完全に乗っ取り更には入れ替わったアルゴも一緒に抹殺しようとしている為レグルスは激怒していた。


「入れ替わりでここまで変化が出るとは思ってなかったんだ。それにあいつも半年も寝ているとは思わなかったんだよ」

「確かに、それには私も驚いたが」

「そうだろ。まぁ、とりあえず話を戻そうか。あいつらは今、五星勇者のベガと戦闘している頃だろう。シリウスにしっかりと連絡も入っていた様だしな」

「未来の魔王と言う話も気になるが、状況的にカイル様に味方としているんだよな?」

「そうらしいが、シリウスたちからすればそこまで敵にもならないと言っていた。たぶん、このままじゃあいつ等はベガに殺されるだろうな」

「っ……」


 するとアルゴがレグルスに近付き小声で話し掛ける。


「心配するな、相手は俺の体。しっかりと対抗出来る武器を残して来てある」

「それはあの白い剣の事か?」

「あぁ。なんせあれは、勇者たちの真の武器と言われる原型だぞ。上手く使いこなせれば勝ち筋も見えるはずだ。まぁ、あいつが使いこなせればだがな」

「話ではお前しか使えないという事だったが?」

「中身は違っても側は俺だ、全く無理と言う訳じゃない。現に、俺の剣への指示をあいつは振り切った。だから、あいつが剣を使いこなせる可能性はゼロじゃないし、上手く行けば俺たちが手を下さなくても五星勇者の一角は落ちる」


 その言葉にレグルスはアルゴに視線を向ける。


「貴様、もしかして初めから……」

「使えるかどうかも知らねぇんだから、最初から計画する訳ないだろ。でも偶然の産物としては最高の展開だろ?」


 アルゴはそう言って笑みを浮かべるが、レグルスはカイルを心配する表情をしていた。


「(カイル様、どうかご無事に切り抜けて下さい)」


 そうレグルスが無事を祈っているのは真反対に、カイルはボロボロとなり口元から血を垂らしていた。


「はぁー、はぁー、くっそ……何なんだよ、あいつの体は」


 遠くで完全に倒れているポラリスを目を向けると、右手に槍が突き刺さっていたが小さく動いていたので死んではいないと分かり少し安堵する。

 だが状況は最悪であった。

 大爆発の後、ベガは無傷ではなかったが平然と大爆発の中から出て来たのだ。

 更には、体付きも大きくなり筋肉が大きくなり攻撃しても鎧の様に硬く頑丈であり、あれ以来全く攻撃が効いてない感覚で一方的に責められていたのだ。

 ミレイはポラリスが張った防御結界の中でうずくまりながら震えており、ポラリスもそれだけは解除しまいと傷だらけでも維持し続けていた。

 俺はもう最後の手段として、白い剣での物理攻撃を選択し白い剣を念じて呼び始める。

 魔法攻撃も武術も効果なしとなると、もう武器での攻撃しかあいつへダメージを与える方法はない。

 だが、白い剣を持つと身体能力が低下するデメリットがありそうで、諸刃の剣だ……それでもこの状況を変えるにはそれしかない!

 と、俺は白い剣がやって来るのを待っていたが一向に来る気配はなかった。

 どうしてだ!? どうして来ない!?


「何だ? これから殺されるのが怖くなったのか? 大丈夫だ、安心しろ。痛みは途中から感じなくなるかよ」


 直後ベガの拳が俺の腹部に叩き込まれ、ミシミシと音が聞こえた後俺はベガに殴り飛ばされ見えない壁に強く打ち付けられた。


「がはぁっ……」


 そのまま壁から地面へと落ちて、全く体に力が入らず呼吸もしづらい状態となる。


「おい、早く起きろ~勇者さんよ~」

「ぐうぅぅ……」


 俺は力を入れようとしても直ぐに力が抜けてしまい、立ち上がる事が出来なかった。


「んぅ? おいおい、もう終わりかよ」

「がはっ、がはっ……」

「あぁ~あ、仕方ねぇ。じゃ残しておいたデザートでも、やっちまおうかな」

「っ!?」


 ベガはそう言って狂気じみた笑顔をイリナの方へと向けて、ゆっくりと迫って行くのだった。


「ま、までぇ……」


 俺が行かせまいと声を出すが、かすれた声はベガに届かずに止まる事はなかった。

 ダメだ、このままじゃミレイが……俺が巻き込んでしまっただけのミレイを、守ると約束したんだ! 行かせるかー!

