1 少女はパーティーを追放される
新しい作品を投稿させていただきます。本日中に5話まで30分おきに投稿いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
悠久なる時の流れは神の目にて眺むれば刹那の瞬き
その一刻にも過ぎぬ一幕の合間にも、人の世は儚きまでに移ろい去る
だが自らを力なきと嘆くには能わず
人の交わりこそが新たな歴史の一幕を刻むものなり
人の交わりの多くは日々の流れの波間に消えゆくも、時として世を覆そうとする神の計らいにも似たる思ゆるもつかなき驚きをもたらさん
人の世の何たる面白きかな、余はその流ゆくさまを末永く記し給う
ローゼンバーグの叙事詩より抜粋
◇◇◇◇◇
ここは地球とは別の世界。石造りの建物が連なる中世的な街並みが広がっており、剣と魔法で戦う冒険者が大手を振って罷り通るそんなファンタジー要素満載のとある国、そのとある街の片隅では…
「おい、お前はたった今このパーティーをクビだ」
定宿としている〔朝日の旅立ち亭〕の建物の前で、アスカは自分が所属するパーティー〔綺羅星の誘惑〕のリーダーであるエディからたった今クビを宣告されていた。あまりに突然の出来事にアスカは放心状態で、言葉だけは頭に入ってくるものの、その内容を理解するまで口を開けたまま呆然とその場に立ち尽くしている。そこに人型の置物があるように完全にフリーズして声も出せずに、ただその口をパクパクさせて無駄に酸素を体に取り入れるしかできない状態であった。
だが1分近い沈黙の後にアスカの脳内には、徐々にリーダーの口から発せられた言葉が重大な意味を持っているという深刻な認識が浸透していく。やっと茫然自失から何とか返事が可能なところまで精神を持ち直したアスカは、うっすらと目に涙を溜めて反論を試みる。
「な、何でですか… 私は魔法使いとしてこのパーティーに貢献してきました。それなのにどうして急にクビにされるんですか」
「貢献? よくそんなセリフを吐けるな。聞いてるほうが呆れるぜ」
エディはアスカに向かって蔑んだ視線を送る。その目は心の底から邪魔者を… いや、路地裏にに転がっているネズミの死骸を見るようなまったく感情が篭っていない眼であった。彼の感情の中にはアスカとこれ以上一緒に活動するのは絶対にお断りという断固とした決意が、全てを焼き尽くす火山のマグマのように燃え上がっており、その炎はこの追放を成し遂げるまでは消えないという不展退の意思が見て取れる。
「昨日だって、オークを倒す時に私の魔法でダメージを与えたはずです」
「ああ、確かにあの魔法はオークにダメージを与えたな。だが、それがどうしたんだ? あの程度の貢献でお前がパーティーに残れるとでも思っているのか?」
必死で抗弁するアスカに対して、エディは頑なな態度を崩そうとはせずに依然として冷たい瞳でアスカを見やっているだけだ。凍えるようなエディの視線に、アスカは思わずその身を縮こませる。日頃は何事に対しても楽観的なアスカではあるが、さすがに只事ではないという非日常的な危機を感じているようだ。
エディの剣幕に押されながらも、アスカは必死に反論せざるを得ない。もしこの場でパーティーを追放されたら、この先どうやって生きていけばいいのか皆目見当もつかないのだ。そう遠くないうちに行き倒れとなるか、それともスラム街でゴミを漁るかといった想像したくもない未来図しか浮かんでこない。
「どうかお願いします。私をこのパーティーに置いてください」
「ダメだ。お前はもうこのパーティーの人間ではない」
「どうかお願いします」
「いいからさっさと出ていけ。もうお前の顔は二度と見たくもない」
残留を必死に頼み込むアスカと、すでに決定した追放を頑なに譲らないエディの主張は、依然として平行線であった。殊にエディの態度からは、一切の歩み寄ろうとする意志を感じられない。どうあってもアスカを追放するという決定は覆らないようだ。
アスカの瞳からは、止め処もなく涙が流れ出して彼女の胸元を濡らしていく。なぜ自分がパーティーを追い出されなければならないのか… その悲しさと虚しさ、そしてこれまでパーティーで過ごしてきた日々が走馬灯のように彼女の頭の中で駆け抜けていく。なぜ今この場で追放されなければならないのかその理由がわかっていないだけに、アスカ自身の中には相当な戸惑いと共にこれらのやるせない感情が一気に押し寄せて、その全てが涙という形に表れている。
そしてついにアスカは溜まりかねたように追放される理由をエディに問うた。
「な、なんで私がパーティーから追い出されるのか、その理由を教えてください。グスン…」
「こんなに明らかな理由を、わざわざ知りたいのか?」
「知りたいです。どうか教えてください。ヒックヒック…」
「自分で気づいてもいないのか?」
「私には全然心当たりがありません。どうか教えてください。グスン…」
エディははぁ~… とひとつ大きなため息をついてから、おもむろに口を開く。
「いいか、二度と言わないからよく聞けよ」
「は、はい」
「俺たちにとってお前は迷惑なんだ。いや、大荷物といっても差し支えない」
「そ、そんな… 大荷物なんて」
「お前がいるだけで、パーティー全ての行動が滞るんだよ」
