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4 少女は自給自足に挑む

本日4話目の投稿です。あと1話今日中に投稿します。

 この日は二人で街に戻っていく。森から戻る途中でアスカは何度も立ち止まって荒くなった呼吸を整えるが、サクラはそのような甘えなど一斉許さない。尻を蹴飛ばしてでも無理やり歩かせる。アスカはヒーヒー言いながら涙目になって桜の後ろをついていくしかなかった。今はサクラだけが頼みの綱なのだ。だがアスカは心の底では、ちょっとだけパーティーを組むと言ってしまったことを後悔している。


 冒険者ギルドに立ち寄ってから様々な物品を購入して宿に向かう。サクラが宿泊している宿は値段も設備も極々普通の場所であったが、アスカの手持ちのわずかなお金ではちょっと足りない。仕方がなくサクラに建て替えてもらって、一夜を明かす。


 そして翌日…



「ビヤ樽…」


「アスカです」


「ま、まあいいでしょう。それでは出発しますよ」


「桜ちゃん、クエストを受けていないのに、森に何をしに行くんですか?」


「これから訓練をしますよ」


「でもクエストをやらないと、私は全然お金がないですよ」


「ああ、その点は心配いりません。お金なんか必要ありませんから」


「ええぇぇぇぇ! お金が必要ないんですか?」


「はい、大丈夫です。それでは出発しましょう」


 サクラとアスカは連れ立って昨日とは別の森へと向かう。街から5キロ以上離れた場所に広がるその森は、アスカの覚束ない脚では辿り着くまでだけでも一苦労であった。数限りなくサクラに尻を蹴飛ばされながら、ヒーヒー言って歩いていく。


 そして森に入り込むと…



「サクラちゃん、ずいぶん奥に入っていくんですねぇ~。パーティーにいた時でも、こんな奥まで入り込んだことがないですよ~」


「もっと奥まで行きますよ。しっかり歩いてくださいね」


 途中で何度も出てくるゴブリンやコボルトといった魔物をサクラが簡単に片付けながら、二人は森の奥まで進む。その後ろを必死で歩きながら、アスカは白目を剥きかけている。すでに街を出てから10キロ以上は軽く歩いているのだ。重たい体にこの距離は相当堪える。



「到着しました」


「ヒー… やっと目的地ですかぁ~」


 サクラがアスカを連れてきた森の奥にひっそりと佇むその場所には小さな崖があり、そこには人が楽々入れる洞窟が出来ている。以前ゴブリンが住処に使っていた穴かもしれない。すぐそばには小川が流れており、水には不自由しないようだ。サクラは一旦その洞窟に荷物を置いて出てくる。



「この洞窟には魔物は住み着いていないようです。これなら当分大丈夫でしょう」


「何が大丈夫なんですか?」


「ここに住むんですよ」


「はぁ~?」


「ビヤ樽…」


「アスカです」


「アスカちゃんが瘦せるまでここに住みます。スマートにならないと、この森から出られませんから」


「ええぇぇぇぇ!」


 平然とした表情でとんでもないことを言い放つサクラに、アスカは目を剥いて驚いている。誰が好き好んでこんな洞窟に住みたいだろうか。雨に当たらないだけマシというだけで、人が住むには相当過酷な環境だろう。それにしても、なぜサクラはわざわざこんな場所を選んだのだろうか?



「私は街での生活に飽きると、体を鍛えるためにキャンプをするんですよ。今回のキャンプは果たして何か月になるのかなぁ~」


「何か月ですってぇぇぇぇ」


 確かサクラは、赤ん坊の頃に師匠に拾われて深い森の奥で育っていた。いわばこのような環境はホームグラウンドなのだ。森で生活するために必要な技術の全てを身に着けているエキスパートと評されるかもしれない。対するアスカは小さな村で育って、冒険者になるために街に出てきた普通の育ちの力士だ。いや違った! 娘の間違いだ。野営の経験はあるものの、長期間森で過ごすなんてこれまでは考えた事すらない。


 だがそのアスカにも段々分かってきた。パーティーを組む際にサクラが「過酷だ」と言っていたが、それは自分の予想よりも優に百倍以上過酷さであった。いまさら自分の甘さを悔やんでも仕方がないが、まさかパーティーを追放された次の日にこんなグラグラと煮え滾った熱湯に放り込まれるとは想定外にも程がある。


 アスカは心の中で「バカバカバカ、私のバカ」と繰り返しているが、もう後の祭り… 嫌だったら一人でこの森を出ていけばいいのだが、ここまで深い森を一人で歩く自信などどこにもない。そんなアスカに、サクラは話を続ける。