 俺は気力で立ち上がるが、一歩歩くだけで激痛が体に走る。

 が、それでも俺は歩き続け途中から走り出し、ベガの前に立ち塞がる。


「ミレイは最後にする約束だろうが……俺はまだ、やれるぞ」

「立ってるのがやっとのお前に何が出来るんだ?」

「俺は平和な世界を創るのが夢だ」

「はぁ?」

「目の前で傷つく奴を放って置けない、馬鹿野郎だ。でも、それでもこんな俺に賛同してついて来てくれる奴らがいるんだよ」


 ベガは俺の言葉に首を傾げ、見下して来る。

 俺はそこで小さく息を吸って口を開いた。


「俺は魔王カイル! 俺の夢を壊そうとする奴は、誰だろうと容赦しない! お前が勇者なら、魔王の俺にやられるのが運命がお似合いだ!」

「っ! 言わせておけばー! 殴り殺してやる!」


 その時だった、頭上から白い剣がやって来て俺は剣を握りると白く光り出す、そのままベガの左拳を避け左腕目掛けて勢いよく剣を振り下げると、ベガの腕が斬り落とされた。


「うぅっがぁぁああ! う、腕がー!」


 俺はベガが転がり痛みを受けている姿を見つつ、白く光っている剣に目を向けてある事に気付く。

 この光、魔力か? ……もしかして、この剣魔力を食っているのか? これまでは気付かなかったが、微妙に魔力を吸われいる感覚がある。

 だとすると身体能力が下がったのも納得だ。

 光っている時は魔力放出状態で、通常は魔力を所持者から吸い取る剣か……なんつう武器を持ってたんだよ、あの勇者。

 するとベガが応急処置を終えたのか、ゆらりと立ち上がると俺に物凄い殺意を向けて来た。


「お前ー! よくも腕を! もう、お前はここで肉塊にしてやる! 後悔してもおせぇぞ!」


 するとベガの周囲から異様な魔力が放たれると、体に星座の様なマークが一瞬浮き上がるとそれが瞳の中へと吸い込まれて行く。

 そして手元にポラリスに突き刺していた槍を呼び戻し、軽く宙に浮くのだった。

 それを見た瞬間に、俺はこれはベガの固有能力だと直感的に理解し、剣を構えるが一度瞬きした直後ベガは視界から消えていた。


「なっ!?」

「どこを見ている?」


 ベガの声が背後から聞こえて来て、振り返るとそこにはベガが槍を突きだしており、俺は咄嗟に剣で防ぐが押し負けてしまいそのまま後方へと押し出されしまう。

 再び顔を上げるが、またそこにはベガの姿がなかった。

 どう言う事だ!? またいない。

 すると周囲が一瞬暗くなり、真上に視線を向けるとそこにベガが迫って来ていたので、俺は飛び避けるとベガは元俺が居た位置に槍を突き刺していた。


「よく避けた……が」


 そう告げた直後、ベガは再び姿を消すと俺の背後へと一瞬で回っていたのだ。


「これで終わりだ!」

「!」


 槍を突きだして来たベガに対して、俺は強引に体を捻じりつつ剣の魔力放出の威力を使い、俺と槍の間に剣を滑り込ませ攻撃を寸前で受け止める。

 これにはベガも目を見開いていた。


「お前の固有能力、高速移動だろ?」

「っ!?」

「図星だな。タネが分かればそこまで怖いもんじゃないな」

「なんだと!」


 ベガは激高し槍を力強く押し付けて来るが、途中で槍ごと姿を再び消し、次は真横に現れるが俺が振り向いた瞬間にまた高速移動し、背後に回られる。

 が、俺は剣の魔力放出を地面に放ち体を宙へと浮かし攻撃をかわす。


「何!?」


 俺はその場から一気に魔力放出させベガ目掛けて剣を振るうが、ベガは高速移動で宙へと逃げる。

 剣を振るった後、地面には斬撃の跡が大きく地面に刻まれていた。


「(何だあの威力は!? あんなもの受けきれないぞ……アルゴ、何故こいつに剣の使用を許してるんだぁ!)」


 その時俺はベガの槍を見てある事を考えていた。

 勇者の真の武器は元をたどれば、この白い剣だと言っていたな。

 なら、この白い剣にもあいつと同じ様な能力や加護と言ったものが秘められているんじゃないのか?

