9 少女は店を巡る
本日はこの1話だけの投稿になります。
ギルドの再試験に合格した二人は……
冒険者ギルドの2階、その最も奥にある一室には先程サクラとアスカの再試験の試験官を務めたビスマルクが、立派な一枚板の高級デスクに着いている。だがその表情は、いかにもマイッタなぁ~… という中年男の苦み走った顔付きであった。缶コーヒーのCMに出てくる宇宙からの調査員が最後に一口コーヒーを口に含んだ後の顔というか、まあなんとも微妙な表情だ。
そこに部屋のドアをノックする音が響く。
「入れ」
「ギルドマスター、失礼します」
ドアが開くと、先程二人の試験の経過を記録していた職員が入室してくる。だがちょっと待ってもらいたい。この職員はデスクに着いているビスマルクを間違いなく「ギルドマスター」と呼んでいた。ということは、あの試験はギルドマスターが直々に二人の相手を務めたということとなる。
職員は先程のサクラとアスカの記録をまとめて持ってきたようだ。だが彼は、ビスマルクのおかしな点に気が付く。苦い表情を浮かべているだけではなくて、椅子に腰掛けている姿勢がどうもおかしいのだ。
「ギルドマスター、一体どうしたんですか?」
「いやな、どうやら俺もいつの間にやら年を食ったと身につまされてなぁ~… あのサクラという冒険者の蹴りが骨身に堪えているんだ。これが年寄りの冷や水というのかもしれんな。気付かないうちに俺が現役だった時代からずいぶん時が流れたんだな」
愚痴をこぼすような態度のビスマルク。普段からは考えられないその弱気な態度に、本当に大丈夫なのかという様子で職員が彼の表情を窺う。よくよく見ればギルごマスターは、ズボンを捲り上げてサクラに蹴られた箇所を濡らしたタオルで冷やしている。患部は赤黒く鬱血しており、見るからに痛そうであった。
「元A級冒険者のギルドマスターが、そんなに手を焼く相手だったんですか? 見かけは小柄な少女のようでしたが」
「アホ抜かせ! 何が小柄な少女だ。あいつはとんでもない力を秘めているぞ。俺の攻撃をせせら笑うように避けやがっただけじゃなくて、何度もフェイントを掛けながら最後に蹴りを放ったんだ。あの短い瞬間に視線で3回、体の動きで2回フェイントを織り交ぜていた。試験どころの騒ぎじゃねえよ… 俺は完全に手玉に取られたんだ」
いくら第一線から退いているとはいっても、もう一度言うがビスマルクは元A級冒険者だ。その本人が自嘲気味に「手玉に取られた」と語ること自体、おそらく彼のこれまでの人生でも初の出来事なのだと容易に想像がつく。
「ギルドマスター、それではあっという間にサクラという冒険者の試験を終えたのは…」
「あれ以上続けていたら、俺は最低でも1週間は仕事に出てこれなかっただろうな。もう一発同じ蹴りを食らったら、耐え切る自信がなかった」
「驚きましたね。ギルドマスターが白旗を上げるんですか」
「ああ、完全に降参だよ。もう二度と立ち会いたくねえな」
ビスマルクが語る内容が、サクラの試験があっという間に終わった事の真相であろう。もちろんビスマルクはこの部屋に戻るまではその立場上絶対に足が痛むなどとは口が裂けてもこぼさなかった。ギルドマスターとしてだけではなくて、元A級冒険者の… いや、男としての矜持から平然とした表情を繕っていた。その反動が一気に出ているのかもしれない。その痛々しい姿に、職員は同情する目を向けている。
こうしてコッソリと真相を明かされたおかげで今回の試験に関して心の中で感じていた疑問が解けた職員だが、実はもう一点気に掛かることがある。
「もう一人のアスカという冒険者ですが、ギルドマスターが彼女の槍を捌きにくそうにしていたのは、やはり足の痛みが原因ですか?」
「ああ、それもあるが… あの娘の槍捌きは、なんとも不思議だったな」
「不思議ですか」
「ああそうだ。俺が長年培った目算よりもはるかに槍の穂先が伸びてくるんだ」
「槍が伸びてくる? ギルドマスターの目なら、どこまで届くかぐらいは簡単に判断できそうですが…」
「ところがそうじゃねえんだよ。ここまで届くと見切った10センチ先まで槍を突き通してくるんだ。捌きにくいったらねえぜ」
どうやらアスカの槍の腕についても、このギルドマスターは高く評価しているようだ。元A級冒険者の目をしても完全には見切れないというのは、アスカはいつの間にか素晴らしい能力を身に着けているようだ。あの地獄のような訓練キャンプは、しっかりと彼女の身になっている。身についた無駄な肉を削ぎ落しただけではなかった。
さて、なぜギルドマスターの目も欺く槍捌きをアスカが繰り出せたのか… それはサクラ流の基礎訓練の方法にあった。サクラは武器の扱い方など何も知れないアスカに、最初からとある秘伝を教え込んでいたのだ。
槍の先がどこまで届くかというと、突き込む直前の足運びや瞬間的な踏み込みと共に突き出していくスピードや腕の伸ばし方と腰の回転で決まってくる。通常はどんなに頑張ってもこれらの要素で物理的に届く距離が決まる。だがサクラは自らが放つパンチの原理を応用して、アスカにもう1か所とある体の部分を意図的動かして槍を突き出していくように仕込んだのだ。
その体の部分とはどこかというと肩甲骨であった。肩甲骨と背中の筋肉を意識しながら動かしていくことによって穂先をより遠くに届かせる数センチを稼ぎ出すと共に、背筋全体のパワーも同時に槍に乗せていく… これはサクラが師匠から教わった体捌きの極意に基づいた槍の操作術であった。
