11 少女は借金がかさむ
「どれ、やっとお目当ての武器の店が近づいてきましたよ」
「サクラちゃん、この辺は職人街ですよね。あまり武器店の看板が見当たらないですけど」
「大丈夫です。何度か来ていますから」
「サクラちゃんは意外と顔が広いんですねぇ~」
「アスカちゃんが何も知らなさすぎなんです。街歩きとかしなかったんですか?」
「食べて寝る生活でしたから」
「あ~(察し)」
サクラが先導して二人は街のメインの通りを広場とは反対方向に向かっている。この街は南側に門が一つあって門の近くが職人街と呼ばれる地区に当たる。様々な品を作り出す職人が住居と直営の店舗を構えている場所だ。
門手前でまたまたサクラは通りから外れていく。脇道を進んでもうこの先はスラム街というその手前に、お目当ての店はあった。小さな看板にがドアの隣に掛けられており、そこには〔リンドブルム鍛冶工房〕と書かれている。サクラは呼び鈴も押さずにドアの手をかけて開いていく。
「ブルドッグのおじさん、こんにちは」
「なんだ、サクラの嬢ちゃんじゃねえか。久しぶりだな。だが俺はリンドブルムだぞ」
「そうでしたね、ホットドッグでした」
「そうじゃねえだろうが、リンドブルムだ」
「軽い冗談ですから」
「名前くらいちゃんと覚えてくれよ」
どうやらサクラはそこそこの顔馴染みのようだ。店主と気軽に喋っている。このリンドブルムという人物は、ここに工房を構えるドワーフであった。ドワーフという種族は鍛冶が得意で手先が非常に器用という定評がある。この店主も、この街では実は1、2を争う鍛冶の名人であった。
「今日は何の用だ? いつもの冷やかしか」
「今日はしっかりと買い物に来ました。ここにいるアスカちゃんに見合う槍が欲しいんです」
「ほう、槍か。どれ、ちょっと手の平を見せてみろ」
「は、はい。こうですか」
アスカはドワーフと話をするのは初めてであった。酒臭い息と職人ならではのぶっきら棒な話し方に、やや気を飲まれている。店主はアスカの手の平を見て、どの程度槍を握れるのか判断しているようだ。
「まだそれほどの期間槍を使い込んではいないようだな。もうちょっと修行してからここに来たほうがいいんじゃないか?」
「骨付きフランクさん、アスカちゃんは元々魔法使いなので、どうせだったら魔法が通せる槍が欲しいんです」
「サクラの嬢ちゃん、脱線しすぎで俺の名前の原型がなくなちまったぞ。それよりも魔法使いが槍を使用するのか?」
「ええ、そうなるように私が鍛えましたから」
「そうか… ちょっと待ってな」
店主は店の奥に引っ込んでいく。しばらくすると、その手には総金属製の一振りの槍を持って戻る。
「これは俺がちょっと手が込んだ製法で作った槍なんだが、使い手を選ぶから10年以上売れなかった品だ。鉄にミスリルを混ぜ込んであるから魔法は通しやすいぜ。あとはその嬢ちゃんの手に馴染むかどうかだな。ちょっと外で素振りしてみな」
「はい」
おずおずと手を差し伸べて店主から槍を受け取るアスカ。桜の後について一旦ドアを出ると、店の裏側に回っていく。そこには各種武器を振ったり試し斬りを行うスペースとなっている。
「アスカちゃん、森でやった感じで気合を入れて振ってみてください」
「はい、わかりました」
アスカは懸命に槍を振るう。だが全体が金属で作られているだけに、木の枝に比べて重量がある。素振りをしてもそれほど鋭い風切り音は届いてこない。
「サクラちゃん、やはりこれでは重たくて満足に振れません」
「そうですか… いい槍ですが惜しいですね。他のも試してみましょう」
するとそこに店主がやってくる。
「おーい、もう1本同じ品があったぞ。自分でも作ったのをすっかり忘れていたわい」
店主が手にしているのは、最初の槍と比べてやや短くて細身の品であった。材質等は同じという説明だ。手渡された新たな槍で素振りを始めるアスカ、すると先ほどとは比べ物にならに程軽快に振り始める。風を切る中々いい音がサクラと店主の耳に伝わる。ここでサクラが…