 そして俺は白い剣を見つめ強く意識し始める。

 奴の高速移動は想像より早く、先程の攻撃を避けられるとなると、剣の魔力が切れるか俺の気力が尽きた来た時点で敗北だ。

 だから、必ず相手に傷を与え戦闘不能にしなければならない、そうあいつが持つ必中の槍の様に。

 お前にはその力が秘められ入るんじゃないのか? 持っているならば引き出せ! 使え! 奴を倒すためにお前の力が必要だ!

 すると白い剣が今まで以上に強く光り出すと、徐々に形状が変わって行き白い槍に変わる。

 そして俺はそのまま残っている力を全て絞り出して、ベガ目掛けて槍を投げ抜いた。

 ベガもそれに気付き、応戦する様に槍を振りかぶり投げ抜いた。


「馬鹿が! 自ら武器を捨てるとはな! オレ様の槍が武器ごと貫いて終わりだ!」


 その直後、俺が放った槍とベガが放った槍がぶつかり合うと、俺の槍がベガの槍を真っ二つに裂きベガに目掛けて放たれるが、ベガは高速移動で避ける。

 しかし、俺の槍は方向を換え背後からベガの胸に槍が突き刺さるのだった。


「がはっ! ばか、なっ……」


 そのままベガは宙から落ちて行き、地面に強く衝突する。

 俺も体勢を崩しながら不恰好に着地しベガの元へと近付くと、そこには完全に意識を失ったベガが倒れていた。

 そして背筋に突き刺さっていた槍を俺が引き抜くと、剣へと形状が戻るとその時点で光り出す事はせずにただの白い剣であった。

 すると白い剣から枯渇寸前の魔力が吸われ始めたので、俺は咄嗟に白い剣を投げ捨てた。


「ふざけんな……ぶっ倒れそうな時まで吸うんじゃねぇよ!」


 俺はその場で尻もちをつくように座り込み、ポラリスとミレイの方に視線を向けた。

 ポラリスはミレイの近くに寄って、自身で傷の手当てしながら俺に向けて片手で丸のマークを作り、向けて来ていた。

 ミレイは目を真っ赤にして何度も頷いていた。

 何だよ、その反応。

 そう思っていると、周囲を覆っていた何かが解除されて行く感じがし、見えない壁が消えたのだと理解した。

 俺は今すぐにでもここでぶっ倒れてしまいたいと思ったが、せめて身を隠せる場所に行くべきだと思い立ち上がりポラリスたちの方へと向かい始めた時だった。

 背後に空間の歪みが発生し、ゲートが出現するとそこからシリウスが現れたのだった。


「っ!?」


 俺は異変に気付き振り返るが、完全に体は限界を迎えていたので体勢を崩し、片膝をついてしまう。

 しかしシリウスは襲ってくる事無く、俺たちの方をチラッと見た後倒れているベガの方へと視線を向けるとそちらに近付いて行く。

 そしてベガを掴むと、開いているゲートへと投げ込んだ。


「情けないな……」


 俺が黙ったままシリウスを警戒し続けていると、シリウスは俺の方に視線を向けて来て口を開く。


「ベガを倒した報酬として、今回は見逃してやる。こちらも今は忙しいからな」

「それはありがたいね」

「お前が強い訳じゃなく、ベガが弱かっただけだ。調子に乗って俺たちを倒せると思い上がるなよ」


 そう言い残し、シリウスもゲートへと向かい出すが俺は一つシリウスに問いかけた。


「シリウス、俺とアルゴの体を入れ替えたのは、お前か?」


 するとシリウスは足を止めて答えた。


「知りたかったら、自分自身にでも会ってもう一度訊くんだな」


 シリウスはそのままゲートへと入って行き、姿を消しゲートも瞬時に消えてしまう。

 自分自身に訊け、か……

 やっぱり、アルゴの奴が何か隠してるのか? それともただ単にシリウスがそうし向ける様に答えた可能性もあるか?

