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6 少女は逞しくなる

過酷な森でのキャンプ生活に放り込まれたアスカは……

 こうして過酷なキャンプがスタートして1か月が経過する。


 森で食料を集めてその合間にはサクラが手解きする戦闘訓練、これまで魔法しか使えなかったアスカに森での生活で最低限必要な身を守る術を伝授していく。今までのように好き放題食事を摂るのではなくてサクラによって制限された量を腹に収めて、日が暮れると同時に物足りなお腹を抱えながら洞窟で睡眠をとる生活をアスカは送っていた。


 この結果、アスカの体重はわずか1か月で20キロも落ちている。キャンプの成果が目に見える形現れて、サクラは満足そうな表情を浮かべる。だが、本当の地獄はここからであった。この頃には多少歩き回ってもアスカは息切れしなくなってきていた。それと共にサクラは食料集めの活動範囲を次第に広げていき、1日に20キロ以上歩き回るのが常態化していくのだった。


 二人の間の変化は、実はこれだけではない。ある意味拾ってもらった形のアスカは、この生活が始まった当初はサクラにやや遠慮がちに接していた。だが危険がその辺にゴロゴロ転がっているような森のキャンプ生活で、遠慮なんかしていたら本当に生命の危機を迎えかねないとアスカは学習する。次第に両者が打ち解けてきたのと相まって、いつの間にかもうずっと長く一緒にいるような関係が出来上がっていた。


 元々サクラは物心つかないうちに師匠に拾われて育てられた。おそらくその師匠は厳しいながらもかなり面倒見のいい人物だったのであろう。その背中をずっと見て育った桜も、実は厳しいながらもビックリするほど面倒見がいいのだ。アスカは何も気が付いていないが、実はコッソリと目に見えにくい部分で生活のサポートを行っているのだった。もし桜のフォローと気遣いがなければ、アスカはとうの昔に音を上げていたであろう。


 対してアスカは、裕福ではないながらも優しい両親に三人兄弟の末っ子として育てらてきた。上二人が男の子だったため両親は待望の女の子が生まれたと大喜びで、相当に甘やかして育てた。その結果人懐っこいが、半面で依存心が強い今のアスカが出来上がっている。


 まるっきり好対照な二人だが、互いに足りない部分を埋め合わせるような意味で相性がいいのかもしれない。同い年にも拘らずサクラはアスカを妹のように感じており、反対にアスカはサクラを頼って生きているのであった。









   ◇◇◇◇◇









 この日夕食を終えた二人は、近くを流れる小川の畔までやってきている。昨日までは川で水浴びするだけであったが、ようやく完成した風呂に今日初めて二人で一緒に入るのだ。



「それじゃあアスカちゃん、お願いしますよ」


「任せてくださいよ~。ファイアーボール」


 小川からちょっとだけ離れた場所に二人がゆっくりと浸かれる広さの穴を掘って、底の部分と側面に隙間ができないように石を並べて作り上げた湯舟には、川の水がなみなみと引き込まれている。アスカがこのお手製の湯舟に炎の塊を飛ばすと、ジューという音を立てて蒸気が上がる。合計3発のファイアボールでお湯は適温となった。


 二人は先に石鹼で体と髪を洗ってから湯船に浸かる。なぜ先に洗うかというと…



 ザバーン


 アスカが湯船に浸かると、せっかく温めたお湯が大量に外に流れ出していくせいだ。もったいないの精神は、この世界にも存在する。体を洗いから終わってから湯船に浸かるアスカは…



「ぷはぁ~… 疲れが取れていきますよ~」


 完全にオッサンだった。対するサクラは…



「いいお湯ですね~」


 こちらも風呂の心地よさを満喫している。 


 手足を伸ばして湯船に体を浸すサクラとアスカ、水浴びをするのとはリラックス効果が全く違う。頭上を見上げれば満天の星空。煌めく星々を眺めながら浸かる風呂は最高であった。


