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12 少女はトレントを発見する

ハニートレントの樹液を求めて……

「はぁ~…」


 深いため息をつくアスカ、彼女がこのような態度になっているのはなにも借金がかさんでいるせいではない。自分の目の前に広がる風景に対して思わずため息が出てしまうのだ。なんだかずいぶん遠い目になっているアスカに向かって、サクラが口を開く。



「おや、アスカちゃんは不満でもあるんですか?」


「だってサクラちゃん、たった一日でまたここに戻ってきたんですよ」


「庭付き一戸建て、寝室、キッチン、風呂完備なんて、どこにも文句のつけようがない物件じゃないですか」


「全然建ってないですから。崖に穴が空いているだけですから」


「洞窟だって、立派な屋根が付いていますよ。こんな快適な生活空間に文句を言うなんて、アスカちゃんはわがままですねぇ~」


「誰だって洞窟に住めと言われたら愚痴の一つも零すだろうがぁぁぁ」


 現在二人は、つい昨日立ち去ったばかりの森の奥深くにある洞窟に舞い戻っている。サクラが言いだしたハニートレントの樹液を手に入れようと、街の宿で1泊して今朝早くにこの森に向かって出発していたのだ。


 だが実際にこうして半年間慣れ親しんだ洞窟までやってくると、アスカのボヤキが止まらなくなっている。せっかく街に戻って快適な生活を送れると思った矢先の洞窟への帰還なだけに、まだ色々と心の整理がつかないようだ。



「さて、それでは荷物を置いたら早速ハニートレントを探しに行きますよ」


「早く見つけて街に戻りたいです…」


 甘いハニートレントの樹液と聞いてテンション爆上がりしたアスカであったが、実際にこうして森の奥にやってくるとどうしてもはしゃぐ気持にはなれない。逆にサクラは、街にいる時よりもノビノビした表情で、まったくの好対照な様子だ。


 こうして二人は、ハニートレントを求めて森の探索を開始するのだった。









   ◇◇◇◇◇










「サクラちゃん、ハニートレントって、どこにあるんでしょうねぇ~?」


「私が昔見た時は、トレントの群生地に時々紛れていましたよ。だからまずは、トレントを探しましょう」


 トレントとは森の中で樹木に擬態する魔物を指す。大抵の場合10本から100本程度のトレントがまとまって地面から生えているケースが多い。その生態は枝をムチのようにしならせて付近を通る人や獣に襲い掛かり捕食する。普通の樹木との見分け方は幹に裂け目のように目と口がついている点だが、ベテランの冒険者でも気付かずにウッカリと群生地に踏み込んでしまう事故が毎年多数発生している。


 サクラを先頭に森を進んでいく。アスカは気配察知のスキルが無いので、探索は全てサクラにお任せ状態だ。サクラと同じペースで歩けるようになったのは、半年間の過酷なキャンプの成果であろう。



「サクラちゃん、森の深くじゃないとトレントはいないんですか?」


「結構普通に目にするものですが、この森には少ないですかね? おや… 噂をすれば何とやらで、あそこにいっぱいいますよ」


「サクラちゃん、どれがトレントかなんて全然わかりませんよ」


「魔力の気配が違うんですよ。自然の木は僅かな魔力しか持っていませんが、トレントはそこそこ強い魔力を発しています。私は魔法は使えませんが、魔力の気配には敏感なんです」


「そうだったんですか、全然知りませんでした。サクラちゃんは凄いですね」


「感心している場合じゃないでしょう。明日香ちゃんは魔法使いなんだから、それこそ魔力の気配に敏感にならないとダメじゃないですか。ちゃんと勉強しているんですか?」


「村にいた頃に教会のシスターから教えてもらって以来、勉強らしい勉強は全然やっていません」


「よくそれで今まで魔法使いとしてやってこられましたね。違う意味で感心しますよ」


「そんな~、サクラちゃんに感心されると、照れるじゃないですか」


「褒めていませんよ。どうせ魔法を勉強する時間も惜しんで食べていたんでしょう。その結果あれだけ太ったんですね」


「えへへ、面目ない」


 大した反省も見せないアスカであった。ダメだこりゃ~、というジト目をサクラから向けられているが、本人は一向に気にした風も無い。魔法使いにとって必要な向上心と自己研鑽に努める姿勢が明らかに欠如している。かといってサクラは魔法を教えられるわけでもないので、今のところはこのアスカの魔法に関しては何も手が打てなかった。