「食料は自給自足です。毎日自分で集めてくださいね。水は小川に汲みに行けば大丈夫ですから」


「そんなぁ~…」


 サクラからの宣告を聞いて、アスカは膝から崩れ落ちている。その姿は牙のないセイウチに近いかもしれない。芸を覚えてくれたら、水族館の人気者になりそうだ。


 それはともかくとして、街中のそれなりに快適な生活の一切を奪われて、今日からここを家として生活していかねばならないという現実に、アスカが立ち直るまでには相応の時間がかかりそうだ。これではスラムでゴミ漁りをするのと大差ないように感じて、目の前が真っ暗になっている。



「ビヤ…」


「アスカですから。何度言わせるんですかぁぁ」


「アスカちゃんも、この洞窟に荷物を置いてください」


「はい、わかりました」


 今となっては全財産ともいうべきリュックサックをアスカは洞窟の中に置く。するとサクラはどこからか取り出した平べったい物体を洞窟の入り口に立て掛けた。



「サクラちゃん、今どこから何を取り出したんですか?」


「アイテムボックスですよ。なんでも仕舞えて便利なんです。今取り出したのは、ドラゴンの鱗ですよ」


「ええぇぇぇぇ! ドラゴンの鱗なんて、売ったら金貨何百枚にもなるじゃないですかぁぁぁ」


「師匠にもらった餞別ですからねぇ… さすがに売れませんよ。こうしておくと、魔物除けになるから便利だし」


 体から剝がれてしまっても、ドラゴンの鱗には魔力が宿っている。ドラゴンの気配がする場所に好んで近づいてくる魔物などどこにも存在はしないので、この鱗が魔物を遠ざけてくれるのだ。それにしても弟子の旅立ちの餞別にドラゴンの鱗を渡すとは、サクラの師匠というのは相当な大物かもしれない。その弟子であるサクラもアスカの目からすればとんでもない実力の持ち主に映っているし、この辺はまだまだ謎が残っている。



「樽…」


「アスカです」


「アスカちゃん、今から食料を集めに行きますよ」


「サクラちゃん、昨日いっぱい買い込んでいたのは食べ物じゃないんですか?」


「ほとんど調味料ですね。非常食が少しはありますが、これは本当に非常事態のために取っておきます。それじゃあ、行きますよ」


 こうしてサクラは森を歩きだす。アスカは黙ってその後ろをついていくだけだ。どうやって食料を集めればいいのか、皆目見当もつかない。当座は桜に任せるしかないかとアスカは心の中で考えている。だがこの考えそのものが甘かった。



「ほら、あそこにエープルの実がなっています」


「本当ですねぇ~。森って意外と食べ物があるんですね」


 エープルとはリンゴとよく似た赤い果実のことだ。赤く熟した甘酸っぱい実は、そのまま丸齧りできる。サクラは素早く木に登って5つ6つとエープルの実をもいでは、片っ端からアイテムボックスに放り込む。そのまま身軽に4メートルの樹上から飛び降りて、スタっと着地を決める。中々見事な身のこなしだ。



「サクラちゃんはすごいですね。あっという間に食料を確保しましたね」


「このくらいは当然です。ところでアスカちゃんは、食べ物がいらないんですか?」


「えっ、今サクラちゃんがエープルを取ってくれたじゃないですか」


「さっき自給自足と言いましたよね。これは私の食糧です。アスカちゃんは自分で集めないと、何も口には入りませんよ」


「ええぇぇぇぇ! 私の分はないんですかぁぁぁ」


「当然です。自分の食べ物は自分で集める。このキャンプの鉄則です」


「サクラちゃんの鬼! 悪魔!」


「何と言われようとも、食料は分けてあげません」


 さっきまでグラグラに煮え滾った熱湯だと思っていたが、どうやらこの環境は灼熱の溶岩であった。アスカは今さながらにサクラの厳しさが身に染みている。「どんな試練にも耐える」とは言ったが、ここまで容赦がないとは思ってもみなかった。



「何だったらアスカちゃんも木に登ってエープルを採ってきていいんですよ」


「それが出来たら苦労しません」


 そう、陸に上がったアザラシよりも機動力が低いアスカには、木に登って実を採るなど不可能であった。仮に登ろうとしても、枝に足を掛けた途端にボキッと折れる危険がある。100キロ超級の体重で木登りなど、今のアスカにとってハードルが高すぎだ。



「落ちているドングリでも拾います」


 当分アスカの主食はドングリになりそうだ。これは無駄に身についた贅肉を一気に減らすチャンス到来か。こんなムードでは先行きが不安だが、兎にも角にもキャンプがスタートする。アスカが最後までもつのか、現時点では見通しは暗いのであった。

この続きは30分後(予定)に投稿します。しばらくお待ちください。

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