 アスカに至っては水の浮力のおかげで未だ重量感がある体を支える必要がないせいか、はたまた解放感ゆえか、湯舟の中で仰向けになったりうつ伏せになったり、時には体をプカプカ浮かばせて遊んでいる。それはもうトドがのた打ち回っているような光景であった。



「アスカちゃん、落ち着いてお風呂に入れないんですか?」


「サクラちゃん、だってこんなにゆったりできるんですよ~。この解放感を満喫しないでどうするんですか」


「解放感って… 目の前を贅肉の塊が泳いでいるなんて、圧迫感しか感じないですよ」


「サクラちゃん、それは私に失礼じゃないですか。サクラちゃんなんか胸はペッタンこだし、もうちょっと脂肪があったほうがいいんじゃないですか?」


「何をぉぉぉぉぉ! 誰がペッタンこじゃぁぁぁ!」


 珍しくサクラが声を荒げている。アスカの遠慮なしの指摘は、サクラの一番痛いコンプレックスに激しく突き刺さっていた。大声を出したものの、ため息をつきながら自分の慎ましやかな胸をジッと見つめるサクラがいる。アスカの攻撃がよっぽど応えているようだ。



「まあまあサクラちゃん、きっといつかは大きくなる日が来ますよ~」


「大きなお世話です。同情は時として他人を一番傷つけるんですからね」


 鬼の首を取ったような表情のアスカ、サクラは憮然とした表情を浮かべながら目を閉じるしかできなかった。心の中では「きっといつかは…」とナイスバディーになる日を夢見ているのかもしれない。









   ◇◇◇◇◇









 3か月が経過すると、アスカの体重は見た目でおそらく60キロ台まで減少する。苦しい地獄のキャンプをここまで何とか乗り越えてきた成果だ。だがそこで大きな問題が発生する。



「サクラちゃん、服がブカブカで動きにくいですよ~」


「それは困りましたねぇ~。これを使ってください」


「こんな小さな葉っぱで何をするんですか?」


「全部脱いで葉っぱで隠せばいいんですよ」


「誰が密林の王者になるんですかぁぁ。葉っぱなんか嫌に決まっているでしょう」


 どうやらこの世界にも伝説として残っているターザン的な人物の話をしているらしい。アスカが痩せたのはいい傾向だが、葉っぱはさすがにないだろう。18禁に指定されてしまうじゃないか。デブ専の皆様には、待望の場面かもしれないが…



「いやいや、密林の王者だってさすがに葉っぱで隠しているわけじゃないですよ。ちゃんと毛皮でできた腰巻的なものを身に着けていますから。ああ、そうせした。狩りで手に入れた毛皮がありますから、適当に体に巻き付けてみますか?」


「どこの蛮族ですかぁぁぁ!」


「それじゃあやっぱり葉っぱにします?」


「だから私に葉っぱを勧めるなぁぁぁ」


「アスカちゃんは色々と文句が多いですよねぇ~。それではこれを貸してあげましょう」


 サクラはアイテムボックスに常備している裁縫セットを取り出す。クエストで出掛けている途中で服が破れた際、すぐ補修できるようにいつも持ち歩いている品であった。だがアスカは…



「持っているんだったら、最初から出しやがれぇぇぇ」



 葉っぱだの毛皮だのと桜からからかわれたことに気が付いたアスカは、思いっきりキレている。サクラはその表情を見てゲラゲラ笑っているだけだ。仲良し同士のまああるジャレ合いだろう。子ネコ同士でケンカの真似事をしているように映る。


 裁縫セットを借りたアスカは、余分な生地をハサミで切り取って再び縫い合わせる。だがそもそも手先があまり器用ではないアスカの腕では、きっちり縫い合わせるなど到底不可能であった。どう見ても左右がアンバランスで、縫い合わさった服はちぐはぐな印象を受ける。