 俺はそんな事を考えていると、追手はもう来ないと思い緊張の糸が切れたように、その場に倒れてしまう。

 とりあえず、今はもう……何も……出来ない……

 そこで俺の意識は一度途切れてしまい、次に目が覚めるとまた薄暗い所であったが、そこは部屋などではなく洞窟の中であった。

 周囲には小さく辺りを照らす魔法が施されていた。


「あ、起きた?」

「っ……ミレイ?」

「ポラリスちゃん、カイ起きたよ~」


 俺が体を起こすとミレイが奥にいるポラリスを呼ぶと、ポラリスが洞窟の奥からやって来た。


「良かった~カイさん何処か体に違和感あります?」

「ないわけじゃないが、そこまで気にはならない。お前ら治癒魔法をかけてくれたんだろ?」

「はい。すいません、私そこまで治癒魔法得意じゃないので、応急処置としては痛みを和らげる程度しか」

「いや十分だ。ありがとう」


 ポラリスは照れながら「どういたしましてです」と答えた。

 その後、簡単にあれからの経緯と現状の訊くと、ポラリスとミレイが俺を運びポラリスがアジトとして使っていた洞窟へと身を潜めているらしい。

 ある程度生活できる程度には道具なども整っているので、回復するまではここを拠点としてこれからの行動を立てる事にする予定だったらしい。

 俺はその意見に賛成し、ひとまずは体を癒す事に専念した。


「それで、どうするのこれから? またあんなのに襲われたら、今回見たいに行かないかもしれないでしょ」

「あぁそうだな。でも何処かではアルゴ、元の俺の姿をした奴に会って戻り方を問いたださないと行けない。聞けないとしても、何かしら手掛かりを持っているはずだ」

「でも、そうするにしてもこのままじゃ、そんな事は無理ですよ。協力者とか私たちが強くならないと」

「強くなるのは時間が必要だから、協力者を得るのが先決だな」

「それじゃ、やっぱりポラリスちゃんに協力してくれた人を探すって感じ?」

「そうは言っても、私はその人の居場所も名前も知りません」

「そうだったわね……むやみに探しても敵に見つかる可能性が増すだけね」


 ここで俺たちは壁に当たってしまうが、俺はある事を思い出しそれを提案し始めた。


「それじゃ、協力者になってくれそうな奴の所に行くのはどうだ?」

「誰か心当たりがあるのカイ?」

「あぁ、旧魔王城ってのがあってな。そこには傍観者がいるんだが、噂じゃ物凄く強いらしい。上手く交渉すれば協力者になってくれるかもしれない」

「え、傍観者って名前なのに協力者してくれるの?」

「それは会ってみないと分からない。昔は魔族を取り仕切っていて武闘派として有名だったらしいんだが、何故か今は傍観者を決め込んでいる。だから、その理由さえ解決出来たら協力してくれるかもしれないだろ?」

「う~ん、まぁ他に当てもないし仕方ないか……」


 ミレイは何処か納得しれない感じであったが、賛同してくれた。

 ポラリスも他に意見もなかったのでミレイ同様に賛同してくれた。


「よし、それじゃ体調が万全になったら旧魔王城を目指すって事で、解散」

「「りょーかい」」


 そして一週間後、俺たちは準備を整えて魔族領土の最南端に存在する旧魔王場へと向けて出発したのだった。

 アルゴ待ってろ、必ずお前の元に辿り着いて握ってる秘密を吐かせて、元に戻ってやるからな。

 俺はそう心に決め込んで、勇者の体で魔王の意思を持つ俺は、魔王の体で勇者の意思を持つアルゴ討伐への道を踏み出し始めた。


 そうこれは、俺がアルゴを討伐するまでの物語である。

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[良い点] 面白かったです。 [気になる点] 短編で話が終わってなかったんですね。続きが気になります。 [一言] 登場人物が一気に増えると、誰が誰だかわからなくなってしまいますねf(^^;)
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