5 少女はようやく肉を食らう
本日の投稿はこれが最後です。続きは明日になりますので、よろしくお願いします。
森に入って2日間は、アスカの食事は拾ったドングリを茹でただけの実に粗末なものであった。過食に慣れ切ったアスカの胃袋は、必死に食べ物を求めてグーグー音を鳴らしている。このままでは死んでしまうのではないか… そんな危機を救ったのは、3日目にしてサクラが発見したホーンラビットであった。
「アスカちゃん、魔法で仕留めてみますか?」
「絶対に仕留めます。私の貴重な食料になってもらいますから」
森の木の陰からこちらの様子を伺いつつ、今にも飛び込んで来ようと身構えているホーンラビット。頭から生えている角で人を刺して、時には死者も出すことがある。ウサギの姿をしているからと言って甘く見るのは禁物だ。
「アイスバレット」
氷の礫がホーンラビットの逃げ場を埋め尽くす勢いで放たれる。多数の氷の塊がぶつかった結果、ホーンラビットは体中から血を流して動きを止める。
「アイスアロー」
アスカの右手から氷の矢が飛んでいくと、トドメの一撃とばかりに首元に突き刺さり、ホーンラビットは絶命する。
「やりましたぁぁぁぁ! お肉をゲットですよ~」
「アスカちゃん… 仕留めるのはいいんですが、こんなに血塗れになったら毛皮は売り物になりませんよ」
「あっ」
アスカの頭の中には食料を得ることしかなかった。完全にホーンラビットの肉という一転に目がくらんでいた。そのため乱射したアイスバレットが、売り物になる毛皮をズタズタにしている。一流の冒険者というのは、獲物の仕留め方にも気を遣うのだ。せっかく仕留めるのならば、なるべく高い値段で買い取ってもらえるようにきれいにその命を奪わなければならない。その点をサクラはアスカに教えている。
「まあいいでしょう。アスカちゃんは解体ができますか?」
「やったことないです」
「調理は?」
「全くできません」
「それでは解体と調理の分で、ホーンラビットの肉は私が半分いただきます」
「ええぇぇぇ! 桜ちゃんは悪代官です。高利貸しの業突く張りですよ」
「いいんですか? このままでは肉を食べられませんよ」
「…わかりました。半分こでいいです」
サクラの提案を飲まざるを得ない立場のアスカであった。だが粘り強い交渉の末に、肉の半分とエープルの実2個という条件で手を打つ。
サクラはその場でホーンラビットの血抜きをして、ナイフでボロボロになった毛皮を剝いでいく。そのまま内臓を抜いて肉を切り分けると、部位ごとに大きな葉に包んでアイテムボックスに放り込む。一連の流れはわずか15分という手際の良さであった。
「サクラちゃん、上手ですねぇ~」
「慣れればどうってことないです。アスカちゃんもおいおい覚えてもらいますよ。それじゃあお昼はホーンラビットの肉にしましょう」
「はい、やっとまともな料理が食べられるので、とっても楽しみですよ~」
大きな収穫を得た二人は、洞窟のある場所に戻ってくる。
サクラは石を積み重ねた土台の上にまな板を置くと、ホーンラビットのもも肉を取り出す。ホーンラビットは部位によって肉質に違いがあって、それぞれに適切な調理法がある。もも肉は一番活発に動かす場所なので、所々に固い筋がある場合が多い。よって適当に切り分けた肉の塊を棒で叩いて薄く伸ばしていく。3ミリ程度の厚さになればオーケーだ。こうすると固い筋も柔らかく食べられるのだ。ちなみに背中側の肉はバターソテーが最も美味しくいただける。胸肉は脂肪が少なくてあっさりした口当たりなので、塩茹でしてから繊維に沿って裂いて、サラダに混ぜて食べるのが一般的だ。バンバンジーサラダとよく似た食べ方をする。
さてもも肉に戻ろう。次に薄く伸ばした肉に塩とハーブをまぶしてから全体にパン粉をつけていく。ここまで準備が整うと、鍋を火にかけてそこにオークの脂身をかなり多めに投入。脂身が熱で溶けて油がいい温度になったら、薄く伸ばしたパン粉付きのホーンラビットのもも肉を鍋に投入していく。キツネ色にカラッと揚がれば出来上がりだ。
「サクラちゃん、お料理が上手なんですねぇ~」
「宿屋の大将に教えてもらったんです。さあ出来ましたよ」
美味しそうに揚がったホーンラビットのシュニッツェルの完成だ。見掛けは薄いカツのような仕上がりで、オークの油で揚がった香ばしい匂いが食欲を引き立てる。塩とライムとよく似たキストの実を絞って掛けるのがこの世界の流儀だ。ちなみにキストの実は森のそこいらじゅうに生っているので、サクラが多めにアイテムボックスに保管している。
「う~ん、この香りがたまりませんよ~」
アスカちゃんは待ちかねた表情でホーンラビットのシュニッツェルに齧り付く。その表情は、この森に来て以来初めて見せる幸福そうな顔だ。そしてペロリと食べ切ったアスカは、サクラにお皿を差し出す。
「サクラちゃん、お代わりをお願いします」
「アスカちゃん、このキャンプの目的は瘦せることなんですよ。お代わりは出来ません。その代わりにさっき約束したエープルを美味しく食べさせてあげますから待っていてください」
お代わりができなくて肩を落とすアスカは、美味しいエープルと聞いて期待を寄せている。サクラは別の鍋に水を入れて火にかける。沸騰したところに8等分したエープルを皮付きのまま放り込む。半分程度火が通ったところでザルに上げると、シュニッツェルを作ったオークの油をひと掬いスプーンで鍋に取ってから、エープルを軽くソテーする。最後にアイテムボックスから取り出したアルコール度数の高いお酒を振りかけてフランベしたら完成だ。
「お待たせしました。エープルのポワレですよ」
「サクラちゃん、まるでプロの料理人みたいですよ~」
アスカちゃんも驚く腕前であった。やや酸味が強いエープルの実だが、熱を加えると甘みが凝縮してくる。お酒の風味も加わると、ちょっとした高級デザートになるのだ。
「サクラちゃん、こんなに美味しいエープルは初めてですよ~」
「工夫次第で何でも美味しくなりますからね」
キャンプ3日目にして初めて口にしたまともな食事、それはアスカにとって質的には大変満足するものであった。願わくばもうちょっと量があれば言うことなしなのだが、それはサクラがガッチリとガードしているせいで叶わない夢ではある。
ともかくこうしてアスカのダイエットキャンプは過ぎていくのであった。
ここまでご覧いただいてありがとうございました。この続きは明日の夕方に投稿します。どうぞお楽しみに!
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