「誰もいない森の中だったらいいでしょうけど、街中では絶対に着られませんね~」


「自分がこれほどお粗末だとは思いませんでした」


 さすがにアスカもこの出来栄えには落ち込みを隠せない。実際に着てみても右側のほうが一回り大きくなっており、左右で違うサイズであった。










   ◇◇◇◇◇










 半年が経過した。アスカは見違えるほど逞しく、なおかつスマートになっている。あの大型冷蔵庫のようだった体つきがまるで別人のようだ。知り合いが見てもすぐには誰か分からないであろう。


 元々のアスカはこの世界では平均的な身長で、体格もほぼ平均であった。キャンプ生活で伸びた髪は明るい栗毛色で、部分的に混ざっている金色っぽい髪のひと房がアクセントになっている。顔立ちはホンワカしたその性格通りのややタレ目気味な優しい瞳が特徴だ。こうして痩せて引き締まってくると誰もが振り返る美人とは言えないが、可愛らしい印象を振り撒く人好きのする顔立ちであろう。


 だがアスカは一点だけ痩せて後悔する部分がある。



「はぁ~… なんで痩せて欲しくないと部分はこんなにも積極的に小さくなってしまうんでしょうか…」


「どうやらアスカちゃんも、私の仲間になってきましたねぇ~」


 アスカがため息をついている理由、それは胸が思いっきり小さくなったことが原因であった。サクラとしてはこれは実に歓迎すべき状況、いわゆるメシウマ状態を迎えてニマニマしている。



「まあ仕方がないです。これでもサクラちゃんよりもはるかにマシですから」


「サクラちゃんよりマシ… 聞き捨てならないですねぇ~」


「動かしようのない事実ですからね」


「ぐぬぬぬぬ」


 これだけはどう足掻いても勝ち目のないサクラであった。言葉に詰まって二の句が継げない状態に陥っている。アスカのドヤ顔だけがピカピカに光るのであった。所詮は目クソ鼻クソの醜い争いに過ぎないが。





 アスカがこの半年で変わった点は、何も瘦せただけではない。元々の自分の体格よりもはるかに大きなオークを目の前にして、先端を斜めに切った固い木の棒を両手で構えている。



「グェヘッヘッヘ! 今夜の食料ですよ~。それっ」


「ブモォォォォ!」


 首元に木の棒が突き刺さっている。いつの間にかアスカは粗末な武器でオークを刺殺するまでに成長しているのであった。サクラは魔法など教えられないから、この半年間ひたすら格闘術を鍛えた結果である。どうやらアスカは長い棒を手にして戦うスタイルが合っているようで、街に帰ったら槍を購入しようという話もまとまっている。もちろん魔法は今後とも使っていくが〔魔法戦士〕というスタイルで冒険者としてやっていくつもりのようだ。




 ここまでアスカが成長したのを見届けると、サクラはキャンプを終える判断を下す。そして今日はいよいよ森を出る日を迎えている。


 本日のアスカは、桜の予備の着替えを借りて身にまとっている。自身でサイズを直した服は、やはり素人の未熟な腕では悲しいかなすぐに着られなくなってしまった。あちこちがほつれたり、すぐに縫い目が破けたりで、何度も補修を重ねた結果廃棄処分となっている。だが元々の服が着られなくなっても、アスカが絶対に葉っぱにだけは手を出そうとはしなかった。頭から被る寝間着をずっと我慢しながら着用して今日まで過ごしていた。


 だがもうそのような不自由な生活とはおサラバだ。



「それじゃあ、街に帰りましょう」


「やっとこの地獄の生活から足を抜け出せますよ~」


 こうして半年間過ごした森の奥まった洞窟を後にして、二人は街へと歩いていくのであった。


ようやく街に戻る二人の少女、新たな生活がスタートする前に…… この続きは夕方投稿します。(予定)どうぞお楽しみに!


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