突き放すような口調のエディ、彼は半目になっていかにも迷惑そうな表情で今一度アスカを睨み付ける。その顔には、今すぐこの場から去ってもらいたいという感情がアリアリであった。対してアスカは大粒の涙を流しながら必死にエディを見つめている。
「いいか、追放はパーティーの他のメンバーの総意だ。メンバー全員お前には出て行ってもらいたいんだよ」
「ヒドイ… これまで頑張ってきたのに…」
アスカはパーティーの総意と聞いて打ちひしがれている。これ以上反論の言葉も続けられないほどに、彼女の心はズタズタになって今にも壊れそうであった。
だがそんなアスカにはお構いなく、エディはなおも彼女に対して言葉を荒げて今までの鬱憤を叩き付けていく。この場で徹底的にアスカを痛めつけて、二度と自分たちの前に顔を出す気もなくさせてやろうと考えているように見える。
アスカはそれなりに有能な魔法使いだ。この世界では魔法が使えるだけでも大変貴重な存在といえる。この〔綺羅星の誘惑〕は、結成当初からずっと同じ5人のメンバーでこれまで3年間冒険者としてやってきた。下積みのFランクからスタートしてメンバー全員が歯を食いしばって頑張った結果、現在は一人前と見做されるDランクのパーティーとしてこの街では名が売れ始めている。それだけではなくて、間もなくCランクに推薦されるかという冒険者ギルドでも今後の活躍が大いに期待されているパーティーの一つに挙げられている。
それなのになぜ今この時になって、パーティーの全員がアスカを追い出そうという意思を固めたのだろうかと疑問が湧いてくる。もちろんその疑問は、アスカ本人が一番感じていることであろう。
「確かにお前みたいな腕を持った魔法使いは、どこのパーティーでも一人いれば安心だろう。でもな、俺たちはもう懲り懲りなんだ」
「何でですか? 私の魔法でいっぱい魔物を討伐しましたよ」
「いや、そんな実績なんかどうでもいい。お前はパーティーにはもう不必要なんだ。いいから出ていけ」
「まだはっきりとした理由を聞いていません」
「そうか… じゃあ言ってやろう。よく聞けよ」
「はい」
「お前は、…なんだよ」
「は?」
「聞こえなかったのか。もう一度言うぞ」
「はい」
「お前は太り過ぎなんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「何ですってぇぇぇぇ!」
「何ですってじゃないだろうがぁぁぁぁぁ! クエストを受注して森に行こうとすれば、一人だけ歩くペースが遅すぎて俺たちは5分おきに立ち止まって待っていなければならないし、魔物を討伐している最中に疲れて座り込んでいるし、保存食を「不味い」と言いながら他のメンバーの3倍口にしやがる。遠出のクエストはお前のせいで全部キャンセルだ。そんな人間をこのパーティーこれ以上置けないんだよぉぉぉ!」
エディの主張は正しい。3年前はほっそりしたスタイルのアスカであったが、現在は100キロを超える巨漢と呼べるまでに育ち切っており、名実ともにパーティーのお荷物となっていた。同じ部屋の中いるだけで場所をとる実に邪魔な存在なのだ。しかも肝心な魔法を使ってもらいたい場面でも疲れて座り込んでいるとなったら、パーティーメンバーの堪忍袋の緒が切れるのも無理はない。いやむしろここ半年ほど、役立たずの大飯喰らいを我慢してパーティーに置いてくれた点に関して感謝するべきだろう。何とかアスカが改心して元の有能な魔法使いに戻るのを期待していたが、メンバー全員が「もう無理」と匙を投げた結果であった。
こうして真正面から太りすぎをズバズバ指摘されると、周囲の感情に鈍感なアスカでも否応なく自分がどれだけパーティーに迷惑をかけてきたか思い当たる節が多々出てくる。
2年前くらいからだろうか… パーティーの金回りが徐々に良くなってきて、食事で好きなメニューを遠慮なく頼めるようになった。それまで下積み生活で我慢していたこともあって、アスカは食べたいものを好きなだけ注文した。最初は2杯までだったのが徐々に3杯4杯とエスカレートしていく。メンバーたちはアスカを心配して食事を減らすように忠告してくれた。本当にアスカを気遣ってのことだと今ならはっきりとわかる。だがその忠告に耳を貸さずに過食を続けた自分… 今考えると、本当に愚かだったとわかってくる。そしてここ最近は、誰も食事について何も言わなくなっていた。それをいいことにますます好きなだけ食べてきた。きっとメンバーが何も言わなくなった頃から自分はもう諦められていたのであろう。仲間たちから見捨てられていたということに、アスカは漸く気が付く。もう全てが遅いけど…
このパーティーにはもういられないということが、アスカにもよくわかる。いまさら何を言っても元には戻れないのだと。アスカはパーティーを出ていくしかないとようやく決意する。自分でもこれ以上迷惑をかけられないと分かった結果だ。
「すいませんでした。3年間お世話になりました」
こうしてアスカは、顎の弛んだ肉が邪魔になって下げようと思っても中々下がらない頭を心持ち下に向けると、どこかのマツコさんのような巨体を揺らして息も荒くフーフー言いながら去っていくのであった。
次のお話は30分後(予定)となります。今しばらくお待ちください。