話は逸れたが、元のギルドマスターの部屋に戻る。ビスマルクは職員に厳命する。
「今日の二人に関して、今後の行動やクエストの達成状況を逐一俺に報告しろ。どんなに細部も余さずにだ」
「わかりました」
こうして思わぬ形でサクラとアスカの二人は、冒険者ギルドナルディア支部の注目者リストに名を連ねるのであった。
◇◇◇◇◇
ギルドを出たサクラとアスカは、その場で立ち話を始めている。
「サクラちゃん、試験も合格したし、まとまったお金も手に入ったし、今日は万々歳ですよ~」
「まあ半年も引き籠ってキャンプをしましたからねぇ~。このくらいの代金は普通に入るでしょう。それよりも、これからアスカちゃんが使う槍と防具を見繕ってもらいましょう」
「そうですか… 何か美味しいものが食べられると期待したのに、とっても残念です」
見るからに肩を落とすアスカ… 街に戻ってきてまずは美味しい物と思っていた矢先のサクラの宣告は、気を落とすには充分であった。だが冒険者にとっては命の次に大切な武器と防具を優先するべきだとはわかっている… と思う。あまり自信はないけど。どうかなぁ~? お願いだから、わかっていてもらいたい。
ということで、サクラは通りの向かい側を指さす。
「あそこの武器屋から見ていきましょう」
サクラが最初に入ったのは、冒険者ギルドの真向かいにある武器を取り扱う店だった。大きな店構えに相応しく普及品から上級者向けの品まで手広く取り扱っており、多くの冒険者が利用する店といえる。店内に入ると所狭しと剣や槍、弓… さらにはハルバートやモーニングスターといったかなりマニアックな武器まで置かれている。武器と防具に関しての品揃えではこの街一番であった。
「サクラちゃん、一口に武器といっても、想像以上に種類がたくさんあるんですね」
「そうですねぇ~、今のアスカちゃんはあまり高額な武器はまだ使いこなせませんから、程々の品を選びましょう」
「その通りです。確かに使いこなす自信はありません。責任もって断言します」
「そこは使いこなせるように頑張りますと言うべきでしょうがぁぁぁ」
相変わらず自己評価が低いアスカである。サクラがついつい大きな声を出すのには、誰もが納得してしまうだろう。清々しいばかりの向上心の欠如振りであった。できれば楽をして生きていきたいと日々願っているアスカではあるが、この半年間すっと桜に引っ張り回されてハードモードな人生を歩み始めている。そろそろ自分に折り合いをつけて強者への道を歩んでもいいのではなかろうか? せっかく身近にサクラというまたとない手本がいるこの機会を利用して、少しでも上を目指して頑張ってもらいたい。過剰な期待はできないだろうけど……
ともあれ武器店初体験のアスカは物珍しそうにキョロキョロしているばかりで、このままでは何も決まらないようだった。溜まりかねたサクラが声をかける。
「アスカちゃん、何か目についたら手に取ってもいいんですよ」
「そうですか。ではこれなんかどうでしょうか」
アスカが手に取ったのは、木製の柄の先に尖った刃が取り付けられている本当に安物の槍であった。精々冒険者になりたてで金に余裕がないFランクの駆け出しが使う初心者向けの品に相当する。
「アスカちゃん、それではダメですよ。柄の材質がそれほど固い木じゃないから、すぐに斬られたり折られたりします。特に力が強い魔物相手だと、あっという間に武器として役に立たなくなりますよ」
「ふんふん、なるほど… そういう欠点があるんですか。勉強になりますよ~」
他人事のようにのんびりと答えるアスカ。ちょっとずつでいいからサクラから色々と学んでもらいたい。覚えたそばから忘れるんじゃないぞ。
こうしてしばらくの間見て回るものの、これと言って決め手になる槍が見つからない。この辺はサクラの武具を見る目の厳しさも影響している。何しろ命を預ける相棒ともいえる武器だけに、選ぶ際には慎重にならざるを得ない。
結局この店では何も買わずに、二人は再び中央通りに出ていく。
「サクラちゃん、ずいぶん時間をかけて見たのに結局何も買わなかったんですね」
「まあ今の店は値段を見に立ち寄っただけですからね。ああいう店には真の掘り出し物は置いていないんですよ」
「そうだったんですか。ところでそろそろお昼の時間ですよ。何か食べましょうよ~」
「そうですねぇ~… 落ち着いて武器選びをするために、一旦お昼にしましょうか」
やはりアスカのお腹は我慢できないようだ。サクラに向かって「ご飯早う」とおねだりを始める。サクラもどうやらこれ以上は引っ張れないと観念したようだ。
こうして二人は武器選びから昼食の店探しに切り替えて、通りの両側をキョロキョロしながら広場方向へと歩いていくのであった。
昼ご飯の店を探す二人、その店とは…… この続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに!
【ネタバレコーナー】
肩甲骨を動かす… 坂口拓さんの動画を参考にさせていたできました。戦闘術の参考にとても役立つ動画です。色々とアップされていますので、興味のある方はご覧になるのをお勧めいたします。
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