「どうやら20本くらいトレントが群生しているようですね。アスカちゃんはここから前に出ないでください。私がちょっと様子を見てきます」


「はい、絶対にここから動きません」


「そこは『何かあったら魔法でフォローします』くらい言うところでしょうがぁぁぁ」


「じゃあ、こっちに向かってきた枝だけ、魔法でやっつけます」


「どれだけ自分が可愛いんですか。とにかく油断だけはしないでください」


「わかりました」


 ついついサクラが大声を出してしまったため、トレントにはこの場に人間がいるという気配を悟られてしまっている。ウネウネと枝をくねらせて何とか獲物を捕まえようとするが、アスカが立っている場所はもう一歩トレントの触手のような枝が届かない位置だった。


 もちろんトレントはアスカより一歩前に踏み出したサクラにも、鞭のようにしならせた枝を飛ばしていく。その速度はとても樹木とは思えない素早さであった。唸りを上げてサクラに向かってトレントの枝が迫っていく。


 ザシュッ!


 だがその枝は桜の手刀によって簡単に切り落とされている。その断面はまるで刃物で断ち切ったかのようにスッパリとした見事なものだ。実はサクラは、迫りくるトレントの枝に手を触れてはいなかった。手刀から飛び出していった闘気による斬撃でトレントの枝をスッパリやっている。近接戦闘職なのに、手も触れずに魔物を倒すことも可能なのだ。


 次々に迫ってくるトレントの枝をいとも簡単に切り飛ばしながら、サクラはアスカに声を掛ける。



「アスカちゃん、暇でしょうから幹の上にある枝を魔法で切ってください」


「わかりました。ウインドカッター」


 アスカの手から風属性の初級魔法が飛び出していく。風の刃はアスカの狙い通りに高い部分の枝を2本まとめて幹から断ち切っている。樹上から切り落とされた枝がドサリと落ちる音が周辺に響く。せっかくいい腕をしているんだから、もうちょっとしっかり魔法に取り組んだら上位の魔法も扱えそうなのに実にもったいない。


 こうしてすっかり枝を落とされて攻撃手段がなくなったトレントは大人しくなる。これが上位種のエルダートレントともなると根を操って人間の足を捕えたり、時には根っこを器用に動かして移動したりするのだが、このクラスのトレントにはそこまでの能力はない。



「アスカちゃん、このトレントはもう安心ですよ。私は奥の群れにハニートレントがいないか確認してきます」


「わかりました。気を付けて行ってきてください」


 間違っても「私も行きます」とは言わないアスカ、この辺は徹底している。完全に人任せなのだ。


 サクラが注意深く奥に進んでいく様子を横目に見ながら、アスカはすっかり枝を払われて丸裸になったトレントに近づいていく。幹にくっきりと刻まれていた目と口はいつの間にか姿を消して、こうして見るとどこにもあるようなただの木に見える。


 ちょっと上を見上げると、自分が放ったウインドカッターで幹に傷がついている様子が映る。この1発だけ少し狙いがズレて幹を抉る軌道で飛んでいったものだ。ちょっと失敗したと若干の反省を込めながら傷跡を見ていると、その傷からキラリと光る何かが染み出している。手を伸ばしてそのキラリと光った何かを掬い取ると、アスカの手からなんだか甘い香りが漂ってくる。



「これはもしかして…」


 思い切ってそのやや粘り気のある液体を舐めてみると…



「う~ん… 甘~い」


 アスカの人生で初めて口にする、舌が蕩けそうな得も言われぬ甘い味わいであった。もう一度手を伸ばして、アスカは先ほどよりも多くの粘り気のある液体を掬い取る。もちろん夢中になって液体が付着した指先を舐めている。そこに奥の様子を調査したサクラが戻ってくる。



「アスカちゃん、指を舐めて何をしているんですか?」


「ああ、サクラちゃん、お帰りなさい。実はあそこから染み出してくるこの液がとっても甘いんですよ~」


「なんですって!」


 サクラも手を伸ばして、トレントの幹から染み出してくる液体を舐めてみる。すると…



「アスカちゃん、美味しそうに指を舐めている場合じゃないですよぉぉ! これこそが探していたスイートトレントですよぉぉ」


「なんですってぇぇぇぇぇ」


 こうしていきなりお目当てのスイートトレントを発見した二人であった。


いきなりお目当てのハニートレントを発見した二人、この後どのような行動に出るのか…… 続きは明日投稿します。どうぞお楽しみに!


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