「アスカちゃん、あそこにある金属の的目掛けて、その槍の先から魔法を撃ち出してみてください」
「ええぇぇ、そんな技はやったことがありませんよ~」
「何事も初めてはあるものです。過去の偉人はそのように言っていました。気合いを込めれば何とかなりますから」
「まあそうですが… それじゃあ、やってみます」
どうやらアスカの覚悟が定まったようだ。槍を握る両手に魔力を込めて的の正面を向く。
「ファイアーボール」
シ~ン… 空間を沈黙だけが支配する。何も起こらない。だがサクラは、アスカの足りない点を見取っていた。
「アスカちゃん、意識がまだ両手にありましたよ。槍の先っぽまで魔力を流すつもりで、もっと先端に意識を向けてやるんですよ。あとは気合いです」
「そ、そうでしたか。それではもう一度やってみます」
気合いがどのような効果を及ぼすのかアスカには理解不能だが、サクラのアドバイスに従って槍の先端に意識を集中していく。アスカの両手から槍に向かって魔力が流れ感触が徐々に伝わってくる。
「今です! ファイアーボール」
ヒューン、ババーン
槍の先端から魔法が飛び出して、見事に的に命中している。本当に出来てしまったアスカは、あまりにビックリしすぎて声を失う。サクラは満足げに魔法がぶつかった的を見ている。壊してはいないまでも焼け焦げた跡は残っている。
「アスカちゃん、やれば出来るじゃないですか。やっぱり気合いが成功を生み出すんですよ」
「サ、サクラちゃん… 成功したのは嬉しいんですが、気合いの意味が全く分かりません」
二人の意見が分かれているが、こと気合いに関してはアスカが正しいのではないだろうか。サクラの言い分は、あまりに意味不明すぎる。この様子をジッと見ていた店主は…
「まさか俺が考えたこの槍の使い方を本当に実現するヤツが現れるとは思わなかったぜ。今のはいい魔法だったな」
「あらびきソーセージさん、この槍をもらいますよ。おいくらですか?」
「そうだなぁ~… 何しろ10年もお蔵入りしていた品だから、金貨30枚でいいぜ。それからサクラの嬢ちゃんが脱線する方向が、俺には理解不能レベルまで行っちまってるぜ」
普通に会話しているサクラと店主だが、値段を聞いてビビりまくっている人物がいる。槍を手にする張本人のアスカだ。
「ええぇぇ、そんなに高いんですかぁぁぁぁ」
「アスカちゃん、いい品はそれなりに値段が張ります。この槍で金貨30枚だったら、超お買い得です」
「で、でも金貨30枚ですよ~」
「ギルドで受け取ったお金の半分はアスカちゃんのものです。足りない分は貸しにして、後から取り立てますよ」
「はぁ~、借金を返すどころかますます増えていく~…」
こうしてアスカの武器が決まるが、その肩にはサクラへの借金が重く圧し掛かっていくのであった。
この後アスカは鉄製の胸当てと両手を守る手甲もお買い上げで、その借金額は金貨15枚に達する。この店での買い物を終えると…
「時々槍の手入れに顔を出すんだぞ」
「いい買い物ができました。また来ます」
「はぁ~、借金が…」
こうして二人はドワーフの店主の店を出ていく。
この後アスカは洋品店で冒険者風の上下の服2セット、アンダーシャツやパンツ数枚、雨避け用のマントなど合計金貨5枚分お買い上げで、その借金額は金貨20枚以上に膨らむ。
さっきまでは「森に行く」とテンション爆上げだったのが、今はドン底まで落ち込んでいるのであった。
「サクラちゃん、こんなに高額の買い物をしたのは生まれて初めてですよ~」
「全部必要な品物ですからね。冒険者なのに何も持っていないアスカちゃんのほうがおかしいんです」
「私はいつになったら借金が返せるんでしょうか?」
「借金の分はこれからキッチリと働いてもらいますから、今まで以上に頑張ってください」
「はぁ~…」
宿に戻るまで、この調子でアスカはため息の連続であった。




